今年早々の自分の大きな作業として、我がマンションの部屋のリフォームがあった。玄関から続く廊下とそこから繋がるリビング、仕事部屋的な部屋のフローリングと、クロス張替などである。この作業を1月~2月頭までの高校野球アウトオブシーズン中にやっておこうという計画があった。
今週から、その作業が始まったのだけれども、それに伴って、溜まりに溜まった資料や書籍類、過去の選手名鑑や名簿などの大断捨離も敢行しようということになった。具体的には、向こう5年までのモノは残して、思い切って捨てていくことにしないと、やがて資料と雑誌や本に埋もれていまう(既に、そうなりかかっていた)ということで断捨離を行うことになった。
ところが、、やり始めたはいいんだけれども、捨てても捨てても一向に減らないんじゃないかというくらいの量だった。しかも、本などは捨てようと思っても、ふと見てしまうと、「う~ん、どうしようかな❓」ということにもなってしまう。何冊もある自分の著作本であれば、2~3冊くらいは残して、あとは目をつぶって廃棄処分ということにした。自分の著書の廃棄は、それぞれに、それなりに思いもあるので、心苦しいのだけれども、それはそれで思い切らんといかんという覚悟でもあった。
未練を断っての別れである。それでも、最低1冊は残っているので、それはそれで、死んだ時に一緒に棺桶に入れといてくれればいいかという感じでもある。そのことは、娘にも伝えておこう。
そんなことを思いながら処分していくのだけれど、ふと目を落とした雑誌の表紙などに懐かしい選手を見つけたりすると、ついついその時代を確認したくなってしまう。だから、遅々として進まんのだけれどもね。一方でリフォーム作業を進めている職人さんから「明後日までに、この部屋は空けといてください」などと言われて、急かされることによって断捨離作業に思い切れるということになる。
まるで、締め切りに追われて原稿を書いているモノカキのような感じだ。だけど、人間はその方が効率が上がるし、結果として内容もよくなるということもある。
そんなこんなをしながら、何とか片付けが終了していった。ひと段落して、廃棄屋さんも来てくれていたので、気になっていたルーフバルコニーにあった古くなった物置や、その中に無造作に放り込まれていた古い絨毯や使えなくなっていたストーブ、扇風機、ゴミ捨て箱なんかも処理してもらった。
その間に、フローリングは既に新しいものに張り替えられた。何だかんだで、こうして、何とかリフォーム前半戦が終了した。リフォーム依頼の発注は昨年の11月末にお願いしたのだけれども、予算の関係も含めていろいろ逡巡して遅れて、もし今だったら、まん延防止措置によって、受注見送りとなってしまっていたかもしれない。それで着手が3月にまでずれ込んでしまったら、結局、面倒くさくなって、見送りということにもなりかねなかった。
片付いていっていけば、やっぱりいくらかはスッキリした気分にもなる。
「思い立ったが吉日」
古いことわざではあるが、先人の言うことは正しいんだなと言うことも認識させられた。



