また一つ、昭和の時代が遠くなってしまった。
そんな感慨が、ボクの脳裏をスー――ッと通り過ぎていった。先日、ボクにとって、一番好きだった映画俳優といってもいい渡哲也が亡くなったということが報じられたのだ。
多くの人は、渡哲也のテレビ朝日の『大都会』シリーズや『西部警察』という石原プロモーションのド派手な演出とともにあった、テレビの枠を超えたとも言われた壮絶なアクションのテレビシリーズを思い出すのかもしれない。もちろん、それらのテレビ映画群もあるけれども、ボクにとっての渡哲也は、あくまで映画俳優だった。
もちろん、石原プロのテレビ朝日でのアクションドラマは「映画的手法をテレビに持ち込んだ」ということで、高く評価されて大衆に受け入れられたものでもあったことは確かだ。
ただ、渡哲也の映画スクリーンでのレーゾンデートルとしては、あくまでアウトローであり、日陰の存在であったのだ。
「お天とうさんをまともに仰げない」という思いを背負いながらも、社会のためとか、組織のためとか、そう言うことではなくて発動していく。鈴木清順監督の『東京流れ者』から始まって、「自分の正義と義理と人情の中で許せない」ということで、「私怨」で持って、敵対組織に立ち向かい殴り込みをかけていく。一匹狼のヤクザを演じていた“無頼シリーズ”の人斬り五郎の藤川五郎こそがスクリーンでの最大ヒーローだと、ボクは信じていた。
そして、ヒロイン松原智恵子がそこで描かれている世界に対して、あまりにも場違いな可憐さが、妙に切なく感じたりもしていた。
「女と一緒じゃ歩けないんだ」
そんな、『東京流れ者』での渡哲也のセリフや「♬やくざの胸は なぜに寂しい ……黒匕首一つ 胸に秘め…」という“無頼シリーズ”の主題歌とそこに映し出される松原智恵子の可憐さのアンバランスな感じもまた、一つの魅力でもあった。この主題歌レコードは、その後、反社会的世界の賛美にあたるということで発売禁止になっている。
だけど、スクリーンの中の渡哲也の存在としては、社会的にはアウトローということになるのだけれども、そのカッコよさに憧憬の念を抱いたものだった。それは、日活がダイニチ映配になって、さらには渡哲也が東映のスクリーンで深作欣二監督と組んで、『やくざの墓場 くちなしの花』や『仁義の墓場』の狂気の男を演じた時にも変わらなかった。
そんな自分の近過去のイメージが渡哲也の歌謡曲の世界にも反映されていたとも思う。大ヒット曲となった「くちなしの花」はもちろんのこと、「水割り」「あじさいの雨」「ひとり」「日暮れ坂」など…。ことに、「水割り」(水木かおる・作詞)の三番「うらむその目を ふり切るおれに そっと差し出す 女傘 女傘」というフレーズ、何だか憧れたなぁ。かつて、作詞家の山口洋子も何かのエッセイで書いていたけれども、「男の色気というのは、突然の雨に折りたたみ傘を用意していた準備万端の男ではなく、そこにあった女傘を差しだされて、それが似合うような男にこそあるもの」というようなことを書いていたけれども、なるほどと思ったものだ。それからボクも女傘の似合う男になりたいと思っているのたが、なかなかその機会がないからね…。
昭和の終焉とともに、1987(昭和62)年7月17日に石原裕次郎が亡くなり、その後の石原プロモーションの看板としてスター社長を演じ続けてきた渡哲也。NHK大河ドラマの役も渋かったけれども、渡哲也は何を演じても渡哲也だった。
天国で、石原裕次郎とまた映画作りの企画をしてほしいものだ。やがて、ボクもいつの日かそれを見られるであろうから…。合掌。



