「脂肪のかたまり」
作者:ギ・ド・モーパッサン
場所:フランス
時期:1880年(モーパッサン30歳)
全部で94ページの短編。
平時であれば、感謝や情愛、愛国心などの快さに身を委ねて生きる人々。
しかし、状況が変われば、自分にとっての不利を打開するために、他人に犠牲を強い、その上に自身の幸福を築くことに躊躇しない。
いくら取り繕っても、仮面の下の獣のような本性を隠しきることはできない。
物語は、名手の短編らしく、その言葉に一切の無駄がない。
情景がくっきりと目に浮かぶ。
そして、ある女性と、それを取り囲む人々、という構図が描き出されていく。
その女性は周りの人々のために進んで犠牲になったにもかかわらず、犠牲を求めた人々は感謝を示すこともなく、その犠牲がなかったことのように冷淡に無視を決め込んだ。
女性はくやしい気持ち、情けない気持ちで涙を流す。
ここまで物語を読んできた読者なら、女性の無念の気持ちは痛いほどわかるし、犠牲を強いた側の人びとに対してなんて醜い人たちなのだろうと憤慨するはずだ。
それなのに、物語のカメラは、泣き続ける女性を映しているものの、犠牲を強いた側にあり続ける。
はっと気づく。
人に犠牲を強いて平然としている醜い人々は、実は自分のことなのかもしれない、と。
涙を流す女性に同情をしたように思ったけれど、しょせん他人事なのだ。
このカメラワークが秀逸で、不安になったところで物語の幕は閉じる。
よくできた物語だった。
いやな小説だった。