_パーテーションで画された握手ブースの前には、長机に脱衣篭が三つ置かれただけの簡易な手荷物置き場がある。
その手荷物置き場まであと数名となったところで、意を決した彼は鞄からそれを取り出し首から、下げた。
その姿はもはや人ではなく、承認欲求と功名心に囚われた一つの修羅であった。
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(フィクションか、果てはノンフィクションか…それは私と彼女だけが知る)
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鯨辺は分別のつく男だ_
それは、彼の勤めるとある施設に、地元のアイドルグループのメンバー2人がテレビ番組の撮影で訪れてきたことがあった。
そのアイドルグループは、東京を拠点とする“本社”に対して“支社”と呼ばれていた。
いわばフランチャイズ的に誕生したそのアイドルグループは、鯨辺が住む街を活動の拠点としながらも全国展開に成功した人気グループだった。実のところ、そのアイドルグループは鯨辺のお気に入りでもあったのだ。
その撮影当日、施設内の案内は鯨辺の部課が担当することになっていた。
鯨辺はその担当を人選する立場にあった。
鯨辺は、その権限にものを言わせその役目を自らが担うことも出来ないわけではなかったのだが、彼はその役割を職場で一番若い女性部員に割り当てた。
その日、役目を終えて戻った件の女性部員が同僚と話している声を聞いた。
「顔が小さくて二人とも可愛かった」
その会話の内容にこそ鯨辺は満足したのだった。
鯨辺がそのアイドルグループに興味を持ったのは、彼が単身赴任により自宅から百数十キロ離れた隣県の部処に移った頃である。
(鯨辺が三十代半ばを迎えた頃、一念発起し自宅を構えたことで、彼は完済まで35年のローンを背負うこととなった。それこそは上層部が考える異動発令のトリガーなのだ。)
鯨辺は赴任先に移って早々嫌気がさしていた。
その職場全体に流れる緩慢な空気が耐えられなく思えたのだ。
それまでの鯨辺の部処は、その業界では所謂メジャーな存在であった。そのチームには活躍の場が多く与えられ、またその仕事振りが上層部にも高い評価を受けていた。職場には活気があった。所謂“推され”の職場とでも言おうか。
そこからの赴任先部処への、(あえていうが、落ち幅による)逆位相の高度順応が上手くできていなかった。
いや、順応してはいけないのだ。
鯨辺はここに異動させられた意味をなんとなく理解し始めていた。それゆえに憂鬱の度は増した。
_活躍の場が与えられずモチベーションの持っていきかたの見出せない10数人の部員達、彼らは何も求めてはいなかった。
現状を善しとし、新しいリーダーとして現れた鯨辺の存在もただの和を乱す邪魔立ての者でしかなかった。
鯨辺から見たそれは隔絶された河跡の中の調和でしかなかった。しかし、彼らにとってみればそれは社会構成の全てでもあった。
そんな状況把握に憂鬱を募らせたころ、鯨辺はプライベートな時間に地元を感じさせるものに“逃避”することが多くなっていた。
その逃避の中で、見つけたものの一つがその地元を拠点とするアイドルグループだった_ _
_鯨辺は仕事の無い土日に隣県赴任先から自宅に戻ることが、その精神安定にとって必須となっていた。
鯨辺には家族がいた。妻と二人の息子である。
鯨辺は、まだ幼い二人を連れてよく出かけた。それが、自らの不在により子の面倒を一人でみることとなった妻を休ませるためとの考えもあった。しかしなにより、子との時間は鯨辺にとっての精神安定を満たす最も重要なファクターであったのだ。
ある日、鯨辺は二人の子をつれてショーに出かけた。
自宅近くの浄水場、年に一度の特別開放日に行われる催しもの。親子の目的は、戦隊ヒーローショーであった。
その浄水場には比較的広い芝生の広場があり、そこに組まれた簡素なステージでヒーローショーは展開された。
鯨辺が会場入りした頃、ステージ前に50脚程あるパイプ椅子は既に埋まっており、その両サイドに広がる芝生にはまだ広い間隙があった。鯨辺はステージから見た所謂下手側の芝生の上に趺座した。比較的ステージから近い位置を抑えることができ鯨辺は安堵した。最悪の場合、人垣の後方から二人の子を交互に抱き上げながらの観賞を余儀なくされることも、彼の頭の片隅にあったからである。
_ショーも終わり、お目当てのヒーローを近い位置で観ることができ、満足気な表情を見せる子の姿に、鯨辺は父親としての幸福を得ていた。
所謂、鯨辺は世に言うところの良き父であった。
ただ、この日は良き父にとってのいつもの週末とは違った。
ヒーローショーのあと、そこに登場したのは、鯨辺もよく知る件のアイドルグループであった。
その刻、鯨辺は彼女たちの姿を初めて生目に観る。
歌い踊る16人の彼女たち_
鯨辺は自らの奥深くにある何かを、ぐっと掴まれ続ける感覚を得ていた。
彼の鼓動は彼女たちにコントロールされていた。
空腹を訴え出した二人の子を宥めながら、鯨辺は彼女たちのステージングを、最後まで眺めた。
_件のアイドルのステージが終わり、鯨辺はいつの間にか居なくなっていた二人の息子の姿を探した。
二人の息子は、鯨辺から遠く離れた場所にてヒーローごっこに夢中だった。
彼らの瞳に、父の姿は写っていなかった_
_ある夜、赴任先近くにあるネットカフェに鯨辺の姿はあった。フィーチャーフォンでの検索速度に耐えられず、次第このネットカフェを訪れることが多くなっていた。
鯨辺はそこで件のアイドルグループについて調べていた。
“あの日”、気になった一人について調べなければならなかったからだ。
両親のことを「オトーチャン、オカーチャン」と呼ぶその彼女は、グループを構成するセカンドチームのリーダーだった。
鯨辺はそのセカンドチームの置かれた境遇と彼女の立場についてを知った。
その日から、鯨辺は河跡におかれた自らの境遇を彼女に重ね、次第その姿に自らを投影するようになっていった。
「彼女は私なのかもしれない」と。
鯨辺がパン名札をぶら下げる日まで、あと553日
(←大丈夫です。2話か3話でちゃんと終わらせますからw)
【次回】
PAN-NAFUDA 〜dar(KⅡ)night (episode 0-2)
パンナフダ 〜ダークナイト へ続く
























































