小説『牙を抜かれたライオン』
徳村慎
牙を抜かれたライオンが言った。「お前に屈するとは、はがいわ。はがいのう」
キマイラが軽く答える。「翼を持たぬライオンがキマイラに歯向かって勝てると思うたんか。馬鹿が。負けて牙を抜かれて、疲れ果てて。夢も希望も無いゆうて涙流すんか。ははは。馬鹿が」
馬の死体に蝿が飛び回る。馬はライオンの友だった。救えなかった。キマイラの攻撃から逃げ回るのが精一杯だった。友が目の前で殺されてもライオンは無力なままだった。
キマイラが軽く言った。「さあ、どこへなりと逃げてくらんし。逃げて逃げて全てから逃げ回るがええわ」
ライオンはキマイラに背を向けて廃都大阪から抜け出すことにした。
海岸線を歩き続けていると、少年たちが駆け寄ってきた。色の浅黒い少年は言った。「やあい。負け犬、負けライオンやあい。牙無しのライオンなんざ、怖くねぇやい」
色の浅黒い少年はナイフでライオンの右肩を斬りつけてえぐる。激痛でライオンは歩けなくなった。「ここがわしの墓場かいな。あっけないのう」
少女が出て来て言った。「やめて。ライオンさんが可哀想よ」
色の浅黒い少年は少女を馬鹿にした。「なあにが可哀想だよ。さんざんコイツら偉そうにしとったけえ、こんぐらいええんじゃ。顔に傷があるお前も牙を抜かれたヤツの仲間やろ。死んだらええんじゃ」
少女は顔の傷を隠してフードを被り直した。目に涙が光った。「もうええから、ほっといて」
ライオンは森の中にある少女のねぐらへ案内された。ライオンに手当てをする少女。
少女は名前を言った。「わたし、ヒヨコっていうの。ライオンさんは名前がある?」
「特に名前は無いさ。ありがとよ。牙さえありゃ、あんな少年なんざ喰い殺してやるんだがなあ」
少女ヒヨコは少ない食べ物を分けてから眠った。少女ヒヨコにとってライオンは久しぶりにあたたかな言葉を交わす相手だった。
だから少女ヒヨコはライオンに恋をしていたのだろう。眠る前にお互いの大事な部分を舐めあった。
その夜、少女ヒヨコが見た夢は、少女ヒヨコのお腹の中にライオンが子供として宿るものだった。
ライオンは翌朝から少女ヒヨコを守ることに全力になり、自分が馬鹿にされても笑ってすませるようになった。
熊野古道中辺路を歩いた。少女ヒヨコが疲れればライオンは背に乗せて歩いた。
中辺路で岩のゲハニタスクが仲間になった。「俺も仲間に入れてぇや。美味い酒も飲ましたるさかい」
その夜、少女ヒヨコが見た夢はライオンが空を飛ぶものだった。
3人は森の中を進んだ。するとウサギが手招きしている。ゲハニタスクが言った。「おおい。どこへ連れてく気ぃなら?」
ウサギに連れて来られたのは白の女王の白い岩壁だった。この岩壁を白亜城と呼ぶらしい。
女王が森におりてきて言った。「ライオン。そなたの牙を作れる石工(いしく)が城におる。もしも、そなたが魔法使いガルムスをここに連れて来たなら白い石の牙を与えようぞ」
ライオンが尋ねる。「ガルムスとやらは、今、どこにおるんです?」
女王は答える。「クマノディア首都新宮にいると聞きます」
その夜、少女ヒヨコが見た夢は、ライオンが吠えると地震が起きるものだった。
山道をライオンと少女ヒヨコと岩のゲハニタスクの3人が進み、ついに新宮へとたどり着いた。
巨大なひとつの建造物で出来ており地下には電車を走らせているという都市新宮。この巨大な建造物のどこにガルムスという魔法使いはいるのだろう。
都市新宮に入ると太陽という名前の女が中流階級地区を支配していた。太陽は宗教家でありながら資本家でもあり、中流階級の尊敬のまとだった。
太陽のために農作物を水耕栽培する農業ビル。そこで働く男が言った。「太陽さまがいてくれてホントにええよ。しかしなあ、ガルムスさまが機嫌をなおさんで出ていっちまってなぁ」
ライオンが尋ねる。「なんで魔法使いが機嫌を損ねたんですか?」
農作業の女が答える。「そりゃあ、太陽さまが支配しようとしたもんでだ。自分の周りにいろんな男を働かせたいと願っとるんだわ」
別の男が言った。「おめぇ、余計なことを言うんでねぇよ」
その農業ビルから脱走したサボテンがライオンに言った。「俺も仲間にしてよ。太陽が照らすとこは確かに住みいいんだがな。刺激が足らん」
その夜、少女ヒヨコが見た夢はライオンが死んでしまうものだった。
ライオン、少女ヒヨコ、岩のゲハニタスクに、サボテンを加えた4人で都市新宮の地下へと向かった。
地底人ゴルムが現れた。「この地底世界に何しに来たんや?」
少女ヒヨコが答える。「魔法使いガルムスを探しているの」
地底人ゴルムは答える。「ガルムスならクスノキの種を奪って地上に逃げたぞ」
その夜、少女ヒヨコが見た夢はライオンが2人に分かれてそれぞれの人生を歩むというものだった。
下流階級の地区に進むと機械のスクラップからロボットなどを組み上げている工場があった。牛頭人(ぎゅうとうじん)のガリエルが工場長をしていた。
岩のゲハニタスクが尋ねる。「魔法使いガルムスはどこや?」
牛頭人ガリエルは答えた。「ロボットを盗んで逃げたのさ」
その夜、少女ヒヨコの見た夢は、ライオンが少女ヒヨコを噛み殺すものだった。
都市新宮を出て熊野川に出ると魔法使いの集団がテントを使って暮らしていた。
サボテンが尋ねる。「ここに魔法使いガルムスはおらんかいや?」
魔法使いの少年が答える。「いるぜ。案内してやろう」
ガルムスはテントの中で儀式をしていた。赤ん坊にクスノキの種を潰した汁をふりかけて呪文を唱える。「これで地震が起きるはずだ」
ライオンが言った。「ガルムス。白亜城へと来るんや」
魔法使いガルムスが言った。「俺のロボットに勝てるならな」
ロボットがライオンに襲いかかる。ライオンは素早く身をかわす。
少女ヒヨコが松明(たいまつ)でロボットを叩く。ロボットがよろけた。
岩のゲハニタスクが体当たりするとロボットの足が曲がった。
サボテンが針を飛ばしてロボットを刺す。
ライオンがガブリと噛みついてロボットは壊れた。
魔法使いガルムスが拍手した。「いやあ、実に面白い戦いだった。君たちの言う通りに白亜城へと向かうことにしよう」
その夜、テントの中で少女ヒヨコはライオンと愛し合った。背後から愛撫されて上になり下になり。愛の悦びの中でますます少女ヒヨコはライオンを好きになった。
ライオン、少女ヒヨコ、岩のゲハニタスク、サボテン、魔法使いガルムスの5人は、山道を進んで白亜城にたどり着いた。
女王は言った。「願い通りに牙を与えよう」
石工たちが作り上げた見事な牙をライオンは装備した。
魔法使いガルムスは魔法で白亜城を巨大なものに変えた。そして5人は龍の背に乗り廃都大阪へと向かった。
キマイラがライオンたちを見つけた。「ライオンよ。お前がどんなに強くなってもわしは倒せんぞ」
魔法使いガルムスが呪文を唱えた。すると氷がキマイラを襲い、蛇の尻尾が死んだ。
少女ヒヨコが松明で山羊の顔を焼き殺した。
岩のゲハニタスクが体当たりでキマイラの体力を奪う。
サボテンが針を飛ばしてキマイラの攻撃を封じた。
ライオンはとどめの攻撃。白い石の牙でガブリと噛みついてキマイラを退治した。
キマイラは地獄への扉を開き、立ち去った。何百年かは地獄で過ごして体力を回復させるつもりだろう。
少女ヒヨコはライオンにキスをした。皆んなでワイワイ食事をした。明日は別の国を目指すつもりだ。いつしかお酒も入って話疲れて眠りについた。
月が優しく眠る彼らを照らしていた。ライオンの毛並みをときながら少女ヒヨコもぐっすりと幸せそうに眠っていた。
(了)
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