小説『ガルムスと少女の旅』4
徳村慎
お昼は岩鉄さんが作ってくれた。ガルムスは黒いマントの中から何でも取り出す。これって魔法だよね。鍋みたいな物を取り出した。ダッチオーブンっていうらしい。岩鉄さんはハンバーグを作ってレタスとトマトのスライスと一緒にパンに挟んでくれた。これってハンバーガーだぁ。頰張ると肉汁が出て美味しい。岩鉄さんはオープンコーラというコーラを作るレシピも知っていてコーラも作ってくれた。
夕方は谷から山に入り竹藪を進んだ。「ああ、チョコ食べたぁい」トイちゃんが言った。「葉奈もぉ。チョコ食べたいなぁ」私も言った。
夕方、休憩に入ると岩鉄さんがニコニコしながらチョコを持って来た。「なんか、さっき男の人が来て、チョコあげるから、皆んなで食べてくれやってさ」トイちゃんは大きなチョコにかぶりつく。私も食べる。でも、なんだか、ブキミ。
夕方の休憩を終えて、「プリンが食べたいなぁ」なんてトイちゃんが言った。「そうぉ?……そんなにお腹空いてないけど」と私。トイちゃんはニヤリとして顎を軽く上げてイジワルな目つきで言う。「でも、出されたら食べるんでしょ?」
困った私は答える。「もちろん」
夜は川原で眠る事になった。ザクッザクッ。砂利を踏む音がする。そして立ち去る足音。寝ぼけて目の前の物を見た。プリンだと気付くまで少し時間が掛かった。
トイちゃんが朝起きて言った。「絶対、この熊野の森のアイドル、トイ様のファンね。とうとう、この日が来るとは」
私が深刻な顔を作って言い聞かせる。「トイちゃん。これってストーカーなんじゃないの?……葉奈、怖いよぉ」
「だぁいじょーぶよっ。何せ、私のシモベよぉ。危害は加えないわよ」トイちゃんはプリンを食べ終えてスプーンを振り回す。
「うーん。でも深刻な事態かもなぁ。ヤバいんちゃうかぁ?……結構なオッサンやったぞ」と岩鉄さんが朝食にハムエッグを作りながら言った。
「おかしい。考えてみれば、この僕に美少女のストーカーが付いて来ないのが、おかしいんだ」とワケの分かんない事を言うガルムス。一応50代に見えてたけど、バラスラさんが娘の頃に既にロリコンだった大人だったんだから……この人、何歳なの?
トイちゃんが悪ノリする。「じゃあ、昼食にはフカヒレスープとカニ玉チャーハンが食べたいよねぇ。葉奈ちゃんは、何が食べたい?」
困った私は小さな声で答える。「私、そんなの、いらない。何だか、胸が苦しいよ」
私たちは山を登る。森を抜けて、岩のゴロゴロした場所を進む。そして辿り着いた。昼食をとるための休憩地に決めていた低い山の頂上のベンチには「葉奈ちゃんへ」と記された胃薬が置いてあった。
トイちゃんが悲鳴を上げる。「ひえぇッ。私のファンじゃなかったのッ?」
私も悲鳴を上げる。「私のストーカーだあぁああああああッ」
ガルムスがボソリと言った。「僕にも可愛い美少女のストーカーが欲しい……」
岩鉄さんがツッコむ。「この後に及んで、ストーカーが欲しいって、アンタ、幾つなんや?……脳に蛆(ウジ)湧いとるんかいな?……しかも美少女のか。一緒に旅しとるトイちゃんも葉奈ちゃんも、中々の美少女やとは思うけどなぁ」
ぴょんぴょん。足音も軽く低身長な美少女がやって来た。「ねぇ?……この辺に、恋する悪魔来なかった?」金髪を風になびかせてキラキラしている。
岩鉄さんが「あの……誰ですのん?」と尋ねる。
金髪の美少女は名前を名乗る。「梨理(りり)だよ。悪魔退治に来たのだ」
ガルムス「おおお。美少女がやって来た。君って、もしや、僕のストーカー?」
トイちゃんが「な、ワケないじゃん」とツッコむ。「ケッコー、私のライバルなんとちゃう?」
梨理ちゃんが言った。「君が、悪魔の次のターゲットか。不幸なり」
頭が真っ白になる私。「ええ?……一体全体?」
梨理ちゃんが語る。「悪魔はねぇ。惚れやすいのよ。これで何人目なんだろう。刺されそうになった人も居るんだよねぇ」
真っ青になる私。「さっ、さっ、さっ、刺されそう?」
梨理ちゃんは真顔で頷く。「でも、大丈夫。私が守るから。悪魔め……。あっ!……ソコに居たのかっ。喰らえッ」石を投げる梨理ちゃん。
「ぎゃああ」岩の陰に倒れる男性。皆んなで見に行く。男性が倒れていた。
トイちゃんが引きつつ言う。「アンタ、容赦ないわね」
梨理ちゃんが悪魔を踏んずけて言う。「悪魔。ようやく我が手で退治が出来た。お前が私の作った惚(ほ)れ薬を盗んで人々に悪さをした……その報いを受けよ」
トイちゃんが言う。「ちょっと待って。アンタが惚れ薬を作ったワケ?……この極悪人」
梨理ちゃんは汗をかきつつ言う。「わっ、私は悪くないもん。た……例えば、盗聴器を作っても犯罪にはならないけど、使ったらダメじゃない?……それとおんなじ」
ガルムスが言った。「君って、何年か前に、もしや、僕に手帳を届けてくれた子かい?」
梨理ちゃんがハッとする。「が……ガルムスさん?……わ……私、実は、あの時、ガルムスさんの手帳を盗んじゃったんですっ。ごめんなさいっっ」
岩鉄さんが頭をスライム状の手でかきながら言った。「どういうこっちゃ?」
梨理ちゃんが顔を真っ赤にして涙目になって言う。「私、ガルムスさんの事が好きだったから、手帳を盗んで何を考えているのかを知ろうとしたんです。それからガルムスさんに好きになって貰いたくて惚れ薬を調合して。でも、それが悪魔に盗まれて。過去の私みたいなストーカーになった悪魔をどうしても許せなくて。私が退治しないと、いけないってなって。ホントにごめんなさぁい」
ガルムスが言う。「過去の事は水に流そう。そして世間が何と言おうとも、僕と君は恋愛をしていくべきだ」
梨理ちゃんが言う。「今は、好きじゃないんですぅ。ホントにごめんなさいっっ」
ガルムスが胸を押さえる。「し……心臓が痛い。頭も痛い」
岩鉄さんがガルムスの肩に手を乗せる。「そんな上手くいきっこないやん?……ってか、何事もタイミングやよなぁ。ってかガルムス、子供じゃないんやから、そろそろ恋煩いは、やめとかんと……。てか、お前、惚れ薬を体内で生成出来る体質なんちゃうかぁ?……脳内麻薬みたいな」
ガルムスは、こっちに背を向けて空を見上げて煙草を吹かす。ちょっと寂しげ。ってか、この人、マジで何歳なの?……夕焼け空を見上げて黄昏(たそがれ)ている。悪いけど、ウケる。笑いをこらえるのに必死。
梨理ちゃんと悪魔と呼ばれる普通の人が立ち去って、夜になった。岩鉄さんが何か料理を作っていて、私はトイちゃんとダンスを踊る。心地よい疲れがあって、開放感に満ちていた。
iPhoneから送信