小説『ジャンベと雨』
徳村慎
いつまでも、そんなままじゃアカんやろ。眠りと現実の狭間で、隣の家からハゲ頭のオヤジの怒鳴り声が聞こえた。確か心の傷から働かなくなった息子が居たんじゃなかったか。ジャンベの上手い男の子だったが、今では中年に近い年齢のはずだ。一歩を踏み出すには勇気が必要だ。彼は何年も同じ状態が続いていたのだから。
久しぶりの酒に酔って眠ると雨が降り出した。いや、降り続いていたのかも知れない。とにかく雨が聴こえた。毛布を抱きしめながら何も考えずに暗闇と、ひとつになる。そして眠りに落ちる瞬間に怒鳴り声が耳に入ったのだ。今、変わらなければ、明日もきっと変わらないだろう。人間は理想を語っても上手く行かない。行動こそが全てであり、結果は行動の次の段階だ。
そういえば、最近、ジャンベの音が聴こえない。最後に聴いたのは、もう数ヶ月前になるか。パーカッショ二ストを目指して叩いているのだ、という噂があった。彼の独特のフレーズにはアフリカを感じさせる節回しがある。しかし、それだけではプロには成れないと考えたのだろうか。かといってバイトをやる、という選択肢も無いようだ。朝から晩まで彼の姿を近所で良く見かける、と母が話していた。近所の年寄りの間では有名な話でもあるらしい。
お前の腕じゃ、都会にやれん。そういうハゲ頭の考えも好きになれない。本気ならば都会でバイトをするだろう。突き放すべきだ。まあ、親心で本気ではないのを見抜いているのだろうけど。ウトウトと夢の世界に入りかけた時。出てったるッ。声がした。静かに雨の降る夜に、水たまりを蹴散らし駆け出す足音。僕は寝返りを打つ。ジャンベは持って行ったのだろうか。眠りに落ちる瞬間に、彼のジャンベをまた聴きたいと、雨と僕が闇に混ざって心が揺れた。ふわりと夢の中に入ると、彼が大きな野外ステージで、色んなアーティストに囲まれながら、ジャンベを楽しそうに叩いていた。
(了)
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