たびたび僕は自分の出身校のことを厳しくてスパルタで、自我を奪い基本的人権すらない治外法権のまかり通った場所だと書きましたが(そこまでは書いてないか)それでも愛校心はあったりするわけで、そのあたりのことを今日はお話いたします。
僕はやはりバランスをとろうとするてんびん座ですので、物事を良いところと悪いところの2面性でとらえようとします。すべての物事には良いところと悪いところが必ずある気がするのです。受験しかり、不景気しかり。
うちの学校はまあ絵に書いたような厳しい学校でした。僕よりも何代か前の卒業生は「男塾のようだ」といっていました(笑)都会にはそういう学校は少ないですが、地方にはまだかなり似たような学校があるみたいですね。
東京大学の生徒会がやっている、「出身学校別留年率ランキング」というのがありまして、そのランキングで上位に来る学校はおそらくそういう学校なのでしょう。九州の学校や関西の学校が多いです。そして、もちろん、うちも常連でした(笑)
たしかに芸術的感性を奪われ、競争原理にまみれた学校でしたがいいところも当然あります。それは究極的な「面倒見のよさ」です。これはかなりダントツにすごいと思います。
僕は中高時代、一度も塾や予備校に通っていません。すべて学校の先生でこと足りました。まあ、追試だ宿題だで通う暇なんてなかったとも言えますが、それでも東京の名門私立高の子たちに比べると、塾率はものすごく低いです。普通に学校の授業を受けてれば必要ないですから。
もっとすごいのは「大学進学率99.9%」であるところです。しかも、最下位の生徒でも東京で言う6大学、関西で言うカンカンドウリツくらいには行けてしまいます。下位生でも早慶は当たり前です。最下位の生徒の一人一人まできちんと指導してきます。浪人をすれば頻繁に電話がかかってきます。そんな学校は少ないと思います。
「一人の落伍者もださない」という主義が徹底しているのです。東大合格者数ばかりに目を向けているわけではない、とも言えるでしょう。
前に話したO先生は何か問題があるとすぐにでも家庭訪問し、生徒のケアに走りまわっていました。今はもうありませんが、当時はケツバットといって何かあると棒きれで殴られましたので、いじめも見たことがありません。しているとわかると即、張り倒されてましたから。ものすごい対応が早いのも特徴です。
また、実は大自然に囲まれた場所でしたので、キジやサンショウウオが普通にいるという土地も当時の僕には癒しでした。
あとは文化程度の問題なんですよねえ……。そのあたりが改善されれば無敵なんですが……。
あ、長くなったので今日はこの辺で。いつも読んでくださってありがとう御座います。
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