戦後、75年が過ぎた。あの、太平洋戦争をリアルタイムで体験している人たちは当然のことながら年々少なくなっていっている。ボクの親世代はいわば当事者だったんだけれども、終戦時にウチのオヤジは医学生で、母親はいわゆる女学生だったという。その両親ともに既に世にいないわけで、ボクとって周辺には、リアルに太平洋戦争を語ってくれる人はもういなくなった。
戦後10年以上経過してこの世に生を受けたボクたち世代にとって、太平洋戦争とはどんな風に捉えていくのがいいのだろうか。そんなことも、ふと考えることがある。特に、近年のように天災や今回のコロナ禍のようなことがあると、特にそう思う。そんな折に『ミッドウェイ』という映画に出合った。
ミッドウェイ海戦とは、1942年6月4日に起きたハワイ諸島のミッドウェイ等での日米開戦である。あの、日本が起こした真珠湾攻撃からわずか半年後のことである。
ミッドウェイ島攻略を目指す日本海軍を米海軍が迎え撃つ形で始まった海戦なのだが、この戦いは情報戦でもあったということも如実に描かれていた。日本海軍機動部隊と米海軍機動部隊とミッドウェイ基地航空部隊との空中戦と艦隊戦の結果、作戦を読まれた日本軍は空母4隻と搭載機290樹を喪失したと言われている。
こうして、日本は開戦以来初の大敗を喫することとなった。そして、以降は戦争の進行とともに、日本軍はどんどんと劣勢になっていき、その2年半後に無条件降伏で終戦を迎えることとなっていったのである。
そんな、日本の歴史的運命を変えた3日間の戦いである。
その、状況をむしろ米軍側からの視線から描いたものである。だから、冒頭の真珠湾(パールハーバー)に関しては、アメリカ側が全面的に被害者だという立場で描かれていた。
つまり、日本軍は卑怯な攻撃で仕掛けてきたという観点である。そういう視点からすると、奇襲攻撃も批判され得ないものかなとも思わされたりもした。もっとも、日本側からすれば、当時の時局の中で、アメリカ軍と戦うとすれば、両軍の戦力を比較しても、戦術として、こういうやり方でなくては勝てないと判断したのであろう。戦争とは、戦略と戦術を駆使していく頭脳戦でもあるのだろうから、そのことで日本軍だけが一方的に非難されるものではないとは思うのだが…。
もちろん、太平洋戦争に関して迂闊なことは言えないけれども、いずれにしても、国全体が世界と戦うということだけに意識が向いていたという時代だったことだけは確かだ。そんな中だから、その戦いを否定するような意見を述べれば、即、非国民となっていく扱いだった。
なんだかんだ言いつつも、今はそういう時代でないだけでも、幸せだと思わなくてはいけないのだろうかとも思う。
平和って何だろう…?ってふと思うこともある。
ハトは平和のメッセンジャーとも言われてますが…、糞は困る(+o+)
折しも、朝のNHKの連続テレビ小説『エール』📣でも、古関裕而がモデルとされている古山裕一が軍国歌謡を手掛けるようになっていきながら、そのあり方、是々非々に悩んでいくシーンが多く描かれている。
当時の文化人やモノカキ、あるいは知識人と言われた人たちも、それぞれに戦時下という非常事態の中で、そのあり方に悩んでいたのではないかと思う。そして、その考え方の根っこというか根底を作っていったのは教育だったということは確かである。
優秀な若者が予科練や海軍兵学校を志望していったということも、そんな教育の背景があったからではないだろうか。


