今日のランチの店を出たとき、
なかなか夫が車に戻って来ず、
しきりにスマホ📱をいじっているのが見えた。
数分車内で待っていると
乗り込むそばから驚きの知らせを。
◯◯さんが、今朝亡くなったと
妹からLINEが入ったと言う。
(◯◯さんとは、夫の妹の旦那。つまり、私達夫婦にとっては義理の弟である。)
違う意味での 弟よ…
になってしまった。
彼の両親は長寿者であり、
なんと父親は百歳近いが、まだ健在である。
息子の方が 先に逝ってしまった事になる。
夫の妹と、旦那の彼は
とある 釣り好きな作家が常宿にしていた釣り小屋(というより、何棟かのログハウスを持つペンションに近い)を経営、夫婦で数年前まで切り盛りしていた。
酒豪だったが、料理の腕は確かで、
毎年の常宿にしていた我が家は 彼の絶品 手打ち十割蕎麦に舌鼓を打ち、素朴な田舎料理を堪能していた。
若禿頭にキリリとてぬぐいを巻いて
朴訥とした話し方と、飄々とした人柄は
地域の人たちからも慕われていた。
スキー⛷️で国体に出場した事もあり、
狩猟(ライフル)の腕前も冴えており、
筋骨隆々で、健康そのものに見えた彼だったから、
まさか、うちの夫とほとんど同じくらいの年齢で
亡くなってしまうとは 予想だにしなかった。
いつでも すぐに手が届くところに
ビール🍺やら、地酒やらがある環境で、
しかもお酒にはめっぽう強い体質なのが災いしたか、
それは 肝硬変で苦しむ結果にならなければ、最高の幸せだったのかもしれないが、
やはり、飲み過ぎが命を奪う という認識は
お酒にめっぽう強い体質の人ほど 持ちにくいのだろうし、
普段強健であればあるほど、体調の異変をアタマで否定して、とことん放置しがちなのかな…
と思うのである。
弟も、元来 身体だけはとても健康で、
暑さ寒さにも めっぽう強く、
免疫力も高く、
とにかく何でも喜んで食べ、
自己過信している人だった。
いやぁ、これくらい何でも無いよ、
と不調を黙殺する人だった。
あれほど酷い状態の足🦵を、
いやぁ、まだ大丈夫さ、と いまだに言っているのだから。
実の弟、
義理の弟、
ともに、別の意味で 自己過信しているうちに致命的になってしまった。
考えてみたら、
ここ数年のうちに、友人知人親族の幾人かが亡くなったり、今危険な状態に陥っているのだが、
全て共通するのは
元々健康を過信していたタイプだった
ということである。
足の速さを自慢していたウサギ🐇が
亀に負けたように、
自己過信というのは ホントに危険な事なのだと思う。
一つしかない
頂き物の身体を
大切に慈しみ、メンテナンスを怠らない人間に
健やかに長寿を全うする
という神様からのご褒美が
与えられるんじゃないかな。
たまたま、身体を粗末に扱っても健康長寿を叶える人もいるかもしれないけど、
そういうたまに の例に希望を託すのはギャンブルじゃないかな
と私は思う。
母方の祖父は、超ヘビースモーカーにも関わらず
103歳まで健康長寿を全うしたが、
だからといって それを手本にするのはギャンブルだという事と同じく。
さて、
実の弟…
義理の弟の訃報を母を通して弟にも伝えたが、
何か感じてはくれないだろうか…
感じてほしい。
どうしても。