『ハズブロWWFプロレスフィギュアを改造して、懐かしの新日本プロレスのレスラーを作ってみよう』のコーナーです
今年の、4月18日に更新した
『谷津嘉章』を作ってみよう ハズブロWWFプロレスフィギュア改 (←ポチると谷津嘉章選手の回に飛びます)
の回の最後に予告していたタイガー戸口選手をやっと作る事が出来ました
体の素体は、ハズブロWWFプロレスフィギュアのハクソージムドゥガン選手を
頭の素体は、プロ格ヒーローズの森嶋猛選手の頭をベースに改造しました
完成
野生の虎
タイガー戸口
グリーンを基調にした新日本プロレスのリングに参戦した頃のタイガー戸口選手を作ってみました
日本プロレスに入門したのは1967年3月・・・と言うことは坂口征二選手と同期という事になります
以前作った、1980年代にWWFで活躍した頃のキャラのタイガー・チャン・リーのフィギュアと並べて見ました
東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放送されていた『世界のプロレス』で、MSGでのミル・マスカラス選手とのシングルマッチを見た時から
いつか作ろうと思っていたタイガー戸口選手のもう一つの顔です
そうか・・・まだミル・マスカラス選手を作っていないですね
日本プロレス崩壊後、全日本プロレスに参戦するまでのアメリカ時代にマスクドスーパースター選手とタッグを組んでいたこともありました
タイガー戸口選手というと大木金太郎選手の弟子のイメージが強いですが、日本プロレスでの若手時代はカール・ゴッチ門下で、全日本プロレスに正式所属する前は、ザ・ファンクスの元に身を寄せていたことも有りました
全日本プロレス時代はジャンボ鶴田選手のライバルとして、ジャイアント馬場選手・ジャンボ鶴田選手に継ぐナンバー3のポジションにいました
当時は、天龍源一郎選手より全日本プロレスでの格付けは上だったんです
新日本プロレスと全日本プロレスとの選手引き抜き戦争で、新日本プロレスがタイガー戸口選手の引き抜きに成功したのは凄いことだったんですね
ジャイアント馬場選手とジャンボ鶴田選手が新日本プロレスに来るわけがないですから、全日本プロレスから新日本プロレスが引き抜ける最高位の選手だったと言えると思います
ですから、あの伝説の1981年の9・23田園コロシアム決戦のメインエベントは、アントニオ猪木VSタイガー戸口のIWGPアジア地区予選だったんですよね
しかし、アントニオ猪木VSタイガー戸口の試合が9・23田園コロシアム決戦のメインエベントだったて知らない人が結構いるのには驚きました
それだけ、あの大会は濃かったと言うことだと思います
だって、この日の試合には・・・
タイガーマスクVSエル・ソラールのシングルマッチ
そうです、あの初代タイガーマスク腕折り事件の試合です
藤波辰巳VSエル・ソリタリオのWWFジュニアヘビー級選手権試合
そして、あの伝説のスタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアントのシングルマッチ
結構、この試合がメインの試合だと思っている方が多いようです
そして、メイン前の『こんばんわ ラッシャー木村です』事件(笑)
濃すぎて、メインが霞んでしまいますね
国際プロレスのエースのラッシャー木村選手が、アントニオ猪木選手に挑戦を表明した後の試合ですから
アントニオ猪木VSタイガー戸口の試合は、IWGPアジア地区予選ではなく、新日本プロレス代表VS全日本プロレス代表の色を強く打ち出した方が(具体的に明言できないですが)記憶に残る試合になったのではないかと思います
やはり、新日本プロレスでタイガー戸口選手が一番輝いたのはキラー・カーン選手とのタッグチームでの活躍ではないかと思います
第三回MSGタッグリーグ戦では、準優勝をしています
因みに、優勝したのは
出場するだけで、ほぼ反則のような新日本プロレス最強コンビです(笑)
これで長州力選手が率いる維新軍コンプリートです
あれ?ヒロマツダ選手は維新軍にいませんでしたっけ? ・・・狼軍団だったか(笑)