勇者たちへの伝言〜いつの日か来た道〜
久しぶりに心を揺り動かされるそんな小説に出会えた。一月ほど前に、本屋で何気なく手にした一冊。帯には芥川賞作家・又吉直樹の「物語の中にいろんな仕掛けがあって、それぞれがリンクしていて、そうした技術的な構成も見事やと思います。」という推薦コメントがあった。読書家の又吉先生がそう言うのなら間違いないだろうし、パラパラとめくると「阪急ブレーブスネタ」を題材にした小説でもあるようだったので、これならすんなり入ってゆけそうだと、軽い気持ちでレジに向かった。ところがいざ読み始めると、小説のテーマが思いもよらなかった方向に展開してゆく。さらに、お気に入りの「地下鉄に乗って(浅田次郎)」や「リピート(乾くるみ)」なんかで効果的に使われていたタイムスリップと言う手法が、この小説でも肝になっていて、又吉先生言う所の“いろいろな仕掛け”と調和しながら、ノンフィクションと錯覚させるような奥行きのあるストーリーになっている。少しだけさわりを紹介すると、 『自分と同世代の放送作家の主人公が、取材の帰りに訪れた郷愁の駅「西宮北口」は、かつて阪急ブレーブスの本拠地・西宮球場の最寄り駅。一度だけ父に連れて行ってもらった“球場跡地=父との思い出”をたどってゆく内にタイムスリップにあう。そして若き日の父の在日朝鮮人女性との恋を知り。。。あとはネタバレになるので。』 ちなみにタイムスリップする時代が「ブーフーウー」「平凡ソング」「真夜中のギター」なんていう昭和言葉で表現されていて、それだけでもう完全にお涙状態なのでである。そして改めて自らの知識と教養の低さを痛感した「北朝鮮への帰国事業」。知らなかった。拉致問題以前の、ひょっとしたらその要因の一つであったかもしれない過酷で理不尽な歴史的な事実。人生半ばを過ぎたとは思うが、まだまだ勉強する事は山ほどあるなと感じさせてくれた、印象的な一冊となった。『北朝鮮への帰国事業』・・・昭和34年~58年まで行われていた在日朝鮮人の北朝鮮への集団帰国。日本における差別・貧困から逃れるために、「完全就職」と「生活保障」が約束された、地上の楽園である北朝鮮への渡航を喧伝され、93,340名が海を渡った。しかしその実態は、朝鮮戦争後の荒廃した国土を再建するための労働力補充を考える北朝鮮側と、生活保護者や犯罪率の高い在日朝鮮人を排除したいとする日本側の思惑が一致した事で?作り上げられた虚構であった。