小説『それにしても。凄ぇ。』 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『それにしても。凄ぇ。』
徳村慎


あの異常な速さのマシンに出会う事は、果たして幸運だったのだろうか?

誰しもが、幸運を求めて走る訳では無いし、誰しも速さを求めたり、この峠では最強だと言われたがっている訳では無い。しかし、あの異常な速さのマシンには狂気と幸運が一体となっている気がするのだ。

続くS字の連続。先も後ろも見えない、グネグネと曲がりくねる道の続く峠を攻めていた。

突然、後ろからヘッドライトが照らし出す。追い付いて来た車が居たのだ。大きい右の高速コーナーに入った。

やられてたまるか!

今日は乗れている。シビックとの一体感は最高だ。右コーナーで、右に並ぶ車。ランエボやんけ! 対向車線が登坂車線になっていて、広いのを利用したのだ。しかし、突っ込み過ぎやろ!

スピードを殺さずにランエボはそのまま左コーナーへと進入する。こいつ馬鹿か? 命知らず?
数コーナーを過ぎるだけで、完全にチギられていた。

「峠でランエボを追い掛けようや」
缶コーヒーを飲みながら俺が言った。
「先輩ここらじゃ腕ありますもん。幾ら車がスゴても、腕の差があったら追えるでしょぉー」
後輩が笑ったので、首を横に振って否定する。まぁ、お前も来たら、分かるわ。と呟いた。

話は広がり、チーム全員でハザードを点けて峠の入口で待ち構える事となった。ズラリと揃った走り屋チーム『エナジーリンクス』のメンバー。直線では叶わないかも知れないが、峠なら腕で勝負出来るはずだ。週末。何処からともなくヤツは必ず現れる。

来た!
あのエンジン音とヘッドライトにアンダーLEDの色。間違いない。あのランエボだ!

通り過ぎた瞬間、全員ハザードを消して路肩から発進する。攻めてやるぜ!

ランエボの後ろで、追う立場としてのポールポジションは川口先輩のGTSだ。あの人が流れを作ってくれる。俺は自慢のシビックでGTSのラインをトレースすれば良いだけ。絶対大丈夫やで。続々と11台のマシンが唸りを上げて発進する。気持ち良い音と一体になる。峠で川口先輩のGTSにピタリと速度を合わせる。

しかし、バックミラーを見ると後方車が次々に消えていく。マジか? こんな事、皆んなで攻めてても起こり得ないのだ。あのランエボを追うだけで、こんなにハヤ(速)なんの?

そして全開で攻める川口先輩の前のランエボも消えていた。GTSは右コーナーがオーバーで回り過ぎている。先輩は素早くドリフトで次の左コーナーへと繋いでクリアした。

俺はGTSのラインをトレースしていたので、やはり右コーナーは、オーバー。左に曲がろうとするならブレーキングを長めに掛けて荷重移動させてノーズをねじ込むようにコーナリングするしかない。FF車特有の動きだ。川口先輩のGTSも次第にシビックと離れて行く。しかし、目の前のGTSのテールランプが消え去る事は無い。峠道の夜の冷えた空気の中で、俺たち2人は攻めまくった。それでもランエボには追い付く事など出来なかった。

峠道が終わって休んでいると、ガラガラと音を立てて一番後方に居た後輩のシビックが、やっとやって来た。

見るなり、皆んなで爆笑した。
エアロが半分取れ掛けて引きずっているのだ。

「タッちゃん、だから、峠で、シャコタン無いわぁ」
川口先輩は涙を流しながら笑い続けている。車高調を変えて、空力をスムーズにしてスピードを出そうという考え自体は良いのだが、峠道は、飽くまでもサーキットとは違うのだ。凸凹のアップダウンが続けば、余りにも低い車高では対応出来ない。笑い終えて、俺は、何時もの様にコーラを飲んで星を眺めた。

それから毎週ランエボを追い掛けた。必ずヤツは何時も消え去ってしまう。皆んな走り込んでいるから確実にタイムは縮まっているのだが、相手はもっと速いという事だ。

お盆前。週末に馬鹿っパヤ(速)のシビックが現れた。ランエボの来る時間が遅くて皆んなで攻めて帰ろうって事になって走っていたら、後ろから俺たちのチームの車をグングン追い抜いて来たらしい。シビックだと気付いたのは狭いコーナーに突入した時だ。さすがに煽る事は出来ても抜けないらしい。苛々と後ろのシビックがライトをパッシングさせる。

こんにゃろォ!

ブレーキングを突然かましても相手は、読んでいたようにスッと離れて、またピタリと付く。

更に後方からヘッドライトが見えた。この狭いコーナーは昼間は車が来ていても判断が難しい。しかし、夜であれば、崖を挟んで後ろを走る車のライトで確認出来る。速い。俺と後ろのシビックがクリアした場所を途轍も無い速さで抜けて近付いて来る。

ランエボや。

此処から高速コーナーだ。まず後ろに居たシビックが右に並ぶ。ランエボはその真後ろにピタリと付いた。2台が抜き去り、俺も必死に喰らい付く。大きな左コーナーをアウトからぶち抜いた2台はアウト・アウト・インのラインだ。こっちは2台から少し離れされて、素早く右に出てアウトへ。完全なアウト・イン・アウトとは呼べないが、何とか2台を見失わずに離れて付いて行けている。

次は先の見えない右コーナーだ。
車線をはみ出さずに安全圏のまま走るシビックに対してランエボが対向車線に出てインに付いた。

なんだ? その度胸!

インベタで苦しいラインだが、ランエボの左を走るシビックも苦しいはずだ。

このコーナーを過ぎれば短い直線だ。立ち上がり勝負か?

2台を追って対向車線まで使ってコーナーをアウト・イン・アウトして辛うじて喰らい付く俺。

コーナーの出口だ。
ランエボが加速して対向車線の直線を走り切り、次の左のコーナーでインへと入って行って消えた。

後を追うシビックは直線から少し対向車線にはみ出してインへと入る。しかし、完全なアウト・イン・アウトのランエボとは速度が違い、遅過ぎる。完全にランエボの勝利だろう。俺は幾ら攻めても2台には追い付けず、その後は知らないが、あの技術の差ではシビックがランエボを追う事は難しいだろうと考えた。

2ヶ月後、川口先輩は峠を攻めていて対向車線からはみ出したトラックと事故を起こした。脚が上手く動かせなくなる障害で、もう車を走らせる事は出来ない。チームは、それから走るヤツが極端に少なくなっていった。

俺は、その後、シビックのターボとコンピューターチューンを済ませた。サーキットの走行会にも出て腕を磨いた。俺に色々と教えてくれるチューニングショップの店員とも仲良くなり、そこから新たな仲間が出来た。

目まぐるしい3年だった。とっくにチームは事実上、解散している。皆んな、ステッカーだけが名残りとなっている。

また此処を攻めてみるか。久しぶりに峠を走って行く。もうストリートでは、自分よりレベルの高い車に会う事も無くなっていた。大排気量の車以外なら敵無しだ。

そう。腕は有る。後は車の差やろ。

後ろから一気に抜き去るマシン。まるで焦るように急ぐ。GTRだ。この先は狭い。狭くなる前に1台が俺を追い抜く。あの異常な速さのランエボだ。まだ現役だったのかよ。やはりGTRは追われていたのか。

GTRより更に速いんじゃないか? ってぐらいのスピードで突っ込んで行く。狭いエリアで車体の重いGTRに軽々と追い付くランエボ。身軽に隙を伺う。俺は、この狭い区間でじりじりと追い上げる。

それにしても。凄ぇ。

この3年間で俺のシビックはヤレていた。何よりギアを入れる時の音が変わった気がする。

だが、目の前を走るランエボは、ボディを上手く強化しているのだろう。乱れる事無く走って行く。GTRは恐らく新車だ。それでも互角のコーナリングをしていた。

腕か?

この次は確か、高速コーナー。頑張れランエボ。地元の意地を見せたれや。

俺は、何時の間にかランエボを応援していた。ほぼ直線の軽いコーナーを右に左に、2台が横並びのまま進んで行く。僅かランエボのノーズが出た。このコーナーの次は急な左になっている。対向車線に出ていたランエボがブレーキング。一気にGTRが前に出る。

しかし、GTRは、この道を知らないのか? ブレーキが遅れてアンダーでアウトに膨らむ。それでもGTRは元々FR車をベースに作られた四駆だ。滑らせながらもコーナリングしていく。しかし、左のインが開いた。ランエボがスローイン・ファーストアウトを守ってラインをクロスさせて、立ち上がりで加速してぶち抜いた。

その後はランエボは次第に遠ざかり完全に見えなくなった。俺はGTRを追いまくったが、やはり直線でチギられてしまった。

皆んなで笑った場所に停まり、独りでコーラを飲んだ。眺める星は綺麗だった。しかし、もう直ぐバイパスが出来るという噂がある。きっと、この峠は寂れてしまうのだろう。

ランエボは此処を走り続けるのだろうか?
そして俺は?

俺は『エナジーリンクス』の古びたステッカーに指を這わせてみる。この3年間の一番の思い出は、今日かも知れない。俺は満足して、冷えたシートに乗り込んだ。出会って見届ける事は幸運だと、素直に思えて、夜に溶けた車内の空気を、深呼吸した。

(了)













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