と思いました。
そういうものも、あったほうがいいんじゃないか、必要なのではないか、
と思いました。
ポジティブな名言集はたくさんあります。
でも、それは、
先に引用した「まえがき」にも書きましたように、
気持ちが本当に落ち込んでいるときには、
なかなか心まで届きません。
前を向けないときに、「前を向けば大丈夫」と言われても、
そうはいきません。
毒舌の名言集なら、
これはあります。
ビアスの「悪魔の辞典」とか、
「ラ・ロシュフコー箴言集」とか。
たとえば、
「幸福=他人の不幸を見ているうちに沸き起こる快い気分」(ビアス)とか。
こういうのも、世の中に懐疑的な気分になっているときには、
ぴたりとはまると思います。
でも、私が考えていたものは、
そういう、斜に構えたり、ブラックユーモアだったりするものではありませんでした。
本当に、正面から、真剣に絶望している言葉でした。
そんな、本気で絶望している言葉を集めて、いったい何になるのか?
誰がそんなものを読みたいのか?
普通に考えればたしかにそうです。
絶望している人に、絶望の名言集を差し出すなんてことは、
首つりの足をひっぱったり、
溺れている人に石を抱かせたりようなもの
と思えるかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか?
私は経験的にそうは思いません。
本当に心が辛いときには、
まず何より必要なのは、
その心に寄り添ってくれる言葉です。
ああ、この気持ち、よくわかる……
と思える言葉です。
悲しいときには、悲しい音楽を聴きたくなり、
それが心にしみるように。
でも、名言というのは、偉人の残した言葉です。
言葉が残っているほどの成功者なのですから、
どうしたって、ポジティブです。
ところが、ひとりだけいるのです。例外が。
大変に有名な大作家でありながら、
とことん、本気で絶望している人が。
それがカフカです。
そして、カフカの絶望はあまりにもすごすぎて、
つられて落ち込むというより、
笑えてきて、
かえって元気がわいてくるんです。
こんな言葉が書けるのはカフカだけで、
じつに不思議な人です。
カフカの絶望の名言集、
これはあっていいんじゃないかと、
強く思いました。
絶望名人カフカの人生論/フランツ・カフカ

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