奇跡、知れ、味わえ。
uni007 農耕演劇
「そだててたべる」
@日芸所沢校舎103教室
見に行く予約したら仕込みバラシ要員としてよばれました。みんな友達だから喜んで手伝いました。
囲み舞台、半アリーナ的な形式の中には畑と思われるものとヤグラ。
教室にあれだけ組む勢いには驚く。
芝居は窓とドアは解放された形で進んでいく。広大な景色を見せたかったのだろう。
農耕演劇というから、ほのぼのとした印象をもっていたが、いつどこぞかの族が鬼のような姿の者に追われ、一人が殺され連れていかれるシーンから始まる。
インパクトとしては十分
ただ、その後の展開だが、似たような毎日を過ごしていく中で 生と死が共存した世界を意識させることが続く。
その繰返し自体、輪廻を思わせるし、展開上必要なものであるが、時間軸の経過表現が不充分。
テクニカルはもちろんだが、役者たちに過去が見られない。
芝居の中の台本の中の繰返しであって、日々の繰返しではない。
毎日が同じようで違うのが普通 体のどこかが変だったり声の通りが悪かったり、気がつかなくてもそういった過去を思わせる芝居をしなければ、テーマの一つであろう生の部分がいかされない。
また、一場ものであったが、そういう意味での面白味は演出で十分なりたっていたが、映像で見せたほうがいい気がした。
それか、6方壁に囲まれた空間でなく 広大な広場とか直に生死を感じ取れる場所でやったほうが、この芝居はいいんだろう。
役者の体の使い方声の使い方についてだが、
癖はあるにしろ、この芝居は役者全員に統一性を持たせるべき。
族のような人々なのだから、その族特有のしゃべり方体の使い方があるはず。
滝沢村(役者)はその点では表情筋以外上手く扱えていたと思う。
囲み舞台で教室だから舞台音量で喋る必要はないと思うからもっと淡々と溢すような言葉遣いのがいいのかなぁと、そのほうが大事な台詞、緊張をもたせるシーンで声色を変えればメリハリがつくし
ラストの演出はすごくすき。が、もったいない。
ピンがあたればいいのに、
やりたい事とメッセージ性ははっきりしてたからあとは消化の問題。
なんでいまここでこの面子でやるのか。
内輪に作りがちな仲間内の芝居でそう走らないのは流石だ。
奴隷出たい… 日にちが会わない…くそ