小説『薬と仮面』2
徳村慎
目が覚めた。「これでアンタの夢を叶えたでしょ?」仮面の女は、機械で出来た義手でロープを解いた。僕は、椅子から崩れ落ちて床に転がり、涎(よだれ)を流しながら恐怖に目を見開く。一瞬、仮面の女が巨大な虫に思えた。僕の身体を脱皮して成虫になったのだと思えた。仮面の女の背後で透明な薬剤師が大笑いしている。僕に再び卵を産み付ける気なのだろう。幽霊を見てしまった。幻視と呼ばれるものか。幻覚は五感によって呼び名が変わる。幻が見えるものを幻視と呼ぶ。その禿げ上がった頭に卵を植え付けてやろうか、と考えて怒りと笑いがミックスして来た。禿げには卵よりも髪の毛を植え付けるべきだと考え直したからだ。しかし、仮面の女の背後で薬剤師は姿を薄くして消えていった。僕の怒りが消えたのだろうか?……仮面の女の瞳が悲しく光ったように思えた。僕に薬を飲ませるのが悲しいのならば、誰かに命令されている可能性も有る。いや、考え過ぎない事だ。誰かの命令ならば、命令の命令を出している者が居ないとも限らない。更にその上にも居るかも
知れない。気が遠くなると夢だろうか。学生時代の僕がビデオゲームについて友人と話していた。RPG(ロールプレイングゲーム)だ。竜の支配する街に姫を救いに駆けつけた。僕と彼は竜の魔法で世界の端っこに飛ばされた。熊野市。僕は彼と離ればなれだ。熊野市駅で鎧(よろい)や剣や盾が光に変わって消えた。僕は魔法の世界からこんな世界へ飛ばされたんだ。魔界からやって来た鬼が僕をぶん殴る。痛みに立ち上がれない。その時に鬼の集団を魔法の杖で殴りつける仮面の女が居た。鬼たちは逃げていく。奇巌(きがん)で知られる海に面した鬼ヶ城へでも逃げたのだろう。仮面の女は僕を助け起こす。「このボンクラ、足手まといにならへんやろなァ?」と悪態をつく。鬼を封印する護符が神上(こうのうえ)神社に有ると女は言った。幾つもの森を通り過ぎて歩く。車も列車も何もかもが鬼に破壊され尽くしたのだ。歩くしかない。落葉を踏みしめて歩くリズム。地蔵が有った。仮面の女が手を合わせた途端に地蔵が牙を剥(む)
いて襲い掛かる。バキッ。突然現れた少年が地蔵を殴った。狸が化けていたらしい。少年は話した。「鬼に妹を殺されたんや。そやから、鬼退治の仲間に入れてくれへん?」神上神社の苔むす石段を登り神社に着くと神主が病気の身体を起こして鬼、を封印出来るという護符を僕らに託(たく)した。仮面の女は森の中で虫に化けた。繭(まゆ)を作って中に入り、それが割れて大きな蛾になる。僕らは蛾の背中に乗って鬼ヶ城へと飛んだ。海の潮風が強い中、鬼を封印するために岸壁を登って糊(のり)で祠の中に護符を貼り付ける。鬼たちは動かなくなった。石に変わったのだ。しかし、有翼の鬼が現れる。「ははは。オメぇたちが封印したのはごく一部さ。この日本各地に鬼は居るんだぞォ」と語る有翼の鬼。「払いたまえ清めたまえッ」彼の声がした。有翼の鬼が粉々に砕けた。どこかの世界に飛ばされていた私の学生時代の友人だ。蛾が卵を産んだ。中から裸の成人女性が出て来る。服と仮面を付けて言った。「これでアンタの夢を叶えたでしょ?」僕は
急に眠くなって夜の中に入って行った。
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