結果を直線的に求めない。
分かっていても
ついつい期待してしまう。
この行動をしたら
こういう結果が得られる。
1 action 1 result
一つの行動に1つの結果
分かりやすい世界であってほしい
と無自覚に期待してしまう。
あの資格を取ったら
こんなふうに働けるようになる
ダイエットを頑張ったら
自己肯定感が上がる
きちんと説明したら
相手は理解してくれる
・
・
・
物事はいつでも
そんなふうに行くとは限らない
と頭では分かっていても
そうじゃない事態になると
やっぱり頭に来たりがっかりしたり
するのだよね。
結果が直接的に現れることも
もちろんたくさんあるけれど、
そうでないことも
けっこうたくさんあるのだ。
一つのアクションが一つの結果を
連れてくるのではなく、
小さなアクション
こまめなアクションが積み重なって
いつの間にか
大きな結果をもたらす。
その道筋は一直線ではなく
時間の進み方も
アクションの重なり方も
クリアな一直線で結ばれないことが
それなりにあるのだ。
効率を意識するあまり
「これは意味があるだろうか」
「これは最短だろうか」
「これをやる目的はなんだろうか」
と考えすぎてしまって
身動きがとれない、
がんじがらめになってしまう、
なんてことはないだろうか。
結果を求めすぎるあまり
楽しむことがどっかにいってしまう。
感情が追いやられ、
せっかく備わった
直感やアンテナが鈍ってしまう。
もったいないことだと思います。
直線的には
意味があるか分からなくても
最短ではないかもしれなくても
目的がはっきりしなくても
自分のこころに響くのなら
やってみればいいのだと思います。
バラバラでまとまりのない
一つひとつの ”好き” が
いつの間にか一体となって
あなたらしい何かを生み出す。
そんなことだって
あるんだと思います。
未来は直線的につくられるばかりではなく
回り道や不思議な出合いで
形作られる部分だってあるのですから。
自分の軸などといいますけれど
最初からそんなに決め打ちしなくて
いいんじゃないかなぁ、、、
と思いますよ。
確かに、一つに絞れば
悩まずに済むから楽にはなりますが
可能性を狭めるかもしれないし
なにより
あなたの中の豊かな感情が
しぼんでしまうかもしれない。
感情はあなたの内側で
ないがしろにされて悲しんでいるかも
しれませんよ。
豊かな感情が
豊かな体験を生む土壌。
豊かな体験の土壌の上には
きっと豊かな人生が築かれる。
昨日の記事を書きながら
そんなふうに思ったり。
思いがけず続きでした
昨日の話
カミヤカオリ