小説『土蜘蛛族と大和』 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『土蜘蛛族と大和』
徳村慎


土蜘蛛族の頭集団が呑みながら話す。口火を切った女の声が部屋に響く。

「聴いたか? 大和っつーんか。攻めて来るらしいな。降伏すれば高い年貢に、この地の民は苦しぃなる。きゃつ(彼奴)ら、奴隷が欲しいのよ。地産の献上品で権力者は遊び放題やで。大体、あのイワレビコが地方の神を蔑ろにするんやで。そんで、地方の神の上に自分の神を立てて、それがイワレビコの先祖やなんて、ほざき腐る。美しい女は、全て連れ去って、自分のモンにして。飽きたら捨てられるのが女の常よ。何時か女が上に立たんとアカンなぁ」

この声が、西の蜘蛛族を取り仕切る女郎蜘蛛。女ながら戦術に掛けては一流で、使えない者は容赦無く捨てる。しかし、使える者ならば傷付き歩けない者でも背負って走って命を救う。酒焼けの喉から出るセクシーな声に男の頭共は頷く。

「ありゃぁ、卑怯モンじゃあ。有力な豪族をことごとく金で雇うんじゃ」
最長老の8代目鬼蜘蛛が、言って溜め息を吐く。

「せやからな、ワシらも金もろて(貰って)な、大和んトコに付きゃええんじゃ」
壮年の蠅取り蜘蛛が何時もの如く八方美人に生きようと提案して少し場は白ける。

「蠅取りよぉぅ。お前は、ええかも知れんよ、お前はよぉ。せやけど、悔し無いんかん? 何や大和は、海を渡った国の技術で、伸し上がったんやで。自分に力がねぇ(無い)のに、糞みたいなやっちゃで。ワシらは、鶏口牛後じゃ。大和なんかに付いたらアカンねん」
中年の黄金蜘蛛が、無精髭を撫でながら言った。

最長老の8代目鬼蜘蛛が酔って来た。
「しっかし、わがら(我が等=私達)は、家も無く土の穴ぐらに住んどるってだけで、卑下しとる奴ら、らしいからなァ。阿保かっちゅうねん。神倉の岩の火を作るんは、わがらじゃ。わがらの儀式で何百年と守って来た火なんじゃ。イワレビコめが、どうせ、ヒヨッコの家系じゃろが」

女郎蜘蛛が声をひそめて言った。「聴いた話に寄るとな。イワレビコを名乗る家系は、大陸の半島出身らしいな。その王の分家のような存在らしぃ」

最長老が声を荒げる。
「何ぃ? ワシらの土地を奪うモンは海を越えて来た連中なんか?」

黄金蜘蛛が静かに語る。
「噂やとな、イワレビコが名乗ろうとしとんのが、スメラミコトやて。つまりは、統べる皇子。この列島を支配して統一したいっちゅう事やな。コレが植民地政策っちゅう考え方かァ? 何でも大陸が一番やちゅう考えが好かん。西の島の卑弥呼もそうじゃ」

蜘蛛松が目を薄っすらと開けて酒を注いだ竹の椀で顔を隠す様に喋る。
「せゃけど。大陸行ったら、ワシの竹の椀も売れるかも知れへんどぉ。そしたら金銀財宝ザックザクやぁ。なぁなぁ、皆んなでイワレビコさんと仲良ぅなって、大陸行かへんかぁ?」

黄金蜘蛛が、やはり静かに語る。
「確かに蠅取り蜘蛛親父の竹の椀で飲むと酒が美味いなぁ。大陸から伝わった土を焼いて、ホレ何やっけ? 焼き物か。あんなんじゃ、酒なんか飲めたもんちゃうわ」

蠅取り蜘蛛は手を打って喜ぶ。
「やろ。やろ。なぁ。黄金蜘蛛よぉ。一緒に行ったら、海の向こうは幸せの国やで。黄金蜘蛛だけに、こがね(小金)が、いやいや。大金が貯まりまんなァ」

若草蜘蛛が笑う。
「確かになァ。ええかも知れへんな。あっしにもひと口乗っけてぇなァ」

最長老が喝を入れた。
「馬ッ鹿モンがああああぁ! ぬしらに、誇りは無いのか? この土地で役に立つ事が、其んなに田舎者臭いと思うのか。帰れ、帰れ。もう、ぬしら、とは飲みたないわッ。あぁ(吾)の眼の黒い内は、よそモン(他所者)の文化ら、絶対入れへんからなぁ!」

女郎蜘蛛が呟く。
「それでも、大陸文化から来た、文字は覚えてみたいもんじゃけどな。異国のモン(物)でも、取り入れるべきは取り入れて、逆に賢く立ち回らんと勝てんぞ。それが戦術や」

黄金蜘蛛が噛み付く。
「戦術言うたて、イワレビコに勝てるんかよ? 実際問題、勝てへんのやったら、ワシら皆殺しやぞ?」

蠅取り蜘蛛が唄を歌う。
「花は散るぅ~散れ散れ~花よォ~野にィ~散れよォ~」

黄金蜘蛛が諌める。
「やめんし(止めて)。くらなる(暗くなる)がな」

女郎蜘蛛が堪え切れず怒鳴る。
「戦術は、有る。お前らが付いて来れるんかだけが心配じゃ。蠅取り蜘蛛。頼みが有る。まず、竹をなるだけ揃えてくれッ」

勝機は有るのか、と皆んなの視線が女郎蜘蛛に集まった。


後に神武天皇と呼ばれるイワレビコは、東征に船で陸に上陸した。太陽に向かって攻めるが良いと、大陸から来た黒い肌の軍師が言うのだ。サーサーンとか呼ばれる仏教の聖地から旅して来たと毎回の様に語るのが、イワレビコには少々鼻に付く。

しかし、卑弥呼が使ってみろ、と言うのであれば仕方無い。「この軍師が、わらわの国を大きゅうしたのじゃ」神言葉とも呼ばれる巫女の言葉遣いで言った卑弥呼を思い出す。何故か会った途端、美しいが背筋が凍る思いがした。その後、悪い予感は当たる。使者に剣を隠し持たせて首を跳ね飛ばしたが、身体が首を拾い上げて載せたのだ。「こ……この者達が勝手に考えて、斬ったので御座いますッ」とっさの嘘は見抜かれていたとは思うが、「さよか」と笑っただけだった。卑弥呼が軽く触れると使者達は肉が直ぐに腐り果て、腐臭を放って骨と土塊に成ってしまった。あの恐怖を思えば、此の黒い肌の軍師を使っても仕方無いと成る。「わらわは、生きて、もう直ぐ200年に成るな」とも語った。あれだけの若さで、200年と聴けば普通の人間ならば笑う所だが、俺には本当の事の様に思えて恐怖が湧き上がった。卑弥呼には遠くの国の事迄見えていたらしく、ろおま、などと言う所の王に就て語ったりもするのだ。魏から何かを貰ったという話も満更、嘘とは思えなく成った。

軍師が「貴方が先頭に立って戦えば、兵士の士気が上がる」と言うのを真に受けたのが馬鹿だった。突然、竹の矢がイワレビコの頬を掠める。

「しくじったか! 軍師に当たらへんだ!」
弓の名人、若草蜘蛛が歯噛みする。

「いや、驚かすだけで、ええやろ。さぁて、イワレビコさん。お手並み拝見や」
女郎蜘蛛がニヤリとして腕を組んだ。

イワレビコが撤退を命じようとすると何やら煙が流れて来た。
「おい、軍師よ。コレをどう見る?」
「山の中で迷ったら、じっと救援を待つものです」
「は? 誰が助けに来るんだよ?」
「その為に豪族達と仲良くしているのです」
ゔーん。この者は、生まれつき頭が悪いのか、何かの病に罹ってしまったのか。
「山を下りるぞ」

しかし、煙はドンドン増えて来る。四方から漂って来る様だ。しまった。太陽が傾いている。もう直ぐ陽が落ちる。人や獣が襲い掛かる事も考えられる。「火を焚け」軍師など当てに成らん。俺が考えれば良い。
山育ちの若い兵士が、雑草を素早く炒ってから、お湯に入れると茶が出来た。飲みながら思う。ふん。中々悪く無い。

陽が落ちた途端、獣の声が聞こえた。若い兵士が話してくれる。
「この地は、神の居ます野、と申しまして。神と呼ばれる黒くて大きな獣が住んでいるのです。だからカミノイマスノを縮めて『熊野』と呼ぶので御座います」

「その獣は首が斬られても生きる類か?」お茶を飲みながら恐怖に全身が震えた。

「いえ、其処までは存じ上げませんが……」若い兵士は雑草をもう少し摘んで置くと言って立ち去る。

軍師がやって来た。「お疲れでしょう。眠っていて下さい。山を進むも退くも、体力が必要ですから」

俺は頷く。「そうだな」答えながら、眠らずに居ようと心に決めた。

案の定、眠り込んだ振りをしていた俺に近付く者が居る。金属が擦れる音がした。鞘から剣を抜く音だと気付く。すぅッ。上段に構えて振り下ろす前に息を吸う音がした。今だ。俺は右手で太刀を掴み鞘から出さずに片目ずつ素早く突いた。眼球が潰れるグシャリという感覚。ぐぁああああああ、という絶叫。振り下ろす剣を薙ぎ払い、太刀を鞘からスライドさせて少し刃を出して、首だけを斬った。声が途切れた。地面に横たわる死体は、軍師のものだった。俺は顔面の血液を拭いながら呟く。「喧嘩上等」卑弥呼は、やはり、俺を殺すつもりだったのか。しかし、静かな怒りも消えた。あの美しい女に殺されるならば、良い人生かも知れない、という考えが浮かんだのだ。

空に生霊を飛ばして、卑弥呼がイワレビコを今迄、泳がせて様子を見ていたが、気持ちを読んで、呪いを掛けるのを止める事に決めた。
「素晴らしい心掛け。わらわは、安心してあの者に全てを託せるな。ほんに、めでたき日じゃ。まぁ、あとは、あの、おなごが、どう動くかじゃのう」

兵士達は皆んな、夜と煙と獣の声に怯えてしまった。視界の悪い中では無理も無い。しかし、あの若い兵士は居ない様だ。何処かへ隠れて居るのか?

黄金蜘蛛が怒鳴る。
「馬ッ鹿だなぁ、お前。お茶を作って飲ませるんなら、毒を入れりゃ良かったんだ」

若草蜘蛛は答える。
「女郎蜘蛛姐さんの指示通りですよォ。そんな責めんでも」

女郎蜘蛛が笑う。
「まあまあ、これからが面白いやろ。楽しんでから殺すのが、ええやんかァ。じゃあ、鳴らそか」


今迄、聴いた事の無い音にイワレビコは驚いた。「何だ? あれは、何だ?」ゴンゴンと何かが鳴る音が近付いて来る。獣の声も近く成った。「あれは、獣が鳴らしているのか?」兵士達は恐怖の余り震えている。だから、大和なんぞに来たく無かったんだわ、などと言い出す者も居る。あああ。お母さぁあああん!泣き叫ぶ者が1人居るだけで兵士達の恐怖は募る。

ピタリと泣き止む兵士。失神でもしたか。良く見ると竹の矢が刺さって居た。犬がやって来てその死体を引き摺って行こうとしている。その間にもゴンゴンと鳴る音が続いている。煙の中から次々に竹の矢が飛び、兵士を的確に殺して行く。そして死体を引き摺る犬の数は増え続ける。悦んで人肉を喰らう犬は、もはや追い払えない程の数が居る。兵士達は次に殺されるのは自分かと黙り込んでしまった。いや、待て。皆んなが黙ると竹の矢は飛んで来ない。音か。人間の耳も鍛えれば音だけで位置が分かるのかも知れぬ。試すか。俺は兵士の小柄な者の首根っこを掴み立たせる。そして自分はしゃがみ込み思い切り脛を太刀で叩いた。

「痛ぁああ!」
その声は直ぐに途切れる。喉に竹の矢が刺さって居たのだ。やはり。静かにしろ、と身振りで兵士達に示した。皆んな静かに動かない。しかし、飢えた犬達が今度は兵士達を襲い出した。一箇所に俺も兵士達も追い込まれた。大きな巌を背に、逃げる場所が無い。獣が数匹現れた。いや、獣では無いのか。竹の矢をつがえる弓を持った集団は2本足で立っている。しかし、獣の毛並みを持つ者達だ。この世の者では無いのか。俺は次々に殺されて行く兵士を見つめながら失禁した。獣の毛並みを持つ者の1人が歩み寄って喋った。「ほう。殺すのは惜しい美男子やな」女の声か? それを聞いた周りの獣の毛並み達が騒ぐ。「皆殺しの予定ですぜ、さっさと、やりましょうや」大きな竹のナイフをぶん回しながら1人が言った。そして兵士の耳を試しに削いで、ムシャムシャと口に入れた。女の声の獣の毛並みは尋ねる。「お前は、大和までの道のりは分かるんだな?」


南国では竹の打楽器を作る、と黒潮に乗って辿り着いた男が言っていた。自分の国よりも更に南国の話だと言う。腰に付けて居た細い竹の様な植物を舐めると、今迄、味わった事の無い甘さが有った。此れがキビという物か。その男は更に外海に出て北へと進むのだと言う。翡翠の産地を自分の目で見てみたいのだと。私は、この土地の黒石を見せてやった。翡翠よりも美しい、と男は感嘆の余り涙を流した。「美しいカラスの翼みたいやろぅ? 此れが烏翠石(ウスイセキ:那智黒石)と呼ばれる石やぁ。土蜘蛛は此の地に住んだ昔ッから、冬が4度過ぎれば必ず1度は烏翠石を採りに山に入る。この石は土蜘蛛の美しいお守りなんやよぉ」私の説明に頷く男は、生きてて良かった、と呟き、見せてくれた御礼にと珊瑚をくれた。女郎蜘蛛さんには似合うさぁ……でも、烏翠石には敵わないさぁ、なんて言って。

竹の打楽器の音は続く。太くて長い竹からは低音。細くて短い竹からは高音が出る。細く切った竹の先には木の玉が付いている。これで竹の打楽器を叩くのだ。音痴な音でも楽しけりゃ良い。土蜘蛛の各種族が勢揃いして酒盛りをしている。老いも若きも焼けた肉を味わう。私も酒を飲みながら両腕を縛り付けて座らせたイワレビコを見つめる。

「おい。イワレビコぉ。舐めたろかぁ? 気持ちええぞぉ?」笑いが込み上げて来て酒の椀を落としそうに成る。「まぁ、飲めよォ」酒の椀を無理に押し付けると大半が溢れた。「ちっ。勿体無いなぁ。じゃあ~こうしてやるゥ~♡」私は無理矢理口移しで酒を飲ませる。目を白黒させる結構美男子なイワレビコが面白くて、ちょっぴり可愛い。また、笑えた。

朝に成り、土蜘蛛族の大人の男の、ほぼ全員が兵士の姿で船に乗り込んだ。私、女郎蜘蛛は、数年後に神武天皇と名前を変えたイワレビコの妻に成るとは、さすがに歴史には記せないだろう。結婚の儀式で正装をした時にも烏翠石を身に付けようと心に決めた。ふふふ。国は、事実上、私の、もの。

(了)


あとがき。
そういえば、YouTubeで見たんですけど、初音ミクの曲に『World is mine.』ってありましたよね。(笑)
歌詞内容は恋愛の歌なんスけどね。あの歌結構好きで、何度も聴いてしまいます♡



























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