小説『人工心臓』
徳村慎
パンチドランカーかってくらい、パンチを浴びて立っている。そんな友人シドウは殴られても殴られても笑って立ち続けた。俺は、自分の相手を倒し尽くした後で、シドウの敵に取り掛かる。
頭突きに来た相手の顔面が近づくと同時に思いっきり頭を逸らして当てに行く。頭突きのカウンターだ。相手は、鼻血を飛ばしながら倒れていく。
殴りかかる相手はフックを出した。素人が陥りやすい。間合いを詰める前にフックを使うなんて。遠心力を利用したフックは遅い。当てられる確率が低くなる。ストレートのジャブを肩に叩きこむとフックが止まった。そのまま空いた左でボディを打つ。腹筋を固めていなかったのだろう。一瞬で沈んだ。
タックルの構えで低い姿勢で来た、相手の首を両腕で抱えてから持ち替えて、素早く片腕で締める。
締めている間は片手が塞がっている。その体勢で次の相手が来る。喉元にジャブを放って来る。ぐっと顎を引き、前傾姿勢で腹筋を固めたまま、片腕で顔面の前をガードして受ける。次はストレートがやって来る。こいつのストレートは体重の乗った本物だ。左脚を軸足にして右手を出して来る。俺は手首から腕が来る位置を予測して相手の軸足の方向にガードを当てて受け流す。締めていた相手を一瞬離して胸元をガードしていた右手で掴み、引き倒しざま左のフックをかます。
さっきまで、締められいて体勢が崩れたままの、相手の顎に掌底を当てて軸足を手前に引っ張って倒した後で、顔面に蹴りを入れる。これで敵は全部か。
「シドウ大丈夫なんかよ?」
俺の心配をよそにシドウは笑い続けている。
誰かが通報していたのだろう。パトランプを点けてエア・バイクが2台低空を飛んで来る。「逃げるぞ」俺は笑い続けるシドウの腕を引っ張って走る。街の電信柱に取り付けられた監視カメラを見て警察は無線で指示を出しているのだろう。迷路のように入り組んだ路地を走り続けても、追いかけて来る。
ジャンク・ランク地区という通り名のブロックT53地区へと金網を越えて入り込む。俺たちは、このジャンク・ランク地区という貧民街出身だ。都会へ出て行くとひと目で分かるのか、今日みたいな小競り合いが起こる。俺たちがジャンク・ランク地区へと逃げたのを見届けて、警察のエア・バイクは引き返して遠くへと去った。
俺たちは、それでもリュックの中に、お土産がある。爺さんにあげる人工心臓だ。街のモグリの医者が取り付けてくれるだろう。これで爺さんの命は、もつだろう。
爺さんは、俺たちが傷だらけなのを見て笑った。「これが、人工心臓か。前夜祭じゃ!」俺たちは笑った。出術を祭りにしてしまう爺さんのギャグ。一緒に、あり余りの野菜と少ない肉を入れて、お好み焼きを作って食べた。今まで笑っていたシドウが涙で顔をぐちゃぐちゃにして、良かった良かった、と何度も頷いた。
そんなシドウに「もっと食え食え」と爺さんは勧める。そして俺に言った。「近藤よ。お前にゃ、また、借りが出来たのぉ」俺は横に首を振って、「爺さんが街を守ったんやろ、それで俺らは育ったんや」と答える。ふっと笑って、「昔の話ら、忘れたったわい」と話しながらいつの間にか夜になった空を見上げた。
爺さんたちはジャンク・ランク地区が潰されるのに強行に反対した世代だ。その内乱で勝利を収めた司令官だったという。老人たちが集まると、決まってこの話が出て、爺さんは「若気の至りじゃわい」と手を振って恥ずかしそうに笑う。
特にジャンク部品のパーツ屋の老人は語り出すと止まらない。「なんせな、このオッサンな、過激じゃから。犬の糞やて爆弾の原料になるんじゃ、言うて自分で集めてな。しまいに爆弾作る暇も無いほど、戦争で爆弾使ってしもて、糞に直接火ぃ点けて投げたんじゃ」ホンマですか?……と笑う俺たちに「嘘やもんかして、ホンマの話じゃ」と老人たちが爆笑しながら語る。
「いやァ、メル通りに繋がる道やったら、アレも凄かったやろォ。水道管の中に爆弾仕掛けてな。戦車吹っ飛んだでェ」と竹でスプーンなどの食器を作る名人の爺さんが言う。
「いやいや、そんなもんや、ないて」酒蔵の女将と呼ばれる老婆まで勢いに乗って来る。「この人、旋盤工に頼んで特注品のロケット砲も作ってなァ。突撃ィ、言うて先頭走って振り返ったら、誰も付いて来んのに気づいて、ふっと自分のロケット砲見たら火縄が乾燥で燃え上がっとってなァ。しゃあない、言うて近くの建物の非常階段ダダダぁっと登って屋上から投下したんや。ロケット砲の意味あらへんで」
眼鏡と髭の金属細工師の老人も語る。「でも、アレは、よぉ思いついたと、おもた(思った)でぇ。まぁ、昔なぁ、地雷を針金引っ張って仕掛けるのあったはずや、言うて、よっしゃ、針金ら金属細工の内に入らん、任しとけ、言うたんええけど、何百メートルも伸ばせるような、針金の束引きずってなぁ。おっもい(重い)どぉ。ひぃひぃ、言うて運んだら、目立っとったんかして街の連中が仕掛ける場所に待ち構えとんねん。えらいこっちゃ言うて、また、2人で担いでなぁ。あっりゃ(あれは)、死に目におう(会う)たわ」
「せやけど、その引きつけた間に別の方から攻めたったんやなぁ。竹の弓で鉄砲に対抗するらいうて、無茶や、言うたんやけど、いや、俺は副司令官としてやり遂げる言うてハゲがなぁ。いつから、お前が副司令やねん、って話やけど。竹の弓矢でも確実に狙える風を読んだら出来る言うて。実際その通りにしよって大した男やわ。無人機のネットワーク自体を破壊するために基地まで行って襲ったんや。あのハゲも死んでしもたけどなぁ。無ッ茶苦茶やで、あのハゲ。よう、あんなんで寺の住職やっとったなぁ。絶ぇっ対、アイツ悟りら開いてへんだで、賭けてもええわ」と古着屋の主人が懐かしむ。
あの古着屋の主人も寝たきりで顔を見ていない。「おい。近藤。お好み冷めるでぇ」と爺さんに言われて昔の思い出から引き戻された。シドウは腿の上に肘を乗せて頬杖をついて眠りこけている。「あ~あ、明日は手術日和じゃわ。お祭りじゃあ」と伸びをして爺さんは眠るために小屋の中に入った。
ふと考えた。シドウの脳にも機械的に言語機能を取り付けられるのだろうか? 彼は言葉がそれほど喋れなくても優しい奴だ。言葉よりも、それが重要じゃないか、とも考えて彼の寝顔を見つめる。
ジャンク・ランク地区の平和が続くと良いな、と俺は、昔を思い出した時の爺さんにならって、お好み焼きの香りのする、少しだけ星の煌めく夜空を見上げてみた。
(了)
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