今日は日本人シスターのお話をマザーハウスに聞きに。
英語、フランス語、スペイン語、日本語、それぞれの国のシスターが毎週お話をしている。
内容はマザーテレサのエピソードだったりマザーテレサが伝えたかったことだったり、真実の愛の話だったり。
色々考えさせられる深い話を聞いた。
日本人は12人くらい来ていた。
何人も途中泣いていた。
聞いたことをまとめると...
「・物質的貧しさではなく、精神的貧しさが最大の苦しみ。それが同時に存在することももちろんある。
・真実の愛 → 無償の愛、痛みをともなう愛。この場合の愛は恋愛の愛ではない。
・愛は家族から始まるもの。
・神のみがえらい。私たちは神に使われているのだ。
・私(神)はあなたを愛します。だからあなたたちはお互いに愛し合いなさい。
・私たちは一人ひとりは小さい。
・誰かに必要とされることが喜びである。
・エピソード:マザーハウスの砂糖がなくなったことがなぜか新聞にのった。その記事を見た一般の家庭の子供が両親に「3日間甘いものを我慢するからマザーハウスの子供たちに砂糖を送って」
とお願いした。その量はとても微量かもしてないがマザーテレサはとても喜んだ。おそらく誰かが大量にただ砂糖を送ってもそこまでは喜ばないだろう。
子供が好きなものを我慢してまで、マザーハウスのために砂糖を贈ろうとした。これが痛みをともなう愛。
・自分本位ではなくすべて他人本位で考える。マザーテレサはいつもそうだったらしい。それを当たり前にされていた。」
覚えてる限りではこんな感じ。誤った解釈もあるかもなんですいません。
バングラ編でも似たようなこと書いたけど...
それともうひとつ、「路上に暮らしている人に対しては、ものだけを与えるのではなく、語りかけ、話を聞き愛を注ぎなさい。」
というのを聞いた、インドにも路上に暮らしている人はたっくさんいる。道を歩いていると物乞いの人たちにいつもお金や食べ物をねだられる。
インドを訪れる人ならみんな経験することだろう。そしてたぶんみんながどうしたらいいか考えるんじゃないかな。
俺もそう。アジア旅してきていつもどうすることが正解なんだろうって考えてた。自分の中で答えが出てないからねだられても絶対お金やモノをあげないようにしていた。
でもいつもジレンマ。俺があげればこの人たちは食事ができて今日を生きて暮らせる。でも俺があげれば、物乞いを助長することにもつながる。だからそのの言葉を聞いてちょっと実践してみた。
言葉が通じない分子供と遊んだり、足がない人の隣に座ってカタコトのヒンディと英語を使ってしゃべったり。
でもやっぱ最後はお金や食べ物を頂戴って仕草をしてくるんだ。
それにインドでは他のうちの子供を借りてきてまで物乞いしたり、ミルクを買わせてそれを子供に飲ませるんじゃなくて、また売ったり、
普通に家あんのに儲かるから物乞いしたりっていう現状が実際ある。
やっぱまだ答えでねーわ。でも今までと違うことを出来たことによって一歩進めたかな。
あと個人じゃなくてもっとでかい媒体で解決に取り組まんことには意味ないのかな?とも思う。
まっいいや。
旅してる上でこれは自分の中でずっと残るでかい問題だろう。
ゆっくり考えよう。
まあマザーハウスのボランティア行ったら色々見えてくることもあるだろうな。
アドバイスあったらくださーい(^^♪
夜、マザーであったヤマトと再会!話してたら大学4年の磐田出身!しずおか~
ヤマトはもうボランティアに参加してるから色々教えてもぉらおっと(-^〇^-)
























