「どなたか、やりたい方はいらっしゃいますか?」
エンドウさんは理事長の立候補者を募った。
応じる声はない。
ただ沈黙だけが続く。
「はじめての方でもいいですよ」
その言葉はボクに向けられたものだろう。
いや、ぐるりと見回せば、ボク以外にもキョロキョロ顔はいるから、初心者はボク一人じゃない
かもしれない。話した事がないから確認のしようがないが…。
「…どなたか、マンションの為に理事長を引き受けようという方はいらっしゃいませんか?」
問い方を変えた。
「やりたいわけではないが、やってやってもいいという人」はいないかという言い方だ。
それでも答える声はない。
「では、推薦ではどうです?」
そう問いかけると、
「…エンドウさんがいいんじゃないですか?」
沈黙の中、六十に手が届くかどうかといった年代の人が言った。
昨年のバーベキュー大会で、余興にギターを披露した人で、名をヒカワさんという。
「うん、そうだ」
誰かが頷いた。
空気が少し緩んだ。
自分たちから矛先がずれたと、誰もが感じたためだろう。
「…他に推薦は?」
冷静そのものといった口調で、エンドウさんは皆を見まわした。
それはどこか、通過儀礼めいて、あらかじめわかっている事を確認しているかのようだった。
「では、挙手を募りましょう。私が理事長を引き受けるのに賛成の方」
…この状況で、手を挙げない人間はいない。
そもそも推薦を待つまでもなかったろう…とさえ思う。
満場一致で、エンドウさんが理事長に決定した。
…こうして、我がシーサイドハイツに新たな王が誕生した。
この王が名君なのか暴君なのかは1年間かけてわかっていく事だが…。
いや、総合評価はさておき、短期的に見れば間違いなく恐怖政治であろう事は、
わずか数秒後に思い知る事になるのだ…。
<続く>
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