小説『最恐女神に信仰心を』 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『最恐女神に信仰心を』
徳村慎


皮膚にひたりと張り付く紫の大きな舌。衣服を千切られ裸にされた女は叫び続けていた。やがて絶叫は途絶えた。惚けた表情で何も見つめず項垂れた女の胎内には醜悪な怪物の子種が宿っていた。


美人のサラは高校を中退する事にした。親父の船をかっぱらって出て行ったるんじゃ。方言(熊野弁)で罵る心の中は花も恥じらう乙女の欠片すら無く。しかし、その外見は世の男性を虜にする魅惑的なプロポーションと美貌。少しドSな所を見せただけで、ハマる男子が続出する。

コロニーQ107kod第13地区の青峰学園の校門から授業中にも関わらずスタスタと出て行く彼女を見て、タカシとトオヤも追い掛けた。いや、本当に追い掛けたかったのはタカシだけだ。トオヤは、サラのドス黒い心の中を何となく読めてしまって、出来るだけ近づきたくなかったのだ。それなのに親友のタカシは無理に連れ回す。こっそり後を尾けるなんてストーカーじゃないのか?……とは思うものの、親友のタカシにさえトオヤは言えなかった。それだけ小心者なのだ。

普段からタカシは、サラの事を「女神」と呼んでいる。僕は神など信じていない。女神なんて聞いて呆れる。もしも、僕に信仰心が生まれるならば、と考えて。宇宙の果てでは生まれるかも知れない、とも考えた。それでも、代々、僕の家はカトリックの信者である。家族は皆んな神を信じるのに、僕だけ信じていないのが不満でも有った。信じられるものならば、信じてみたい。まあ、あのタカシの女神から、神について学べるとは思えないのだが。

港と呼ばれる宇宙船だらけの場所に来て、あの子は独りで宇宙へ行くつもりなのかな、と怖い考えが浮かんだ。まさかな、と打ち消してタカシの後に続く。

サラが船の1つに背をもたせて地べたに座り込んでしまった。それが2時間も続いた時に、帰ろうよ、とタカシに言った。

「わり、オレ、小便してるから、見張ってて。姿を確認して連絡するんだぞ。どの船の、どの部屋か、ちゃんとな」この言葉に不安になった。船の中で見つかったりしたら、殺されそうだ。まあ、殺した、という噂など全く無いけど。性格は、むしろ温厚で明るいのだ。しかし、僕は、どうも、あの子がドス黒い心を持っていると判断してしまう。

サラは立ち上がった。涙を拭ったように見えた。じゃあ、僕の勘違いなんだ。あの子はドス黒い心なんて持っていないんだ。そう思い、彼女の後に続いて宇宙船に乗ったら、突然、今、入って来たハッチが閉まった。おおおおお? どうする? まずは、出して貰うべきだ。でもでもでも。なんて言ったら良いんだ? ストーカーの友達と後を尾けていて乗っちゃったので、出して下さいってか?

変態だ。完全に変態だ。カブトムシも確か完全変態だったよな。混乱して訳の分からない知識が出て来る。ヤバい。謝ろう。いや、でも、なぁ。何って言えば良いんだぁ?

地震だ。強烈な振動に跳ね飛ばされて床から立ち上がれ無い。強烈なGで全身を床に押さえ付けられる。苦しくて吐きそうだ。しかし、ほんの10秒足らずでGは消えた。そして浮遊感を感じた直後に三半規管がぶん殴られるような車酔いに近い感覚が来た。そして地上に戻った。良かったぁ。ちょっと船を動かして、また、コロニーに戻ったのか。ふううぅ~。焦ったぁ。

モニターに近付くと外の景色が見えた。ああ、何時の間にか夜になってたんだ。星が綺麗だなぁ。うん?……コレ、宇宙空間じゃないのかぁああああああああァ!

待て、餅つけ。いや、落ち着け。古文で習った2ちゃんねらー用語なんて使っている暇は無い。こうして地面の方に身体が引き付けられている。Gが発生しているんだ。きっとモニターの宇宙は映画か何かであって。この宇宙船は飛んで無いんだ。モニターを見ていて気付いた。見える星が移動している?……この映像は回転しながら撮影された物なのか。別の映像に自動で切り替わる。次は進行方向に対して星がゆっくりと回転している映像だ。うん? これって……物理で習った宇宙船やコロニーでGを生み出す為の運動なのでは?……そう気付いて蒼ざめる。携帯電話を見ると、圏外だった。ショックの余り、僕は静かに泣きながら女座りで座り込む。

美人な女子高生のサラがパジャマ姿で出て来た。「アレ? アンタ、誰?」普段と声のトーンが違う。
「3年2組の相田トオヤですぅ」泣きながら答えた。

「あっそ。この船、もう戻らんからさ。もう諦めてぇな。死ぬよりマシやろ」
サラは聴き慣れない方言を使っている。トオヤは密かに思っていた【サラ=ドス黒い心の中説】が正しいと確信した。

2人で食事を摂る。美人中退元女子高生サラの前には盛り高く積んだフルーツにお酒。し……しかし、僕の前には、何故かドッグフード。
「でもさぁ、考えてみぃ。私みたいな美人と2人ッ切りって、運がええと思わへん?」

運は尽きた。地獄の底に叩き落された。それでも本音は出さずに「はいぃ~」と答える。出来れば、丸顔で、ぽっちゃりしたミユラちゃんと一緒に成りたかった。美人なんて苦手だ。冷たい印象を与えるから、はっきり言って大嫌いだ。ある先輩女子には、「トオヤってさぁ、もしかして、ぬいぐるみ、みたいなのが好きなのォ?」と見抜かれて絶句した。 確かに僕は、目が離れてて、ぽっちゃりしてて、そんな女の子が大好きだ。 美人と2人きりが、どんなに不幸な事なのか、私は声に出して言いたい。そうだ。美人は冷たい。そんな印象を与える。しかァァァし。目が離れててぽっちゃりで巨乳巨尻でお腹も出てるぐらいの女の子は、とても安心するのであぁああある。何時の間にか、僕の妄想癖が出た。全校生徒の前で大演説をしている妄想の中に入っていた。

取り敢えず食う物を腹に入れて満たそうとドッグフードに手を伸ばす。人間堕ちるトコまで堕ちなきゃ、哲学は生まれないんだよ。そう、死んだお爺ちゃんも良く言っていた。ああ、哀しき人生。演歌だねぇ。

「おい。何をブツブツ呟いとんな? 気持ち悪い」
サラの声にハッとする。
何でも無いような事がぁあああ。幸せだったと思ぉううう~。頭の中でこの悲劇を歌ってみた。「……別に」と答えた時、本当に涙が出た。

サラは「おいおい、嬉し泣きせんでも、ええやぁ~ん♡」などと言って片手で大盛りのドッグフードを無理に僕の口に押し込んだ。

ずわーおん。ずわーおん。突然、警報が鳴った。赤色灯が点滅する。

「なんやぁ? 折角、2人がラブラブやのになぁ」
いや、絶ぇっ……………対に違う。

コンピューターは知らせる。「宇宙生物が船内に侵入した様です。警戒して下さい」

「よっしゃあああああッ。退屈しとったもんで、丁度ええわ!」と言ってサラは素早く僕をロープで縛り部屋の入口に置き、自分は、サバイバルナイフを構えた。「あ……あのぅ。サラさん、コレって?」僕は嫌な予感がした。「うん。捕まえる為にエサいる(要る=必要)やん?」僕は力の限りに叫ぶ。「まだ×××もしてないのにぃいいいい!」

僕の声は船内に響き渡り、たたたた、と足音が聞こえた。息を潜めるサラと僕。

たたたた。

確実に向こうから近付く足音。素早く動いては立ち止まる。猫が獲物を狙う時も、こんな風に近付くものだ。絶対、僕、狙われてるよぉ。背筋は凍り付く。赤色灯の点滅の中でサラの目が瞬く。

ブシーッ。水冷式の機械のための、冷却水の運ばれる水道管から水が霧状に出て来る。ゴキン。金属に何かが当たる音。恐らく水道管に飛び乗ったのだ。ヨオロ。鳥のようでもあるが人間みたいな声で話す何か。宇宙生物って一体何だろう?

カツカツ。水道管に爪の様な物が当たり、ずるる、と這い寄って来る音。「サラさん?」見ると、其処には誰も居ない。え? ぱちゅ。血が噴き出した。僕の方に迄飛んで来る。コレってサラさんの血だ。

見ちゃいけない。頭の中では妄想が広がる。死体なのにサラが僕の方に近づくのだ。手の指だけしか動かないので、ずるる、ずるる、と。乾いて行く血液がサラの髪を固めて、狂気に髪を立たせて蘇る死体は凄味を増す。

実際に僕の足に何か触れた。ドロリとした温かい物。

縛られて動けない身体で眼球を動かす。紫色の大きなヒルが蠢いている。

ひっ。声が漏れると、素早くヒルは暗闇に入った。その暗闇の近くには骨のような物が見える。歯か?

カツ。爪が現れた。その爪は予想に反して人間の手から長く伸びた物だった。

ごとり。サラの頭部が目の前に落ちた。

ゔわぁああああああ!

半ば溶けたサラの頭部を紫の舌が舐め回し、人間を変形させたような緑の顔が近づいて、ガブリと飲み込む。

その顔は、飲み込みやすくするためか上を向き、涎が僕の顔に降り掛かる。

ギェエエエ。

化物は叫んで、たたたた、と遠くへと逃げた。何が起こったんだ?

「ちっ。逃げたかぁ。トオヤじゃ美味しくないって判断したのかぁ。くっそぉー。ナイフで深く目を刺してやったんやのになぁ」
サラの美人な顔が見えた時、泣けた。生きてるんだ。じゃあ、あの頭は?
「見たか? あいつさ、牛みたいに反芻しとったな。前に食べた人間の頭やったやろ」
サラが言って腕を組む。トオヤをエサにするんじゃアカンな、と呟きながら。ロープを外されて椅子に座ると飛んだ血に見えたのは、暗闇の中でサラが食べたハンバーガーのケチャップだったらしいと気付いた。食べ掛けが、ちゃんと皿の上に乗っている。

「それに、アイツは、人間にも似とったやん? 普通、精子と卵子は別の種族では交配出来んけど、あの宇宙生物と人間は出来るんかもな」

たたたた。カツカツ。どぉん。何かが走る音がして水道管から落ちる音まで起きた。

サラと見に行くと、息絶えた宇宙生物の姿が在った。緑色をしたほぼ人間の姿の大きな生物が。爪は伸び、髪の毛は疎らに生えて、牙が伸びた姿。目の奥から脳漿が溢れ出て来る。

「食べよか」そういうサラは何よりも怖かった。ある意味、人間ほど怖い宇宙生物なんて居ないのだ、と僕は結論づける。緑色の人間をサラが捌き、調理中だ。僕は吐いた。トオヤは三半規管弱いなぁ。宇宙酔いかぁ。なんて言ったサラは、やはり誰よりも美人で。美人は怖い、という僕の人生の第2の裏テーマの結論は、正しい事が証明された。

宇宙船が何処かの惑星に辿り着けば、僕は、きっと逃走する筈だ。美人という最恐の化物から、なるだけ遠くへと。しかし、惑星は、まだまだ遠い。僕は静かに涙を流し、サラは焼き上がった肉を猛スピードで平らげていた。

僕は、喰われませんように、と、これまで信じる事など無かった神に祈った。そう。僕は学んだのだ。最恐女神に信仰心を。

(了)













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