クリスマスやお正月の明るさが、人の気持ちを追い込むことも… | 「絶望名人カフカ」頭木ブログ

「絶望名人カフカ」頭木ブログ

『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』『絶望図書館』、NHK『絶望名言』などの頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)です。
文学紹介者です(文学を論じるのではなく、ただご紹介していきたいと思っています)。
本、映画、音楽、落語、昔話などについて書いていきます。

先に、
「クリスマスやお正月は、
 絶望の名言集が、
 ますます必要な時期だ」
と書きました。

それについて、
「クリスマスやお正月といった
 明るく、おめでたい時期に、
 絶望の名言集でもないのでは?」
というご意見をいただきました。

まったく、ごもっともで、
明るく健全なご意見です。

暗く落ち込んでいる人も、
クリスマスやお正月には、
いくらか気持ちが明るくなりそうです。
実際、そういう人もいるでしょう。

でも、一方で、
街が華やいで、
人々が楽しそうに浮かれ騒ぐほどに、
対比効果とでもいうのでしょうか、
より孤独で、悲しい気持ちに
なってしまうものでもあります。

これは説明が難しいのですが、
たとえば、黒澤明監督の
「酔いどれ天使」という映画に、
こんなシーンがあります。

三船俊郎がまだ若くて、
これで有名になったという映画ですから、
ずいぶん昔の白黒映画ですが。

酔いどれ天使<普及版> [DVD]/志村喬,三船敏郎,山本礼三郎

¥3,990
Amazon.co.jp

三船俊郎は血気盛んなヤクザでした。
しかし、肺が結核におかされていることがわかります。
当時は死に至る病です。
その上、愛人を奪われ、
自分の地位も失い、
ふらふらと繁華街を歩きます。

街は活気に満ちあふれ、
街角のスピーカーから、
明るく陽気な「カッコウワルツ」が流れてきます。
それが三船をますます絶望的な気持ちに追い込むのです。

とても深みのある、素晴らしいシーンですが、
これは黒澤明の実体験がもとになっているようです。
黒澤明の自伝『蝦蟇の油』にこんな一節があります。

「父の死の知らせを受け取った日、
 私は一人で新宿へ出た。
 そして、酒を飲んでみたが、
 ますます気が滅入るばかりだった。
 私は、そのやりきれない気持ちを抱いたまま、
 新宿の人ごみの中を、目的もなく歩いた。
 その時、何処かのスピーカーから、
 郭公ワルツが聞こえて来た。
 その明るい音楽は,その時の私の暗い気持ちを
 一掃陰鬱な堪え難いものにした」

明るさや華やかさが、
ときには人を追い込むこともあるのです。

私は病院で何度もクリスマスや正月を迎えましたし、
同じ病室で仲良くなった人と、
いっしょにそれを迎えることができなかったことも
何度もあります。

そういうとき、
カフカの言葉は、
どこまでこちらが落ちていっても、
それに寄り添ってくれました。

今回の本も、
なんとか年内に出せるよう、
かなり急ぎました。
今年は、クリスマスやお正月の楽しさで、
気持ちがいっそう陰鬱になってしまう人も、
少なくないと思うからです。

そういうとき、
前向きな言葉も必要だとは思いますが、
一方で、絶望の言葉も、
そばにあったほうがいいと、
私は思うのです。