楠木建(著)「経営センスの論理」を読了。
経営センスの論理 (新潮新書)/楠木 建

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1ケ月以上前に読了はしていたものの、なかなか感想を書く時間がなく、いまごろメモ書きです。
読んでいた当時、気になった箇所に線引きをしていたので、そこをまず抜き書きして、当時の感想を頭の中で再構築する、とい作業になりました。読み終えた後の新鮮な気持ちは減少しますが、もう一度冷静に考える、という点では、こういうやり方も、たまにはよいかもしれません(言い訳)。
・事業の期待収益率や市場成長率といった客観性で物事が決まることが多いが、それだけでは、他社との差別化を可能にする面白い戦略にはならない。長期的に努力投入できる好きなことか? という文化も必要。
→ なるほど。しかしなから、そういう客観的な物事の決め方すらしていないことも多い、というのが、日本の経営環境の実態のような気もします。まずはスタートラインに立つことも必要かなぁ..。
・自ら現場に出る。自分の手でやる。ハンズオンというのが、優れたリーダー、経営者の重要な条件。セーターを着て家の中にいると外の寒さがわからない。寒さを肌で感じないと経営ができない。
→ 同意。実際、優秀な方だと思う方は、どういう行動をされているように思います。後半は、GEのウェルチ氏の言だそうですが、見事な比喩です。
・ビジネスの根本原則は自由意志。経営には「こうしよう」しかないはずだ。
→ 生き残りのために、グローバル化さざるを得ない。という決まり文句は、経営することを放棄しているということ、という論点。成長に向けてグローバル化するのだ、というのとは、同じことのようで全然違うということなのですね。なるほど。
・経営はどこまでいってもケースバイケースで全て特殊解。経営戦略の本質は「違いを作ること」にある。
→ 納得。ハウツーものも役には立ちますが、あくまでひとつの事例として捉え、一旦抽象化してから、自社ビジネスにもう一度具体化する、というステップが必要なのだと理解しました。
・合理的なことだけをやろうとしても、決してイノベーションにはならない。そんなに合理的なことであれば、誰かがすでにやっているはずだから。
→ 合理的であることを否定しているわけではないと個人的には理解しました。合理的な基盤の上に、非合理な発想が必要だということ。非合理だけで成功するのは、純粋なベンチャー的イノベーションではないでしょうか。
・特に優れた戦略ほど、似て非なるもの、という側面がある。話が戦略になると、葉を見て木を見ずという落とし穴にはまる人は多い。
→ 他社の戦略の単純化でわかったつもりは危険ということですかね。確かに、模倣困難性が差別化の継続要因であることを考えると、優れた戦略はそんなに単純なものではない、ということなのかもしれません。
・攻撃は最大の防御なのはなぜか。防御では、問題の本質が解決されることなく、際限なく防御のコストが必要になる。防御を放棄して攻撃戦略に切り替えると、防御のコストがゼロになり、ベネフィットの方が大きくなる。ただし、やみくもな攻撃はダメで、制約や弱点を積極的に受け入れることによって、競争優位や劣位の認識が代わり、機会や強みの潜在(攻撃のネタ)に気づく。
→ 理解はしますが、これは、実際の行動がなかなか難しい。どうしても両方やりたくなって、資源の分散投資になって、虻蜂取らずになりがち。でも、企業の文化って、防御の放棄を許容しない、という根本問題を抱えているような気がします。
・グローバル化において、どの部分をローカルなやり方に任せ、どの部分をグローバルに統合するか、は競争力の源泉を明確にする。その企業の競争力を支えており、絶対の自信があれば、時間とコストをかけてでも日本でのオリジナルなやり方でグローバル展開していくべき。
→ ローカルでやる部分とグローバルに統合する部分をうまく組み合わせて経営していく必要があることには同意。しかし、日本のオリジナルなやり方でグローバルに通用するかは、はなはだ疑問。むしろ、日本がひとつのローカルになる方が現実解のような気がしますが、あまりに夢がないでしょうか。
・日本はビジネスにとって逆境先進国。過去の歴史を見ると、逆境に立ち向かうことで、日本企業の能力は錬成されてきた。
→ うーん。危機がないと贅肉を取れない体質だというのは、自虐的に過ぎる見方でしょうか。でも、自助努力でどうにもならない逆境を嘆くだけではなく、自分自身で問題を直視し解決する戦略ストーリを作れ、という著者の主張には同意。
・海外企業と日本企業の対比として:金融では、ポートフォリオ経営の本質は過去を忘れる力。事態が変わればスパっと気持ちを入れ替えて新しくポートフォリオを組み直しという変わり身の早さが必要。事業では、過去から未来まで連綿とつながっていることが事業のドライバーとなる。
→ だんだん本質論で判断が難しい領域になってきました。確かに、一意専心の精神が日本の過去の成功要因であったことも事実ですが、世の中の変化のスピードが昔と比べるべくもなく速くなっている現在において、海外企業のように、ポートフォリオを柔軟に変えていく経営が必要になっている、というのが、自分の意見なのですが。そもそも、企業としてどのような姿でゴーイングコンサーンするのか、という意志によって、とるべき戦略は変わってくると思いますが、少なくとも、GEやIBM、サムソンと伍していくのであれば、日本企業も、ポートフォリオ経営の実行力をもっと磨くべき、と思ったりするのです。
・ヒトは最も可変性の大きな経営資源。仕事の意義を理解すればやる気になる。期待されればそれに応えようとする。現場の「燃え」は日本の誇る天然資源。ただし、その豊かな土壌を耕して、種を植えて、手間暇をかけて花を咲かせるのは経営の責任。
→ 全面的に同意。ヒトは変われるんです。それを否定して「できない」と決めつけるのではなく、経営資源として、どううまく生かすか、それを考えてこその経営ですよね。追い出し部屋など問題になっていますが、ヒト減らしに奔走している昨今の動きは、ちょっと経営の本質から外れていると思ってしまうのは私だけでしょうか。
かなり長文になってしまいました。まとまりがなく、読みにくくてすみません。最後に一言付け加えれば、最後の論点が一番重要な気がしています。


1ケ月以上前に読了はしていたものの、なかなか感想を書く時間がなく、いまごろメモ書きです。
読んでいた当時、気になった箇所に線引きをしていたので、そこをまず抜き書きして、当時の感想を頭の中で再構築する、とい作業になりました。読み終えた後の新鮮な気持ちは減少しますが、もう一度冷静に考える、という点では、こういうやり方も、たまにはよいかもしれません(言い訳)。
・事業の期待収益率や市場成長率といった客観性で物事が決まることが多いが、それだけでは、他社との差別化を可能にする面白い戦略にはならない。長期的に努力投入できる好きなことか? という文化も必要。

→ なるほど。しかしなから、そういう客観的な物事の決め方すらしていないことも多い、というのが、日本の経営環境の実態のような気もします。まずはスタートラインに立つことも必要かなぁ..。
・自ら現場に出る。自分の手でやる。ハンズオンというのが、優れたリーダー、経営者の重要な条件。セーターを着て家の中にいると外の寒さがわからない。寒さを肌で感じないと経営ができない。

→ 同意。実際、優秀な方だと思う方は、どういう行動をされているように思います。後半は、GEのウェルチ氏の言だそうですが、見事な比喩です。
・ビジネスの根本原則は自由意志。経営には「こうしよう」しかないはずだ。

→ 生き残りのために、グローバル化さざるを得ない。という決まり文句は、経営することを放棄しているということ、という論点。成長に向けてグローバル化するのだ、というのとは、同じことのようで全然違うということなのですね。なるほど。
・経営はどこまでいってもケースバイケースで全て特殊解。経営戦略の本質は「違いを作ること」にある。

→ 納得。ハウツーものも役には立ちますが、あくまでひとつの事例として捉え、一旦抽象化してから、自社ビジネスにもう一度具体化する、というステップが必要なのだと理解しました。
・合理的なことだけをやろうとしても、決してイノベーションにはならない。そんなに合理的なことであれば、誰かがすでにやっているはずだから。

→ 合理的であることを否定しているわけではないと個人的には理解しました。合理的な基盤の上に、非合理な発想が必要だということ。非合理だけで成功するのは、純粋なベンチャー的イノベーションではないでしょうか。
・特に優れた戦略ほど、似て非なるもの、という側面がある。話が戦略になると、葉を見て木を見ずという落とし穴にはまる人は多い。

→ 他社の戦略の単純化でわかったつもりは危険ということですかね。確かに、模倣困難性が差別化の継続要因であることを考えると、優れた戦略はそんなに単純なものではない、ということなのかもしれません。
・攻撃は最大の防御なのはなぜか。防御では、問題の本質が解決されることなく、際限なく防御のコストが必要になる。防御を放棄して攻撃戦略に切り替えると、防御のコストがゼロになり、ベネフィットの方が大きくなる。ただし、やみくもな攻撃はダメで、制約や弱点を積極的に受け入れることによって、競争優位や劣位の認識が代わり、機会や強みの潜在(攻撃のネタ)に気づく。

→ 理解はしますが、これは、実際の行動がなかなか難しい。どうしても両方やりたくなって、資源の分散投資になって、虻蜂取らずになりがち。でも、企業の文化って、防御の放棄を許容しない、という根本問題を抱えているような気がします。
・グローバル化において、どの部分をローカルなやり方に任せ、どの部分をグローバルに統合するか、は競争力の源泉を明確にする。その企業の競争力を支えており、絶対の自信があれば、時間とコストをかけてでも日本でのオリジナルなやり方でグローバル展開していくべき。

→ ローカルでやる部分とグローバルに統合する部分をうまく組み合わせて経営していく必要があることには同意。しかし、日本のオリジナルなやり方でグローバルに通用するかは、はなはだ疑問。むしろ、日本がひとつのローカルになる方が現実解のような気がしますが、あまりに夢がないでしょうか。
・日本はビジネスにとって逆境先進国。過去の歴史を見ると、逆境に立ち向かうことで、日本企業の能力は錬成されてきた。

→ うーん。危機がないと贅肉を取れない体質だというのは、自虐的に過ぎる見方でしょうか。でも、自助努力でどうにもならない逆境を嘆くだけではなく、自分自身で問題を直視し解決する戦略ストーリを作れ、という著者の主張には同意。
・海外企業と日本企業の対比として:金融では、ポートフォリオ経営の本質は過去を忘れる力。事態が変わればスパっと気持ちを入れ替えて新しくポートフォリオを組み直しという変わり身の早さが必要。事業では、過去から未来まで連綿とつながっていることが事業のドライバーとなる。

→ だんだん本質論で判断が難しい領域になってきました。確かに、一意専心の精神が日本の過去の成功要因であったことも事実ですが、世の中の変化のスピードが昔と比べるべくもなく速くなっている現在において、海外企業のように、ポートフォリオを柔軟に変えていく経営が必要になっている、というのが、自分の意見なのですが。そもそも、企業としてどのような姿でゴーイングコンサーンするのか、という意志によって、とるべき戦略は変わってくると思いますが、少なくとも、GEやIBM、サムソンと伍していくのであれば、日本企業も、ポートフォリオ経営の実行力をもっと磨くべき、と思ったりするのです。
・ヒトは最も可変性の大きな経営資源。仕事の意義を理解すればやる気になる。期待されればそれに応えようとする。現場の「燃え」は日本の誇る天然資源。ただし、その豊かな土壌を耕して、種を植えて、手間暇をかけて花を咲かせるのは経営の責任。

→ 全面的に同意。ヒトは変われるんです。それを否定して「できない」と決めつけるのではなく、経営資源として、どううまく生かすか、それを考えてこその経営ですよね。追い出し部屋など問題になっていますが、ヒト減らしに奔走している昨今の動きは、ちょっと経営の本質から外れていると思ってしまうのは私だけでしょうか。
かなり長文になってしまいました。まとまりがなく、読みにくくてすみません。最後に一言付け加えれば、最後の論点が一番重要な気がしています。



これはさすがに困るので、試験監督の方に申し出て机を移動させてもらいました。経済学の危なさを振り返ると、遠慮せずに申し出ておいてよかったです。また、的確な処置を即断していただいた、試験監督の方に感謝致します。


でなんとかなった、という感じでしょうか。
あまり見たことのない初見の問題がたくさんで、かなりやばい、という感じでした。その後の財務は、逆に難易度が低く、昨年度とまったく逆の傾向だったと思います(そういう意味では、科目合格で残していた人に配慮した処置だったのかも)。






結構、気に入っているのですが、スマホ/タブレットでの使用を意識しているので、ずっと、マルチウィンドウの操作性に慣れている自分にとっては、ときどき、ストレスですね。これ、スマホ(Android)の使用経験を挟んでいなかったら、かなり操作原理の理解に苦労したかもしれません。


