カフカは恋人への手紙の中で『変身』についてどう言っているのか? | 「絶望名人カフカ」頭木ブログ

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文学紹介者です(文学を論じるのではなく、ただご紹介していきたいと思っています)。
本、映画、音楽、落語、昔話などについて書いていきます。

カフカの『変身』はどのようにして生まれたのか?
その続きです。

今までの分をリンクしておきます。

カフカの『変身』はどんなふうに書き始められたのか?(フェリーツェとの出会い)

「カフカがカフカになった日」カフカの日記の最も感動的な記述!

『変身』誕生秘話のつづき。「判決」→「火夫」→「変身」

『変身』がどのようにして生まれたか、カフカ自身の手による記録が残っています!

さて、カフカのフェリーツェへの手紙の続きです。

翌日の27日の手紙です。

「新しい物語は終りに近づいたけれど、
 二日前からこれは道をまちがえたと思わざるをえないようになった」

やはり出張がよくなかったということでしょうか。

30日の手紙です。

「ぼくの仕事の工合はひどく惨めだったので、全く
眠るに価しませんし、本当は夜の残りを窓から外を眺めて
すごすよう宣告されてしかるべきでしょう」

しかし、月が変わって、12月1日の手紙では、
ようやく物語がうまく進み始めたことがわかります。

「愛しのフェリーッェ、小さなぼくの物語との戦いをおえたあと
 ──第三章が、しかしもうまちがいなく
(現実の世界に慣れるまで、ぼくはなんとふたしかな、
 書き誤りに満ちた書き方をすることだろう)
 最後の章が、形をなしはじめました──
 ぼくはどうしてもあなたに、最愛のひと、
 なおおやすみを言わなくてはなりません、
 この手紙は明日の晩投函するのだけれど。
 自分があなたにどれだけよりかかっているか、
 最愛のひとよ、ぼくは驚くばかりです」

困難を乗り越えることができたのも、
フェリーツェによってもたらされる力のおかげと、
カフカは感じていたようです。

同じ日にもう1通。

「いまやっとぼくは小さな物語を書きながら少し興奮してきました。
 心臓は鼓動しながらぼくをさらに物語のなかへ駆り立てようとしますが、
 ぼくはできるだけ物語から自分を引き一戻すように努めねばなりません」

『変身』の第三章を書きながら、
カフカ自身も興奮していたことがわかります。
物語の中に入り込みすぎないように気をつけなければならないほど。

12月3日の手紙。

「最愛のひと、今日は夜.ずっとぼくは書きものをすべきだったでしょう。
 それがぼくの義務だったでしょう。
 ぼくは小さなぼくの物語の結末のすぐ前にいるのだし、
 連続的な時間の統一と情熱はこの結末に大変好都合だったでしょう。
 ……それにもかかわらずlぼくはやめます、書く勇気がありません」

結末を前にして、カフカはいったん書くのをやめます。

12月4日から5日にかけての手紙。

「ああ最愛のひと、限りなく愛するひと、
 ぼくの小さな物語にとって、恐れながら感じていたように、
 いまはもう本当におそすぎるのです。
 それは未完成のまま明日の夜まで天をみつめていることでしょう」

カフカはさらに書かずにいます。

でも、5日から6日の夜の手紙では、

「泣きたまえ、最愛のひと、泣きたまえ、いまこそ泣く時がきた!
 ぼくの小さな物語の主人公がすこし前死にました。
 あなたの慰めになるなら、
 彼は十分平穏にそしてすべての人々と和解して死んだことを知って下さい。
 物語自体はまだ完結せず、
 ぼくはいまもう書くに適した気持がなく、
 終りは明日まで放っておきます」

この日、虫が死んだシーンが書かれたことがわかります。
「泣きたまえ、最愛のひと、泣きたまえ、いまこそ泣く時がきた!
 ぼくの小さな物語の主人公がすこし前死にました」
というところは感動的です。

同じ手紙の続きです。

「物語のいろんな箇所に、
 はっきりとぼくの疲労した状態や
 その他の中断や無関係の心配事が現われているのは残念で、
 きっともっと純粋な仕事ができたでしょうし、
 それは気持よく書けた頁によみとれます」

少しけちをつけていますが、
それでも「気持ちよく書けた頁」については、
「純粋な仕事」と認めています。

さらに手紙の続きです。

「明日ぼくは物語を完結し、
 明後日は長編小説に帰りたいと思っています」

長編小説というのは、第六章の途中まで進んでいる『失踪者(アメリカ)』のことです。
この時期のカフカの旺盛な創作欲がうかがわれます。

12月6日から7日の手紙です。

「最愛のひと、聞いて下さい、ぼくの小さな物語は終った、
ただ今日の結末はぼくを全然楽しくしてはくれない、
それはきっともっとよくできたでしょう、疑いはありません」

ついに『変身』が完成します!

虫が死んだ後の最後のシーン、
家族がピクニックに行くところは、
じつに見事で完璧なできばえだと思うのですが、
カフカ自身は満足していなかったようです。

しかし、とにかく、フェリーツェと出会ってから、
カフカは、『判決』で自分の方法に到達し、
『火夫』『失踪者』『変身』と、
立て続けてに名作を書いていきます。

「これは一つのすばらしい次期である。
 彼の生涯にこれと比較される時期はわずかしかない」

(カネッティ)

ところが、この後、カフカは書けなくなっていきます。
『失踪者』は未完となります。
それはいったいなぜなのか?

『変身』が完成した4日後に、
『観察』が出版されます。
カフカにとって最初の本です。
これをカフカはフェリーツェに送ります。
これが書けなくなる原因となるのです。

「石も同情せずにはいられないだろう」
とカネッティは言っています。
いったいどういうことなのか、
何が起こったのか、
次回にご紹介したいと思います。