「口は禍の元」というけれども、森喜朗はまさにそんな形で東京オリンピック・パラリンピックの運営実行委員会の会長を辞さざるを得なくなつた。そして、その後任としてメディア報道の表面上は紆余曲折を経て橋本聖子が発表された。
森前会長の退任の原因としては「女性の多い委員会は時間がかかる」というような発言があって、それが女性蔑視だということである。マスコミはじめネットやさまざまな部分で「これでもか」と言わんばかりに叩かれたことによるのだけれども。果たして、「そんなに女性蔑視した発言なのかなぁ」と思ってしまうボクなんかも、やはりいかんのだろうかとも思ってしまう。
そもそも男と女は生理的にも、肉体構造的にも異なるものなのである。そのように神様が作ったのだからしょうがない。トイレだって銭湯だって、基本的には男女は分かれているんだし(苦笑)。「女性の風呂は長い」とか、「女子トイレの行列は長い」なんて普通に語るでしょう。
こんなように日常の普通の会話の中でも、そうした男女の差異で語ることって比較的あるんじゃないかなぁとも思うのだけれどもなぁ。
これらは、男女差別になるのかなぁと、考えてしまった。
その1、文化祭や催事の準備みたいな場面で、飾り物を買いに行くケース。担当者が、「女子が行くとあれこれ探して時間かかるから、男子で買いに行って、さっさと決めろよ」という発言。
その2、「飲み食い放題 男性3800円、女性2800円」これは差別にならんのか。
その3、「これは丁寧な仕事だねぇ、さすが女の子だねぇ。こういう仕事は男じゃできないだろう」という発言は差別にならんのか。
その4、「今日は割り勘にしようぜ。男子5000円、女子3000円でいいかな」これは、差別ではないのか。
その5、「そんな重たいもの女に持たせるなよ、男のオマエが持ってやれ」と命令されることは、それはそれで許されちゃうのか。
その6、「なんだオマエ、意気地がないなぁ、めそめそして。女の腐ったヤツみたいだなぁ」これは、差別発言になる?
その7、「新しい担当者紹介します」と言われて、「どうせなら、イケメンだったら嬉しいです」という女子と、「美人だったら嬉しいですね」という男子。男子は、差別発言とかセクハラ発言と言われかねない?
その8、「初デートの時は、男が払うのは当然よ」
そもそも、男と女しかいないのだけれども、今の時代には「トランスジェンダー」なんていう言葉もあって、そういう性別分けだけではすまないことになっているらしい。
だけど、そもそもオリンピックにしたところで、男子種目と女子種目と別れている。基本的に、男子と女子は区別されているものである。それは、肉体的構造も違えば生理的な要素も違うのだから仕方がない。だから、男子マラソンがあって女子マラソンもある。男子100mがあって女子100mがあるのだ。男女同一での順位付けはありえないのだ。だけど、学校の成績は男女同一ステージで順位付けするじゃないか。それでいいんじゃないの❓ と思うけれどなぁ。
人間として、男女としての権利や立場は対等であるのは当然だろうけれども、能力や性質ということにおいては異なってしかるべきなのではないかと常々思っていた。
以前に女子高校野球を取材したときに、ある指導者が言っていた。
「野球という球技で、女子は男子のスピードやパワーには追い付けない。だけど、裁縫は女子の方が丁寧で上手なように、コントロールということで言えば、突き詰めれば女子が男子に勝てる要素になるかもしれませんね」
これは差別発言になってしまうのだろうか。考えれば考えるほど、わからなくなってきた。そんなことを考えていると、公的な場では、男女のことは話さないということが、一番無難だろうな…ということに落ち着いてしまう。
ただ、男女同権とか男女平等とか、男女対等とか、それぞれで難しいなぁとは思う。男女は同権で平等だろうけれども、やはり対等ではないはず。だから、スポーツも男女で種目が分かれているんだからなぁ…、とも思っている。



