小説『恋愛しない小説家』 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『恋愛しない小説家』
徳村慎


ホストでドンペリ飲みまくり、オバちゃん相手にヤリまくる。盛り上げ上手でネアカな僕が、ホテルから家に帰り着く。
「ただいまぁ」

おかえりぃ、の合唱が聞こえる。

妹分の夏海(なみ)に「原稿まだ?」と訊いた。「うん、分かってる」と答えてパソコンを叩いている。東京暮らしが長くて、普段は言葉は標準語に近い。「おい、分かっとるんか? 共著者みたいなモンとして、この家に住まわせとるんやぞ」と言うと、「だって取材費くれないんだもぉん」と言う。仕方ないから万札を何枚かやる。

「これで大阪巡って来い。ええか? 汽車の中でも、乗客の会話は聞き漏らすなよ。それもネタじゃ」と話しながら皆んなにコンビニで買った弁当を配る。「電車やろ?」と、この家の主であるかのような堂々たる態度で、花菜(はな)が噴き出しながら何個目かの缶ビールのプルトップを開けた。僕と同じ熊野弁を使っていて、心が落ち着く自分に腹が立つ。

「子ォら、ちゃんと寝かしたんか?」と僕が訊けば、ビールを舐めながら上目遣いに、うんうん、と頷いた。花菜は小さな古書店を営んでいる。マニアが高額で取引するビンテージの本を売る店だ。それなら、別に僕の家で暮らさなくとも良いようなものだが、何故か2人の子供とともに居着いてしまった。実は高校の時の後輩なのだが、いつも花菜が先輩面をして、僕の書く本についてのアドバイスをしたり、読むべき本を教えてくれる。元々遅読な僕は、その量をこなすのが大変だ。

静かに弁当をモグモグ食べているのは愛梨水(あいりす)だ。博学な知識を持つ上に外国語に長けている。SF小説を書いたり、社会風刺を盛り込みたい時には重宝する。マッサージ師をしていて、時々揉んでもらうのだが、お金は、きっちりと取られてしまう。

ホスト業で女子とのエセ恋愛を終えて帰宅後の夜は、僕が原稿を書く時間だ。眠る前に少なくとも1本の短編の原稿は妹分の夏海にメールで送る。夏海はそれを膨らませてキチンとした小説に書き上げてくれる。実は夏海は、ある出版社の編集者だ。僕的には、一緒に住んでいるのは出版社には内緒にするつもりだったのだが、彼女自身がアッサリと周りに暴露してしまった。ホストが本業で小説家が副業という僕の、恋人ではない、と断言したのだ。僕にとっては本当に妹分なので、仄かな好きという感情は有るが、恋愛感情は無い。

むしろ花菜は問題だ。高校時代にアッサリ僕をフったクセに同居しているのだから。時々、僕の背中や肩や腕や手の平を、エロく撫でてニンマリとするのが憎らしい。そして僕をその気にさせておいて、子供の居る部屋へと戻っていく。結婚をしたことなどない僕をからかうのが大好きな性格だ。歳下なのに完璧にお姉さんって感じだ。

女子(女性は年齢が幾つになっても女子なのだ)に囲まれて暮らしていると、『源氏物語』みたいですね、などと言われる。馬鹿な。彼女たちとの共同生活で得られるものといえば小説の収入ぐらいなもので。忙しさのあまり女子であることを忘れそうになる。食事をしながらのミーティングは次回作の構想。テーマが決まると、それに関する実際の知識を愛李水が語る。僕はスマホにメモ書きをして、仕事中に女性の相手をしながら考えるのだ。いや、考えるというより、妄想する、に近い。小説の妄想の糸口が相手をする女性から広がっていく。そして家に帰って、パソコンのキーボードを打ちながら、妄想をもとに、ほぼアドリブで小説を作り上げていくのだ。その方が勢いがある。何かを少し付け足したり入れ替えたりするのは夏海の作業だから、強引にねじ伏せるように力技で書き上げる。この作業は朝まで続き、気がつくと皆んな自室に引き上げてしまっている。集中していてそれに気づかなかった僕も、疲れ果て、充実感を感じてベッドで眠る。

土曜の昼間に起き出すと、久しぶりに花菜の子供に会う。いつもは小学校に出かけていて会うことがないのだ。花菜の長女、知菜(ちな)が「おじちゃん、おはよ」と挨拶する。この子が成長したら、かなりの美人になるだろう。弟の薙斗(ないと)も「おはよ」とはにかんで挨拶した。

しかし、女というのは怖いものだ。ある日、花菜が子供たちを連れて来て、今日泊まるわぁ、と言った。何日も泊まりこむので、「そろそろ帰らんとアカんのちゃうん?」と訊いたら、「いやぁ、アパート、解約したしぃ」と言ったのだ。絶句する僕に花菜がさらに語る。「子供たちも、おじちゃんと住みたいって言うしぃ」と。僕が知菜の目を見て「ホンマか?」と訊いたら「大きくなったら、おじちゃんと結婚するもん」と話す。眼球運動をしっかり見ていた。左に素早く動けば、左脳、つまり言語脳や現実であり、本当だと言える。右の場合は、右脳、つまり空想の産物だ。そういう知識は愛李水から教えられた。しかし、揺るぎない潤んだ瞳でこちらを見つめる。僕が目を伏せるまで見つめ続けた。僕が泣くふりをして目頭を押さえながら、薄目を開けると、花菜が知菜に親指を立てて喜んでいた。作戦成功、みたいな雰囲気だ。そんなん、子供に教えこむなや。

女子とエセ恋愛をするためには営業メールを送りまくらなければならない。文面は、直ぐに浮かんで来る。真面目な話から、軽い話、少しHな話題まで、自分の知識を総動員してメールを打つ。これが結構楽しい。僕は文章で常に何かを語りたいのだと思う。しかし、文章は楽しんで書くのが大切だ。自分の理解を超えた範囲の話題には、知らない、教えて、と書くのが僕の決まりだ。そうすると楽しい会話がはじまる。もちろん教えられても覚えられないことも多い。けれども新しい知識に触れ続けることは刺激になる。

花菜は僕のことを「ホストやのに、全く恋愛しない小説家が、女子のハートを射止めようと、メールなんか打っとるでぇ」などと揶揄する。まぁ、確かに、言う通りやな、と苦笑する。「大体ねぇ。女の気持ちが分かってないわぁ。士郎って、昔っから、そうやろ」昼間から、ビールに酔って語るフリをしているが、コイツの酒の強さは凄いものだ。つまり、ほぼ素面で喋っているのである。うるさいな、とニヤリと笑うと。「ホラ、図星。だから小説の中の女が活きてこんのよ」ある雑誌では、女性心理を描くと日本で5本指と評価されたこともある僕に対して、コレである。精進しまぁ~す、と答えてメールを打ち続ける。

ふと、反撃材料に出来るな、と気づいて「それやったら、花菜ちゃんに恋愛を教えて貰おっかなぁ♡」と甘えた声を出すと、「甘えたら、女は堕ちるなんて考えやから、全然書けてないんやよ」と一蹴される。眼力の鋭さに視線を逸らしたところで花菜は笑う。コイツにゃ、勝てねぇよ、どうせ。ホストなんて朝飯前に手玉に取るやっちゃ。僕はメールを打つのをやめて、缶ビールに手を伸ばす。

「仕事で飲むのに、今から、飲むんですか?」と呆れる夏海。

「知るか。僕の気持ちら、誰も分かってくれへんやん」と炭酸の音も小気味良くプルトップを開ける。口をつけて思わず笑えるホップの苦味に幸せになる。

「ただいまぁ。今日はキツかったで。もう難波のオジちゃん喋りまくりやぁ。私に相槌強要してな、むっちゃ喋りよんねん」愛李水は、食べる時は無言で、食べていない時は喋りで口が動くタイプだ。コテコテの関西弁で、うるさいのは、お前じゃ、と言いたいのをグッとこらえる。女子が、銭湯行こう、なんて盛り上がっている。「ええなぁ。遊べるヤツは」と僕が皮肉ると、花菜が「アンタは好きなことしか仕事にしてへんやん」とズバッと言う。泣きそうになりながら、図星でもあるので、うん、と短く返事した。

そして、コレ使えるんちゃうか?……とも考えて、姉やら妹やらがイジメるから今夜は家に帰りたないんや、一緒におってな、と営業メールに打つ。その文面を覗き込んで、吹き出す花菜。「なんやねん?」と笑いながら関西弁で言ったら、「いや、ええんちゃう?」とだけ答えて銭湯に行く相談に戻った。子供たちもどこかに行けるのが嬉しそうだ。もう僕も、この歳の子供おってもええぐらいなんやよなぁ、と考えて見つめた。その視線に気づいた知奈ちゃんが、「行って来まぁす」と手を振る。可愛さに、頷きながら、楽しんで来いよぉ、と答えた。しかし、その後で花菜がまた、親指を突き出して、グッジョブ、と言ったので、やはり女は怖いと思った。この子、将来、男を操るんちゃうか、とも思って笑えて来た。まぁ、蛙の子は蛙。花菜みたいな凄腕になるだろう。

まだ、僕には、恋愛は早いわ。恋愛なんて、せんとこ。こんな僕の気持ちが分かるかな、と小学生男子の薙斗に片眉を上げると、意味ありげに片眉を上げて、ウィンクまで返して来た。

(了)


















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