私のスタンスは、
投げやり、あきらめ、ではありません!
大病を繰り返し、
爆弾💣を抱えている身体。
この敏感で虚弱な人間が、ますます過酷になって行く環境で
すこやかに長寿
などと言う事は希望できないのです。たまたま そうなればラッキー!くらいの気楽な気持ちでいようと思っています。
こだわり過ぎ、意気込み過ぎ は返ってマイナスだと感じるこの頃です。
さて、
私はもう、流行りの?(笑)終活に入ったつもりでいます。
人一倍気をつけて生活してはいますが、
人生、明日はわからない。
時間は貴重なのです。
適性に合わない事に しがみついている暇は無い
ただ それだけです。
グランドピアノが、なぜ今の私には不用なのかと言うと…
落ちた腕で、たまぁにピアノを奏でるくらいなら、KK記念グランドピアノ でなくても、暫定的に実家で眠っている KOLGの電子ピアノを持って来れば十分なのです。
場所も取らず、
万年物置予防にもなり、
調律も不用。
腕を戻さなきゃ、
いつかまたピアノ教室を復活するんだ!
という思いも なくなりました。
ソナタアルバムが精一杯の教師など、生徒が気の毒です(笑)
さらに!
適性について、実は 或る時点で自分には見切りをつけていたのです。
それは、大学受験の頃です。
私はピアノの先生に、はっきりと指摘されていました。
技術的にはピカイチだが、
いかんせん 手が小さ過ぎる、プロには絶対になれない、
学校の先生が関の山だと。
それは 自分でもわかっていました。小学校中学年くらいの手の大きさしかないのです。
同じくらいの体格の人と手と手を合わせて比べても
節一つ分ほど小さいのです。
とくに、親指は、4%ほど 居ると言われている、まむし指です。
一オクターブがやっとです。
モーツァルトや、シューベルト、シューマンなどは センスがあるのでワンダフル!と言われましたが、ショパン、ベートーベンは
ほとんどの曲が完璧に手が届かず、リストに関しては不可能です。
芸大を狙いましたが、
諦めて 教育学部にしました。
子ども並みの手🧒を持つピアニストはいません。
手の大きさが 十分ある人に
ステキな演奏はお任せします。
私は中級レベルの
ピアノ名曲アルバム くらいを
たまに ストレス発散のために
奏でる事にします。
ここでも
適性に背かない生き方をするのです。
グランドピアノは、古くなり過ぎないうちに買取に出します。
すると、ガラクタがあらわになるので、
離婚覚悟で片付けます。
なぁに、
離婚なんて、
60代でやるチカラなんか
多分夫にはありませんて(笑)
それに、
こんなに料理の上手い妻を離婚したら、自分の身が持ちませんからね(笑)
