江東区亀戸に住むようになって23年以上になる。その前は今はスカイツリーのお膝元となっている業平橋に住んでいた。大学卒業して、東京で就職をして、当初は大学4年の時から住んでいた三軒茶屋で生活をしていたのだけれども、都合住所としては世田谷区→墨田区→江東区と移動したことになる。

変わらぬスカイツリーの姿ではあるけれども、今年の夏はどこか寂しいと感じてしまう
なんだかんだ言って、人生の3分の2以上を東京で過ごしているということになる。東京で生活をしていて、実は東京はとても祭りが多いということを実感した。その理由はどうしてなのかということはわからないけれども、自分なりに推測すると、東京は各地方からの人々の集合体でもある。だから、それぞれが故郷のことを思い出したりしながら、今住んでいるところで祭りという形で反映していくのではないかと思ったりもしている。
そう言えば、今年の夏は隅田川の花火大会も中止となりました。
水上バスも、長らく運営停止期間がありました。
この亀戸地区でも、毎年20日前後の土日を中心に開催される亀戸中央公園での夏祭りはじめ、それぞれの公園や神社などで、祭りや位置が催されるのだ。すぐ近くの中の橋商店街も、8月最終週の週末にはサンバパレードが繰り広げられたりして、商店街も大いに盛り上がる。
ところが、今年の夏はそれがない。例年ならば、今週あたりからはその準備で何となくせわしないというか、いわゆる『祭りの準備』(この言葉はスキですね。かつて1975年のATG映画で江藤潤・竹下景子共演、原田芳雄のしょ~もないチンピラがとてつもなく魅力的な中島丈博脚本・黒木和雄監督作品でした)があって、そんなワクワク感というか、それが街の活気にもなっていたのだけれども、今年はそれがない。
なくなってみて初めて気づくんだけれども、そんな祭りの準備の様子を見られないことが妙に寂しい。思えば、去年の夏祭りは、令和最初…ということで、ことのほか盛り上がっていたのではないかとも思う。
よく、祭りの後の虚脱感という、その寂しさは、例えば高校や大学時代の体育祭や学校祭(半田高校の場合は柊祭、國學院大の場合は若木祭)の後にも感じるのだけれども、そんな妙な虚脱感を感じるのもまた、夏の味わいの一つでもあった。
ところが今年は、夏祭りだけではなく花火大会も、秋祭りも中止となっている。
普通にあった年間行事の普通の日々がなくなってみて、改めて普通の日常生活を過ごしていかれることが、どれだけステキなことだったのかということを、改めて実感する夏の日々にもなってしまった。



