小説『世界の真理と冒険者』
徳村慎
回し蹴りで、ハゲ頭の巨体の腹を蹴り上げて、後ろも見ずに、ダンがエンジンを掛けた車に乗り込む。
姿勢をズラしてサイドミラーを見ると、ハゲ頭の巨体は地面に沈んでいた。急発進で舌を噛みそうになって、罵る。
「ちょっとアンタ、舌噛んじゃうトコだったじゃないッ」
ダンは前を見たままニヤリと笑って左手の中指を立てて、アクセルをベタ踏みにした。
騎馬隊が火縄銃を撃って来る。
「あああ。用意の良い連中ねぇ。まだ熱くなりたいのぉ? 週末の夜でも無いのにィ」
軽自動車がゼロスタートでワンテンポ遅れる内に追い付いて来る騎馬隊。馬の汗だか人間の汗だか分からないが水が飛んで来る。並走されれば仕方無い。私は、金属バットで馬の首だか人間の脚だか、兎に角叩きまくる。
2ndで100km/hまで引っ張って一気にDriveへ。砂漠の道を走って行く。
「やりましたねぇ。あとは洞窟だけやん♡」ダンの言葉に頷く。後は洞窟に行けば、世界の真理の書かれた秘宝が手に入るのだ。
大岩を回り込むと潰れた自動車らしき金属の塊が在る。その塊がムックリと立ち上がる。
蒼ざめた顔でダンが叫ぶ。
「ウラン姐さん! ロボット! ロボット! ありゃヤベぇヨォ!」
私は、分かってるよォ、と答えて必死に助手席の屋根に付いた取っ手に掴まる。巨大なロボットが出現したら、誰でもこうなるだろう。しかも、道は一本しか無い。近付いている。
ズン。
ロボットの脚が目の前に現れた。ダンはサイドを引いて即ドリフトでかわす。そのままロボットの脚の間を抜けて、アクセル全開。しかし、その内、140km/hに達してリミッターが掛かる。
「ね、ね、姐さァん? 何で走らねぇの? この車ぁ?」
ロボットに捕まりそうな恐怖で声が裏返るダン。
私は思いっ切り拳骨をダンの頭にかました。
「阿保かぁあああァ! 軽自動車やからじゃ、ボケぇえええい!」
「出来るだけコンパクトな車が良いって言ったの姐さんじゃないッスかぁ!」
涙目でダンは泡を飛ばして喋る。
ロボットは背後からバルカン砲で撃ちまくって来る。ひええぇぇ、と言葉にならない悲鳴を上げて、ダンは左右に直ドリさせてかわす。しかし、後部座席には弾が当たっているようだ。
くっそぉ。しゃあねぇなァ!
私は窓を全開にして上半身を出した。完全に後ろに向けてドアに尻を乗っける形で巨大ロボットを睨む。手には金属バット一本。
勝負じゃ、来やがれェ!
巨大ロボットの歩み方は鈍い動きなのだが、大股で歩くと直ぐに追い付いて来る。真上にロボットの股間が来た。おりゃああああァ、と叫んで金属バットを槍投げのように投げ付ける。
股間の右の外装が凹んで可動部分が見えた。ズボンの腰に差し込んだスパナを其処に投げ付ける。
バルカン砲がズダダダ、と音を立てて私たちの軽自動車の方向に向かおうとしていた。一瞬、両腕を顔の前に上げて庇っていた私は、死んだな、と思った。その時、投げたスパナが可動部分に挟まり、急に巨大ロボットの脚が動かなくなる。
ダンも思いは同じらしく「ああ、三途の川で爺さんに会いそうでしたよ」と泣き言を言った。続けて、「こんなもんに、本当に価値があるんスかねぇ?」と私の胸元を見る。
ペンダントには最下部に鍵がぶら下がっている。私も触りながら答える。「まあ、開けてビックリ玉手箱、やな」そして2人はニヤリと笑みを交わし、海上に出来た砂漠の半島を走り抜けた。
クマノディアが独立して警戒しているのかと考えていたが、周辺は寂れた街で、痩せこけた犬が1匹だけ餌を漁っていた。良く見れば人間の死体を食べているらしい。此処まで戦力の無い国だったなんて驚きだ。軽自動車を70km/h程度で流して行く。ダンは疲れて眠りに就き、私が運転している。夕闇が迫り出す。廃墟となったビルの影で何かが動いたような嫌な気持ちがした。しかし、じっと見つめると何も動いていない。私も疲れているらしい。
廃墟の重なる道の角を回ると丁度濃い闇になっていた。街灯の無い中で突然、横から衝撃を受けた。何が起こったのか。アクセルを踏んでもタイヤが空転する音だけだ。フロントガラスに男性のアレを不気味にした様な触手が這い回る。植物のツルの様に枝が伸びて車ごと包んで行く。スルメか腐った魚の様な異臭がした。
触手生物のメニアムか。
このままじゃ車ごと喰われる。
触手の塊のボール状の部分がミキサーの中の野菜の様に弾けた。ごとり、と自動車が地面に着いた。
放心状態の私が座ったままで居ると、向こうからライフルを持ったワンピースの少女がやって来た。
「お姉ちゃん、ダイジョーブぅ?」黒のロングの髪を揺らして、にっかにかの白い歯を見せて笑っている。
こいつぅ。やるなァ。
「ああ、まぁ、自分でも退治出来たんやけどね。アンタも中々やるやぁん。ありがと」と強がりを言ってみた。ホントは恐怖で、ちびりそうになってたけど。
少女が、ここなら安全だよ、と教えてくれた広場に向かう。常に火を焚いているのでメニアムは近付かないそうだ。少女は後部座席で、あちゃあぁボロボロだねぇ、なんて言ってた。「まあ、取り込んでたからね」と答えて置いた。少女は、そんなにHって激しいのかぁ、と天然ボケをかましてくれた。
アンドロイドの男が合成音で出迎える。
「お帰りナサイ、みなとチャン。その方たちはお仲間デスカ?」
凍り付いた様なアンドロイドの表情は見ていて気持ちが悪い。死人が喋っている感じ。
手を差し出して言った。
「私は、ウラン。よろしこぉ」
ダンも、俺はダンです、と自己紹介する。何だかアンドロイドが少女の主人なんじゃ無いのか、と思えて来る。少女は「彼はアンドロイドのリンさんだよ」と言った。どう見てもインド人系なのに中国系の名前なのには驚いた。「ふっ。誰が名前付けたんや?」と訊くと、みなとが、私だよ、とあっさり答えた。「うーん。まあ、な。中々のネーミングやな。うん。わる(悪)ないな」ダンが笑い出す。「もっとインドっぽい名前の方が良いかと……」私も笑った。
「お父さんの本名なの。ハヤシ・タカシって日本人なの。でも、もう死んじゃったし。ハヤシ(林)って音読みでリンでしょ?」
涙目で訴える少女に謝った。
「ごめん。笑って、ごめん。じゃあ、君は、林みなとチャンなんだね?」
うん、と答えて涙が溢れているのに無理に笑顔で居ようとしている。私は胸に彼女の頭を抱き締めた。
ずーぅ。ずーぅ。ブツン。
変な音を立ててアンドロイドの動きが止まった。私とダンは、顔を見合わせる。ほんの2秒でアンドロイドは動きを再開する。
「止まれ」ダンが、ガス銃を出した。強力なガスでBB弾を撃つ事で殺傷能力が有る。しかし、アンドロイドに対しては効果が有るのだろうか?
アンドロイドは素早い動きでガス銃を跳ね除ける。様子がおかしい事に気付いた少女が振り返って尋ねる。「どうしたの? リン?」
アンドロイドは少女の首を両手で締める。「り……ん。やめ……さい。やめ……なさ……」
私はポケットの中の鉄製のパイナップルナックルを嵌めてアンドロイドを殴る。殴っても殴ってもアンドロイドは少女の首を絞め続ける。
「こいつッ。離せ! 離せよ、オラぁああッ」
ダンが、ガス銃を背後から後頭部に撃ち込む。ガクガクとアンドロイドは震えて少女の首を離す。やっと息が出来る様になった少女は、それでも涙を流しながらも懇願する。「やめて。……ねぇ。やめてよ。リンを虐めないで……」アンドロイドは膝を崩して倒れ込み、其れっ切り動かなくなった。
ダンが静かに語る。
「コンピューターウィルスだよ。どのみち俺らじゃ直せねぇよ」
ああぁああああぁあぁあああぁん。
少女の号泣が広場に残った壁に反響して哀しい音に拡大された。まるで大きな獣が哀しみに吠えている様な、其んな音は夜空へと舞い上がった。
朝日を浴びて車内に3人。欠伸を堪えながら山へと向かう。クマノディアの都市は南西に在るが、その道とは反対側だ。峠道は荒れ果ててアスファルトが所々剥がれている。ゆっくりと進むしか無い。街のガソリンスタンドの廃墟で残っていたガソリンを拝借して満タンにした。だから、山の中では止まらない、とは思うのだが。道程は長い。此処は本当にクマノディアなんだよな、とダンが助手席で、カーオーディオから流れるブルースに合わせて、窓から出した手でドアを叩いてリズムを取りながら話す。少女は後部座席で緑の樹々を眺めている。
私は凸凹の多くて穴だらけの道をゆっくりと走らせながら、食料の事を考える。常に底が尽きそうな状態なのに少女みなとチャンまで加わった。大丈夫だろうか?
後方からパカッパカッと音が聞こえ始めた。……馬?
素早くバックミラーで確認するとインディオ達が追い掛けて来て居た。砂漠から追い続けて居たのか。凄まじい執念。風に混じるガソリンの臭いで辿って来たんだろう。この俗にインディオと呼ばれる種族は犬頭人の血が濃い。だから臭いには敏感だ。姿は西部劇の映画のインディオ、詰まりネイティヴアメリカンにそっくりだ。
軽自動車のアクセルを踏み込んだ。
しかし、山のトンネルの有る辺りで完全に囲まれてしまった。数十人が筋肉だけで軽自動車を抑え込み、動けなくしている。ドアの開閉部を斧で斬り付けられて、ドアが外された。私の胸に掛かるペンダントを毟り取る。そして車から出されて長い木の枝に縛り付けられた。男であるダンは殴られて谷底に落とされた。男だけを殺すという事は女には用が有るのだろう。まず頭に浮かぶのは性の玩具にされる事だ。「この子は、まだ子供だ」と叫んでもインディオ達は聴き入れ無い。ははは。少し熟れて無いが、これも良いもんさ。良く見れば可愛い子だしな。じゃあ、舐めさせるか。そんな言葉がインディオ達の間で交わされる。その内にハゲ頭の巨体が近付いて来た。私が回し蹴りで倒した相手だ。「たっぷり可愛がってやるからなぁ」とニヤつく。
山の廃村に辿り着く。此処が秘宝の在り処か。伝説では、ペンダントの先に付いた鍵で洞窟の岩の扉を開けられるのだ。果たして、その洞窟は在るのか?
昔は仏教寺院だったと思しき廃墟の裏にチョロチョロと沢が流れていた。縛り付けられたまま、馬に運ばれて行く。沢の出る岩場には、洞窟が在った。馬を下りてインディオ達は私達を連れて入って行く。ハゲ頭の巨体が私の背後に回り、歩きながら胸を揉んだ。そして服を剥ぎ取り体中を弄んだ。扉の前では少女みなとチャンの服がナイフで剥ぎ取られて行く。1枚1枚、ゆっくりと剥いで行くのは男達が楽しんでいるからだ。下着を剥ぎ取ろうとした所で、次々に男達は倒れた。そして猪が3頭、洞窟に入り込んでインディオを全員殺して行く。洞窟内の岸壁に頭を西瓜の様に押し潰されて、残ったのはハゲ頭の巨体だった。片目に包帯を巻いてガス銃を持ったダンが、3年前に私の元カレだった牛頭人のゾルと共に現れて、笑い掛ける。牛頭人は動物と話せるから、猪が暴れたのか。
「とどめは、お前がやるか?」
私は服を着ないまま、パイナップルナックルでハゲ頭の股間をぶっ潰す。
そして目も鼻も分からなく成る程に殴り付けて気付くとハゲ頭の巨体は、とっくの昔に死んでいた。
「Fu○○ you !」
それを聞いたダンが、やられたのは姐さんじゃないんスか? なんて笑った。「危機一髪で寸止めや。これは、むしろ、危機の一発ヤる前やな」みなとチャンが笑っている。少女の貞操も無事だった様子だ。
洞窟内の扉を開くと、黄金と色取り取りの宝玉が嵌め込まれた、美しい目の木材と細かな彫刻を施された烏翠石(ウスイセキ:那智黒石)で出来た、宝石箱が在った。伝説の書物には何が書いて有るんだろう。江戸時代寄り以前に毛筆で書かれたに違いない、古びた巻物の中には、こう書かれて居た。仲良くせよ。たった其れだけ。
「え? どゆこと?」
元カレの牛頭人が推理を披露した。
「寺の住職が書き遺した、四兄弟の息子らへの遺言ちゃうんか?……わしらの種族では有名な話やで? 」
そっか。 世界の真理なんて、何処にも無いのか。いや、此れが真理だとも言えるな。無理に納得して、私は宝石箱と服を小脇に抱えて洞窟を出た。振り返ると、ダンと少女が顔を見合わせて苦笑いしていた。牛頭人まで笑っている。私もニヤリと口を歪ませて笑った。
(了)
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