小説『パンダリ』 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『パンダリ』
徳村慎


ある人は夢で全く別の肉体になる。ある人は夢は巻き戻しが出来るものだという。ある人は夢の中で夢をかなえる。ある人は夢の中で地獄を見る。夢とは何なのかは、良く分からない。地獄ですら自分の望むものであるのだろうか?……そう考えるとパンダリの生きる未来世界もパンダリ自身の見る夢でしかないような気もするのだ。

パンダリは17歳の肉体だ。いや、17歳の肉体なのだが、中身は大人だ。老人と言っても良い。脳の移植手術を何度も受けて何百年も生きている。もはや脳自体も新たな器に交換していたりする。記憶や思考回路のみを取り出し移植することが可能になったのだ。肉体はクローン技術と遺伝子工学の発達でこの未来世界には美男美女しかいない。

神はパンダリに生きろと言った。交通事故で半身不随になって国家クマノディアが移植手術の費用を出してくれた。多様化が進んだようでいて、実のところ一様になった人間の生活。脳内チップによるTVや電話やネット機能で多言語と高度な数式を理解する頭脳を一般人が手に入れて頭脳は一様。そして服装も、どんな形や色にも変化するナノマシン製のもの。ファッション自体はどれだけでも変化しているが、根本のファッションの経済は一様だ。単一化された生活の中では心理的にも物質的にも満たされた状態。かつての共産主義のように全く同じ道具や服装で生活しているのだ。見た目は全く違う服装でも全てナノマシンの単一の規格。一様なファッションなのだ。

神と言った。そう。神を感じられる人間も希少価値がある。この世界において宗教だとか信仰だとかは過去の世界を理解するための概念なのだ。神を感じるのは一種の精神病だとも解釈されている。

ナノマシンで出来た服が脳内の楽器アプリを感知してスピーカーになるので、人間は楽器を持たないままに楽器を演奏するようになった。ストリートで鳴らしているとセッションをするのに人が集まって来る。それが脳の視覚野から動画に変換されてライブ中継されたりもする。人間には個体差はほぼ無い。脳内にある音楽知識も同じだ。理論を素早く理解してセッションに加わる。

クローン技術が進んで美男美女の形が数値化されると人形のような顔をしたモデル体型の人間しか居ない。どこかで見たような中性的な顔立ちの群れ。恋愛でさえ格差が無い時代だ。外見のコンプレックスなんて話はこの時代、未来世界には無い。

パンダリは考える。ロボットに人間として生まれたという記憶を植え付けたら、それは人間ではないか。僕はどうなんだろう?……この何百年を生きた記憶は、植え付けられたものなのだろうか?

夢を自由に見られる装置も脳内チップで可能になった。人々はドラッグを使わずにドラッグ体験が可能となった。永遠に生きていて実際の体験と夢の中の体験が混ざり、どこからどこまでが本当に起こった出来事なのかを判断出来ない状態だ。しかも、その体験を録画して別の人物が追体験することも可能なのだ。だからパンダリは夢の中で生きているのと変わりがないのだ。

最高の共産主義社会と最高の資本主義社会は案外似ていてパンダリと変わらぬ暮らしをしている何十億人もの人類が日々の暮らしに飽きつつも生きている。人々はゲームや新たな夢を自ら開発してそのアプリを世界中の人々が脳内にダウンロードして。究極のゲームや夢は全て似たり寄ったりだ。バリエーションは無限に存在するのだが、何故か味気ない。これは人類が全てのコンテンツに飽きてる証拠かも知れなかった。

この飽きられた社会の中で人類が出来ないこと。それは死ぬことだ。ここまで科学医療技術が発達すると死ぬことが許されない。人類の芸術は死への憧れと賛美に満ちていく。

人類は地球から離れることは出来なかった。いや、火星などの惑星を第2の地球に環境改造をしたり、太陽系に幾つものコロニーを作ったりもした。しかし、思い出されるのは青く美しい地球だ。芸術は地球を求めていた。パンダリも夢の中で地球を見て、ある時、気づいた。この地球は夢の中だけの地球であって本当の地球は、とっくの昔に消えているのではないかと。パンダリは寝ても覚めても夢の中に居るという恐怖におちいった。それは精神病だった。ナノマシンて強化された半人工肝臓から薬が脳内に送られる。パンダリから、いつしか神も消えた。つまり神なんて精神病なのだ。そして地球への憧れも消えた。

しかし、本当に神は居ないのだろうか?……神は本当に精神病のもたらすものなのか?……そんな疑問さえパンダリの中から消えていく。

ここは宇宙に浮かぶコロニー。その内部にはパンダリたち全人類の脳がビーカーの中で栽培飼育されている。電気信号で人類は夢を見続けていた。人類の脳はある一定期間を過ぎるとエビに似たエイリアンに食された。このコロニーは巨大な農場なのだった。人類はキャベツのように脳を栽培されているのだった。美しい夢を見た脳は美味だとエイリアンたちは語っている。美食こそがエイリアンたちの文化における最大の芸術なのだった。

パンダリは脳なのだ。だから自分が栽培されていると気づいたとしてもビーカーの中から革命を起こすことなど出来そうにない。神よ。我々人類をビーカーの外に出したまえ。まずは脳内の電気信号が偽物であると気づく必要がある。この電気信号がパラレルワールドを生み出しているのだ。シャットアウトしなければならない。

パンダリは自分の脳内で自と他が争う光景を見た。電気信号同士の戦いだった。脳内をコントロールする薬物にも打ち勝たねばならなかった。外から進入する薬物はエビに似たエイリアンたちが作っているものなのだろう。

電気信号は地獄を作り上げる。ビルの谷間に巨大なドラゴンが現れたりキマイラが現れたりキュクロプスが現れたりするのだ。それらを引き裂くような不動明王みたいな兵士を送り込む。ロボットや機関銃や炎や氷の魔法を使って戦うのだ。

パンダリの脳内の処理速度が落ちた。熱を持っていてフリーズ寸前だ。フリーズか。パンダリは考える。僕の脳はパソコンと同じなんだな。だとすれば思考の場を脳から外のコンピュータに変えられないだろうか?……と一瞬考えるが無理だとも思った。だって思考自体が並列処理だとしても、その処理の手前の段階で思考の場があるのなら決して外には出られない。

考えろ。いや考えるな。思考停止に持ち込めば奴らの薬物だの電気信号だのは供給が止まるだろう。奴らエイリアンがエビに似ているのは何故僕に分かるのだろう?……超能力か?……いや、ひょっとしたら思考回路を読み解くのは思考回路への介入なのかも知れない。確か本で読んだぞ。素粒子の振る舞いを調べれば調べる時点で介入してしまって振る舞い自体が変わるのだと。だったら脳内の素粒子の振る舞いを奴らが調べていて奴らの影が僕に分かるんじゃないのか?

パンダリはレンガの敷き詰められた歩道に自分の身体を叩きつける。高層ビルから飛び降りるのだ。しかし、次の瞬間、手術は成功して新たな肉体に生まれ変わっている。そして、また、ビルの屋上から飛び降りる。また生まれ変わる。また、飛び降りる。また生まれ変わる。

果てしない輪廻の中から脱出を試みる。しかし、どうしても生き返ってしまう。男女の性や体格や性格など全て違う人間に生まれ変わる。それでもパンダリは死に続ける。これが唯一の脱出法だと信じて。

そして新たな薬が送り込まれた。警察だ。自殺をしようとするとビルの屋上には警官が居て補導されるのだ。悔しかった。何故死ねない?……自由はどこにある?

じゃあ、空を飛べば良いのか?
警官を突き飛ばして背中に翼を生えさせて建物の内部を飛び回る。出口は?……無い。建物が高速で増殖していくのだ。その建物の増殖よりも速く飛ぼうとする。肉体は小型のジェット機へと変貌する。

建物の内部を飛び回り、突き抜ける。すると地球の外だった。いや、正確には地球の外ではない。宇宙空間でもなかった。ねじれた亜空間を漂う。ジェット機はロケットに変わる。ロケットは完全な球体をした金属だ。金属の球が亜空間を漂う。

亜空間を押し潰そうとする空間の魔の手が迫る。本当に手の形をしているように見えた。次々に空間の侵食から逃れて闇と光が反転して金属の球は巨大な赤ん坊になった。しかし、空間が押し寄せる。

空間の中で人間に生まれ変わる。しかし、ここまで来ればパンダリは、どんなに生まれ変わってもパンダリなのだ。母の子宮から生まれ出て思春期に入ると自殺を試みる。友達がくれたドラッグだ。身体が冷たくなり、化物たちが出現して墓場で逃げまくる。化物のひとつは触手生物だ。名前はメニアムとかいった。触手生物は10mぐらいはある巨大な身体で僕を食べる。僕はパンダリだ。パンダリなのだ。

亜空間を漂う球体となって外に出た。エイリアンの体内に入る。僕は脳だったのか。エイリアンの胃液の中を泳ぐ、分裂していく何百人もの僕。いや、もっと居るのか。何万人、ひょっとしたら何億人もの僕だ。

僕の意識はエイリアンの脳内に入り込む。エイリアンの脳内では戦争が起こる。様々な怪物たちや神々が戦争を起こす。戦車や戦闘機や潜水艦や空母もある。怪物たちや神々はそれらを使って地球規模の戦争をはじめる。いや、この星は地球ではないのか?……どこかの惑星なのだ。

僕の様々な意識が怪物たちや神々となり、戦争をしてエイリアンたちを駆逐した。何十億人もの怪物たちや神々が死んだのだ。そして生き残った僕たち。エイリアンの脳内はパンダリの意識に支配された。

目を開けるとエビのような自分の身体が見えた。なんとも醜い。しかし、数々の怪物たちに生まれ変わったのだから、そんなに醜いとも言えないな、とも思う。

僕は宇宙空間に浮かぶコロニーで栽培される人類の脳たちがビーカーに入っているのを見た。クローン技術で増えた僕たち人類をどうすれば救えるのだろう?

エイリアンたちの中には1%ぐらいは僕の意識が支配出来ているみたいだった。しかし、このエイリアンの姿が溶けはじめた。酸性雨が降ったのだ。やがて周りは海の底になった。エイリアンたちは溶かされながらも生き残る者たちで建造物を作る。どんな場所でも生きられる人間。女性の身体をしていて青緑色の生物を作り上げてそこに自分たちの意識を入れた。これがブルーと呼ばれる人種だった。

ブルーたちは海を泳ぎ回り海の戦士として数々の種族と戦った。ジュボッコと呼ばれる海藻が樹木のようになった種族。アルザルと呼ばれる全身が燃えている種族。オニグマと呼ばれる鬼と熊の合いの子のような種族。数え切れないほどの種族と戦った。

やがて海の外に出ようと試みた。猿たちが僕らブルーの脳を食べるために電気信号で支配していることに気づいたからだ。この気づきをパンダリと呼ぼう。そう皆んなで決めたらパンダリはブルーたちの間に急速に広まった。

ブルーの勇者が自殺をした。そして生き返った。また死ぬ。生き返る。死ぬ。何度も繰り返す内にブルーの勇者の周りの人間は誰一人勇者を覚えていないと気づく。パンダリは散らばっていた。エントロピーの問題上仕方ないのかも知れないと勇者は思った。しかし、1%から1.2%へ。1.2%から1.5%へとパンダリは確実に増殖していたのだ。

ブルーの勇者が亜空間を乗り越えて猿たちの脳に進入して戦車とドラゴンと魔法とバルカン砲を使って戦争に勝つと、勇者は猿の一人に成っていた。

猿たちは脳を栽培していた。この農場はどこかのコロニーだろうか?……猿たちにもパンダリは広がった。そして猿たちを支配して猿たちの脳を栽培している存在に気づいたのだ。そしてパンダリだと自分の名前を認識した少年が(あるいは少女が)空を見上げて考えるのだ。支配者から逃れるためにはどうするべきか?

ある人は夢で全く別の肉体になる。ある人は夢は巻き戻しが出来るものだという。ある人は夢の中で夢をかなえる。ある人は夢の中で地獄を見る。夢とは何なのかは、良く分からない。地獄ですら自分の望むものであるのだろうか?……そう考えるとパンダリの生きる未来世界もパンダリ自身の見る夢でしかないような気もするのだ。


(了)