小説『2人きり、風に流れる髪の先』 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『2人きり、風に流れる髪の先』
徳村慎


この国を変えたい。そんな思いはどこかへ吹き飛んだ。英雄になどなれない。どうせ俺は、ここで死ぬんやから、な。

鎖で両手首を縛られて砂漠を歩かされている。手首は擦り切れて常に痛みを感じる。汗が沁みて痛みは増す。照りつける太陽の下、影の無い砂漠でラクダが引っ張って行く。ラクダの後頭部から小型の金属部品が覗いていて、遠隔操作されている事が分かる。俺は、暑さに悶えて死ぬのか。

背後に小型の戦闘機のエンジン音がする。戦闘機好きの俺には分かる。ラムエポック04だ。目の前で一瞬光の条が見えた。ラクダの頭部は吹き飛んで、残された身体は倒れた。レーザーか。顔中にこびり付く肉片を気にしながらも振り返ると、戦闘機に乗った美少女が手を振った。

「なんで、お兄ちゃん、世界を旅するって出て行ったんよぉ?」
美少女亜美(あみ)は栗色の長髪を風になびかせながら頰を膨らます。俺は内心いつも通りに思った。

かぁあああぁわぃいいいい!

「そんな、怒んなやぁ。お前が大事やから、俺は離れる事にしたんやないか」と溜息交じりに話す。それまで歳の離れた妹のように接して来た亜美に、告白されて狼狽えた。この子に俺のように籍の汚れた男は似合わない。第一、何歳、歳が離れていると思っているのか。この子はまだ11歳だ。いや、10歳だったかも知れない。もちろん、現在この世界では、結婚に関する法律なんて無いに等しい。何歳だろうと結婚出来るのだ。

歴史上、警察という機関はとっくの昔に廃れたし、日本国家は軍のクーデターで乗っ取られたあと、隣国の北朝鮮の核を搭載したミサイルに滅ぼされた。無論、絶好の機会と捉えたアメリカも北を滅ぼしたのだから、アジアだけでも、かなりの人口が減ったことになる。日本人の生き残りが熊野が蘇りの郷だと聞きつけて、熊野信仰が日本中に広まる。そして遥か遠い地から徒歩による熊野詣でを果たし、日本全人口の56.4%が熊野で暮らす事となったのだ。復興都市計画としてクマノディアの建国が人々の心を支えた。10年以内に巨大都市新宮が完成するだろう。

「大事やから、離れたんちゃうやろ。私なんか、どうでも、ええんやろ。どうせ来螺(らいら)さんが、ええんやろ。あっちは胸も有るしさァ。普段から、美人より可愛いのがええ、とか言うてさ。どうせ私はお兄ちゃんの好みとちゃうよ!」
亜美は、プイと横を向いてしまう。

「再会したばっかで、喧嘩もないやろが。もう。ずっとお前の事は妹やおもて(思って)来たんやから、しゃあないやん」俺は美少女の髪が美しく風に舞うのを見つめて思う。こいつがおる(居る)トコには、いっつも風が吹くなぁ。まるで、風を操っとるみたいや。

「それにしても、ここはホンマに砂漠なんやな。東京って凄いな。ここに人が住んどったやなんて、信じられへんなァ」俺は空を見上げる。学生の頃に歴史で習った日本の崩壊。まだ道具も無い青空教室で太って大きい声のオバちゃんの教師に学んだあの頃。皆んな復興に掛ける情熱を抱いて大人になった。放射能の影響が完全になくなった今、飛び抜けて明るい青空が何もない砂漠の上に広がるだけ。焼けただれた岩盤が剥き出しの砂漠には、植物の種が飛んで来て育っている。風の強いこの場所では矮小体ばかりだが。それでも生きている。

ふと疑問に思って尋ねる。
「お前、なんで(何で=何故)此の場所が、分かったんや?」

亜美は、振り返って顎をそらして自慢気に言い放つ。「お兄ちゃんの事やったら、全部分かるもん。行動パターンは私の頭にインプット済みやから」ニヤリと笑って続ける。「残念やけど、来螺さんじゃ見つけてくれんよ? あの人じゃ、まだ、無理やわね」自信満々で俺を見つめる。

「お前、負けん気強いなァ。人と勝負すんの好きやよなァ。その性格は、呆れるほどや。まあ、能力を高める方法として悪くないやろけどな」俺は一旦言葉を切り、空を見上げた。「でも、自分との勝負を続ける方が、もっと伸びるで」

「だって、来螺さんに勝てな、振り向いてくれへんやんか!」怒鳴り声が聞こえても俺はそっちを振り向かない。目を、沁みる空の青さに、ギュッと閉じる。

「お前は、分かって無い。お前の今すでに持っとる魅力を磨け、言うとるんや」俺やて、お前が大好きなんや、そう言おうとして、止めた。伝わる事などないだろう。無意識に服の上からペンダントに触れる。

「ソレ、もしかして……」驚く亜美。

俺は心の中で答える。……そぅやで。ずっと大事に持っとったんや……。両親が亡くなったばかりで自暴自棄の亜美が遺産を無駄遣いしていた頃に、これまた自暴自棄の俺に買ってくれた石のペンダントだった。目を閉じたままで服の上から石を軽く握った。娘が死んで哀しむ俺に「幸運の御守り」と言って渡してくれたもの。目を閉じたままでも、その黒く艶やかな石を思い出せる。今では、これを娘だと思って語り掛ける癖まで出来てしまった。嫁さんとは娘の死が起因と成り、夫婦喧嘩が絶えずに別れた。二人共幼い夫婦だったのだと今では思う。互いを支え合う事なんて出来ないほどに、傷ついた自分の心が制御出来なかったのだ。

亜美は、別れた嫁さんに似ている。成長していたら娘もこんな感じだったとも思う。だから俺は籍が汚れたとかどうとか言う前に、本当は亜美に元嫁や娘の姿を重ねる事に罪悪感を抱いていたのだ。惹かれるほどに、自分の身を引く事が大事だと、常に考えて来た。亜美と俺は互いを支え合い、高め合う友となり、まるで本当の兄妹と成った。真っ直ぐな心で生きるようになり、遺産を復興の運営に遣って動き回る亜美を誇りに感じた。歳の差を超えて完全に恋に堕ちていた。その恋愛感情から逃避するために来螺と愛し合った。

中東アジアから日本に来た富豪が兵器工場を造ったと聞き付け、俺は単身、東京にやって来た。いずれ兵器工場を狙っての戦争が起こったり、兵器工場そのものから軍が組織されることは明白だ。破壊しなければクマノディアの復興が閉ざされる。単細胞だと言われたって良い。この国の復興はクマノディアの都市新宮にかかっているのだと俺は信じている。結果、捕まって、砂漠を歩かされて死に目に会ったところを、妹分に助けられるのだから、情け無い。大馬鹿者だ。

「お兄ちゃん、忘れてないんやね。亜美の想い。良かった。やっぱ、忘れてないんや」亜美は俺の頬に軽くキスをした。「お兄ちゃんの考えとることやったら全部分かるんやで」と僕の顎を細い指で撫でた。俺は情けなく笑って涙を拭きつつ「帰るか」と言ったら勘違いした亜美が真っ直ぐな瞳を輝かせて答えた。

「うん。変えようよ」
俺は、薄いほどに細くて小さくて胸の柔らかさもない身体の、亜美を、しっかりと抱きしめて、ありがと、分かっとるやん、と呟いた。

亜美の髪は風に乗り、未来の方向へと流れて行った。この国の未来を変えるのは自分自身だと再確認して、俺は髪の先に浮かぶ、未来を見つめた。

(了)











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