なぜ「絶望の名言集」を? | 「絶望名人カフカ」頭木ブログ

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『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』『絶望図書館』、NHK『絶望名言』などの頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)です。
文学紹介者です(文学を論じるのではなく、ただご紹介していきたいと思っています)。
本、映画、音楽、落語、昔話などについて書いていきます。

絶望の名言集があってもいいんじゃないか、
と思いました。

そういうものも、あったほうがいいんじゃないか、必要なのではないか、
と思いました。

ポジティブな名言集はたくさんあります。
でも、それは、
先に引用した「まえがき」にも書きましたように、
気持ちが本当に落ち込んでいるときには、
なかなか心まで届きません。
前を向けないときに、「前を向けば大丈夫」と言われても、
そうはいきません。

毒舌の名言集なら、
これはあります。
ビアスの「悪魔の辞典」とか、
「ラ・ロシュフコー箴言集」とか。
たとえば、
「幸福=他人の不幸を見ているうちに沸き起こる快い気分」(ビアス)とか。
こういうのも、世の中に懐疑的な気分になっているときには、
ぴたりとはまると思います。

でも、私が考えていたものは、
そういう、斜に構えたり、ブラックユーモアだったりするものではありませんでした。

本当に、正面から、真剣に絶望している言葉でした。

そんな、本気で絶望している言葉を集めて、いったい何になるのか?
誰がそんなものを読みたいのか?

普通に考えればたしかにそうです。
絶望している人に、絶望の名言集を差し出すなんてことは、
首つりの足をひっぱったり、
溺れている人に石を抱かせたりようなもの
と思えるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか?
私は経験的にそうは思いません。

本当に心が辛いときには、
まず何より必要なのは、
その心に寄り添ってくれる言葉です。
ああ、この気持ち、よくわかる……
と思える言葉です。

悲しいときには、悲しい音楽を聴きたくなり、
それが心にしみるように。

でも、名言というのは、偉人の残した言葉です。
言葉が残っているほどの成功者なのですから、
どうしたって、ポジティブです。

ところが、ひとりだけいるのです。例外が。
大変に有名な大作家でありながら、
とことん、本気で絶望している人が。

それがカフカです。

そして、カフカの絶望はあまりにもすごすぎて、
つられて落ち込むというより、
笑えてきて、
かえって元気がわいてくるんです。

こんな言葉が書けるのはカフカだけで、
じつに不思議な人です。

カフカの絶望の名言集、
これはあっていいんじゃないかと、
強く思いました。

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