小説『潜水艦オリドンナノラ』下 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『潜水艦オリドンナノラ』下

徳村慎



9.ピエルたちが侵入


潜水艦の下部ハッチが開いているらしい。ピエルたち3人が乗り込んで来た。

潜水艦内でバルカン砲の音が響く。
残りわずかな少女乗組員たちの悲鳴もすぐに消えた。そりゃそうだ。本当に少ない人員だったのだから。全滅だ。全員死んだのだ。

そして艦長室の扉が開いた。3人が入って来る。その瞬間、半魚人は、つまり彼女は、3人に次々に噛み付いた。

「殺せぇ!」

バルカン砲で艦長室内がボロボロになった。読んでいた小説『ピエル』でさえ。

彼女は、ドラゴンの姿に変わった。中身がスカスカの黒いドラゴン。ナノマシンでも限界はあるらしい。

ピエルを食べた。そしてその身体を栄養にしてナノマシンは増殖する。ピエルはドラゴンに取り込まれたのだ。

「逃げろ!……この巣から逃げるんだ!」
アリマが叫ぶ。

「アリマ、来い!」とサンダも叫ぶ。
バルカン砲を撃ちながら撤退する侵入者2人。

僕は金庫の扉を開ける。
すると中から12歳の少女カノンが現れた。
「もう終わりなのね?」

「いや、まだだ」

中身の無いドラゴンたちが舞い降りて、アリマとサンダを追い回す。そしてドラゴンの1匹は少女乗組員の死体を全て回収していく。明日になれば少しは戦える乗組員が生き返るのだろうか?

この戦争は死体同士の戦いだったんだ。僕だってたぶん死んでいるのだ。ただ、違うのは、向こうの死体は記憶を復活させられるらしいという点だ。つまりピエルは何度死んでもピエルなのだ。しかし、彼はナノマシンに変わってしまった。

カノンが新しい本を渡す。小説『ピエル』だ。「ありがとう」と僕は答えて艦長室を出て科学医療室へと進む。

科学医療室内には死体があふれかえっている。次々に巨大なガラス瓶の液体に浸けられる。死体再生ロボットが動き回る。僕はふと自分が自分でないような感覚におちいった。離人症なのか、乖離(かいり)というやつか。


10.『ピエル』第5章

*艦長は科学医療室内で小説『ピエル』を読んでいる。

おおう。ロリータ。見事にロリータ。完璧なロリータにもう出会えないと思っていたんだ。話が出来るなんて最高じゃないか。髪はどのぐらいの長さなの?

「んっとね。肩ぐらい。ってか外見から話に入るんだ。エッロ~い」

つまらぬ思い過ごしだ、と。しかし今、それが明確な姿を現した。……そう『嘔吐』に書いてある。少女が明確な姿を現すのと、自分の心理状態が変化して影のような悪のような塊が何やら分からぬままに存在を明確にするシーンだ。

変わったのが自分だと感じるのが不愉快な解決であると書いてある。雨音は変わるのに愉快ささえあるのに。そういえば、また雨が降っている。

自分の身体がリンパ液か、生ぬるい牛乳でいっぱいであるような気がしていた。『嘔吐』のシーンだ。蓄膿(ちくのう)のナノマシン手術を受ける前後で感じていたことだ。自分の身体が膿(うみ)で出来ているかのように錯覚する。結局、小説を自分の都合で解体してみれば、それも読書のひとつのスタイルではないか。

神仏と同じである12歳の少女(まあ、幼女と言っても良いのかも知れないが、僕の言葉の好みは少女なのだ。)が遠ざかったり近づいたりしている。

つまり少女の居る世界は地震抑制が分岐点となってパラレルワールドになっている世界であるのか。本当にパラレルワールドなんてあるのだろうか?

しかし、「ドクシャ」が本当に「読者」を指す言葉であるのなら、少女は本によってこの僕の世界をパラレルワールドと感じているのだ。それでは作者の存在がどこかに無ければならない。僕の言葉がどこかで拾われて活字になっているのだろうか?

「あなたの世界はパラレルワールドなのね?……でもなんで小説になっているの?」

昔読んだ『はてしない物語』には主人公が本を読むシーンがあり、主人公でさえ本の読者だった。そしていつしか本の世界に入り旅するのだ。少女は僕が主人公の本を読んでいることになる。

雨よ永遠に続いてくれ。そうすれば少女との会話は終わらないだろう。この世界が小説の世界ならば可能である気がした。

地震抑制により時空間の捻(ね)じれが生じて2つの世界に分かれた。32歳の僕は1997年に19歳だった。

「アレ?……変ね。今は2016年なのよ。1997年に19歳なら1998年に20歳でしょ。ええと、それじゃあ、そっちの世界は2010年なの?」

未来がどうなるか教えてくれない?

「でも、こっちの未来がそっちとつながるとは思えないけど」

でも教えてよ。

「スマホとかスマートウォッチとか。3DSに2DSでしょ。位置ゲーのポケモンGOの流行とか。来年には任天堂から新しいゲーム機が出るんだってさ」

全く分からない。そういうのはこっちでは脳内チップしか無いから。でも任天堂ならあったぞ。僕が高校生の頃はプレステに押されてたけど。

「脳内チップってコッチよりよっぽど未来じゃん。ってかプレステって最初のヤツ?」

うん。『ときメモ』が流行ったんだよね。

「その頃は、つながってたんだね。ってかリオオリンピックが終わったよ」

オリンピックは戦乱で多分なくなったよ。参加国を少なくして続いている可能性もあるけど、少なくとも日本は参加していない。世界中が怪物たちに襲われているらしいけど、海外のニュースが伝わることは無いんだ。ネットでは様々なウワサが都市伝説化していてオカルトの世界になっているしね。何故か世界の情報が正確に伝わることもない。ネットの世界も虚構の世界なんだよ。そっちの世界は平和なんだなぁ。

「地震が起きた分だけ平和なのかな?……ところで、あなたの名前はピエルで良いの?」

うん。ピエルだよ。

「大人なのに私に優しい言い方するんだね」

うん。僕は優しいよ。君みたいな心の優しい子と喋ってるのが好きなんだ。

「でも好きにならないでね。キモオタのロリコンなんてシャレになんないから」

そ……そうかな?……まあ、そうかもね。ははは。

「あはは。んなわけないよね~」

んなわけないよぉ。ははは。
この乾いた笑いはなんなんだ?……ってかロリコン丸出しじゃねぇか。太陽だと思った少女は光があまりに強過ぎて僕の心は焼け死んだ。

そういえばニュースが流れないのは変だ。幾らなんでも海外のニュースぐらいネットに流れても良いのに。もしかして、もしかしたら、海外の国は滅びたんじゃないのか?……じゃあ、怪物たちは誰が作ったんだろう?

こんなに科学力があるのは日本地下科学組織だけじゃないのか?……じゃあ、何の目的で?

私は、独りで、完全に独りで生きている。『嘔吐』の言葉。少女は僕になんか興味無いのだ。僕は孤独なんだ。少女は来世に結ばれるソウルメイトではなかったのか。

彼女には1日に1人の男が必要だ。だから私以外にも大勢の情人を持っている。『嘔吐』

少女は12歳にしてみだらなのか。そうかも知れない。それともこれは彼女の未来であるのか。

私の思想は大抵の場合、言葉と結びつくことがないので、霧のままでとどまっている。『嘔吐』

これは少女の頭の中だ。脳内にチップが無い旧時代の人間にとっては思考は霧のようなものだ。

僕は灰色のピカチュウを持っている。本当はピカチュウではないのだが、ある少年に説明する時にこれは灰色のピカチュウだと言ったのだ。灰色のピカチュウ。白色のピカチュウ。世の中はピカチュウのぬいぐるみだらけでピカチュウ以外のぬいぐるみは存在していないのだ。

内面生活とたわむれるほど、私は童貞でもなければ聖職者でもない。『嘔吐』

いや、それどころか、何にも成れなかったのだ。何にも。

それは甘ったるい嘔気(はきけ)のようなものだった。『嘔吐』

少女が自分から離れるような不安のためにしばらく少女の声が聞き取れなかった。

木曜日朝    図書館にて
『嘔吐』より

連想は図書館にて、だけなのだが、思い出す。図書館に行くと楽しい。全てが読み切られることなく僕の方が先に死ぬという事実に楽しくなるのだ。そう言ったら少女は「私は逆に不安になる」とだけ言った。図書館の本の多さに不安になるなんて病的だというか、小さな身体で不安を受け止めているのを知ったら、少女を抱きしめたくなった。安心して良いんだよ、と。

審理を受けることなく五カ年の牢獄生活を過ごしてから死んだ。『嘔吐』

少女は光を見ずに光を恨んで死ぬのだ。そんなイメージをした。君の名前を訊いて良い?「ダメ。好きになっちゃうから」もう好きになってるから訊いたのだ。万葉集に出て来る天皇が名前を訊いた歌は結婚の申し込みであったとか。つまり少女とは結婚出来ないのだ。つまらない世界だな。パラレルワールドなんだ。もっと自由にさせろ。ってか向こうがパラレルワールドでこっちが本物なんだから仕方ないか。

パラレルワールドのこちら側を戦争世界、あちら側を地震世界と名付けるとしっくり来る。

「熊本の震災も無かったんだよね?」

無い。地震が起きない世界なんだよ。戦争世界は。

超自然の存在を神と呼ぶのなら少女は神ではないのか?……僕の頭にだけ聞こえる声。幻聴かも知れない声。きっと可愛い少女なんだと確信出来る声。色んな声を聴かせて欲しい。死んだらどうなるんだろう?……少女に会えるのか?……逆に会えなくなるのか?……嫌だ。死ぬのは嫌だ。

また雨が弱くなり強くなり。
ピエルは眠るアリマの方を向いてため息をついた。


11.再び海へ

中身のないドラゴンやキマイラやキュクロプスたちが解体して何百人もの半魚人に変わった。そして球体の群れとなって潜水艦オリドンナノラを包み込む。

瞬間移動をしたのだろうか?……海だった。コレミツガルドは滅んだ。この半魚人たちの力なのだ。さっきの砂漠は大阪だろうか?……それともクマノディアの存在する熊野地方だろうか?

とにかく海に戻れたのだ。半魚人の彼女がやって来た。少女乗組員の間に緊張が走る。彼女は言った。「もう攻撃しないで。だったら解放してあげるから」

そうだ。これから潜水艦オリドンナノラは半魚人を探すフリをするだけだ。世界中を旅するのも良いかも知れない。彼女を下部ハッチから逃がして、僕は腕を組む。

本当にこの潜水艦は夢を見たりするのだろうか?……あれは彼女の嘘だったのではないのか?……パラレルワールドは存在するのだろうか?……単に隣の国を見ただけなのかも知れないじゃないか。僕は第一、陸上のことなど何も知らない。海中のことさえ分からないのに。

江戸時代は海ムカデという怪物が考えられたと南方熊楠は『十二支考』に書いている。それはクジラの骨が打ち上げられてムカデのように見えたのだろうなどと語っている。しかし、和歌山県の白浜で実際に見つかった細長いオニイソメは直径2.5cm、体長3mだったという。昔の人の考えた怪物のようなものが海には実際に棲んでいるのだ。そうだ。僕は海中のことなど何も分かっていないのだ。

それが遺伝子工学技術の発達でさらに大きなものが生み出されるとしたら。例えば、半魚人たちのような。

僕は死んだ彼女を生き返らせたい一心で科学者の仲間たちに頼んで半魚人を作り上げた。彼女と呼んでいるが彼女ではない。しかし、彼女は彼女そっくりで。半魚人の彼女も、やはり彼女なのだろう。その後死体を生き返す技術は世界中で発達した。いろんな研究がある。いろんな技法がある。彼女に思い出させることも可能であるという希望も無いではない。しかし、生き返らせてどうするというのだ?

半魚人たちは美しい。美しい彼女たちは海の底でずっと誰にも触れられずに生活しているのが良いのではないか?

卵生で卵を何百と産み付ける姿も美しい。その卵から孵(かえ)った半魚人たちが泳ぎはじめる姿も美しい。ああ、生命は美しい。

水槽で僕たちは出会った。彼女が僕の肩を噛むまでは良い関係が続いていたのだ。

また、12歳の少女カノンが金庫の中でピエルに話しかけているらしい。ということはピエルは生き返ったのだろう。彼の死体はナノマシンになったはずだが、どこかから持ち出した新たな生き返らせる技術が使われたに違いない。髪の毛数本から培養して甦るものだろうか?……万能のナントカ細胞に変えて作り上げてから培養したのか?……それともDNAさえあれば可能なのか?……僕が科学者たちとともに学んで来た遺伝子工学とはケタ違いのレベルかも知れない。ピエルが復活したのならば。しかも細胞分裂のスピードまでコントロール出来るのだろう。

潜水艦オリドンナノラは新陳代謝して内から生まれ変わっていく。本当に潜水艦が夢を見るのならば、僕らが小さなパラレルワールドに居るのは当然だ。しかし、夢自体を録画して交換出来る技術が生まれているピエルの世界ならば、他人のパラレルワールドにまで侵入可能ではないか。では他人の物語とつながったピエルはピエルと言えるのか?

つまり僕はピエルなのかも知れないではないか。アンドロイド殺しの専門家がアンドロイドなんてことと同じになる。ドッペルゲンガーとは自分の姿を見ることだった。そして見ると死んでしまうのではなかったか。

そうだ。だから12歳の少女カノンも大好きなのか。好きの範囲が広がり過ぎて近頃誰のことを好きなのか分からない。彼女が死んだことやその彼女に似た半魚人に噛まれたことで少女が好きになったのかも知れない。

そうだ。僕は潜水艦オリドンナノラの艦長ピエルだ。

(了)