私は「トムとジェリー」が大好きです。
(ハンナ=バーベラ第1期1940年-1958年に限りますが)
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この「トムとジェリー」というタイトルですが、
これについて、こんな説明をされたことがあります。
「アニメが始まったのは第二次世界大戦中であり、
トムというのはイギリス人に多いトーマスの略称で、
ジェリーというのはドイツ人を意味し、
当時は、イギリス軍とドイツ軍の戦いを
『トムとジェリー』とも呼んでいた。
つまり、『トムとジェリー』は、
手強いドイツ軍(ジェリー)を、イギリス軍(トム)が追い回すという、
プロパガンダアニメなんだ」
これにはショックを受けました。
楽しく無邪気に観ていたのに、
そんな隠喩があったなんて。
まったく思いもよらないことでした。
その人は、
「たんなるバカバカしいアニメではなく、
そういうふうに社会のことがちゃんと描かれている。
だからこそ深いんだ」
というふうに言っていましたが、
私の考えでは、
「バカバカしいアニメ」こそ芸術的であり、
社会風刺をしていたり、
じつはドイツ軍とイギリス軍というような読み取りを求めるものは、
芸術性という意味では二段も三段も落ちます。
しかし、
そういう意味だとしたら、
いつもジェリーが勝利をおさめるのはどういうことなのか?
それに対しては、こういう説明でした。
「北アフリカ戦線で、
“砂漠の狐”と恐れられ尊敬されたロンメル将軍によって、
イギリス軍はさんざんな目にあった。
そのときのことを描いている」
じつにもっともらしい説明です。
しかし、「トムとジェリー」に、
ロンメル将軍まで関係していたとは。
こういうのを面白いと感じる人もいるでしょうが、
私はガッカリしました。
でも、ずっと疑問でした。
好きな作品なので、
信じたくなかったというのが実状ですが、
内容からいっても、
ジェリーはとても愛すべきキャラに描かれていますし、
日本版の主題歌の
「なかよくけんかしな」が
じつに見事に表しているように、
トムとジェリーは、敵対関係というよりは、ライバル関係であり、
相手が本当にピンチに陥ったときには、
命を助け合っています。
その後、かなり経ってから、
この本に出会いました。
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これは驚異的なほどに詳しい本で、
「トムとジェリー」のタイトルの由来についても書いてありました。
トムとジェリーという名前は、
最初に作品ができた時点ではついていなかったのです。
トムは最初は「ジャスパー」という名前でした。
たしかに、第一作では「ジャスパー」と呼ばれています。
ジェリーにはまだ名前がありませんでした。
つまり、作られた時点では、
「トムとジェリー」ではなかったのです。
もし、最初から、イギリス軍とドイツ軍のアニメということであったのなら、
タイトルのほうが先行していたはずではないでしょうか。
それだけではありません。
「トムとジェリー」というタイトルは、
スタジオの仲間みんなで、
それぞれタイトル案を書いた紙片を
帽子に入れてかき混ぜ、
そこから引いて、決まったというのです。
つまり、
少なくとも、「トムとジェリー」の作者である
ハンナとバーベラには、
このアニメがイギリス軍とドイツ軍の隠喩という意図はなかったということです。
これには、本当にほっとしました。
でも、「トムとジェリー」というタイトルを紙に書いたスタッフには、
その意図があったのでは?
これもどうやらちがうようなのです。
じつは、1932年頃にすでに、
「トムとジェリー」というアニメがあったのだそうです。
内容はぜんぜんちがうようですが。
その流用という可能性もあります。
また、そもそも、
1821年にピアス・イーガン作が書いた
『Life in London』という小説に登場する二人組の名前が、
トムとジェリーなのだそうです。
上記の本の著者の森卓也さんは、
「『東海道中膝栗毛』を読んでいなくても、
『弥次喜多』というコンビ名は知っているように、
また落語に興味のない人でも『八つぁん熊さん』の名を
江戸の庶民の類型といった意味で用いるように、
『トムとジェリー』の名も、もとの小説から離れて
寛容化されていったのだろう」
と書かれています。
いずれにしても、
「トムとジェリー」を生み出した、
ハンナとバーベラは、
このアニメに、
イギリス軍とドイツ軍という隠喩を込めていないことはほぼ確実です。
それでも、
まことにしやかに、こういう説がとなえられてしまう。
知らない知識を持ち出されて、
「じつはこうなんだ」と言われてしまうと、
知識のないほうとしては、
「そうなんだ」と思うしかありません。
文学作品でも、
じつはこういうことが多いのではないかと思います。
純粋に作品を楽しんでいた人が、
「じつはこういう意味が隠されているんだよ」
と言われて、ガッカリしてしまう。
でも、じつはぜんぜんそんな意味は隠されていない。
もっともらしい解釈に負けそうになったときには、
この「トムとジェリー」のことを思い出していただきたいと思います。
こんな楽しいアニメでさえ、
本当はありもしない、隠された意味を、塗りつけられることがあるのです。
カフカも、
純粋に楽しむのがいちばんです。
「この虫は何を表しているのだろう?」
とか言い出したとたん、
作品は半分命を失います。
虫は虫。