小説『ファンタスティックブルーの夜の月』
徳村慎
青い惑星オースゴッズ。大気圏を抜けて雲を掻き分けるように進み、太陽に照らされた、美しい群青の大海原の空中に浮かんだ。ハッチを開けて、鉄板の釣り座をスイッチを入れて油圧で押し出す。ウェットカーボン製法で造られたロッドに装着したのはギア比1対1の遊び用のリールだ。魚がひと巻き分の糸を出すように逃げれば、ひと巻きして取り戻さなければ成らない。これぞ、魚と人のフェアな釣りと言えるだろう。惑星オースゴッズのファンタスティックブルー・オーシャンでの釣りは久し振りだ。此の穴場は私しか知らないだろう。
ナノテック・ルアーは他社の類似品が出回る程に人気のルアーだ。しかし、高い小売価格でも、品質は一流。類似品では半分程の性能も無い様に思える。釣具店をコロニーR-nineサンベナー68052の各地に展開してから、益々、数々の漁場を飛び回る様に成った。これも仕事なんだよ、と妻に言っても、楽しいわねぇ、と答えて笑うだけ。妻だけで無く5人居る娘達も釣りをしない。ああ、息子が欲しかった、と正直思う事も有る。でも、息子なら釣りが出来る様に成るのか、と言うと、やはり違うのだろう。
しかし、今日は当たりが遠い。様々な種類のナノテック・ルアーを使ったみても釣れない。電気執事が良い香りの特製のブレンドコーヒーを入れた。電気執事。昔の小説に『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』というのが有った。執事と羊が混ざって笑えて来る。気分転換に本でも読もうかと、タブレットでSFの本棚から件の本を探し出そうとする。しかし、集中力を切らして居るのか、見つからない。検索を掛けるのも煩わしくてタブレットを仕舞う。
タブレットを入れた時に黒い魚の形のペンダントが見えた。手に取って思い出した。四女のボーイフレンドと名乗る男が、釣りが好きな私に買って来た物だ。確かに優美なデザインの黒い石の魚の彫刻のペンダントだ。それは認める。私もこのペンダントを見た時には、美しさに見惚れた。しかし。ボーイフレンドというのが気に食わない。「この石は烏翠石(ウスイセキ:那智黒石)と言って、幸運の御守りなんです。きっと、これを持っていれば爆釣間違い無しですよ」などと言う所が益々気に食わなかった。ふん。馬鹿馬鹿しい。そう思いながらも首に掛けてみる。石の重さもデザインの一部なのかも知れない。心地良い重みに、陶酔感に近い気分が沸き起こる。
ペンダントを付けてロッドを振って、ルアーが着水した瞬間だった。魚が鼻面で突つくのを感じた。落ち着け。食わせろ。グッとロッドを握り込んで待った後、食らい付いた瞬間に、勢い良く合わせる。手応えを感じた。フッキングは良い様だ。それにしても、デカい。こんなに大きい魚とのファイトは久し振りに味わう。右に左に暴れて糸を切ろうと試みる魚との知恵比べ。我慢に我慢を重ねてこそ良い型が釣れるのだ。
ファンタスティックブルー・オーシャンに月が昇った。何時の間にか夜に成って居たのだ。釣り上げた興奮が続いていて、ようやく今になって、コーヒーが冷めた事に気付いた。アイツを息子にしてみるか?……まあ、考えてやっても良いかもな。私は、滑らかな漆黒のペンダントトップに触れながら、電気執事にお代わりを頼んだ。
(了)
iPhoneから送信