小説『ガルムスと少女の旅』5
徳村慎
朝もやの中で翼の生えたゾウや脚が何十本も生えたワニを見た。熊やウサギや鹿やタヌキも同じ方向へと進んでいる。
ガルムスが目を細めて遠くを見つめる。「向こうに居るんだな」
滝の近くに来た。様々な動物が集まっている。ポロンポロン。時々、ウクレレの音が聞こえた。そして静かになった。狼が「うぉおおん」と鳴いた。それがキッカケとなって動物たちは次々に鳴き声を上げる。光が差し込んだ。天女が舞う中で観音さまが手を差し伸べているような姿が一瞬だけ見えた。
5mほどの高さのモグラが「こっちだよ」とガルムスに声を掛ける。
地中のトンネルを通り抜けると白い枯れ木の立ち並ぶ草原に出た。植物たちが風という言葉を操っていた。それが分かる自分が不思議だった。数多くの動物や植物が同じ方向に歩いて行く。ギュウギュウ詰めの満員電車みたいだ。20cmぐらいの二足歩行の牛が言った。「俺を誰だと思ってるんだ?……ウシさんだぞ?」黒猫が答える。「はいはい。これからお祭りですねぇ」
ユニコーンがサラマンダーと共に歩いて行く。翼の生えたライオンが笑って何かをネズミに語り掛ける。空飛ぶゾウや空飛ぶキリンや空飛ぶクジラが追い付いて来た。コボルトたちが犬の背に乗ってやって来る。
ヒマワリの青年がフルートを吹きながら歩いている。シュロのお兄さんがスキップしている。シダ植物の女の子と杉のお爺さんが手を繋いで歩いている。ほんっとにギュウギュウ詰めで歩いている。ガルムスと岩鉄さんとトイちゃんと私は手を繋いではぐれないように歩く。
朝もやの中で私たちは、いつの間にか舞台の上に立っていた。動物や植物たちは舞台を囲んで見守っている。いや、良く見ると石ころなんかの鉱物もいるようだ。観客に囲まれているみたい。
もやの中からウクレレを持った少女が現れた。幽霊のように蒼ざめた顔だ。そのウクレレは普通にフレットが打っていない。スケールが弾けるように打ってあるようだ。そして倍音弦が張ってある。ひょっとして……ロクリアンウクレレなのかな?
ガルムスが声を掛ける。「そこの君、君の持ってるのはロクリアンウクレレかい?」
「そうよ」と少女が答える。
ガルムスが「じゃあ、君が……」と言ったきり言葉が出て来ない様子。
岩鉄さんが私とトイちゃんに話してくれる。「ロクリアンウクレレは、ロクリアンに倍音弦を調弦してあってな。メロディと共に奏でる旋律で人の心を捕らえるんやで。あ、ロクリアンちゅうんは、昔、ギリシャで使われた音階でな。ドレミファソラシドやと普通はドで終わる曲が多いんや。それはドがトニックになっているっていう音楽理論なんやけど、メジャースケールとかイオニアンっていうんや。ロクリアンはシがトニックになってるって考えたらええんやな。シドレミファソラシやねん。あんな、あの子がガルムスの奥さんの魂を連れ去ってったんや。だから、あの女の子はヤバい魔物やねん。可愛い顔しとるけどな。それからガルムスは、まだちっさい時の女の子のバラスラに出会って落ち込んでた心が治ったんやな。だからガルムスのロリコンは、そっから始まっとんねん。せやから、ガルムスは、あのロクリアンウクレレを壊そうと思っとってなぁ」
ガルムスが言った。「ロクリアンウクレレを渡してくれませんか?……妻の魂を閉じ込めるのは良くないだろう」
ウクレレの少女は言う。「ああ、あなたがガルムスさんなのね。奥さんの魂を食べてからロクリアンウクレレは何も食べてないのよ。今度は誰を食べさせようかしら」
岩鉄さんが言った。「ガルムス。もうよせや。やめとき。ロクリアンウクレレは昔っからの伝説や。お前の奥さんは生き返らんよ。もう無理なんや」それを聴いて舞台の下の動物、植物、鉱物たちが、わああああっと笑う。
ウクレレの少女が言った。「いいえ。無理じゃないわ。私のウクレレに合わせてダンスが上手く出来るなら、返してあげる。さあ、踊りなさい」
ガルムスが、ぎこちないステップを踏む。トイちゃんが「私も」と踊りだした。「ねぇ。葉奈ちゃんも踊りなよ」
3人で踊る。ロクリアンウクレレの悲しい調べに乗せて。それでも次第に曲調は明るく変わって来た。岩鉄さんも木切れを拾って枯れ木を打ち鳴らし始めた。
ウクレレの少女が旋律を奏でながら言った。「中々の出来じゃない。凄いわね。ダンスも良いけど、その岩の鳴らすビートがたまらないわ。あらゆる音楽を聴いているみたいね。じゃあ、皆んな、もっと激しく踊って」
明るい曲の中で踊りまくる。ガルムスさんが手を打ち鳴らす。踊り疲れて動けないらしい。それでも必死に皆んなとリズムを合わせている。
トイちゃんと私はダンスバトルのようにお互いの技を競い始めた。交互に踊る事で休む事も出来る。ステップを踏むたびに汗が水滴になって風に乗って飛んだ。何故か私は夢の中に居た。身体は踊り続けているのに。
夢の中で、お母さんが私を探していた。私の好きな食べ物をいっぱい用意して。近所を駆け巡り、私を見かけなかったか尋ねていた。時々、スマホの私の写真を見て語りかけてた。ごめんね、と。戻ろう。熊野の森から。
夢が去った。ロクリアンウクレレはかき鳴らされ、岩鉄さんの枯れ木のパーカッションとガルムスの手拍子。私とトイちゃんはシンクロして踊り続ける。
ジャンッ。音楽が終わった。私とトイちゃんはポーズを決めて止まった。
ロクリアンウクレレのサウンドホールから魂が出て来た。それは人間の姿になり、優しい表情の女性になった。女性は声を出した。「ガルムス!」ガルムスは女性をギュッと抱きしめる。奥さんが生き返ったんだ。良かった。
帰り道はトイちゃんが見つけてくれた。いつの間にか熊野神社に着いていた。
朝日が照らす中でお母さんが石段に座って眠っていた。「葉奈ちゃん、ばいばい」トイちゃんは言って神社の奥へと駆けて行く。
私はお母さんの目が覚めるまで隣に座っていた。ずっと手を握り続けて幸せを噛み締めた。暖かな光が私たち親子を包んでくれていて、言葉なんて必要無いと実感した。お互いを包むのが温もりなんだと気付いた。お母さんは半分眠りながら「葉奈」と声を掛けて私を胸に抱きしめる。柔らかくて暖かな時間の中で私たちは眠った。親子ってこんなに良かったっけ。ふんわりと考える。これから、どんな苦難も乗り越えられる。ダンスのように大事な時間を過ごすんだ。ガルムスとの旅の中で私は、色んな事を学んだ。「ガルムスぅ。葉奈、頑張るよぉ」私の呟きを寝言だと思ったのか、お母さんがちょっと笑った。
(了)
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