【主な登場人物】
鯨辺:三十代半ばの男。妻と二人の息子に囲まれ幸せな生活を送るも、地元のアイドルグループに嵌り始め、次第歯車が狂い始める。
彼女:鯨辺の推しメン。鯨辺の地元に結成されたフランチャイズアイドルグループ、そのセカンドチームのリーダー。
【前話】(※全2話の第1話)
『PAN-NAFUDA 〜No name man (episode 0-1)』
※単身赴任先で悩める鯨辺。地元アイドルグループで葛藤する彼女との邂逅。
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パン名札 〜ダークナイト(最終話)
陽は既に高い位置にある。
この中でのアイドリングストップは酷と言うものだろう。
オートエアコンの風量が上がると、エンジン音は音階にして3つ程高い音を鳴らし始めた。
フロントガラスからの押圧な日差しをその冷気が中和しているとは言い難かったが、高揚の中にある鯨辺にとって、それは大した問題でなかった。
港湾地区にある展示場に面した広大な平面駐車場、その車内に鯨辺の姿はあった。_
_週末になれば、鯨辺はいつものように一人で出かけた。
この日は、件の地元アイドルグループの握手会に参加するためである。
50人程のメンバーがいる中で、鯨辺が握手をする相手は一人と決まっていた。
鯨辺が、"彼女"と初めて手を握ったのは、邂逅を遂げたあの浄水場イベントから1ヶ月後のことだった。
鯨辺が購入した彼女たちの新曲CDにその握手券が1枚付いてきたのだ。鯨辺はその握手券を彼女との握手に使った。
「応援してます、頑張って下さい」
“そう、最初は1枚の握手券だった。”
握手会は、彼女たちが新曲CDを発売するたびに行なわれた。
やがて鯨辺は、彼女たちが曲を出すたびにそのCDを買い、その都度開催される地元での会に参加するようになっていった。
曲が発売され、会が催されるたびに、次第、鯨辺が手に入れる握手券の枚数は増えていった。
_件のアイドルグループはファンとの距離の近さを一つの売りとしていた。
もちろん、他のアイドルグループと違わず、歌い踊ることをその活動の骨格としながらも、握手会という活動もまた、彼女たちのアイデンティティを現すものであり、またそれは彼女たちを形作る血であり肉の部分であった。
地方アイドルでありながら、彼女たちの握手会は地元だけの開催にとどまらなかった。
それは、所謂四大都市を中心に行われ、また、それ以外の地方都市であっても、選抜された幾人かのメンバーが出向き、小規模な握手会が開催されることもあった。
既に国民的アイドルグループと呼ばれていた先達である"本社"に引っ張られるかたちとはいえ、全国には彼女たちを求める声があった。
まさに、彼女たちは上り坂の途中なのだ。
_その握手会は予め参加時刻が定められており、この炎天の下、無駄な行列に並ぶ必要がなかった。
鯨辺は車を降り、握手会の行われている展示場へと向かった。
この日、鯨辺が参加した握手会は、これまでのものとはまた違うものであった。
会場で希望するメンバーを選びCD付随の握手券を渡して行う一般的な販促イベントで行われる握手会(※仮称「全体握手」、通称"全握")とは違い、
予めCD購入時に希望するメンバーとの握手とその時刻を"確約"した名入りのチケットにより行われるものがこの日の会であった。
これら名入りチケットにより握手メンバーが確約された握手会を「メンバー確約握手会」、通称"確握"と言う。
この名入りチケット付きのCDは、CD販売店店頭への流通はされておらず、会員登録によるネット通販専用のものであった。
この名入りチケットが、店頭販売とリンクしていないことからも、確握は気軽に参加できるものではなく、これに参加するか否かがある種、ファンの嵌り具合を測る初期段階に設けられた一線でもあった。
あの浄水場イベントでの邂逅から1年を経て、鯨辺が初めて参加する確握の現場であった。
_夕刻、港湾道路を走らせながらファミリーカーの運転席で一人浸っていた。
鯨辺は楽しんだ。今まで参加してきた全握とはまた違う満足感の中にあった。
それは、そのアイドルコミューンのさらなる内側に一歩踏み出せたことによる高揚も手伝ってのことであった。
しかしなにより鯨辺を昂めたものは、一時の不遇を抜け出し、階段を昇り始めた彼女の晴れやかな表情を見たからに他ならない。
出会った頃の彼女は、セカンドチームのリーダーとして悪戦苦闘しながら、そのブログにも自らを鼓舞するような長い文面が綴られることも多くあった。しかし、この頃は底を脱した時期にあり、彼女をとりまくあらゆる環境が好転を始めていた。それは彼女の自己犠牲の精神が実を結んだ結果でもあった。
かつて、鯨辺が「河跡の塗埿」にあった自らを重ねた彼女の姿はそこになかった。
(そんな彼女の姿勢に引っ張られたわけでもないのだろうが、鯨辺の部処もまた河跡の塗埿を抜け出した頃であった。
この年の三月、鯨辺とその部員である彼等は相互理解を深めるに至り、その国難という状況下において小集団として本来の働きを為すかたちが作られた。それは鯨辺にとっての功名であった。)
彼女は、顔も名も知らぬこちらの問いかけに対し、あらゆる表情を見せてくれる。彼女はその表情の豊かさこそが魅力なのだと改めて気づかされた。
昇り調子にある彼女の覇気を含んだその表情にこそ、鯨辺は力を分け与えられたのだ。
しかしその刻、鯨辺は自らの甘心に一筋の影が差すのを感じた。
"顔も名も知らぬ"自分に向けて_
鯨辺は"認知"など求めてはいなかった。
だが、今ここに去来した感覚とは、ある種の欲求にも似た引け目だった。
そのようなものを感じてしまったのも、このコミューンの内側に触れてしまったがゆえである。
_コミューンの熱心なファンの中には、全国津々浦々の握手会に出向き、その全てに皆勤する豪の者もいた。
また、それら熱心なファンは、握手会ごとに何十枚もの券を用意していた。
握手券一枚で与えられる占有時間は10秒弱。しかし、枚数を重ねれば、それなりの時間となる。数分の会話の回数を重ねればそのアイドルに自らの存在を植え付けることも可能となるのだ_
枚数を積んだファンの中にはアイドルと顔馴染みのような関係になるものもいた。
アイドルから名前と顔を憶えられることを、その界隈では「認知」と呼んだ。
鯨辺は身の程を知る男である_
鯨辺にとってその「認知」というものが、自らには縁遠い話と理解していた。理解も何も、家計は妻が一手に握り、鯨辺に与えられる一月で自由に扱える金はたかがしれた程であった。
(あの日の邂逅による鯨辺の生活態様の変容は、彼の妻に不満を抱かせ、次第その風当りを強くさせていた)
何かを切り詰め、少ない枚数ながらも、その握手会に参加できること自体がありがたいことなのだと、鯨辺は自らに言い聞かせていた。
"自身とって、彼女の実在を確認するその時間こそが重要ではないのか"と。
(しかし、内心はそれを羨んでいたのだと、
今はそれがわかる。)
港湾道路を走らせながら、物思いにふける鯨辺の横を、派手な排気音を響かせたローダウンのワンボックスカーが追い越していく。
フルスモークのリアガラスには件のアイドルグループのエンブレムが大きくカッティングされていた。鯨辺と同じ会場からの帰りなのだろう。
その車はファミリーカーの鯨辺に見せつけるように速度を上げ、その車影は瞬く間に小さくなった。そのグループエンブレムの残像だけが鯨辺の目に残った。_
初めての確握から数ヶ月経った頃、また彼女たちの新曲が発売された。
例により、鯨辺は地元での確握に参加するため、僅かばかりの名入りの握手券を抑えた。
確握スケジュールは師走の東京から始まり、その翌週が鯨辺も参加する地元での開催だった。
その東京握手会の夜に更新された彼女のブログに、鯨辺は目を疑った。
握手会当日の夜のブログでは、その参加者へのお礼を述べるのが慣例であった。その終盤「名前を覚えて欲しい人は名札をつけてきてください。」と記されていた。
どうやらこの日の握手会は、彼女のもとに認知を求めるファンが殺到したらしい。それで、彼女なりに考えた上での答えがこれらしい。
しかし、鯨辺は思った。「それは悪手だ」と。
今や彼女の人気は高い。グループ内の序列も三番手に上がったところだ。その握手の並びの何百、何千の内、いったい何人が名札をつけてくるのだろうかと。それを考え、目眩のようなものを感じた。
もしや彼女としては、その辟易とした感情の吐露と、それはある種の意趣返しであったのかもしれない。しかし、それを間に受けてしまうファンが何人もいることだろう。
しかも、名札を付けさせただけで人と名前を一致させるなど、多大な負担以外の何物でもないと、そう感じた。
そもそも、認知とは、その時間の中で自然となされるものではないのかと、そのような考えが鯨辺にはあった。
ここで言う"時間"とは、それを生み出す資金そのものを意味していた。
それを用いることなく認知を求めるなど、鯨辺にとって靦然たるものと思えた。
そんな彼女のブログから数日経った頃、鯨辺はその件についてを自らのブログに記した。
鯨辺はこの件の数ヶ月前よりブログを始めていた。
もとはと言えば、彼女のブログにコメントをするために作ったアカウントであった。しかし、鯨辺自身、筆忠実とは言えないながらも何かを発信すること自体嫌いではなかった。
(そのブログも鯨辺自身意識はしないまでも、その潜在する承認欲求や功名心の現れだったのかもしれない。)
その日のブログは、認知と名札に対する鯨辺なりのアイロニーが込められたものだった。
それは、彼女の負担を和らげるその一助となればと考えた青臭くも純然たる精神の発露であった。
ブログの内容は「悪しき名札の例」として突拍子もない名札を数点作成し、それを画像にて発表するものであった。
この日のブログは思いのほか"うけ"が良かった。
半ば皮肉を孕んだ悪ふざけの記事が、今までにない閲覧数だったことに鯨辺は驚いた。
中でも、"食べられる名札"として発表した、食パンを用いて作った名札に対しての反応は頗る良かった。
また、この記事をきっかけに鯨辺のブログへの読者が増え始めた。
いうなれば、その読者とは、鯨辺を奇異なものと捉えた観察者の群れでもあった。
そのことを鯨辺が理解しきれていたかは定かではない。
しかしこの時、鯨辺に内在する黒い功名心は密かに顔を出し始めていた。
彼女に手向けた鯨辺自身の高尚なアイロニーは自身の手によって汚されようとしていた。
今やそれは、彼の黒い功名心と承認欲求を満たす道具に成り下がる運命にあった。
_幾重に折られた行列の先、パーテーションで画された握手ブースの前には籠が三つ置かれただけの簡易な手荷物置き場がある。
その手荷物置き場まであと数名となったところで、意を決した彼は鞄からそれを取り出し、首から下げた。
食パンで作られた名札、パン名札である。
パンをぶら下げたその中年は、人の姿をしながらも、もはや人ではなかった。
それは、承認欲求と功名心に囚われた一つの修羅そのものであった。
_その日対峙した彼女は、鯨辺が今まで見たことのない表情を見せた。
鯨辺は、その場の主導権を自らが握っているかのような錯覚に陥った。
手に握手券、首にはパンをぶら下げて、何度もブースを訪れ、その度に鯨辺は、自らが悦の深みに陥り行くのを感じた。
_陽が落ちるのは早い。
鯨辺は誰かの、何かの視線を感じて、展示場の日陰を選んで歩いていた。
気づかずに乾乾になった落ち葉の溜まりを踏み切ると、思いのほか大きな音がして慄く。
その時、寒風が吹き荒び、鯨辺は凍えるほどの寒さを感じた。
落ち葉は渦を巻きまた新しい溜まりをつくった。
寒さに首を竦めると、その首には未だそれが下げられたままであることに気づかされた。鯨辺はそれを一口齧る。味がしない。
その"名札"は、敗北の食感を宿していた。
終
俺たちの握手会は!これからだ!!
(ご愛読ありがとうございました!鯨ベーコン先生の次回作にご期待ください!!)
【参考記事】
『オキドキ』個別握手会・名古屋(2011.12.17) ~「食パン名札」の有効性について
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本当は全く悦になんて入りません。提げるまで緊張しかありませんから。自らに課した罰ゲームです。