春休みに公園で桜がギターを弾いていると、隣にやって来た女の子が居た。
「へぇ、アンタもギター好きなんやねー」
と声を掛けてきた。
「アンタも…ってことは、弾けるワケ?」
「ちょっと貸してみ」
クラシックギターの曲らしい。楽々と、伴奏とメロディを弾きこなしている。
「すごく上手い…」
「へへ。小3から、ずっと、やりやるんや。この曲は私の作ったオリジナル」
「名前は何(なん)っていうん?」
「杏やよ。ヨロシク。アンタは?」
「桜」
中3の四月が始まった。
教室中のウワサはあの杏という少女の事らしい。
「転校生?それってどんな子?」
「ギターがバリ上手いらしいで。クラシックギターやりやるんやって」
あの子の事か…。桜は思った。ハンパじゃない上手さの杏。しかも、あの難しい曲は自分の作ったオリジナルだと言っていた。
あれから必死に追い付こうと練習はした。だけど、全然違う。あの子は天才なんだ。そう思った。悔しいけど、ハンパじゃなく上手い。
あれに追い付けるなら…何(なん)だってする。すっかりアサミたちの事など忘れていた。それだけのレベルの違いがあったのだ。
数日経つとさらにすごいウワサを聞いた。
「杏って中二の新(シン)くんをさっそく引っぱり込んだって」
「えーっ?吹奏楽部が、あったら部長になっとるっていう男子?」
「そうそう。その新。サックス吹きの。杏ってベースレスのジャズトリオ作るって言って、保健の大西先生がドラムやるんやって」
「さすがギターの天才少女。もう男2人を引っぱり込んだか。しかも2人ともイケメンやし」
「元々クラシックギターやりやって最近エレキも買ったからジャズやりはじめたんやって」
悔しいけどレベルが違う。ハーッとため息をついて桜は美術室に向かった。
「美智ー。あの天才少女、何(なん)なんよー。せっかくテクノ・アッシャー組んだのに、あのレベルの差」
「努力すれば何(なん)とかなるさ」
絵筆を動かしながら言う美智。
「才能の差やろ」と山本。
「ハァ?デブ山うるさいんじゃ」
「おー、こわ。やつあたりやん」と山本はニヤニヤする。
美智が話す。
「桜ーァ。努力だよ。努力し続ければ、フッと浮き上がる時があるって師匠が言ってたでしょ」
「美智ィ。それ絵の話だったよねー」
「バレた?フフフ」
「それにしても、そのアンプとギター、美術室まで持ってくんなよなァ。」と山本が言う。
「じゃかあし、デブ山。私のmicroCUBEちゃんを、タダのアンプって言わんといて」
「高性能なんでしょ」と美智。
「アタリキ。アンプモデリングやでー。クラシックスタックの歪(ひず)みなんか最高」
その時、美術室の戸が開いて、泉が入ってくる。
「桜ちゃーん。図書室に来(こ)んから来てみたら…案のじょう、美智ちゃんと会いやったなんてー」
「アレ?もう待ち合わせの時間?ゴメーン。すっかり忘れとった」
「せっかく夏目漱石読むの我慢して待ちやったのに」
「ゴメン。ゴメン。許せ、わが友よ」
「もうー。古風な言い回しでも許さんから」