出所)TTJさんの作品に海棠が歌を追記
また一つ、神様がいかに人間をいつくしんでいるかがわかる歌を紹介しよう。
この歌は、道歌清談 八波則吉 著(昭11) で紹介されていた歌だよ。
国会図書館のデジタルコレクションで無料で見ることができるぞ。八波則吉氏についてはまた別の機会に紹介するが、今日は八波則吉の解説をそのままここで引用させていただこう。
これは玉葉和歌集に出ていて、神様の御歌と伝えられています。詞書によりますと、ある人が、熊野神社に参詣して、身の不幸を嘆き、開運をお祈りいたしましたが、一向其の霊験がありませんので、
はぐくまぬ人こそあらめ憂きによりて
神だに身をば思ひ捨てけり
という歌を詠んで神様をお恨み申しました。
「世の人は私を顧みてくれないにしても、せめて神様だけはお助けくださることと、おすがり申していましたが、ああ、その神様までも私をお見捨てあそばしました」というのです。それに対する御託宣がこの歌です。
まあ待て! そんなに恨み切ってはいけない。
そなたの身の上を、どれほど守っているかこの先を見ているが良い。
神様に願掛けしていてもなかなか叶わないことってありますよね。「わたしって、ここの神様に気に入られていないのかな」「というより全然神様のアウトオブ眼中だったりして・・・」とかどんどん卑屈になってきます。
そんなときに私は識子さんのブログで「願掛けが叶わない理由」シリーズを読んで、これがなんとなく一番しっくりくるなと思ったのが②の記事。とにかくつらい時って、気持ちが急いてすぐにも状況が好転することを夢見てしまいます。でも神様も準備中・・・、あるいは一番いいタイミングを見計らってご準備してくださっているのだと思います。
私たちが、すぐに願いが叶わないことでヤケクソモードになっているのを見て、本当に、神様からしたら「まあまあ、焦らずにこの先を見ているが良い!!」って言いたいでしょうね~~~
↓ 道歌 恋の歌 次の歌はこちら
このブログのテーマ一覧