『執着のない関心』とはいえ、やっぱり例外もある | ひとしずくの純金

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「執着のない関心」

が人間関係の距離感をうまくとる鍵、
というような話をしました。

(記事)
→ 『ついお節介してモメてしまうあの人との関係』



人間関係の距離感・・・

いろいろ考えられるポイントがあるとは思いますが、

一つには、
『距離感は伸び縮みするもの』
という認識をもてるかどうか、という点について。

これは考えようによっていろいろで、
検討する余地がありそうだなぁ、
なんて思います。


人間関係というのは、ある種”生もの”ですから
一定のものではなく、

状況次第で伸び縮みできる”遊び”があると
お互いが呼吸しやすいのではないかと思います。


冒頭にリンクした「執着のない関心」といっても

例えば、
大事なわが子がこれはダメだという一線を越えた時、

こういう時はやっぱり
親として力強いメッセージを投げる必要がある、とか。


ぐぐぐ、っと
その人の心に直球を投げる必要がある、
自分の考えをストレートに伝える必要がある、
ということもあるわけです。




しろたえ_バター





とはいえ・・・

その辺の見極めが・・・

なんというか、

さじ加減ですよねぇ。。。


ダメだ、の一線をどのあたりに設けるか。

どこまで相手を信じて任せるか。

が、悩ましいわけですが、
相手の能力や誠実さ、主体性を疑うほどに、
その範囲が狭くなる・・・

試されているなぁ、と思う場面です。


疑ってしまっても仕方のない事情があるんだ、
ということもありますが、

それでもなお、
自分の内側を探索することに意味があることも

同じくらい多くあるのが・・・

なんというか・・・

まぁ、お互い、人間らしいところ・・・?・・・ですよね(笑)。


一緒に考えてみたいな、という方、
体験ンセッションやっています。^^


カミヤカオリ

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