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 果たしてスティーブ・ジョブズはエジソンに比肩する人物なのだろうか?

 「日本はわが国に死んで流れ着いた魚のようなものだ。すでに発明されたものを手にして、 完全に分かるまで研究する。発明者本人よりもよく分かってしまう場合もある。そうした理解の中から、彼らはもっと洗練された第二世代の製品を再発明する。その戦術が功を奏するのは、ステレオ産業とか自動車といった、あまり変化しないものの場合だけだ。標的がものすごいスピードで変わっていくものの場合には、彼らには難しい。パーソナル・コンピュータとは何なのかの定義がくるくると変わり続ける限り、彼らは非常に苦労するだろうと思うね。」(スティーブ・ジョブズ パーソナル・コンピュータを創った男・下より)

 自らを発明者と名乗ったスティーブ・ジョブズであるが、そのキャリアの大半でやってきたことは、アイデアを商品化し世界市場で売ることであった。ジョブズは「現代のエジソン」と呼ばれてきた。この見方はあながち間違いではないだろう。(他人のアイデアを盗用したエジソンと同じく)ジョブズの類まれなる才能とは、独自に発明したものではなく、既存のアイデアを応用して一般大衆に受ける製品を作ることだ。一般にはエジソンが白熱電球の発明者であるという説が広まっているが、白熱電球を発明したのはジョセフ・スワンである。エジソンはフィラメントに京都の竹を使った功績だけを主張。竹は後にタングステンに取って代わられる。エジソンは「電球の発明者」ではなく、電球を改良して「電灯の事業化に成功した人」と言うべきだろう。この点においてジョブズはエジソンと比肩される。実際パソコンに必要なさまざまな技術やパーツを最初に開発したのはアップルではない。ゼロックスPARC社だ。だがアップルはそうした技術やパーツを組み立て、スタイリッシュなデザインに仕上げ、一般ユーザーでも使いこなせる手頃な価格のパソコンを作った。MP3プレーヤーを開発したのもアップルではなく、オーディオ・ハイウェイ社だ。だが圧倒的な市場シェアを誇るのは、これまでに3億台以上を売ったiPodだ。

 スティーブ・ジョブズはアップルに関して「素晴らしいアイディアを盗むことに、我々は恥を感じてはこなかった」と発言しているし、マッキントシュの開発中、プロジェクトのメンバーを鼓舞するために.「海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい」とも言っている。

 「もしかしたらエジソンは、マルクスとニーム・カロリ・ババを合わせたよりも、世の中に貢献したんじゃないか。」(スティーブ・ジョブズ)

 ※カール・マルクスはドイツの共産主義運動・労働運動の理論的指導者、経済学者、哲学者。ニーム・カロリ・ババはインドのヨガ行者でヒンドゥー教の聖人と呼ばれる。


 エジソンは配電システムを構築し、電球をはじめトースターや電気アイロンなどの家電を発明し、発電から送電まで電力の事業化に成功した。このために広く家庭に電気が普及したのである。

 ある人が、エジソンに「あなたの生涯の最大の発明はなんですか?」と質問した。するとエジソンは言った。「私の生涯の最大の発見は、神の子イエス・キリストが私の救い主であり、私のすべての罪を洗い清めてくださったことです。」

 名答だ。そのほかにもエジソンはこんな言葉も残している。

 「光、暖かさ、健康、力はすでにもう存在しているのですから、スイッチを入れさえすればよいのです。電線そのものは別に何でもありません。絶縁された二、三本の銅線にすぎないのです。しかし、その線の中をプラスとマイナス二つの電流が流れると、すべてが変わってきます。暗黒は失せ、冷気はなくなり、仕事もたやすくできるようになります。聖書は単なる本にすぎませんが、神の御霊によって霊感されている聖書の各ページを、神の義と愛とが、プラス・マイナス二つの電流のように流れ、キリストの十字架で合流しています。聖書だけが、私たちに救い主を示してくれます。そのことによって聖書は、私たちの全生涯を造り変えることができる力の泉となるのです。あなたは誘惑にあい、疑惑と敗北と弱さに満ちたご自分の生活に倦み疲れてはいませんか。また、不安や心配にあきあきしてはいませんか。スイッチを入れなさい。聖書を読みなさい。」(トーマス・エジソン)

 「あなたがテレビのスイッチをオンにするのはあなたが自分の脳のスイッチをオフにしたいからだと思います。それに対してコンピュータで仕事をするのは、脳のスイッチをオンにしたいときではないでしょうか。」(スティーブ・ジョブズ)

 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)

 信仰のスイッチを入れれば、イエスはあなたの光となられ、あなたの暗闇を照らされる。

 エジソンもジョブズも世界を変えた偉人であることは確かだ。しかし彼らの功績などイエスのなされたことに比べるなら無に等しい。

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 『スティーブ・ジョブズの再臨―世界を求めた男の失脚、挫折、そして復活』という本がある。スティーブ・ジョブズをイエス・キリストと重ねて書いたものである。以下に本書の説明を紹介する。

Amazon.co.jpによる本書の説明

「1992年12月 すべてが地獄へと向かっていた。彼の信奉者は彼を見限り…」で始まる本書は、かつてアップルコンピュータの創業者として巨人IBMに立ち向かい、そして1985年に同社を追われたスティーブ・ジョブズの物語である。スティーブ・ジョブズは、1997年の夏にアップルの暫定CEOとして復活し、1999年の末には同社の株価を1株13ドルから118ドルにまで押し上げ、20億ドルに満たなかった市場価値を200億ドル近くへ膨れ上がらせた。

バニティフェア誌に寄稿する敏腕編集者である著者のアラン・デウッチマンは、ジョブズが失脚してから復活するまでの軌跡を、総勢100人近くにインタビューして浮き彫りにした。100人というのはかつてジョブズといっしょに働いた人たちが中心だ。彼らの口を通してスティーブ・ジョブズがどんな人物なのかがかなり詳しく書かれている。しかし、それでもなおスティーブ・ジョブズという人物像を正確に描写したとはいえない。それは、巻末あたりのこんな表現からもわかる。
スティーブは大いなる謎である。スティーブの会社と密接な仕事をしたことのあるハリウッドの重役は、スティーブを映画「市民ケーン」の不幸な主人公を引き合いに出して、こう言った。「彼にローズバド(バラの蕾)という名のソリがあることを願うよ」(映画のなかでは、大資産家となりながらも心中孤独だったケーンの唯一の心のよりどころが、幼いころに親からプレゼントされたローズバドというソリだった)。

しかし、それでもスティーブ・ジョブズはシリコンバレーのエッセンスであり、その良いところも悪いところも、すべてを内包した男であると、著者は断定する。しかも、彼はどん底にいるときは謙虚にふるまい、頂点にいるときは恐ろしいまでに暴君となる。同じ人間から愛されもするし嫌われもするとも。

本書は、若くして億万長者になり、アップルから追放されて没落し、さらにまたCEOとして劇的に復活した男のわずか7年間の軌跡だが、稀代のアントレプレナーであるスティーブ・ジョブズの不屈の闘志とその人間的魅力に満ちている。コンピュータ業界で働く人だけでなく、不況に苦しめられている経営者や自信を失っている中高年者にもお勧めしたい。


日経ビジネスによる同書の説明

スティーブ・ジョブズの再臨

 米マイクロソフトを率いるビル・ゲイツ氏のサクセスストーリーは、今やIT(情報技術)業界の伝説である。しかし、それにも増して劇的で謎めいた“伝説”の主人公がいる。米アップルコンピュータを世に送り出した天才、その会社を追い出された敗者、そして一時は存亡の危機に瀕した同社を再び常勝軍団に作り変えた救世主、スティーブ・ジョブズ氏その人である。

 本書は米国のITジャーナリストが、ジョブズ氏の半生と転機となった様々な出来事を当事者らのインタビューなどから描き出そうと試みたもの。天才にのみ宿るセンスとカリスマ性に敬意を表しながらも、その気まぐれで自分本位な性格やそれゆえに失ったものを客観的な視点で綴っていく。

 アップルを追われた彼が復活ののろしを上げたのは、同分野のネクスト・コンピューターの創業ではなく、全くの異分野であるショービジネスへの投資だった。CG(コンピューターグラフィックス)を駆使したアニメーション映画を製作するピクサー・アニメーション・スタジオは世界的ヒット作を連発。彼がコンピューター分野の“一発屋”ではないことを証明してみせた。このほか「iPod」の大ヒットなど様々な転機を舞台裏から取材しつつ、カリスマ経営者の実像に迫る。 (日経ビジネス 2005/12/12)


 スティーブ・ジョブズがイエス・キリストに比肩し得る人物だと思うのは、一重にその人がイエス・キリストのことを全く知らないからだ。

 「イエスはこれまで生きていた最大の宗教的天才です。彼の美しさは永遠であり、彼の支配は決して絶えることがないであろう。イエスはあらゆる点において独特であり、いかなるものも彼と比較することはできない。すべての歴史は、キリスト抜きに理解することができない。」(エルトン・ルナン)

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013zc  歴史上、世界で最も影響を与えた人物は誰か? それはイエス・キリストである。このことは多くの思想家や歴史家の一致したところである。イエス・キリストは歴史の流れを変えた。あなたがとっている朝刊の日付でさえ、イエス・キリストがおよそ2000年前にこの地上に生きていたことを証明している。『B.C. (Before Christ) 』は『キリスト前( 紀元前)』を、そして『A.D. (Anno Domoni) 』は『主の年(紀元後) 』をそれぞれ意味する。

 AD32年にイエス・キリストが地上での宣教を終えられた時,追随者たちは少なくとも120名ほどの男女であった(使徒 1:15)。今日では,20億を超える人々がクリスチャンであるととなえている。イエスを預言者とみなしている人(イスラム・ユダヤ教等)はさらに何億人もいる。イエスの教えは,確かに人類に並外れた影響を与えてきた。彼ほど、戦わずして、武力行為なしで、多くの人々の人生に大きな影響を与え、今も与え続けている歴史上の人物はいない。これが約2000年も前の人なのだ!

 イエス・キリストの名前を聞いたことのない人は、ほとんどないだろう。約2000年も前の人であるのに、今も全世界で、クリスマスに彼の誕生日が祝されている。彼の誕生が歴史を二分した。

 彼は、自分の主張をその世界の歴史に与えた影響によって証明した。史上キリストほど大きな影響を歴史に残した人はいない。個人生活、家庭、社会、医療、福祉、産業、経済、芸術、文化、政治体制にキリストが与えた影響は、他のいかなる人物(人物たち)の影響も比較の対象にならないほど巨大なもの。もしイエス・キリストが自称通りに神でなかったとしたら、彼は冒涜者か詐欺師か狂人だったことになる。しかし歴史に残した彼の影響が狂人のものでも冒涜者のものでも詐欺師のものでもなかったことは歴然としている。ならば確かに彼は主張通り神の子であったに違いない。

 タイム誌は、歴史上の人物を扱った本の中ではイエスについて書いたものが一番多い、と書いた。『タイム』・『ニューズウイーク』というアメリカの2大誌のコラムニストのレイノルズ・プライスは、タイム誌(1999年12月号)で「ナザレのイエス」について記し、「イエスほど代々にわたって影響を及ぼした人はいない。この点で、どんな人の人生もイエスの人生の足元にも及ばない」と論じた。また「ただ一人最も力を獲得した人物が――ここ二千年においてだけでなく、これまでの人類の歴史において――ナザレのイエスだった、ということを否定することは、相当特別な考えを必要とする」と綴っている。

 ヒンズー教の指導者マハトマ・ガンジーは「イエス以上に人類に貢献した人をわたしは知らない。実際,キリスト教には何も悪いところがない」と率直に認めている。しかし、ガンジーはこう付け加えています。「問題はあなた方クリスチャンにある。あなた方は自分たちの教えに従っているとは到底言えない」と。

 ユダヤ教のラビのハイマン・エネロウは、「人類の宗教史においてイエスは最も人気があり、最も研究され、最も影響力のある人物となった」と書き、さらにこう述べている。「イエスが人類にどれほどの影響を与えてきたか、正確に割り出せる人などいるだろうか。イエスが呼び起こした愛、与えた慰め、生じさせた善、かき立てた希望や喜び―そのすべては人類史において無類のものである。これまでに生存した偉大かつ高潔な人々の中で、だれ一人として普遍的な魅力や影響力の面でイエスの足元にも及ばない。イエスは歴史上最も興味をそそる人物となった。」

 聖書翻訳者エドガー・グッドスピードはこう書いている。「福音書が伝えている、イエスが個人的に、また公に話した事柄すべては、イエスなら2時間もあれば語ることができただろう。・・・しかし、そのわずかな教えが非常に人を鼓舞し、心を動かし、身にしみるため、これほど世界に影響を与えた人物はほかにいないと言っても過言ではない。」

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 歴史家ケネス・スコット・ラトゥレットはこう言っている。「何世紀もが経過し、証拠が積み重ねられるにしたがって、歴史に対する影響ということで測るなら、イエスこそこれまで地球上に生存したすべての人の中で、最も影響力に富んだ人物である。彼の影響力は、ますます増大しているように思われる。」また「人類史上に結んだ実から判断すると、あの短い生涯は、この星にかつてない影響力を与えた。その影響は時代が経過するにつれ、弱まるどころか、さらに大きくなってきている。キリストを通して何百万人もの人が個人的に変えられ、その生涯を模範とした道を歩み始めた。イエスの誕生、生涯、死、復活は、人類史上最も大切な出来事だったと言わざるを得ない。その影響力から判断すると、イエスは人類の物語の中心人物である」と結論付けている。

 唯物論者、ダーウィニズムの信奉者であり、SF小説の父でもあり、有名な歴史家であるH・G・ウェルズは、歴史上、だれが最も永続的な印象を残したかと聞かれ、こう答えた。「イエスこそ、この試験によって、第一のものとされる」。

 歴史家フィリップ・シャフは、イエスが後の世界の歴史と文化に与えた圧倒的な影響を次のように記述した。「イエスはお金や武器なしでアレキサンダー、シーザー、マホメット、ナポレオンより非常に多くの人々を征服した。イエスは科学を用いることなく、全ての哲学者、学者を合わせたよりも、人に関すること、神に関することの理解を明らかにした。イエスは学校教育を受けることなしに、いまだかつてないように生き方について話し、雄弁家や詩人らが与えたよりも大きな影響を及ぼした。イエスは一言も記述することなしに、これまでの全ての偉人を集めても、彼らより多くの人々に筆を取らせ、彼らより多くの説教、演説、討論、学識に富んだ本、芸術作品、賛美歌に題材を与えてきた。」


 スティーブ・ジョブズは哲学者ソクラテスに敬意を表してこう言っている。「私は持っているテクノロジーをすべて引き替えにしても、ソクラテスとの午後のひとときを選ぶね。」

 しかしイエスと比べるとこうなる。「もし、ソクラテスが部屋にはいって来たら、私たちは、みな立ち上がって、彼に敬意を表するであろう。しかし、もし、イエス・キリストが部屋にはいって来たなら、私たちはひれ伏して、彼を拝するであろう。」(国際ナビゲーター)

 偉大な哲人であるソクラテスもプラトンもアリストテレスも死に対する疑問だけを残したまま死んだ。一般に世界の四大聖人と呼ばれる釈迦、孔子、ソクラテス、イエス・キリスト。この中でただ1人イエスだけは、人類の最後の敵である死を征服された。この比類なきイエス・キリストは、「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25)と語られた。復活の事実は、イエス・キリストが人となられた、まことの神であることの証明である。

 尚、スティーブ・ジョブズについてもっと詳しく知りたければ「スティーブ・ジョブズのすべて」という英文サイトに見事にまとめられている。

http://allaboutstevejobs.com/being/being.html

 海外のマスコミは、スティーブ・ジョブズの死に「世界は偉大なアイコンを失った」などとと報じたが、あながち間違いとは言えないだろう。

アイコン【icon】

1 コンピューターで、ファイルの内容やプログラムの機能などを絵文字にしてディスプレー上に表示したもの。

2 偶像。あこがれや崇拝の的となるもの。イコン。「ファッション―」「時代の―となる」

 確かに彼は世界最初の本格的パソコン、マッキントッシュを世に出したアップル社のアイコンであり、世界中の熱狂的なMacファンの偶像であった。

 8月にジョブズ氏が最高経営責任者(CEO)を辞した際、「途方に暮れる“アップル教”の信者たち」と題した記事を米紙ウォールストリート・ジャーナルが伝えた。

 しかし、あなたは偶像ではなく、本物の神であるイエス・キリストについてもっと知るべきだ。

 マラナサ・グレイス・フェローシップのホームページの『イエス・キリストを知る/聖書について知る』をクリックしてみてほしい。キリスト教の知識が全くなくてもある程度イエス・キリストについて知ることができるだろう。

http://www.mgf-jc.com/iesu---kirisuto-wo-shiru--seisho-nitsuite-shiru--to-know-jesus-christ-to-know-about-the-bible

 あなたには「アップル・フリーク」ではなく、是非「ジーザス・フリーク」になってもらいたい。

 ※スティーブ・ジョブズがヒッピーだった時代、イエス・キリストを信じて劇的な変えられた元ヒッピーの熱狂的なキリスト信者のことを人々は「ジーザス・フリーク」と呼んだ。



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 禅宗のように拝む対象をすべて拒否する無神論的な哲学に立つような宗派もあります。禅宗というのは、実は、仏心宗というのが正式な呼び名です。この派には、臨済宗、曹洞宗など広く知られている宗派があります。ひたすら座禅を行うことが特徴です。そして、禅宗の場合、一切の経典を否定し、認めないという特徴があります。ただひたすら座禅を組み、以心伝心の禅で仏心を伝えるという立場をとります。これを、「不立文字教外別伝」といいます。その意味は、経典、教説にはよらず、釈尊以来、師の心から弟子の心へ直接仏法そのものが受け伝えられたのだという立場を意味します。

 日本に曹洞宗を広めた道元は、「焼香、礼拝、念仏、修懺(しゅざん:俗人が過失や罪悪をザンゲするためにお坊さんにお経を読んでもらうこと)、看経(かんきん:お経を読むこと)を用いない」と正法眼蔵弁道話の中ではっきり述べています。ですから、曹洞宗の僧侶の方々が、葬式の時にお経を読んだり、焼香をしたり、死者に拝礼などをしている姿がもし道元に見つかったら、道元はきっと「喝!」といって叱るのではないかと思うのです。

 日本仏教の場合、各宗派それぞれに教えの基盤となる経典が違うわけですから、信じていることの内容も別々であり、拝む対象も違います。ですから、世界的な宗教学の常識から見てみれば、それぞれが別々の宗教ではないかといわれても、しかたがないくらい宗派間の隔たりは大きいのです。これは、江戸時代に徳川幕府がキリシタン皆殺し計画を推進するため、日本人全員を仏教徒にする命令を出したからです。檀家制度によって日本人全員がいずれかの宗派のメンバーとして登録され、仏教徒としてひとくくりにされてしまったからです。

 小池長之博士の「日本宗教ものしり100」という本には次のような文章があります。「寛永一七年(1640)幕府は宗門改めを厳重にし、全国民をどこかの寺の檀家になるよう義務づけた。寺ごとに宗門人別帳を提出させ、疑わしい者に対しては寺側から、「当寺の檀家に相違ない」という寺請け証文を出させた。そして葬式や法事を檀那寺の僧がやることを義務づけ、盆には、檀那寺の僧が檀家まわりをして仏壇や棚経(たなぎょう)のあることを確認させた。」


 高名な僧侶から牧師に転身した人がいる。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013s 亀谷凌雲(かめがい りょううん,1888年4月9日-1973年3月16日)は元浄土真宗の住職で、後に牧師になり、日本基督教団富山新庄教会を設立した。

生涯

 富山県新庄町の浄土真宗大谷派正願寺の住職の息子として生まれた。親鸞の直系である蓮如から、18代の末裔である。第四高等学校 (旧制)で、西田幾多郎より、宗教哲学を学ぶ。東京帝国大学では、井上哲次郎と波多野精一から哲学、姉崎正治から宗教学を学ぶ。研究の結論として、仏教を否定することになる。在学中は、真宗大谷派僧侶の近角常観が、東京本郷で主宰していた求道学舎に寄宿する。

 小樽中学教諭になった頃に求道して、金森通倫に出会ったことがきっかけで、入信してメソジスト宣教師より洗礼を受ける。最初は、住職の仕事をしながらキリスト教を信仰していたが、後に家族に打ち明けて、妻や母親になどの大反対をうける。一時は、キリスト教信仰を捨てることも考えたが、正式にキリスト教信者になることを決意する。

 献身して東京神学社で学び、牧師になり、1919年地元に、富山新庄教会を設立する。1951年に自伝として『仏教から基督へ――溢るゝ恩寵の記――』を著す。


神学

 平家物語の「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」を引用する。そして、この無常観は仏教専有のものではないとし、伝道者1:2-14、第一ペテロ1:24-25、マタイ24:35を引用する。

 仏教は罪障に悩み、他力の本願を立てた。親鸞は罪責観に徹した。ローマ書を読んで、この罪責観が聖書にあると悟った。ローマ3:10-18、7:18-25。使徒パウロは自分を「罪人のかしら」と呼んでいる。神に対して罪を犯した人類が滅ぼされるべきというのは、必然である。

 仏教の目的は、罪障宿業を断絶することにあり、弥陀による救いを求めていた。救いの宣布者ではなく、救い主ご自身を見たいと願っていた。「それがキリストご自身である」と確信した。救い主として肉体をもって地上に来たり、十字架において罪からの救いを与えてくださり、これを信じる者は、十字架のいさおしによって永遠に罪から解放され、救われて永遠に神の民となる、と信じた。仏教の罪業から断絶され、神に反逆した罪から救われた。「実にキリストによるのほか、この神への大罪よりの救いは他に全くないのだ。十字架による罪よりの永遠の救い!全人類よ、心より悔い改めてとこしえのこの御救いに与かれ!」。さらに復活の希望、聖霊の恵み、教会の活動、天国の富、再臨の待望について語っている。

<ウィキペディアより>


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013t  以下に『仏教からクリスチャンへ』(川口一彦編著)から二人の元僧侶の回心の記録を紹介する。


「仏教よりキリストへ」 大堀善諦 

 わが国は仏教国で、仏教は先祖以来の伝統的宗教として、日本に生まれ育った私たちにとってはなじみ深いものです。

 私は東北のある小都市に生まれ、先祖より浄土教系の門信徒でありました。世間一般の方々が各自の家の宗教をよく知らないのと同様に、私も二〇歳の頃までは、仏教とは何か、わが家の宗派とは何かを、全然知りませんでした。ところが敗戦後、私の心に宗教を求める欲求が起こり、東洋の精神の母体といわれる仏教について研究したいと思い、ついに浄土門の寺院に入門しました。そこで仏教や浄土教学を修め、住職の資格も与えられ、住職が予定されていましたが、なお一層の研究をしたいとの望みから京都で勉強することになりました。
 
 この間、浄土門こそが仏道の実践上、他の宗派に比類のない優れた法門であることを確信しました。仏教の目的は仏になることで、仏の悟りを開くことによって、この世から解脱(げだつ)することは各宗派とも異論はありません。悟りを開く具体的な方法が各宗派で異なっています。これらは仏法の理屈から言えば理論上は可能ですが、それが私たちにとって実際に可能かどうかということが問題です。

 昔から多くの方が熱心に修行をし研究もし、ある少数の高僧たちは悟りを理解し、体得されたことでしょう。しかし一般の凡俗(ぼんぞく)にとっては、なかなか難しく、達することもできず、狭き門です。私自身もこの問題についての理性と本能との戦いは、惨めなものでした。仏教では自我によって起こるいろいろな欲求をすべて煩悩(ぼんのう)といい、理性では成仏は絶対の真理だと思うのですが、いくら打ち消しても殆ど限りなく煩悩は沸き起こってくるのです。その中で私にとって最大の欲求は、永遠の生命への欲求でした。聖書には次のように書いてあります。「神はまた、人の心に永遠の思いを与えられた。」(伝道者3:11)と。

 仏教的な立場から言えば、個人が永遠の生命を欲することは許されず、すべての人が仏となった時、永遠の生命が可能となるのです。私もそれに沿って努力をしてみましたが、血みどろの戦いをくり返すだけでした。

 特に僧職にあった私は、死者の枕元で経をあげ、葬式法事にたずさわるたび、人生の無常を人一倍味わわされ、できれば死ぬことのない自分の生命というものを強く欲求するようになりました。

 しかし、この態度は仏教的立場からすれば、まさに煩悩そのものなのです。ああ人間の終わりはどうして死なのでしょうか。どうして死ぬことのない生命が、人間には与えられなかったのでしょうか。このことについて、解決を仏教に果たし得なかった私は、前より興味を持っていた聖書に、どのように書いてあるかを探したのです。

 ついに聖書の中から、肉体の復活という奇蹟を見出したのです。
「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死でも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』彼女(マルタ)はイエスに言った。『はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、と信じております。』」(ヨハネの福音書11:25~44)

 主イエスとマルタとの会話を読み、イエスは、死んだラザロに対し、「ラザロよ。出てきなさい。」と大声で叫び、ラザロを墓から生き返らせたのです。

 ああ、肉体の復活、なんと言う深い、深い真理でありましょう。さらに、「ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、、私たちは変られるのです。」(第一コリント15:52)ともありました。

 神はすべての人に永遠の生命を与えようとして、ひとり子イエス・キリストを十字架上につけ、この私の身代わりに罪を負わせて裁かれたのでした。私が神に願う前に、神は人間の救いをイエス・キリストの十字架と復活によって開かれたのです。

 なんと素晴らしい救い、良きおとずれでしょう。肉体の復活!永遠の生命の賦与!それは私だけでなく、ありとあらゆる信じる者に与えられるのです。なんと広き神の愛でしょう。こうして私は、多年の懐かしい仏教僧侶の生活をかなぐり捨て、意を決してキリスト者に転向したのでした。次の聖書の言葉も私の心を変えました。

 「わたしは彼らに永遠の命を与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれでも私の手から彼らを奪い去るようなことはありません。」(ヨハネの福音書10:28)

 ここに浅学非才(せんがくひさい)をも省みず、道友会のお勧めにより証しをさせていただきました。このささやかな証しが多くの方々にキリストを知っていただく一文でありますよう、祈りつつ筆を置きます。
「仏僧より牧師へ」 道旗泰誠

 私は大阪の融通念仏宗良法寺の次男として生まれました。6歳で家を出て仏門にはいり、16歳で大学に学び、21歳で住職の資格を得ました。最後の修業である苦行祈祷をしていた時でした。頭の上に灰を盛り、そこに火を入れて香を炊くということと左手に種油を注ぎ、燈心を入れて火を燃やしながらお経をあげるというものでした。熱くて何度も振り落としました。もちろん火傷もしました。この苦行は100日の予定で、ちょうど90日目でした。突然寺男が「大変です。泥棒が入りました。」と知らせに来ました。お金になるものは一切取られてありません。これを見た一番偉い僧正は大変怒り、祭壇に駆け上がると、摩利支天の偶像をにらんで言いました。「お前のような偶像は泥棒の番すらできないのだから、遠島を命ずる!」と足で蹴ったので、偶像はガラガラと祭壇の下へ落ちていきました。そして、「これを川に流せ」と命じました。寺男は恐れながら川に流しにいきました。僧正はその日かぎりで苦行の祈祷をやめ、笑っていました。私は仏の罰があたらないかと注意していました。ところが僧正の身には何も起こりませんでした。それもそのはず、偶像を祭ることは釈迦の教えではありません。偶像は釈迦が死んだあと、ギリシャの神々をまねて造られました。イザヤ44:9に「偶像を造る者はみな、むなしい。かれらの慕うものは何の役にも立たない。・・」と書いてあります。さて僧正はなぜ仏像を足で蹴ったのでしょうか。平安時代に、仏像に供える花はどちら向きにするかという問題が起きました。「仏像は死んだものであり、人間は生き仏であるから、人間の方に向けるのが当然だ」と言うことになりました。仏教の位の高いお坊さんは、仏像は死んだ仏、すなわち偶像だと認めていることになります。こういう仏教の内情がわかりましたが、座禅が好きなのでよく座禅をし、瞑想しました。しかし、禅の根本は、土も木も水も空気も虫も魚も犬も猫も、みな仏になるという考え方なので、私はこれに賛成できませんでした。釈迦の教えは「無我」といって自分を仏とする教えです。仏とは欲望からほどける、解放されるということから来ました。禅を開いて心を静め、罪をほどくのですが、日本では座禅をして悟りを開いて仏になった人は誰もいません。

 日露戦争が終わった翌年、路傍伝道隊に導かれ、キリスト教会で説教を聞きました。その年の秋、アメリカの宣教師に会い、いろいろ質問しました。自分は酒を飲んでいましたが、彼は怒らないで熱心に福音を説いてくれました。そこで新約聖書を手に入れ、寺に持って帰り、最初から最後まで数回読んでみました。次第にキリストの教えにひかれていきました。キリストの愛は無償の愛で、信じる者は神の愛まで引き上げられ、兄弟を愛し、進んで犠牲を惜しまぬ愛に変えられることを悟りました。しかし、寺を出るところまでは至りませんでした。朝晩は鐘をたたいて修業しつつ、一方では自分の部屋で主を賛美し、イエスの聖名によって祈っていました。ついに5月25日、亡き父の命日を迎えるにあたり、「真理は聖書以外にはない。」と、決心して立ち上がりました。ルカの福音書15章の迷える羊は、この私であることがわかりました。羊のように迷い、苦しんでいる私に、十字架の上で血を流し、私の罪の贖いいとなり、私のところまできてくださった神の御子イエス・キリストの愛が分かった時、私は感謝の涙にあふれ、しばらくの間泣き続けました。そして、その中から「ああ、我、救われたり!」と立ち上がったのでした。救われたと同時に、大変好きであった酒をやめることが出来ました。永遠の命が与えられたのですから、死後は地獄に落ちることもなく、栄光のみ国へ召されるのです。その嬉しさは言葉では言い尽くすことが出来ません。「(Ⅰペテロ1:8,9)あなた方はイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。これは、信仰の結果である、魂の救いを得ているからです。」洗礼を受けたと同時に、寺から出て、神学校に入学しました。そしてその日から伝道したのです。

<引用以上>


 これぞ人生の本物のサクセス・ストーリーである。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013u 仏教には救いがないことは元僧侶たちが証明してくれた。スティーブ・ジョブズはかつて僧侶になることを目指したというが断念して正解だった。ただしジョブズの葬儀は結婚式同様仏式で行うとのこと。ここで仏式の葬式がどんなものかついでに触れておこう。

 先祖の供養を美徳とする仏教の主要な行事には、葬式とそれに続く種々の供養がある。葬式が終わったあと、七日目、十四日目・・・と四十九日まで、集まりが続く。死者の霊は四十九日まで祝福かさばきかの最終決定が下されず、七日目ごとにさばかれるのだといい、それぞれの日に人を集めて供養する。

 人をもてなすのも供養だと考えるのかもしれないが、この世の人が飲食をするとなぜ死者が恵まれるのか、不思議な話である。案外費用がかかるから、心の中で不平を言いながらも、やめられない人もたくさんいる。人から悪口を言われたくないので仕方なく、しぶしぶやっている人もいる。

 さらにそれぞれの祭りが何を意味するのかということになると、どれほどの人がわかっているだろうか?

●七日目(初七日〔しょなのか〕)・・・この日、死者の生前の悪事の書類審査が行われる。
●十四日目(二七日〔ふたなのか〕)・・・死者は三途の川を渡る。ここでは衣類をはぎとられたりする。
●二十一日目(三七日〔みなのか〕)・・・ここでは猫と蛇がいて、邪淫の有無が調べられて、猫にかみつかれ、蛇に締め上げられたりする。
●二十八日目(四七日〔よなのか〕)・・・ここには秤があって、生前の罪の重さがはかられる。
●三十五日・・・ここでは閻魔大王が鏡を用いてさばく。
●四十二日目(六七日〔むなのか〕)・・・ここでは再び秤と鏡とによって罪が再審査される。
●四十九日・・・ここで死者に対する判決が出る。

 これらの裁判の日に、この世の者たちが供養をすれば、死者の罪は軽くなり、たとい判決後地獄に落ちても、再審査の日にまた供養すれば保釈の可能性があるというのだ(参考:小池長之著『日本宗教ものしり100』)。

 7回の供養で確実に救いがあるというのではない。そして、こうした供養も、ただただ習慣として行われているに過ぎない。四十九日の内容を知れば多くの人は愕然とするに違いない。その他の供養、即ち盆の祭り、彼岸の祭りなども、だいたい四十九日の祭りと同じような意味で行われている。

 仏教の教え(迷信)によれば、スティーブ・ジョブズの七日目(初七日)は過ぎた。その日、死者の生前の悪事の書類審査が行われたとするならば、彼はパスしただろうか? 十四日目(二七日)で彼は三途の川を渡ることになる。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013v<曹洞宗の葬儀・お葬式 葬儀式との経文の意味>

葬儀式(そうぎしき)

 葬儀は全般をさして言いますが、授戒は葬儀の内容であり、授戒と引導で葬儀が成立しております。葬儀は単にお別れの式というだけではありません。授戒の式が大切です。

 授戒は本来、生前に戒法を受けて仏弟子となる儀式ですが、葬儀の場において亡き人に対しても、菩提寺の住職が導師となり戒法を授け、生前と同じように行われます。


剃髪(ていはつ)

 最初に仏弟子となるために髪を剃る儀式を行います。剃髪は正に頭をそることですが、死者の躰をみだりに触ることは、冒涜とも勘違いされますので、髪の毛は(煩悩の象徴)なので、カミソリを当てる儀式を行います。心の煩悩を取り除くこと、この世の未練を無くすることを意味します。


懺悔(さんげ)

 今まで知らずに犯してきた罪業(つみとが)を悔い改め、身を正し、心身共に浄らかになることです。


洒水(しゃすい)

 み仏の智慧をいただくために、代々の仏さまが受け継いできた浄らかなお水を頂戴します。


十六条戒授与(じゅうろくかいじゅよ)

 次の十六条があります。
・三帰依文(さんきえもん) 仏・法・僧の三宝を信じ自己の命をありのままいただくことです。
・三聚浄戒(さんじゅじょうかい) 悪い事をいたしません、善いことをいたします。進んで人々のために尽くすことを誓います。
・十重禁戒(じゅうじゅうきんかい) 仏弟子としての生き方を十に分けて説いてます。


戒名(かいみょう)

 戒法を授けていただき、仏弟子となった証明のお名前です。


血脈(けつみゃく)

 お釈迦さまの教えを受け嗣いだ祖師方の名前が系図のように記されたもの。導師にまで至り、最後に故人の戒名が記されます。これを授かり、仏の位につきます。


法炬(ほうこ)

 松明のことです。お釈迦さまを荼毘(火葬)に付するとき三度礼拝(らいはい)し、最高の敬意を表して右・左に円相ののち、薪に点火したものです。

引導法語(いんどうほうご)

 「引導香語」とも言います。故人生前の徳を讃えて、み仏の世界に安住するようにとの願いを込めて述べます。


経文 ※読み方と意味を掲載しております。


懺悔文(さんげもん)

我昔所造悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)  我れ昔より造る所の諸々の悪業は

皆由無始貧瞋癡(かいゆうむしとんじんち) 
 皆な無始(いつともしれぬ) 貪り瞋り癡かさ(むさぼりいかりおろかさ)とに由りて

従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう) 身と口と意(こころ)とにより生ずるところなり

一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ) 我れ今 一切を懺悔し奉る(たてまつる)


三帰依文(さんきえもん)

南無帰依仏(なむきえぶつ) み仏は大いなる教えの師なるがゆえに帰依いたします

南無帰依法(なむきえほう) み仏の教えである法は心の良き薬なるがゆえに帰依いたします

南無帰依僧(なむきえそう) み仏の教えに生きる僧は勝れた友なるがゆえに帰依いたします

帰依仏無上尊(きえうつむじょうそん) ならびなき無上のみ仏をよりどころといたします

帰依法離塵尊(きえほうりじんそん) あやまりなき清浄のみ教えを信じます

帰依僧和合尊(きえそうわごうそん) 争いなき和合のみ弟子とともに精進いたします

帰依仏竟(きえぶつきょう) み仏を信じ尽くします

帰依法竟(きえほうきょう) み仏の教えを信じ尽くします

帰依僧竟(きえそうきょう) み仏の教えを行う人を信じ尽くします


三聚浄戒(さんじゅじょうかい)

第一 摂律儀戒(しょうりつぎかい) 一切の悪事は決して行わないことを誓います

第二 摂善法戒(しょうぜんほうかい) 一切の善事を進んで行うことを誓います

第三 摂衆生戒(しょうしゅじょうかい) 全ての人のため社会のために尽くすことを誓います


十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)

第一 不殺生戒(ふせつしょうかい) あらゆるものの生命を大切にしなければならない

第二 不偸盗戒(ふちゅうとうかい) 盗みや不正を犯してはならない

第三 不貪淫戒(ふとんいんかい) 道ならざる愛欲を犯してはならない

第四 不妄語戒(ふもうごかい) うそ偽りを言ってはならない

第五  (ふこしゅかい) 酒に溺れてはならない

第六 不説過戒(ふせつかかい) 他人の過ちを言いふらしてはならない

第七 不自讃毀他戒(ふじさんきたかい) 自分の自慢 他人の悪口を言ってはならない

第八 不慳法財戒(ふけんほうざいかい) 物でお心でも与えることを惜しんではならない

第九 不瞋恚戒(ふしんいかい) 激しい怒りに自分を失ってはならない

第十 不謗三宝戒(ふほうさんぼうかい) み仏の教えを疑ってはならない


曹洞宗 大満寺
http://www.daimanji.com/sogi_jukai.php


 曹洞宗の葬式は罪の懺悔の時間のようだ。教え自体必ずしもすべて悪いものではないが、型にはめられるのを嫌ったジョブズにとっては苦痛であろう。彼が生前曹洞宗の葬式がどんなものであるか知ったならおそらく幻滅していたであろう。

 ただ、罪の悔い改め、信仰告白に加え、水が使われるところはキリスト教の救いにも通ずるところがある。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013w <スティーブ・ジョブズとアップルとニュートン>

 Apple が創業されたときのロゴマークは、ニュートンがリンゴの木に寄りかかって本を読んでいるところをモチーフにした絵(ロン・ウェインのデザイン)であった。「心は永遠に不思議な思考の海を旅する。一人で。」とのキャッチコピーが縁に書かれていた。しかしこれでは堅苦しいと考えたスティーブ・ジョブズは、レジス・マッケンナ社のアートディレクターロブ・ヤノフに新しいロゴマークのデザインを依頼する。ヤノフは、シンプルな林檎の図案の右側に一かじりを加えた。「一かじり」を意味する “a bite” とコンピューターの情報単位の “byte” をかけたのだという。最初はモノクロだったが、ジョブズが、Apple IIのカラー出力を印象づけるため、カラー化を指示し、6色の横縞が追加された。アップルの元取締役、ジャン=ルイ・ガセー氏はレインボーアップルロゴをこう評した。「強い欲望、智慧のシンボル、噛まれているリンゴ、色の順番がバラバラのレインボーカラー。これ以上のロゴは考えられないよね。強い欲望、智慧、望み、無統制。」 無論、それは聖書の禁断の木の実である「善悪の知識の木の実」を意識した発言である。この知恵の樹の実は俗にリンゴのことであるとされるが、旧約聖書にそうした記述は無い。また喉頭隆起のことを英語で「Adam's apple」(アダムのリンゴ)という。これはアダムが知恵の樹の実を喉に詰まらせたとする伝説に由来する。聖書の記述によれば、「その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女(エバ)はその実を取って食べ、いっしょにいた夫(アダム)にも与えたので、夫も食べた」(創世記3:6)。確かにレインボーアップルはまことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかったといえよう。レインボーアップルロゴは22年間使われ、Macフリークから絶大な支持を受け続けた。横縞のないモノクロのロゴも、マニュアル、製品包装などの白黒の印刷物に引き続き使用された。

 ニュートンが死去した年に、ヴォルテールは彼のエッセイ Essay on Epic Poetry (1727)のなかで彼がニュートンの姪に聞いた話として「アイザック・ニュートンは庭仕事をしている際に、リンゴの木からリンゴが落ちるのを見て、彼の重力に関する最初の発想を得た」とする逸話を紹介しているが、これも伝聞のさらに伝聞の形の記述で、内容の真偽の程は明らかではない。

 実際の所「リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を思いついた」というエピソードは、ある意味誤解を招きかねない逸話である。ニュートンが万有引力の法則を思いついたそもそもの動機は、ケプラーの法則である。つまり「物が落ちる」という現象と、太陽系の惑星の運行が、同じ力に由来する事を発見し、その力を「万有引力」と名付けたのが重要なのである。単なる物が落ちる現象、地球上にある物体を地球が引っ張る力としての「重力」であれば、ニュートン以前から既に知られており、「太陽が地球になんらかの『駆動する力』を及ぼしている」とイメージしたのはケプラーであり、その両者を結びつけたのがニュートンの発見であった。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013x ニュートンは哲学者であったので、自然学に対する情熱と同じくらいの情熱、あるいはそれ以上の情熱を神学に注いだ。ニュートンの死後残された蔵書1624冊のうち、数学・自然学・天文学関連の本は259冊で16%であるのに対して、神学・哲学関連は518冊で32%である。

 「いかなる世界の歴史におけるよりも、聖書の中にはより確かな真理が存する。」(アイザック・ニュートン 1643- 1727 イングランドの自然哲学者、数学者。神学者)

 ニュートンは、腕利きの機械工に、太陽系の小さな模型を作らせた。それは、クランクをまわすと、惑星を表す、いろいろな球体が歯車とベルトの働きで一緒に動くという仕掛けである。彼はそれを書斎のテーブルのそばに置いていた。

 ある日、書斎で読書をしていた時、無神論者である友人の科学者が彼を訪ねてきた。友人はその模型を見て一目でそれを理解した。そしてゆっくりとクランクを回した。数個の天体がそれぞれの起動をさまざまな速さで回転するのを見た彼は、いかにも驚いた様子で「実に見事だ!誰がこしらえたのかね」と尋ねた。

 ニュートンは言った。「誰でもないさ。」「君は僕の質問がわからなかったらしい。僕は、どこの誰がこしらえたのかと尋ねたんだよ。」ニュートンは読んでいた本から顔を上げて言った。「誰が作ったものでもない。突然にいろいろなものが集まって、たまたまこんな形になったんだ。」

 しかし、驚いた友人はやや興奮した口調で言い返した。「人を馬鹿にしないでくれ。誰かが作ったに決まっているじゃないか。これを作った人は天才だよ。いったいどこの誰だ!」 ニュートンは友人の肩に手を置いて言った。

 「この単純なオモチャが設計者も製作者もなく、勝手に出来たと言っても君は信じない。ところが君は、この仕掛けの元になった偉大な宇宙が設計者も、製作者もなく出現したと言う。なぜそんな矛盾した結論になるのか少し説明してくれたまえ。」 ニュートンは、そのようにして友人を神に導いたのである。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013y
 ニュートンが万有引力の法則を思いついたそもそもの動機は天体の運行法則に関するケプラーの法則であった。ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラー(1571―1630)は、理論的に天体の運動を解明したという点において、天体物理学者の先駆的存在だといえる。彼もまた神学を学んだ熱心なクリスチャンでニュートン同様、数学者、自然哲学者といった多彩な顔を持つ。

 実はケプラーはあのイタリアのの物理学者、天文学者、哲学者ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)とはスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツのような友人関係にあったという。実はスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの2人がどのように自分たちの会社を始めて今日に至ったのかを描く『パイレーツ・オブ・シリコンバレー』という映画がある。ケプラーとガリレオは、お互いに手紙をやり取りし、それぞれの成果を共有しつつ、切磋琢磨する良きライバルであった。ただ、ガリレオが、イタリアに居た為、カトリックの制約を受けていたのに比べ、ケプラーは、ドイツで、プロテスタントの信者でもあり、自説を展開する自由度は、格段に違っていた。ガリレオが、カトリック教会から、地動説を広めるような活動を禁止されていながら、「天文対話」を出版したのも、ケプラーの主張に刺激されると共に、このままでは、自国の発展が、大きく遅れる事を憂えていたのではとも思われる。ガリレオはキリスト教の教義そのものを補強する立場で宇宙の真理を追究していた。彼はこう言っている。「教会に行くとわれわれの目の前に大きな『聖書』が開かれてあるのと同じように、宇宙という書物もわれわれの目の前に開かれている・・・宇宙という書物も、われわれの目の前に開かれているが、数学の言葉で書かれているために、まず数学を勉強して、数学の言葉で読むのでなければこの書物は正しく読むことはできない。」
 さて、ケプラーは、貧しい家庭に生まれ、尚且つ、病弱であった。しかし、当時のドイツには、すでに奨学金の制度もあり、知的に優秀であったケプラーは、チュービンゲン大学に入学することができた。そこで、メストリン教授から、コペルニクスの「天球の回転について」(1543年出版)を紹介され、この説の素晴らしさに魅了されたケプラーは、地動説の証明に生涯を捧げていく。コペルニクスの地動説は、画期的ではあったが、当時の天動説は、地球を回りながら、惑星が円運動を描く事によって、天体の惑星の運行(惑星の逆行、満ち欠けなど)も、正確に予測出来ていた。一方の地動説は、精度において、天動説の足もとにも及ばなかった。ただ、ケプラーの思いは、神の創造の宇宙が、それぞれの惑星が複雑な円運動をするような不規則な物であるはずが無いと考えていた。「太陽の周りを惑星が回る方が、単純で、神の創造に相応しい」。そして、神は、この宇宙を規則正しい数学によって運行させていると信じ、その法則の発見に没頭した。そして、遂に、ユークリッドの「幾何学原理」の立体論の正多面体を使って、惑星の運行をぴったり納めたのだ。この驚くべき秩序を見出した時、ケプラーは恩師のメストリン教授に次のような手紙を送っている。

 「私はこれを発表しようと思います。自然と言う書物の中において認められることを望み給う神の栄光のために・・・。私は神学者になるつもりでした。私の心は長い間落ち着きませんでした。しかし今こそ、天文学においても、神に栄光を帰すことができたのです。」

 この考えから始めて、ケプラーは有名な三法則を発表する。

第一法則 (楕円軌道の法則)
 惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。

第二法則 (面積速度一定の法則)
 惑星と太陽を結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である。

第三法則 (調和の法則)
 惑星の公転周期の二乗は、軌道の長半径の三乗に比例する。

 ケプラーは、太陽、惑星間にも何らかの力(万有引力)が相互に働いていると考えていた。それによって、中天に惑星が浮かぶように運行すると。しかし、それを発見し論理的に証明する事は出来ず、58年の生涯を終えた。
 
 現在において、ガリレオやニュートンのような人物はいずれ現れたであろうが、惑星の運動に関する、三つの法則を導く事は、ケプラー以外には発見出来なかったのではないかと言われるほどに評価されている。


 一方、「リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を思いついた」というエピソードを伝えたヴォルテール(1694―1778)は、啓蒙主義を代表するフランスの多才な哲学者、作家。しかし彼は無神論者であった。

 彼は、生前、こんなことを言った。『もう100年もたてば、聖書は世の中に1冊も見られなくなってしまい、博物館だけでしか見られなくなるだろう。』

 ところがヴォルテールの予言した100年は、とうの昔に過ぎた。無神論者ヴォルテールは苦しみながら死んだ。しかし、今なお聖書は存在する。それのみか、ヴォルテールの家は現在、万国聖書会社の倉庫として用いられ、上から下まで聖書でいっぱいになっている。

 また、彼が死んで25年もたたないうちに、聖書を全世界に送り出す聖書協会が設立された。ヴォルテールの不敬虔な書物を印刷した会社が、その時以来、聖書を印刷するために使われている。

 100年以上たった今日では、ヴォルテールの著書は大きな図書館でしか見ることができない。一方では毎年、全世界で約17,500,000の聖書と、聖書の分冊が売られている。聖書は現在、約1,500か国語に翻訳され、世界中の人々に愛読されている。 


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013z
聖書にまさるロングベストセラーはないが、新渡戸稲造が書いた『武士道』は特に欧米人を魅了した。実はスティーブ・ジョブズは武士道の精神で生きたと考える人たちがいる。

 ※新渡戸稲造(にとべ いなぞう、1862年9月1日(文久2年8月8日) - 1933年(昭和8年)10月15日)は農学者で、内村鑑三と並ぶクリスチャンの教育者、倫理哲学者。国際連盟事務次長も務め、著書 Bushido: The Soul of Japan(『武士道』)は、流麗な英文で書かれ、長年読み続けられている。日本銀行券のD五千円券の肖像としても知られる。

 『Bushido: The Soul of Japan』(『武士道』)は、1900年(明治33年)にアメリカ合衆国で刊行された。やがて各国語に訳されベストセラーとなった。本書はセオドア・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディ大統領など政治家のほか、発明王トーマス・エジソン、牧師の子どもでボーイスカウト創立者のロバート・ベーデン・パウエルなど、多くの海外の読者を得た。

 台湾の元総統・李登輝(り・とうき)が、『「武士道」解題』(小学館)という本を出版した。李登輝は、かつて台湾の総統だった12年間に、台湾を力強い国家に育て上げた政治家である。李登輝は熱心なクリスチャンとして知られる。そのクリスチャンがなぜ、いま「武士道」なのか。李登輝は「あの疾風怒濤の12年間の総統時代、私を支えたものは何であったか、それはキリストへの信仰と、武士道だった」と告白している。中国の脅迫にも負けず、反対派の脅しにも屈せず、信念を貫き通して教育改革、政治改革、経済改革など、様々な改革を次々に実現できたのは、武士道によって培われたものがあったからだと言う。李登輝は22歳のときまで日本人であった。頭の中では今でも、いつも日本語でものを考えているという。彼はかつて日本の本を読みふけり、武士道を学んだ。そして、1961年にクリスチャンになっている。李登輝は新渡戸と同じく農学者で拓殖大学名誉博士でもある。


 『武士道』執筆の動機は、外国人の友人からの「宗教教育がないのにどうして道徳教育ができるのか」という問いかけにあった。総じていえば、武士道は儒教・仏教の長所だけを継承していながらも、義を中心にして勇・仁・礼・誠と名誉を深く重んじるのはむしろ騎士道とも共通するところで、そこにはキリスト教のよさやバークレーやフィヒテの理想主義にも通じるものがあると言い、ただし武士道にはキリスト教の大きな「愛」が欠けているかもしれないので、そこで武士道とキリスト教が包摂しあえば、もっとすばらしいものになるのではないかという論旨になっている。

 以下に『武士道』(新渡戸稲造著 奈良本辰也訳・解説)から一部抜粋する。

武士道の源をさぐる

仏教と神道が武士道に与えたもの

 まず仏教からはじめよう。仏教は武士道に、運命に対する安らかな信頼の感覚、不可避なものへの静かな服従、危険や災難を目前にしたときの禁欲的な平静さ、生への侮辱、死への親近感などをもたらした。

 ある一流の剣術の師匠(柳生宗矩)は、一人の弟子が自分の技の極意を習い覚えてしまったのを見るや「私の指南はこれまで。あとは禅の教えに譲らねばならぬ」といった。

 禅とはジャーナDhyānaを日本語に音訳したものである。

 禅は「沈思黙考により、言語表現の範囲をこえた思考の領域へ到達しようとする人間の探求心を意味する」のだ。その方法は黙想であり、私が理解している限りにおいて、そのめざすところは森羅万象の背後に横たわっている原理であり、でき得れば「絶対」そのものを悟り、そしてこの「絶対」と、おのれ自身を調和させることである。

 このように定義するとすれば、禅の教えるところは、もはや一派の教義以上のものである。この「絶対」を認識しえた者は誰でも世俗的な事柄から自己を脱落させ「あらたなる『天』とあらたなる『地』」を自覚するのである。 武士道には確かに禅の影響が見られる。柳生新陰流の柳生宗矩が大切にした「剣禅一如」(けんぜんいちにょ)という言葉は、無敵の剣豪「宮本武蔵」が書いた五輪書(ごりんのしょ)にも使われている。そこにはまさしく禅の奥義が書かれている。

 新渡戸が定義した禅の究極の目標は「絶対」を悟り、「絶対」と調和することだといわれている。禅はそれを座禅と黙想によって求めるが自力本願では無理である。「絶対」とは結局のところ天地万物を創造された創造主を指す。人間に作られたもの何一つ絶対ではない。聖書には禅の目指すところを以下のように表現している。「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」(ヨハネ17:3)。その永遠のいのちは自力本願ではなく、神力本願に得られるものである。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16) また、新渡戸は絶対者である神を認識したものは「新天新地」を自覚するといったが、このことについても聖書に書かれている。「しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。」(Ⅱペテロ3:10-13)


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013za 親日家のスティーブ・ジョブズが新渡戸の『武士道』を読んだかどうかはわからないが、同じく親日家の発明王トーマス・エジソン(1847-1931)は『武士道』の熱狂的な愛読者の一人であった。彼は『武士道』を3冊も持ち、「私は『武士道』精神を発明にあてはめた」と言っている。スティーブ・ジョブズは自身エジソンから多大な影響を受けていることを明かしている。

 「スティーブ・ジョブズはトーマス・エジソン以来の発明家だった。彼は私たちの指先に世界を置いてくれた。」(スティーヴン・スピルバーグ 映画監督)

 「今夜、アメリカは、エジソンやアインシュタインと並んで記憶される天才を失った。」(マイケル・ブルームバーグ ニューヨーク市長)

 「ジョブズ氏は現代のトーマス・エジソンであった。」(リック・ウォレン サドルバック教会牧師)

 1931年10月18日、「私は私の人生を生きた。そして私のできる最善のことを成し遂げた」と言葉を残し84歳の生涯を閉じる。エジソンの葬儀の後1分間は、彼を惜しみ全米中の照明が消されたという。青年期にエジソン研究所で働いた自動車王のヘンリー・フォードはエジソンの生涯の友人であった。その彼がこう言っている。「アメリカが今世界の繁栄の頂点にあるのはエジソンのような人物を得たからである。エジソンの発明は幾百万の新たな仕事を生み出した。エジソンの貢献は全ての社会変革者、政治家の尽力を上回る。」

 Googleとサムスン、スティーブ・ジョブズの死去を受けてそれぞれの最新機種「Android 4.0」と「Galaxy Nexus」の発表を延期した。その程度のことである。やはりエジソンとは比べ物にはならないようだ。



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◆『ジョブズ氏 09年にがん治療、再発の可能性も…米誌報道』
 (共同通信 2011年1月19日)「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013k
 
 米経済誌フォーチュン(電子版)は18日、病気療養で休職を表明した米電子機器大手アップルのスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)が、2009年にスイスで神経内分泌がんの放射線治療を受けていたと報じた。取締役だった故ジェローム・ヨーク氏の話として伝えた。

 同誌によると、ジョブズ氏は米国ではできなかった特殊な治療をバーゼル大で受けた。今回の病状は不明とする一方で、この種のがんは再発の可能性があると指摘した。

 ジョブズ氏は04年に膵臓がんを治療。09年1月から約半年間、病気療養で休職し、肝臓移植を受けた。

<引用以上>


 フォーチュンによると、スティーブ・ジョブズは米国ではできなかった特殊な治療をバーゼル大で受けた。今回の病状は不明とする一方で、この種のがんは再発の可能性があると指摘した。ジョブズは2004年に膵臓ガンを治療し、2009年には病気で療養、肝臓移植を受けている。その時の病気療養も理由は明かされていないが、ジョブズ健康報道のまとめ:Steve Jobs Health Reportings - Roundupによると、2004年のすい臓の腫瘍は「島細胞神経内分泌腫瘍」だったということだ。

 フォーチュンの記者は、西洋医学に懐疑的だった菜食主義の仏教徒スティーブ・ジョブズは、膵臓がんの治療でも別の治療法を採用することを決め、特殊な食事療法によって手術を回避する道を希望したと伝えている。これを受けて経済ジャーナルは、ジョブズの病気の悪化は、その食生活に原因があったのだろうと指摘している。これが事実とすれば文字通り彼の信仰が命取りとなったというわけだ。

 歴史上最も有名なベジタリアンは何と言ってもマハトマ・ガンジーとアドルフ・ヒトラーであろう。「非暴力・不服従」と「暴力・盲従」。思想面では実に対照的な両者であるが、両者共カリスマ性を持つベジタリアン政治家である。スティーブ・ジョブズは、ガンジーとヒトラーの両面を持ち合わせた特異な人物のように思える。道元は食事を精進、つまり精神修養として重要視したが、食へのこだわりは必ずしも健全な精神修養にはならないようだ。

 ただし聖書にはこう書いてある。
こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。
(Ⅰコリント10:31)
 曹洞宗の禅の思想(自力本願)に啓発されたスティーブ・ジョブズの言葉のいくつかを紹介しよう。

 「仏教には『初心』という言葉があるそうです。初心を持っているのは、素晴らしいことだ。」(原文:There’s a phrase in Buddhism, ‘Beginner’s mind.’ It’s wonderful to have a beginner’s mind.”)

 「初心」とは仏教の「初発心」から来た言葉である。『華厳経』には、「初発心の時、すなわち正覚を成ず」とある。仏道修行にあって、初めて入門することを決意したその時に、すでにそのゴールである悟りは成就するのだ、という意味だそうだ。昨今の流行の言葉では「自己実現」という。
 スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチは、彼の生い立ちから思想までよくまとめられたもので、随所に道元の思想が非常に色濃く反映されたものである。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013l 以下は『スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(翻訳)』全文。伝説のスピーチと呼ばれるものである。

PART 1. BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18 ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。「育ての親は大卒でなくては」そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」彼らは「もちろん」と答えました。しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。


PART 2. COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。
やがて17 年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6 ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5 セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。ひとつ具体的な話をしてみましょう。

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PART 3. CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1 枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1 枚1 枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10 年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1 台として存在しなかったことになります。もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10 年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013nPART 4. FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10 年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4 千人以上の20 億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1 年後、30 回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1 年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30 にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。それに続く5 年のうちに私はNeXT という会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。思いがけない方向に物事が運び、NeXT はアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXT で開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

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PART 5. ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。私は17 の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。


PART 6. DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。

 何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。


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PART 7. STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60 年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35 年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70 年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1 枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

 「Stay hungry, stay foolish.」

 ご清聴ありがとうございました。

http://marusensei.com/mensetsu/commencement.pdf

「あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きて いることなのだから。他人の意見が雑音のようにあなたの内面の声をかき消したりすることのないようにしなさい。そして最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。それはどういう
わけかあなたが本当になりたいものをすでによく知っているのだから。それ以外のことは、全部二の次の意味しかない。」

 「他人の価値観に振り回されないよう、無駄をそぎ落とせ。」

 これらの言葉も経典を軽視して心を重視する曹洞宗の影響であろう。

「墓場で最も裕福な人物になることは私には関係ない。夜寝るときに、素晴らしいことをやったと言えることが、私には重要だ。」

「あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。」

 これらの言葉も「学道の人、須らく寸陰を惜しむべし。露命、消え易し、時光、速やかに移る。寸暇を惜しみ、余事に管することなかれ」という道元の言葉に通ずる。

 「誰だって死にたくないものだ。天国に行きたいと思っている人でさえ、そのために死ぬのはいやだと思っている。しかしそれでも、死は誰にも共通した行き先だ。死を逃れたものは誰もいない。「死」は「生」が生んだ唯一無比の最良の発明と言える。古いものを一掃して、新しいものに道を譲る。今は新しいほうがあなただろうが、そう遠くない将来にあなたは徐々に古いほうになり、やがては消え去る。こんな言い方で申し訳ないが、全くの事実だ。」

 道元は言った。「ただ生死すなはち涅槃とこころえて、生死としていとふべきもなく、涅槃としてねがうべきもなし、このときはじめて生死をはなるる分あり、生より死にうつるとこころうるはこれあやまりなり。」

 禅の世界では「生死事大、無常迅速」と言われるように、生死こそが最も追求されるべき問題とされる。「生はひとときのくらゐにて、すでにさきありのちあり、かるがゆゑに仏法のなかには、生すなはち不生といふ、滅もひとときのくらゐにて、またさきありのちあり、これによりて滅すなはち不滅といふ、生といふときは、生よりほかにものなく、滅といふときは、滅のほかにものなし、かるがゆえに生きたらば、ただこれ生、滅きたらばこれ滅にむかひてつかふべしといふことなかれ、ねがふことなかれ」と続く。
 
 確かに誰も死を逃れることができない。聖書にも「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」(ヘブル9:27)と書いてある。


 また道元は「学道に勤労して他事を忘るれば、病も起こるまじきかと覚ゆるなり」(学問に他の事を忘れるほど励んでいれば、病気になるようなことはない)と言ったが、スティーブ・ジョブズには当てはまらなかったようだ。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013q以下に曹洞宗にまつわる興味深いニュースを紹介する。

◆『「妻帯は厳禁」永平寺に求める訴訟却下 福井地裁』
 (朝日新聞 2011年9月23日)

 曹洞宗の僧侶が妻を持つのは開祖・道元(1200~53)の教えに反するとして、栃木県足利市の男性僧侶(61)が大本山の永平寺(福井県永平寺町)に対し、僧侶の教育を改めるよう求めた訴訟の判決が22日、福井地裁であった。平野剛史裁判官は「裁判所が僧侶の教育を是正するのは信教の自由の侵害にあたる」と訴えを却下した。

 仏教には「不邪淫(ふじゃいん)」という妻帯を禁じる戒律があり、厳格な仏教国の僧侶は妻を持たないのが一般的だ。しかし、日本は1872(明治5)年、太政官布告で妻帯を認め、僧侶の生活も変わっていった。

 男性僧侶は今年7月、妻帯を禁じる教育を永平寺に求める訴訟を起こした。「今の仏教界に乱れを正すよう伝えたかった」。永平寺は「判決についてコメントできない」としている。

<引用以上>


 スティーブ・ジョブズのメンター曹洞宗の僧侶、故乙川弘文は妻帯者で離婚歴があるという。一方、マスコミの報道によればスティーブ・ジョブズは家族を大事にし、最期は家族に囲まれて看取られたという。

 実は仏教の開祖釈尊は結婚して子どもも作って家出(出家)してしまっている。これは、当時インドの風習として子孫を残すことは義務であったということから、とにかく義務だけ果たして家出しようとのことだったのかもしれない。子どもの名前は「ラーフラ」(束縛・邪魔者)。修行の邪魔になるのでこんな名前をつけたのであろう。ただし後に、そのラーフラも実の父釈尊に帰依する。


 以下に仏教と家庭にまつわる興味深いコラムを紹介する。

小乗仏教では家庭を捨てなければ仏になれない

 仏教には、大きく分けて、いわゆる「小乗仏教」と「大乗仏教」があります。

 小乗仏教は、大乗仏教の成立以前からある仏教です。大乗仏教は、小乗仏教を批判する人々が、後に起こした仏教です。小乗仏教はおもに東南アジア方面に広まり、「大乗仏教」は、中国や日本等に広まりました。

 最初に、小乗仏教の「家庭生活」に対する考え方から見てみましょう。小乗仏教は、「出家主義」の仏教です。

 「出家」は、文字通り「家(家庭)を出る」ことです。家庭を捨てて、父母、妻子を捨てて、ただ独りになって、修行に専念するのです。

 ですから出家者は、結婚はできません。また結婚していたとしても、妻子を捨て、別れなければなりません。

 「出家」は、すべての家庭生活、性生活、またすべての経済行為、商売や生産行為を捨てることを意味します。仏教初期の経典である『スッタ・ニパータ』には、こう書かれています。

 「この世のものはただ変滅するものである、と見て、在家にとどまってはならない」

 「子を欲してはならない。友人はもちろんである。犀(さい)の角のように、ただ独り歩め。交わり(家庭生活・結婚生活等の交わり)をしたならば、愛情が生じる。愛情にしたがって苦しみが生じる。愛情から災いの生じることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め」
 つまり家庭生活を営むなら、様々の愛情が生じ、執着心が生じ、それが苦しみを生み出すから、涅槃に至ることはできない。

 だから、草原を悠然と歩く「犀」の角のようにただ独り歩み、家庭生活をせず、修行に専心して執着心を捨てよ。そうすれば輪廻の生存から脱して仏になれる、というのです。

 このように小乗仏教は、出家した者だけが救われる可能性を持っている、という教えです。家庭生活を営む者には、仏になる可能性はないのです。

 ただ、仏になる可能性が全くないのかというと、そうでもありません。

 仏教は輪廻転生説に立っていますから、仏教によれば人間は「来世」(来生)で、また別の者に生まれ変わることになります。もしこの世で善行を積み、出家者を経済的に支援したりして功徳を積むなら、きっと来世で良い環境に生まれることができるでしょう。そして自分も、今度は出家者として修行できるかもしれません。そうすれば救われる可能性も出てくる、というわけです。

 その意味では、在家者にも救われる可能性はあると言えます。しかし、結局は出家して家庭生活を放棄しなければ救われない、という原則に変わりはありません。

 これが、大乗仏教成立以前の、仏教の考え方です。
大乗仏教では、"家庭生活を営むにもかかわらず"仏になれる

 大乗仏教の考え方はどうでしょうか。

 小乗仏教が"家庭生活を捨てなければ仏になれない"という教えであるのに対し、大乗仏教は"家庭生活を営むにもかかわらず仏になれる"という教えです。

 シャカの死後数百年たって、紀元頃になると、旧来の小乗仏教の出家主義に不満を覚え、「在家」の者も救われる可能性はないものかと模索する人々が、多くなってきました。彼らは新しい仏教を展開し、経典をつくり、「大乗仏教」を起こしました。

 大乗仏教は、在家の者も仏になる可能性がある、と説きました。彼らの考え方を、もし"山登りのたとえ"で説明するなら、次のようになります。

 だれも登ったことのない山に登るには、最初は登山の専門家が登る必要があります。ちゃんとトレーニングを積んだ登山家が、きちんと装備をして、人跡未踏の山に登ります。

 最初のうちは失敗もあるでしょうが、そのうちに誰かが成功して、先鞭をつけてくれるでしょう。そうすると、あとから登る者は、ずっと楽になります。この"登山の専門家"が、「出家者」なのです。

 ところが出家者たちは、自分の登山ばかりに専心していて、いっこうに登山の素人たち(在家信者)のことを、考えようとはしませんでした。本来なら在家信者も登らせるために、地図をつくったり、山小屋を建てたりすべきなのに、それをやろうとはしなかったのです。

 つまり、大乗仏教が小乗仏教に対して投げかけた批判は、こうです。

 教祖シャカは、まず出家者を山に登らせました。そして出家者が、あとで在家信者も登れる道を開くよう期待しておられたのに、彼らはそれをしようとはしなかった・・小乗仏教は自分本意の独善的思考に陥ってしまって、シャカの根本精神を忘れてしまった、と大乗仏教徒は批判したのです。

 そして、大乗仏教こそシャカの本来の意図に立ち返ったものであり、出家者ばかりでなく、在家の者も登山できるようになった教えなのだ、と主張しました。こうして、在家の者も仏になれるとする教えが、考え出されたのです。

 なお、「小乗仏教」という名は、大乗仏教側が投げかけた貶称(けなし言葉)です。小乗仏教徒自身は、もちろん自分たちの仏教を「小乗」とは呼びません。「上座部仏教」と呼んでいます。

 上座部仏教の人々(小乗仏教徒)は、大乗仏教に対して、鋭い批判を寄せています。

 その第一は、大乗仏教が「非仏説」である、ということです。大乗仏教は、シャカの死後何百年もたってから出てきた新興宗教であって、シャカの説いた教えではない、という批判です。

 第二は、大乗仏教の考え方だと仏教は堕落してしまうということです。

 現に東南アジアのお坊さんたちは、日本の僧侶の多くが妻帯しているのを見て、顔をしかめています。じつは、結婚している僧侶のいるのは、日本だけなのです。

 日本の僧侶の中には、平安時代頃から、すでに人に隠れて妻帯したり、妾を囲ったりする者たちがいました。しかし仏教に身をささげた人々・・空海、最澄、道元、日蓮、源信、法然などは、生涯を独身で通しました。

 一三世紀になると、僧侶として初めて親鸞(浄土真宗の開祖)が、堂々と妻帯しました。それ以来、日本では僧侶の妻帯が広まり、明治以後になると、あらゆる宗派にわたって僧侶が結婚するようになったのです。

 サンスクリット語で「僧侶」といえば、本来は出家した人をさします。しかし日本では、僧侶も在家にとどまるようになりました。

 これは上座部仏教の人々の目から見ると、仏教の「堕落」なのです。しかし日本の僧侶たち自身の弁によれば、彼らは在家にとどまって仏教を信奉することにより、"たとえ在家であっても"仏になる可能性があるのだ、ということを自ら示そうとしている、ということになるわけです。

引用元:http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/bukkyokirisuto07.htm 日本仏教を中心に置いて日本人の精神性を研究する哲学者梅原猛もこうコメントしている。

 「今の坊さんは、仏教は「仏になる」ことだということを、はっきりと語れない。それは、坊さんが道徳についてあまり語らないこととつながってるんです。なぜなら、自分が仏教の道徳をきちんと守っているという自信がないからです。東南アジアに行きますと、タイなどでは小乗仏教の国ですから、戒律が厳しいです。坊さんは妻をめとらない厳しい生活をしている。だからこそ、人々に坊さんを尊敬するという空気があるわけです。ところが現在の日本では、そういう戒律が守られていない。それが坊さんが道徳を説かない原因の一つになっていると思います。」

 基本的に僧侶は菜食独身でなければならない。肉食妻帯(僧侶が、鳥獣魚介の肉を食べることと、妻または夫と結婚すること)とは、基本的に仏教徒に於ける在家者の姿であり、出家者に於いては声聞戒にて厳禁とされていた。しかし、古来より、中国・日本に於いてこのような習わしが、一部出家者に於いて、或る時は密かに、或る時は公然と行われていた。例えば浄土真宗では、開祖である親鸞聖人以来、宗義としてそれを許容している。また、実際に念仏者には、親鸞聖人以前にも、少なからずの肉食者・妻帯者がいたことが、諸往生伝の記載から明らかである。

 日本では出家者の肉食妻帯は、暫く禁止されており、江戸時代なども禁制となっていた(除・浄土真宗)。しかし、明治時代に入り、そのような禁制は解除された。明治5年4月25日付太政官布告第一三三号である。この布告以降各宗派で、肉食妻帯を許容した。

 日本曹洞宗でも、同年6月5日に両大本山から、全国末派寺院へ、その旨の布達がされている。更に、尼僧の肉食妻帯についても、翌年1月22日付太政官布告二六号から許容された。

 なお、この布告の内容は「僧侶の肉食・妻帯・蓄髪等、勝手為るべき事」というものであり、一応僧侶の自主性に任されていたものであったが、実際には各地で横行した廃仏毀釈という仏教弾圧の影響などにより、僧侶が自主的に決められる状況ではなかった。また、一部の学者は、この布告が余りに全国で安易に受け入れられたことから、実際には江戸時代でも秘密裏に妻帯が進んでいたのではないかとする見解もある。

 これ以降、日本に於ける僧侶のアイデンティティーは大きく揺らぐこととなり、現代に至っても未だに超克されたとは言い難い。天皇を中心とした国家神道に邁進することとなった大日本帝国下に於ける悲劇の1つであると見て良いだろう。

 以下に『知っているようで、知らない日本の宗教と慣習』(池田豊著)から一部抜粋したものを紹介する。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013r
「教派」と「宗派」は違う

 そして、仏教の場合「宗派」というのがあります。キリスト教やイスラム教には「教派」がありますので、仏教の「宗派」と同じように考える日本人が多いのですが、「宗派」と「教派」はまったく違うものです。

 仏教の宗派に於いては、教えの根幹となる経典がそれぞれの宗派で違います。

 ところが、キリスト教の場合は、教派が違っていても、教えの基準となる聖書、つまり、旧約聖書三九巻、新約聖書二七巻、合計六十六巻は共通しているのです。(ユダヤ教もマホメット教[イスラム教、回教]も旧約聖書三九巻を教典としていることではキリスト教と共通しています。)

 仏教の場合は、教えの経典が違いますから、当然、拝む対象も仏教各宗派で違いがあります。

 一方、キリスト教では、『聖書が示すところの宇宙万物の創造主を、主イエス・キリストを信じる信仰を通して崇める』という意味に於いては、各教派、共通しているといってよいでしょう。
 又、キリスト教の聖書は、最も新しい部分(ヨハネの黙示録)でさえ日本の歴史でいえば、弥生式土器の中期に書き記されたものです。そして、聖書は完結しています。偽預言者たちが、天から新しい啓示を受けたと主張し、自分の書き記した書物を聖書に付け加えようとしますが、キリスト教会はことごとく異端として退けています。現代でも、ヨセフ・スミスという人が聖書にモルモン経典その他を付け加えようとしました。文鮮明という人も原理講論を聖書に付け加えようとしました。 一方、仏教の経典は、バインダー方式のようなものですから、次々と教典のページを増やしていくことができるという特徴をもっています。けれどもキリスト教のバイブルは、弥生式土器中期に完成されており、誰もそこに付け加えてはならないし、改訂してもならないという特殊な書物なのです。

 ところが仏教の経典はバインダー形式の本で、如是我聞(私はお釈迦様がこうおっしゃるのを聞きました)とさえ最初につければ、どんどん経典を付け加えていくことができたのです。

 最近(2002年2月5日)出版された、朝日新聞社発行、「梅原猛の授業 仏教」という本の中にも、梅原氏の以下のような興味深い発言が記されています。

 「たとえばいま、徳川家康が書いたという書物が出てきたら、皆さんインチキだと思うでしょう。ところが、インド人は、五百年前の人の書いた本が出てきたといっても怪しまれなかった。インド人は西洋人のような合理的な時間意識の中に生きていない。」 
梅原猛の授業 仏教 84ー85頁

 「龍樹の伝記には、もうひとつ面白いことがあります。龍樹が海の果ての龍宮へ行ったら、そこに経典がいっぱいあった。釈迦の説法を記した経典が五百年のあいだ眠っていた。それを持ち帰って世に出したのが『般若経』という経典です。

 しかし、龍宮へ行って探し出してきたというのは、いかにもインチキくさいでしょう。事実とは思えないですね。いまの私たちから見れば、それは龍樹がみずから書いたんじゃないかと疑われます。そういう意味では、聖書の偽造です。龍樹はそれをあえてやって、釈迦の名において「かくのごとく我は釈迦から聞いた」という経典をつくった。

 龍樹がこういうことをやったから、それから後の大乗仏教の人たちは龍樹にならって、どこかで見つけてきたと言って、どんどん新しい経典をつくるんです。それらの経典は、釈迦の説いた教えではなく、経典をつくった人の教えと見て差しつかえないわけです。そういうことによって、どんどん経典が増えて、この部屋いっぱいになってしまった。

 皆さんどう思いますか。この話には歴史的認識が欠如しているといえるでしょう。」
 梅原猛の授業 仏教83ー84頁


日本仏教の主な宗派とそれぞれの経典

 仏教の経典に関して見てみますと、天台宗や日蓮宗系の仏教では、法華経、正式には、妙法蓮華経(定説はないが、西北インドで紀元100年頃までには中心部分が成立し、その後、付加部分が付け加えられたと考えられている)を経典としています。極端な人々の中には、法華経だけが真理を伝える教えであり、その他の仏教経典はすべて邪宗の教えだとさえ言い切るグループがあるほどです。 

 浄土宗、浄土真宗の系列の仏教では、浄土三部経といわれます、無量寿経(一ー二世紀頃ガンダーラで成立)、観無量寿経(紀元四ー五世紀頃、西北インドあたりで成立)、阿弥陀経(紀元前という説もありますが、紀元一ー二世紀以降、西北インドで成立したというのが正しいでしょう)というこれら三つの巻物が、大切な経典です。浄土真宗では、その他に、特に親鸞の歎異抄を尊重します。

 真言宗では、大日如来を本尊としますが、その根拠として、大日経と金剛頂経そして、蘇悉地(そしつじ)経という経典を重要と考えます。



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2011年10月13日(木)の記事を転載
※この記事は文字数制限のため元記事を4分割し投稿しています。この記事は1/4です。

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013a2011年10月5日、アップルは共同創業者で8月24日までCEO(最高経営責任者)を務めていたスティーブ・ジョブズ会長が死去したことを明らかにした。享年56歳。

 ジョブズ氏の死去は、奇しくも新型iPhoneモデル「iPhone 4S」の発表直後だった。これまでにも何度となく病気を患っては克服してきたジョブズ氏だが、8月下旬には異常な痩せ方をしている姿が捉えられ、健康面を心配する声が挙がっていた。2004年には膵臓ガンと診断され、2009年には肝臓の移植手術を受けていたジョブズ氏は、その後、復帰を果たしたが2011年の1月17日に再び病気療養のため休暇に入っていた。

 アップルは同社のホームページ上に次のメッセージを沿えた。日本語サイトでは日本語訳を以下のように掲載している。

  Steve Jobs
  1955-2011

 「アップルは先見性と創造性に満ちた天才を失いました。世界は一人の素晴らしい人物を失いました。スティーブを知り、共に仕事をすることができた幸運な私たちは、大切な友人と、常にインスピレーションを与えてくれる師を失いました。スティーブは彼にしか作れなかった会社を残しました」

<引用以上>


 アップル (Apple Inc)は、2011年8月10日、ニューヨーク株式市場の終値で、初めて米石油大手エクソンモービルを抜いて株式時価総額世界一になった。同日のアップルの時価総額は終値で3371億ドル(約26兆円)だったのに対し、エクソンは3307億ドルだった。米メディアも速報し、米紙ウォールストリート・ジャーナルは「アップルが『世界で最も価値ある企業』になった」と伝えた。IT関係だけでなく、全ての企業を含めての時価総額首位とは驚きだ。


<著名人らによる時代の寵児スティーブ・ジョブズに対する弔辞>

「スティーブと初めて会ったのは、30年近く前だ。それ以来、ともに人生の半分以上にわたって、同僚であり、競争相手であり、友人だった。スティーブほど世界に大きなインパクトを与えた人は、ほぼいない。彼の影響はこの先何世代にもわたって残るだろう。」(ビル・ゲイツ マイクロソフト社の共同創業者・会長)

「スティーブは米国のイノベーターの中で最も偉大な一人でした。違う考えを持つことに勇敢で、世界を変えられるという信念に大胆で、そしてそれを成し遂げることに十分優秀でした。この星で最も成功した会社の1つをガレージから作り上げることで、彼は米国の独創性の精神を実証した。スティーブは毎日が最後の日であるかのように生き、私たちの生活を変え、全産業を再定義し、私たち一人一人が世界を見る方法を変えました。」(バラク・オバマ 第44代アメリカ合衆国大統領)

「スティーブの訃報は、非常に悲しい報せだった。彼は、その才能で信じられないほどの偉業を成し遂げてきた、素晴らしい人だ。そう、人が考える前に、考えるべきことを少ない言葉で伝えられる、そんな能力を持った男でもあった。私は、彼のユーザーエクスペリエンスの捕らえ方に、非常に影響を受けた人のひとりだ。それに、彼は私がGoogleのCEOに着任してからも、さまざまな助言や知恵を与えてくれ、私とともに歩んでくれた。彼に、そんな余裕があったとは思えない状態にも関わらずだ。Google社を代表し、スティーブの家族と、Appleファミリーへ謹んでお悔やみを申し上げる。」(ラリー・ペイジ Google共同創業者)

「グーグルの初期から、ラリーとわたしがビジョンとリーダーシップのためのインスピレーションを探し求めるときはいつでも、クパチーノ(アップル本社のある場所)より遠くに目を向ける必要がなかった。スティーブ、卓越さに対するあなたの情熱は、アップルの製品(わたしが今これを書いている「MacBook」を含めて)に触れたことのある人ならだれもが感じている。そしてわたしは、あなたと会った何度かの機会に、そのことを直接目にしている。」(セルゲイ・ブリン Google共同創業者)

「スティーブ、メンター、そして友人でいてくれてありがとう。創造したもので世界を変えられることを示してくれてありがとう。寂しくなるな……。」(マーク・ザッカーバーグFacebook創設者)

「とても悲しい。芸術とテクノロジーを両立させたまさに現代の天才だった。数百年後の人々は、彼とレオナルド・ダ・ヴィンチを並び賞することであろう。彼の偉業は永遠に輝き続ける。」(孫正義 ソフトバンク創業者)


 世界中のあらゆる人々からスティーブ・ジョブズに対する賞賛と惜別の声が上がる。とりわけIT関係者には彼の生と死は計り知れないインパクトを残したようだ。かつて口汚くののしったライバルたちもほめちぎっているが、不思議なことに大半の人は死んだらいい人に変身するようだ。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013b 実は私の最初のコンピュータとの出会いはアップルだった。当時私はコンピュータなどに全くに興味がなかったが、国際キリスト教宣教団体のOM(オペレーション・モービライゼーション)のスタッフとしてオフィスワークに必要になった。その時事務所にあったのが一台のMacintosh Classic(マッキントッシュ・クラシック)であった。ずぶの素人の私にも非常に扱いやすいもので自己流でなんとか使えた。

 留学先のアメリカでも私はPowerBook500(パワーブック500)を愛用した。当時は携帯もネットもなく、ただ聖書関連のソフトを活用してバイブル・カレッジの課題や論文を書くために肌身離さず使っていた。当時アメリカのカルバリー・チャペルの牧師たちはこぞってマッキントッシュを愛用し、コンピュータを駆使して聖書を学んだり、伝道用のツールにする時には常にマッキントッシュを推奨していた。

 帰国後ウィンドウズ・パソコンを使うようになったが、なんと今週iMac(アイマック)が我が家にやってきた。久しぶりの再会といった感じだ。やっぱりアップルはなんといっても洗練されたデザインがいい。

 私は熱狂的なマック・ヘビーユーザーではないが、私にとってマックはこれまで福音宣教と聖書学習に大いに役立ったツールである。恥ずかしながら未だにキーボードのブラインドタッチもできず、10本の指をフル活用できないでいるが、きっとマッキントッシュがなかったら、私にはOMの宣教事務の仕事は務まらなかったであろうし、パワーブックがなかったらバイブル・カレッジも首尾よく卒業できなかったかもしれない。そうなれば今の私はなかったかもしれない。でもそれはちょっと大袈裟かもしれない。


<スティーブ・ジョブズに関する著名なクリスチャンたちのコメント>

 スティーブ・ジョブズと同世代の元ヒッピーで、アメリカの代表的大衆伝道師でカルバリー・チャペルの代表的牧師の一人グレッグ・ローリーは、ジョブズの死に以下のようなコメントをしている。

「スティーブ・ジョブズはより多くの人々が福音を聞くことための道を開くのを助けた。・・・ローマ人が帝国内の街道を整備し、共通語を定着させたのを使徒たちが当時の世代に福音をもたらすために利用したように、ジョブズは私たちの世代にそれと似たようなことをなした。」(グレッグ・ローリー ハーベスト・クリスチャン・フェローシップ牧師)

 また、同じくジョブズと同世代のアメリカの福音派の指導者、神学校教師の一人でアルバート・モーラー・ジュニアも以下のようにコメントしている。

「クリスチャンもスティーブ・ジョブズの生涯から一つや二つのことを学ぶことができる。・・・ジョブズは創造的英知を用いて人類に向上をもたらしたが、そうしたことはすべてのクリスチャンが切望すべきことである。・・・私たちはこの世界をよりよくしてくれる個人個人に感謝しますが、むしろ私たちはそれが永遠の影響をもたらすかどうかによって人生を評価しなければなりません。」(アルバート・モーラー・ジュニア アメリカ南部バプテスト教会の南部バプテスト神学校代9代総長)

◆『ローマ法王がツイッターとiPadデビュー』
 (AFP 2011年6月30日)

 ローマ法王庁は29日、バチカンの最新ニュースを伝える情報サイト「news.va」を公式にお披露目し、ローマ法王ベネディクト16世が米アップルのタブレット型端末「iPad」を使って米SNSツイッターで初めて「つぶやき」を投稿する動画を公開した。

 動画の中で法王は、枢機卿らに囲まれ助言を受けながら、笑顔でiPadを操作している。法王が「Publish(公開)」と書かれたリンクに触れても画面が変わらないなど、すんなりといかない場面もあるものの、新たな情報サイトを閲覧して回っている姿が映っている。ちなみにこのiPadの壁紙は、法王が若いときの家族写真だという。

 法王は28日、自分のラテン語の正式名を使ってツイッターデビューを果たし、「親愛なる友よ、たった今『www.news.va』を立ち上げました。主イエス・キリストをたたえましょう。祈りと祝福を込めて、ベネディクト16世」とつぶやいた。

 法王のツイッターデビューは、世界の若者たちに布教を広め、スキャンダルで地に落ちたバチカンのイメージを回復するため、法王庁が伝統に縛られた従来のあり方からの脱皮を試みていることを示している。

<引用以上>


 すでにローマ教皇のツイッターアカウントのフォロワーは4万4千人を超えているという。

 このようにキリスト教界にも多大な貢献を果たしたスティーブ・ジョブズであるが、実は彼は禅に傾倒した仏教徒であったという。禅宗の自己実現の概念はジョブにとって魅力的に感じた。ビデオゲーム会社アタリでテクニシャン(下級エンジニア)として採用され、40人目の社員として仕事をしていたとき、ジョブズは多くの坐禅会に参加し、会社に東洋思想の興味を追求するためのインドへの旅行を支払うように説得。さらにジョブズは僧院に入り、僧侶になることを考えたこともあるという。またジョブズの結婚式は禅の導師によって執り行われた。禅のシンプルさはアップルの美しいほどのシンプルな製品にも浸透しているようにも思われる。


$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013c
◆『ジョブズ氏の革新に影響を与えた思想とは―― 日本の禅僧と長年の交流』
 (CNN.co.jp  2011年10月7日)

 5日に死去した米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が手掛けた製品は、パーソナルコンピューターの「マッキントッシュ」から多機能携帯端末「iPad」に至るまで、ミニマリスト的デザインとシンプルな操作性が特徴だった。

 ジョブズ氏のこうした革新的なデザインには、禅の影響があるのではないかと指摘する声もある。

 ジョブズ氏は若いころインドに旅して仏教に触れ、1970年代にカリフォルニア州の禅センターに通って、日本出身の禅僧、故・乙川弘文氏と交流を深めたといわれる。

 乙川氏はジョブズ氏の結婚式を司り、86年にジョブズ氏がアップルのCEOを解任されて設立した「ネクスト」の宗教指導者にも任命されるなど、2人の交流は長年にわたって続いた。

 ジョブズ氏がスタンフォード大学で2005年に行った有名な講演をはじめ、同氏の発言の中には禅の自力本願の思想が反映されている。講演でジョブズ氏はこう語った。「過去33年間、私は毎朝鏡の中の自分に向かって『もし今日が自分の人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか』と問い掛ける。そして答えが「ノー」の日が続いたら、何かを変えなければいけないと思う。自分はいつか死ぬと思い続けることは、私が知る限り、何かを失うかもしれないという思考のわなに陥るのを防ぐ最善の方法だ」。

 ジョブズ氏と乙川氏との交流は、フォーブズから近く出版される劇画小説「The Zen of Steve Jobs(スティーブ・ジョブズの禅)」に描かれている。

<引用以上>


乙川弘文(おとがわ こうぶん 1938年 - 2002年)は、新潟県加茂市出身のアメリカ合衆国カリフォルニア州で活動した曹洞宗の僧侶。アップル社のスティーブ・ジョブズとの交流でも知られた。

1938年、新潟県加茂市の曹洞宗の寺に生まれた。駒沢大学を経て、1969年に京都大学で修士号(大乗仏教)を取得した。

福井県の永平寺で3年に及ぶ修行を積み、1967年、僧侶・鈴木俊隆の招きでアメリカ合衆国に渡った。タサハラ禅マウンテンセンターにて、1970年まで補佐を務め、1971年に鈴木が死去した後には、ロスアルトスの禅センターにて、1978年まで活動した。

その後も各地にて活動していたが、2002年7月26日、スイスにおいて、5歳の孫娘を助けようとして溺死した。

<以上ウィキペディアより>


 乙川弘文はジョブズの家に居候していたこともある。ジョブズが日本で禅僧になるか、アップルを始めるか、悩んだ時、乙川はアップルの方を勧めたという。彼がいなければ今日のアップルは存在しなかったのかもしれない。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013d<曹洞宗とは?>

宗旨

 曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師(そし)方によって相続されてきた「正伝(しょうでん)の仏法(ぶっぽう)」を依りどころとする宗派です。それは坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。そして坐禅の精神による行住坐臥(ぎょうじゅうざが)(「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します。)の生活に安住し、お互いに安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのです。


教義

 私たちが人間として生を得るということは、仏さまと同じ心、「仏心(ぶっしん)」を与えられてこの世に生まれたと、道元禅師はおっしゃっておられます。「仏心」には、自分のいのちを大切にするだけでなく他の人びとや物のいのちも大切にする、他人への思いやりが息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちです。お釈迦さま、道元禅師、瑩山禅師の「み教え」を信じ、その教えに導かれて、毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にすることを心がけたならば、身と心が調えられ私たちのなかにある「仏の姿」が明らかとなります。日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見いだしていくことが、曹洞宗の目指す生き方といえましょう。


以上、曹洞宗公式サイト、曹洞禅ネットより抜粋
http://www.sotozen-net.or.jp/soto


 スティーブ・ジョブズが心酔した禅なるものは、曹洞宗の教えとは随分異なったものに思える。以下に目を通してもらいたい。


 ここ30年の間、世界で最もパワフルでカリスマ的なCEOだった、といわれるスティーブ。そんな彼の成功を支えたのは、「仏教」、そして「禅の教え」だと伝えられている。

 激動の60年代に多感な思春期を過ごしたスティーブは、ビートルズとボブ・ディランをこよなく愛し、彼らの人生観にも強い影響を受けたそう。LSDなどサイケデリック・ドラッグもやったことがあると告白しているくらいなので、ヒッピーたちのバイブルといわれたスピリチュアル・ガイダンス本『ビー・ヒア・ナウ』もおそらく読んだことだろう。この本を執筆したのは、ヒンドゥー教の聖人ニーム・カロリ・ババの弟子である、アメリカ人のラム・ダス。当時、この本を読み、ババに会いにインドを訪れたアメリカ人はとても多くいた。

 スティーブもその1人だ。大学を中退してしばらくたった1974年、アタリに入社しているが、その理由は「ババに会いにインドへ行く資金を稼ぎたかった」から。まとまった金を手に入れたスティーブは、後にアップル社員第一号になる大学時代の友人ダニエル・コッケと共にインドへ行った。

 インドに到着した彼は、まず貧困のひどさに大きな衝撃を受け、すぐさま、生きるために必要ないものを捨て、剃髪し、身軽になり、ババの教えをもらうために寺へと急いだとのこと。残念ながらババは彼らが到着する1カ月前に他界しており、念願は叶わなかったが、スティーブは、このとき仏教徒に改宗。アメリカに帰り、その後、大成功を収め億万長者になってからも、極力贅沢品は持たない質素な生活を続けた。近所でも、会社でも、裸足でウロウロ歩くことが多かったそうだが、インドでの経験がそうさせていたのだろう。

 また、スティーブはインドで、ババの名声で人を集めようとする人たちを目の当たりにする、というあまりよくない経験もした。その時、「素晴らしいアイデアがあっても、行動を起こさなければ、何もないに等しい」「カール・マルクスとニーム・カロリ・ババ、2人合わせたよりも、トーマス・エジソンの方が世の中にとって大切なことをしたのではないか」と思ったとのこと。夢を、アイデアを、実現するために全身全霊でプロデュースする。夢を形にして、世界を人々の生活をよりよくする。アップルを成功へと導いた強いモチベーションは、この時、生まれたともいわれている。

 ユマ・サーマンの父親で、ダライ・ラマの下で修行をし、欧米人初の得度を受けたコロンビア大学チベット仏教学教授ロバート・サーマンは、「スティーブ・ジョブズを仏教徒だとはいえない」「しかし、彼は、東洋の精神鍛練と禅ビジョンを仰ぎ望む人間と同じくらい、独創的な人間である」と分析している。また、仏教のエキスパートであるロバートは、スティーブを仏教徒のように「フォーカスでシンプル」な男だともいっているが、この2つは、まさしくアップルの倫理。スティーブは敬虔な信者でないにせよ、仏教の教えを忠実に取り入れていたのだ。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013e
スティーブは少々強引で口も悪く、かなり短気だった。そのため、人間関係におけるトラブルは少なくなかったと伝えられている。85年、自分が立ち上げたアップル社から事実上追放されるという苦い経験もしている。しかし、彼はめげることなく、高等教育用のコンピュータを作ろうと新しい会社NeXTを作った。

 新会社を作るもなかなか思うようにいかず、スティーブは苦悩するように。この時、彼を精神的に救ったのが、曹洞宗の僧侶、乙川弘文だった。乙川氏は、先生、老師(中国語で先生)と呼ばれるのを嫌い、弟子たちに名前の「KOBUN」と呼んで欲しい、「師匠ではなく、友人だと思ってください」というような、堅苦しくない人物。弟子に結婚を勧め、自身は離婚を経験するなど、型にはまらぬ僧侶だったと伝えられている。短気で口の悪いスティーブを禅の世界に導くことができたのは、乙川氏をおいてほかにはいなかったのかもしれない。

 スティーブと乙川氏は、2人共イノベーターであり、アートとデザインに情熱を持つなど、多くの共通点を持っていた。スティーブは彼から、禅だけでなくデザインのコンセプトが何かということも学んだ。ローレン・パウエルと結婚した時に、式を執り行ったのも乙川氏で、2人は深いスピリチュアルな部分で結ばれていたそう。

 80年代半ば、スティーブが乙川師から学んだことは何か、アップルにどのような影響を与えたか、そのことは、近日発売されるコミック本『The Zen of Steve Jobs』にまとめられている。米フォーブス誌でプレビューを読むことができるので、少しご紹介しよう。

 スティーブは乙川氏から、心身を整えるため一定の場所をゆっくり歩く、「経行(きんひん)」の手ほどきを受けている。仕事のことが頭から離れずイライラするスティーブに、氏は「正しく瞑想するには、全ての思考を取り去ることが必要。その思考がよいものであれ、悪いものであれ、捨てることです」と伝えたそうだ。

 氏に導かれるまま、「呼吸をしてから、一歩進む」を繰り返すスティーブ。氏が座禅を組む岩を中心に、円を描く様に歩むスティーブに、「かどを回ることは必要不可欠なことなのですよ」と、氏は教える。

 次に、今年7月にクパチーノ市役所で新しいアップルの社屋を作りたいと、スティーブがプレゼンするシーンへと飛ぶ。スティーブが描く夢の新社屋は大きな円状の建物。完成図を見せながら、「UFOが着陸したみたいだろう?」とジョークを飛ばし、「円なんだ。まっすぐなものは何もない。円なんだよ」と誇らしげにいう。と、ここで、乙川氏から禅を指導してもらっているシーンへとフラッシュバックする。

 このクパチーノ市役所でのプレゼンの様子は、YouTubeで見ることができる。痛々しいほど痩せてしまったスティーブは最初、息苦しそうにしているが、次第に新社屋に込めた熱い思いを語りだす。「駐車場は地下に作る。なので、地上の緑が増える。木もたくさん植える」「ビルは禁煙にする。私は育ての親を肺ガンで亡くしているので、この点は譲れない」などなど。最後の方で、「この新社屋は、世界一のオフィスと呼ばれるようになる。絶対にね。世界中から建築を学ぶ若者が、この新社屋を一目見に集まってくるだろう」と発言した時は、気のせいか、少し涙ぐんでいるようにも見えた。

 スティーブは禅における「簡素」の教え、「余白の美」にも大きな影響を受けたとのこと。何が必要なのか見極め、いらない部分は思い切って削る。これはアップル社での商品作りに大いに役立ったといわれている。

 また、スティーブの有名なスピーチは、その多くが、「道元」など、禅僧の言葉とよく似ているといわれている。禅僧の本を読みスピーチに取り入れたのか、自分で同じような悟りを開いたのか、どちらなのかは定かではない。しかしながら、多くの人の心に響き、強く影響を与えた彼の言葉は、禅を深く学び理解したからこそ。スティーブは、彼のスピーチを聞く多くの人にとって、禅の師匠でもあったのだ。

 思い入れのあるクパチーノの地に、禅の教えを反映した彼の理想とするアップルの新社屋が完成するのは2015年。新社屋を見届けられなかったことは、心残りだっただろうか? まだまだ、新しい製品を世に送り出したかっただろうか?

 いや、スティーブは、きっと禅における死の悟りを開き、この世に執着を残すことなく逝った。そう思わずにはいられない。

引用元:ニュースセブン http://jh10801.blogspot.com/2011/10/blog-post_09.html

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013f  欧米で禅をやっている人たちは大まかに3つのグループに分類できる。①自らを仏教徒と名乗る人たち。②クリスチャンでありながら坐禅を追求しようとする人。③宗教の枠組みを越えて禅をやろうとする人たち。

 ②に分類される人たちは(聖書よりも)体験を重んじる神秘主義者と呼ばれる人たちに多く見られる。また中には禅を宗教性を除去したヨガや太極拳のように肉体・精神修養のために用いる者もいる。

 ③に分類にされる禅は「東洋の心理学」として、アメリカのヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメントやトランスパーソナル心理学にも影響を与えている。思想としての禅だけではなく、主な都市には禅センターがあるため、座禅を経験したことがあったり、アートとしての禅に惹かれる人もたくさんいる。禅センターは、日本のお寺に比べると、動物の権利保護やホームレスのサポートなどの社会運動に加え、心理療法を取り入れるなどの点で非常にアクティブだ。

 さらに③に分類にされる禅をやる人たちは意識的にせよ、無意識的にせよ、ニューエイジに関わっている。

 ニューエイジ運動は、60年代のカウンターカルチャーをその直接の起源とする。物質的な思考のみでなく、超自然的・精神的な思想をもって既存の文明や科学、政治体制などに批判を加え、それらから解放された、真に自由で人間的な生き方を模索しようとする運動である。以下の項目を見てもらえれば具体的にイメージしてもらえるだろう。

 「エコロジー・菜食主義・イルカ・環境運動・神秘主義・心霊主義・神智学・死後の世界・シャーマニズム・道教・ヨーガ・マンダラ・禅・瞑想・気功・東洋医学・ホリスティック医療・代替医療・臨死体験・チャネリング・トランスパーソナル心理学・自己啓発・自己実現・無意識・ユング・セラピー・ヒーリング・量子力学・超能力・占星術・UFO・水晶・超古代文明」

 ニューエイジ運動から「禅ヒッピー」と呼ばれる人たちも現れた。スティーブ・ジョブズは自ら仏教徒を名乗ったそうだが、私の心証では彼もインドにまで渡ったヒッピーであったから「禅ヒッピー」に近いと思われる。

 ジョブズは若いときにLSDに少なくとも一回は手を出している。実はこの経験について、彼は「人生の中で2,3個ある一番大事なもののうちの一つだった」と言う。アップルのスローガンは長いこと“Think Different”(「発想を変える」とか「ものの見方を変える」という意味)であった。麻薬を経験したことが普通の思考の枠組みから抜け出して、問題をユニークな視点で見つめることを可能にしたのかもしれない。

 またジョブズは、ビル・ゲイツについてこう述べている。「彼の健闘を祈る。本当だよ。ただね、彼とMicrosoftは少し度量が小さい。彼が若い時に薬を1回でも体験するか、アシュラム(ヒンドゥー教の修行場)にでも行ってれば、もう少し大きな男になったんだろうけどね。」


 ちなみにジョブズがヒッピーだった時代(60年代後半~70年代にかけて)、カルバリー・チャペル(チャック・スミス牧師)を中心にジーザス・ムーブメントが起こった。ヒッピーたちが大挙して救われたのだ。彼らはイエス・キリストに出会って心満たされ、それまで依存していたドラッグ、フリーセックス、東洋神秘主義など彼らを蝕んでいたものを捨て去ることができた。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013g◆『駅のホームでスマホ事故多発 ジョブズ氏ならどう対処する?』
 (NEWS ポストセブン  2011年10月10日)

 爆発的に普及するスマートフォン。だが、一方では、駅のホームでスマホユーザーが周囲にぶつかったり、子どもや視覚障害者を蹴飛ばす事故が相次いでいる。もし、スティーブ・ジョブズ氏が健在なら、スマホをどう進化させただろうか? 作家で五感生活研究所の山下柚実氏が考察する。

* * *

 米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ会長の死去のニュースが世界を駆けめぐりました。

 「人類史上最もまれな功績を残した」とオバマ米大統領。「芸術とテクノロジーを両立させたまさに現代の天才だった」と言った孫正義氏は、「数百年後の人々は、彼とレオナルド・ダ・ヴィンチを並び称す」とまで賞賛しました。

 現代の偉人と評価する声、声、声。たしかに、パソコンにCGアニメ、「iMac」「iPod」「iPad」を創造してきたその独創力はすごい。

 そして、最後の置き土産がスマートフォンの最新機種「iPhone4S」ということなのでしょう。

 日本でも爆発的に普及しつつあるスマホですが、一方で大きな問題を生みつつある。NHKの『クローズアップ現代』では、駅のホームでスマホユーザーが周囲にぶつかったり、子どもや視覚障害者を蹴飛ばす事故が相次いでいる、と伝えました。

 ぶつかられた人はホームから転落したり、骨折するケースも。「背景はスマートフォンの急速な普及」にあると番組では明言していました。

 携帯電話に比べて、スマホによって事故の危険性が高まったのはなぜなのか。小さな画面に視線が集中し、周囲が見えなくなることが主に指摘されていますが、画面の大きさよりも、重要なポイントは「動き」にあるのではないか、と私は思うのです。

 タッチ操作一つで情報が上下に流れ、画面が常に動く。動画も走る。テレビも見れる。ゲームに熱中する。

 小さなコンピュータと化した携帯電話の中で、情報はたえず更新され、変化していく。私たちの視線は、間断なく繰り返される「変化」に釘付けになってしまうのではないでしょうか。

 人の目は、「動き」に引き寄せられます。例えばマラソンのレース。2時間を超える長い時間、ただ「人が走るだけ」の競技を熱心に見続けてしまうのは、人も画面も常に動いているから。足の動きだけでなく、入れ替わるランナー、背景の街路風景、すべてが変わっていく。

 人の目は、動きと変化に惹きつけられ、それを追いかけてしまうのです。

 では、スマホを産み育てたスティーブ・ジョブズ氏が、スマホによる事故多発のニュースを聞いたら、いったいどう考え、どんな対処をしたでしょう。どんな知恵を出し、アイディアを実現したでしょうか。ぜひ知りたいものです。

 実は、彼はコンピュータ技術の革新者であると同時に、若い頃から禅への高い関心を持ち、しばしばスピーチなどで禅の教えを引用してきました。アップル製品のデザインには一貫して、「ムダを省くシンプルさ」がありますが、それも禅から学んだ点だとか。

 禅とは、後世に負の遺産を残すことを良しとしない哲学です。思いもかけない「事故」という「負の遺産」を生み出している現状について、故スティーブ・ジョブズ氏は天上からいったい何を思いつつ、眺めているのでしょう。

<引用以上>


 スティーブ・ジョブズが天上にいるかどうかも定かではないが、彼ならこのような事故を「負の遺産」とは全く考えないだろう。マスコミ嫌いの彼は記者の問いにこう答えるのかもしれない。「スマートフォンはスマートに使おう。ところで君の質問は決してスマートとは言えないね。」


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013h
<道元について>

 日本曹洞宗の開祖・道元(1200-1253)は、1223年、24歳で入宗し、印可を受けて、1227年、28歳で帰国した。道元は、経・論・仏具など何一つ持ち帰らず、ただ教えのみをもたらした。精力的に働き、1244年、永平寺を開き、曹洞禅の道場を開いた。また『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』95巻、『永平広録(えいへいこうろく)』等を著した。

 総じて禅宗は、以心伝心の禅で仏心を伝えるものであり、文字や経論書によらず、本心によって「見性成仏(けんじょうじょうぶつ)」(自己の心性を徹見し、それこそが仏にほかならぬと自覚すること)に至るのである。一般にそれは「不立文字教外別伝(ふりゅうもんじきょうげべつでん)」(経典・教説とは別に、釈尊以来、師の心から弟子の心へ直接仏法そのものが受け伝えられたとすること)とか「直指人心 見性成仏(じきしにんしん けんじょうじょうぶつ)」(仏性そのものである人心をずばり指し示すこと)と言われる。そして「只管打坐(しかんたぎ)」(余念を交えずにひたすら坐禅すること)を行じ、坐禅の中に一切を包括すると見る。

 2009年1月、道元禅師の生涯を描いた大谷哲夫の小説『永平の風 道元の生涯』を原作とした映画『禅 ZEN』が公開された。史実とはだいぶ異なるようだが、以下が映画のあらすじである。

 道元は8歳で母・伊子(高橋惠子)を亡くす。それから16年後、24歳の道元(中村勘太郎)は仏道の正師を求め宋へ渡るが、この国でも仏教は腐敗していた。失意の彼の前に、青年僧・寂円(テイ龍進)が現れる。寂円の案内で、道元は入宋したときに錫を止めた天竜山に帰る。そこで住職・如浄禅師と出会い、如浄の元で修行を積む。そしてある夏の夜明け、道元は悟りを得る。道元は帰国し、建仁寺に身を寄せ『普勧坐禅儀』の執筆を始める。腐敗した僧たちからは孤立するが、俊了(高良健吾)、懐奘(村上淳)、宋からやってきた寂円など、道元に共感する者も集まってくる。しかし宗派を否定する道元の教えは、比叡山から邪教の烙印を押される。鎌倉幕府の六波羅探題・波多野義重(勝村政信)は、叡山の僧兵・公仁(菅田俊)らに圧迫される道元を救い、洛外深草の安養院に移らせる。遊女・おりん(内田有紀)は怠惰な夫の松蔵(哀川翔)と乳飲み子を抱え、希望のない日々を過ごしていた。しかし道元と出会い、心の変化を感じる。さらに乳飲み子を失い自暴自棄になるが、道元の教えに救われる。深草に建てた興聖寺が僧兵によって襲撃される。道元は義重の勧めで越前志此庄に移り、大仏寺(のちの永平寺)を建てる。そこで、おりんが道元の門下に入る。義重が永平寺を訪れ、時の執権・北条時頼(藤原竜也)が毎夜怨霊に苦しめられているので救ってほしいと訴える。道元は寂円と共に鎌倉へ行き、時頼に只管打坐を教える。雪深い冬の永平寺で、道元は54年の生涯を終える。


 スティーブ・ジョブズの生き方は道元の教えに触発されたものだという。曹洞宗の開祖、道元禅師は鎌倉仏教の祖のひとりにとどまらず、日本の食文化の基礎を、ほとんど独力で切りひらいた最初の人であり、それを哲学にまで高めた人物である。道元が築いた食の哲学をもとに精進料理が生まれ、やがてそれが日本料理の大系へと展開され、千利休の茶道をはじめとする様々な食領域に影響を及ぼしていく。日本の食文化は道元なくしては考えられないほどにその存在は大きく業績は多岐にわたる。


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◆『S・ジョブズ「闘病の陰で囁かれる果実食の中身」 3度目の病気療養を発表した途端、アップル社の株価は大暴落!』
 (現代ビジネス 2011年2月4日)

 「ジョブズ氏の病気療養の発表は、世界中に衝撃を与えましたが、実はユニークな発想で知られるジョブズ氏の食事についても、改めてスポットが当たることになりました。菜食主義のことです」

 こう語るのは、IT業界に詳しい米国人ジャーナリストである。
「iPhone」や「iPad」などの大ヒットで、増収増益を続ける米・アップル。

 その創業者であり、現在も最高経営責任者(CEO)として最前線で指揮をとっているスティーブ・ジョブズ氏(55)の"病気療養宣言"は全世界を揺るがした。

 ジョブズ氏が、病気療養に入ることを全社員にメールで通達した---。

 『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)などが、このニュースを1面トップで報じたのは1月18日のこと。すると、米・株式市場は即座に反応。当日発表された '11年度第1四半期の業績が、前期比78%の増益だったにもかかわらず、アップルの株価は一時最大で6.5%も下落。終値は、前日比で下げ幅2.3%となる340.65ドルで引けた。

 時価総額でマイクロソフトを抜き、世界最大のハイテク企業となったアップルだが、図らずも、カリスマ経営者の存在感がブランドイメージに影響力を持つ企業の脆さを露呈することになった。

 前出の米国人ジャーナリストが話す。

「今回、社内メールで公表されたのは、『ホルモンバランスが崩れ、健康体の維持に必要なたんぱく質が失われる病気を患っている』とのことでした。療養期間が不明なままなので、様々な憶測が飛び交っていますが、ジョブズ氏の病気療養は、今回が初めてではありません」

 ジョブズ氏は '04年、膵臓がんの摘出手術のため1ヵ月間療養。

 '09年には、肝臓の移植手術を受け、半年間の入院を経験している。この時は、「約6ヵ月」と、明確な療養期間を事前に発表していた。
「今回の病状については米マスコミでもあまり報じられていません。そうした中、ジョブズ氏の食生活に体調不良の原因があるのではないか、との説まで囁かれ始めているのです。ジョブズ夫妻が、究極の菜食主義者と言われるヴィーガンであることは有名で、ジョブズ氏は、特に果物にこだわる果実食主義者。リンゴが大好物で、肉も魚も、卵も乳製品すら摂らない。ミルクも蜂蜜もダメ。それが激やせの原因ではないかというのです」(前出の米国人ジャーナリスト)

インド放浪とリンゴ

 ヴィーガンとは、衣食を含むあらゆる目的のために動物を殺すことがないようにしている人々のこと。厳格なベジタリアン(菜食主義者)として知られる。

 ジョブズ氏の果実食主義への傾倒は相当なもの。例えば、 '04年の休養時には、手術を受けずに食事療養で治療しようとしていたというほどだ。最終的には手術を受けたが、その時の模様を、米国の経済誌『フォーチュン』( '08年3月5日号)は巻頭特集で、次のように伝えている。

〈仏教徒で菜食主義であるアップルCEOは、現在主流の、西洋医学に懐疑的だった。膵臓がんの治療でも別の治療法を採用することを決め、特殊な食事療法によって手術を回避する道を希望した〉

 ジョブズ氏の果実食は復帰後も続いたようで、「サンフランシスコ市内の菜食主義レストラン『Greens』で食事するジョブズ氏の姿が何度も目撃されている」(前出・米国人ジャーナリスト)。

 もちろん、今回の体調不良と果実食主義との関係は明確ではない。
 しかし、ジョブズ氏の経歴を振り返れば、カリスマ経営者と果実食の"ユニークな関係"が垣間見えてくる。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-111013jジョブズ氏は '72年、オレゴン州のリード大学に入学するが、半年で大学への興味を失い中退。 '74年にはビデオ・ゲーム会社「アタリ」の社長、ノーラン・ブッシュネル氏に気に入られ、エンジニアとして入社する。

 社内では異彩を放ち、風呂に入らず長髪にサンダル姿でうろつくという奇行が目立った。

 友人のダン・コトケ氏と仕事でドイツに行った帰りにインドに寄り、数ヵ月間放浪したりもした。インドでは、修行僧のグルに気に入られ山で一緒に修行、丸坊主になって出社したこともあったという。

 アタリを退社したジョブズ氏は、 '77年1月3日、高校時代からの悪友、スティーブ・ウォズニアック氏、それにブッシュネル氏に紹介されたマイク・マークラ氏とともにアップルを創業する。

 ジョブズ氏と面識があり、アップルジャパンの立ち上げにもかかわった、PR会社「井之上パブリックリレーションズ」の井之上喬社長は、こう語る。

「ジョブズ氏が付けたと言われている社名の由来についてはいろいろ説がありますが、大学を中退した後に、彼がリンゴ農園で働き、よくリンゴの木の下で瞑想していたために〝アップル〟と命名したと聞いています。インドを放浪したり仏教の修行に没頭したり、ハイテク企業の経営者ながら、自然主義的でオリエンタルなものに人並み外れた畏敬の念を持つのも、彼のユニークさの一つでしょう」

 ちなみに、ジョブズ氏は日本の禅にも傾倒し、日本食、特に蕎麦が好物で、アップル本社の食堂には「刺身蕎麦」というメニューがあるのは有名な話である。

 今後の経営はどうなるのか。ジョブズ氏は社員に宛てたメールで、「今後もCEO職にとどまり、主要な戦略的意思決定に関与する」と明言していることから、日常業務は最高執行責任者(COO)のティム・クック氏が代行するとみられている。クック氏はIBM、コンパックなどを経てアップルに入社。これまで2回ジョブズ氏が休養した際にも代行などを務め、収益を安定させてきた。

 しかし、米・投資銀行「グリーチャー」のアナリスト、ブライアン・マーシャル氏は、WSJ紙の取材に対し、「病気は、スティーブ(ジョブズ)個人にとって大変なことだと思うが、彼が療養生活に入ったことで生まれる市場の反応は生やさしいものではない」

 と答え、ジョブズ氏の療養はアップルに暗い影を落とすと指摘している。

 とはいえ、これまで2度の病気療養を経験したジョブズ氏は、iPhone、iPadなどの大ヒット商品を引っさげて復帰を果たしている。カリスマは3度目の復活で、どんな新商品を掲げて見せてくれるのか。

<引用以上>


 菜食を中心とした食事を実践する人々の総称がベジタリアンと定義されている。菜食だけ、菜食でも球根などの排除の有無や、卵と乳製品を摂ることの有無などに応じて様々な分類がある。日本ではあまり「ベジタリアン」に遭遇しないかもしれない。欧米だと有名人でも多いのだ。マイケル・ジャクソン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ボブ・ディラン、プリンス、リチャード・ギア、マイケル・J・フォックス、その他きりがない。上記記事内でスティーブ・ジョブズは中でも肉・魚だけでなく乳製品・卵も食べない「ヴィーガン」と言われているが、厳密には魚菜食主義者のようだ。肉は一切口にしないが、寿司、そばが大好物だったという。事実、アップル本社の食堂Cafe Macsにはジョブズが考案したという「刺身ソバ」なるメニューがある。Cafe Macsで働く日本人スタッフの女性は、ジョブズのために築地で本格的な蕎麦打ちの修行をしたという。

 道元は僧侶の肉食妻帯を否定し精進料理を普及させたのでいわゆる日本のヴィーガンの立役者と言える。今日日本であまりベジタリアンに遭遇しないのは、食の欧米化が主因とされるが、肉食妻帯を破戒した僧侶の堕落も一因とされる。ジョブズは僧侶でないからヴィーガンでなくてもよいのであろう。

 一方、よきライバルでもありスティーブ・ジョブズと同じ1955年生まれのビル・ゲイツはジャンクフードが好物で、食生活はマクドナルドが中心だという。マクドナルドでは、フィレオフィッシュが好きであり、幕張メッセでの講演で来日し、モーニングメニューでフィレオフィッシュがなかった時、メディア関係者に「朝でもフィレオを食べるためには(マクドナルド社を)買収するか!」とアメリカンジョークを飛ばしたほどだ。ビル・ゲイツは「愛マック(マクドナルド)」なのだ。皮肉なことにジャンクフードを好むビル・ゲイツの方が長生きなのである。




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「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-110929j
◆『米フェースブックのザッカーバーグ氏、資産の過半の寄付に同意』
 (ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版 2010年 12月 9日 )

 米ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)フェースブックの創設者マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO、26)は、資産の過半を慈善団体に寄付することで同意した。同氏を含む16人の裕福な起業家が、人生のより早い段階で、慈善活動に関与することを決めた。

 ザッカーバーグ氏は、著名投資家ウォーレン・バレット氏が立ち上げた慈善キャンペーン「ギビング・プレッジ」に同意し、署名をした。ギビング・プレッジは署名者に対し、慈善事業への公的な関与と、資産の過半の寄付を求める。

 ザッカーバーグ氏を含む16人の資産家が「ギビング・プレッジ」に新たに署名した。これにより、同キャンペーンに同意した起業家は50人を超えた。アメリカ・オンライン(AOL)の共同創設者スティーブ・ケース氏や投資家のカール・アイカーン氏、かつてジャンク債のキングとして名を馳せたマイケル・ミルケン氏(64)などが新顔に含まれる。

 これまでにオラクル創業者のラリー・エリソン氏、映画ディレクターのジョージ・ルーカス氏、ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏などがギビング・プレッジに署名している。

 ギビング・プレッジは、世界の富裕層に寄付を促すことを目的とする、マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏とバフェット氏による取り組みだ。

 ミルケン氏はギビング・プレッジについて「30代と40代の人間に、創造力を発揮して人生のより早い段階で慈善活動に関与するよう求めるものと捉える」と述べた。

 ギビング・プレッジとの合意は、成功した実業家(多くは起業家)が、先人よりはるかに早い段階で一層多くの資金を寄付する、慈善活動における新たな流れを反映する。

 アイカーン氏とザッカーバーグ氏はコメントに応じていない。ギビング・プレッジが用意したビデオで、ザッカーバーグ氏は「多くの成すべきことがある。今、始める方が良好な結果を生む場合がある」と述べた。

 バフェット氏が富の世襲を嫌ったことを一因に、ギビング・プレッジは誕生した。

 ギビング・プレッジは、寄付の金額を特定したり、寄付行動を追跡することはしない。資産の過半の寄付を求めるだけだ。

 ギビング・プレッジの創設者らは、この部分が時に署名に漕ぎ着けるのを困難にする、と話す。ゲイツ氏は今週のインタビューで「人々は非常に好意的だが、気まずい流れになることがある。非常に大きな決定であるためだ」と述べた。

 ハーバード大学の寮でフェースブックを立ち上げたザッカーバーグ氏は、世界で最も若い資産家の1人だ。米誌フォーブスによると、資産総額は69億ドルと推定される。ただ、フェースブック株が非上場であることで、現時点では同氏の資産は理論上のものだ。

 ハーバード大の同窓、ダスティン・モスコビッツ共同創設者も、ギビング・プレッジに署名した。

 ザッカーバーグ氏は今年の主要な寄付者となった。同氏は今年9月、テレビ番組「オプラ・ウィンフリー・ショー」でニュージャージー州ニューアークの公立学校に最大1億ドルを寄付することを約束。これが同氏の初めての大型寄付となった。

 慈善活動は全般に、景気低迷の打撃を強く受けている。ギビングUSA基金の調査によると、09年の米国内の寄付額は、08年の3150億ドルから3.6%減少して3037億5000万ドルとなった。08年は2%減にとどまっていた。

 ギビング・プレッジによると、寄付に合意した16人は次のとおり。
Nicolas Berggruen、Steve & Jean Case、Lee & Toby Cooperman、Ted Forstmann、David & Barbara Green、Lyda Hill、Carl Icahn、Sidney Kimmel、Duncan MacMillan、Michael Milken、Joseph & Rika Mansueto、George P. Mitchell、Dustin Moskovitz、Denny Sanford、Tom & Cindy Secunda、Mark Zuckerberg

<引用以上>


 とても立派で聞こえはよいが、見方によっては大富豪の会員制クラブのように写る。ギビング・プレッジに参画する者こそ世界最高のセレブとしての証、称号にもなろう。ただしこれは彼らが巨万の富を維持できればの話であって、自分の生活が苦しくなればそれまでの話である。

 私はひがみ根性から彼らの取り組みを全否定するつもりは毛頭ない。どのような形であれ、またどのような意図であれ、彼らの資産が社会に還元されるならばそれはそれで喜ばしいことであると考えている。先に紹介したジョン・ウェスレーもこう言っている。「できるだけ儲けて、できるだけ貯めて、できるだけ与えなさい。」また彼のモットーは「あらゆる手段を用いて、あらゆる方法によって、あらゆる場所で、あらゆる時に、あらゆる人に対して、自分にできる限りの、あらゆる善を行なうこと。」

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-110929k
 聖書にもこう書いてある。
寄るべのない者に施しをするのは、主に貸すことだ。主がその善行に報いてくださる。
(箴言19:17)

寄るべのない者の叫びに耳を閉じる者は、自分が呼ぶときに答えられない。
(箴言21:13)

善意の人は祝福を受ける。自分のパンを寄るべのない者に与えるから。
(箴言22:9)

利息や高利によって財産をふやす者は、寄るべのない者たちに恵む者のためにそれをたくわえる。
(箴言28:8)

人々の中にはねたみや争いをもってキリストを宣べ伝える者もいますが、善意をもってする者もいます。一方の人たちは愛をもってキリストを伝え、私が福音を弁証するために立てられていることを認めていますが、他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。
(ピリピ1:15-18)
 それにしてもアメリカの資産家は日本の資産家とはスケールがまるで違う。それでも社会的にはマイナーな億万長者たちは世間の風当たりを風力にして国を介さない富の分配システムによって結束を固めようとしている。フォーブズ誌によれば、2011年世界長者番付では該当者は世界に1,210人いるとされる。国別ではアメリカが413人を占める(日本は26人)。たった413人しかいないのだから、つるみたくなる気持ちは分からんでもない。金持ちは案外孤独なのだ。言い寄ってくる者たちの大半は金目当てであって自分目当てではない。

 ちなみに金融資産100万ドル(最近の円高で1億円の価値はないが)をもつ個人は、世界に約870万人いるという。そのうち、アメリカが31%、日本が16%だという。16%は140万人にあたる。実際日本には資産が1億円以上ある文字通りの「億万長者」は約130万人もいるという統計もある。実に日本人の1%、即ち100人に1人が億万長者というわけだ。

 一方、1日1ドル以下の極貧生活している絶対貧困層は地球上の約67億人のうち12億人以上、5人に1人。1日2ドル以下だと30億人以上で約半数(2009年時点)。このような富の不均衡に億万長者たちに非難が集中するのは不可避だ。高額な税金を払っていても庶民には到底理解されない。そこで彼らは自己防衛と自己正当化のために国を介さない富の分配システムを考案したというわけだ。彼らは小金のある中産階級の購買欲を煽り、駆り立て、彼らから搾取した利益を政府が無視する社会問題の善処に充当する。国はなかなか迅速には動かないものだ。消費税やタバコ税などを引き上げた形の重税による社会福祉政策では国民の理解は得られない。震災復興税と言われても不況下ではすぐには承服してもらえない。遅々として問題の改善が見られない。そこで金持ちたちの役割が注目される。ポンとまとまったお金を出せば「スゲー!」ということになる。そこには名誉欲もちらつく。

 富の出所が健全か不健全かという問題もある。たとえば公益財団法人日本財団は、公営競技のひとつである競艇の収益金をもとに、海洋船舶関連事業の支援や公益・福祉事業、国際協力事業を主に行なっている公益財団法人である。2011年3月31日までの名称は財団法人日本船舶振興会と言った。つまり競艇で集めたお金を社会貢献に使おうという財団である。ギャンブルの収益は決して健全な富とは言えない。多くの人の人生を狂わせ、数え切れない悲劇を生んでいる。競輪、競馬、パチンコ・・・それぞれに財団がある。ギャンブルを正当化するためにこうした財団が利用されるのは問題だ。


「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-110929l
◆『マルハン韓昌祐会長、故郷の泗川に奨学財団設立(韓国)』

 パチンコ大手・マルハン会長を務める在日同胞の韓昌祐(ハン・チャンウ、79)さんが、故郷の慶尚南道泗川市に奨学財団を設立した。

 泗川市は2010年5月3日、韓会長夫妻の名前を冠した「ハン・チャンウ・ナカコ教育文化財団」の発足式を泗川文芸会館で行ったと明らかにした。

 財団は韓会長が支援する50億ウォン(約4億2000万円)で運営され、優秀な人材に奨学金を支援する計画だ。また、泗川市内各級学校の学習資材支援など教育環境改善事業も展開し、規模と地域を次第に拡大していくと伝えられた。

 奨学財団には、故国で教育中心の人材育成事業を行い、世界に向かう道を開きたいという思いが込められていると、財団関係者は説明した。

 パチンコ大手のマルハンは日本全国に250店舗余りを構え、日本財界ランキング17位をマークしている。

 韓会長は世界韓人商工人総連合会の会長も務めており、昨年6月には釜山の東亜大学から名誉法学博士学位を受け取った。1990年には30億ウォンを投じ日本で韓哲文化財団を設立、韓国の正しい歴史と文化を伝える事業を行っている。

 参考記事・聯合ニュース(2010年5月3日)

 
 パチンコですった日本人の金が韓国人学生の奨学金となる。それとは対照的なニュースを以下に紹介する。


◆『韓国大統領、給料を全額寄付へ』
 (AFP 2008年3月31日)

 韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は30日、大統領任期中5年間の給料全額を、恵まれない人々に寄付する意向を示した。31日、側近が明らかにした。

 青瓦台(大統領官邸)の記者室を予告なしで訪問した席で表明したという。

 2002-2006年のソウル市長時代にも李氏は、清掃員と消防署員の子どもたちに給料を寄付していた。

 李氏は、「わたしは公職で得た給料はすべて公共の福祉に捧げると公約している。大統領に就任してもこの公約を続ける」と述べた。大統領は今月10日に初月給として1650万ウォン(約166万円)の給料小切手を受け取ったが、正確な収入総額は分からないとしている。

 李氏は大統領選挙中、総額300億ウォン(約30億円)にも上る個人資産のうち、ソウルにある引退後の住居を除いた全てを恵まれない人々に寄付すると公約していた。


◆『イ・ミョンバク大統領、全財産を苦学生に寄付!』
 (ナビコン・ニュース 2009年7月6日)

 韓国のイ・ミョンバク(李明博)大統領が、6日、自宅を除く全財産、331億ウォン(約25億円)を恵まれない子供たちの奨学事業に寄付すると発表した。この記事をMBCが動画ニュースで報じている。

 イ大統領は、貧しい家庭に生まれ、マッチやのり巻き売りをして、名門大学に進学した苦労人。苦学の末、遂には財閥企業の会長にまで上り詰め、大統領となった人物。大統領は、2007年の大統領選で、「妻と暮らす家があれば十分。全財産を寄付する」と公約していた。
大統領は同日発表したコメントで、自身が学生のとき、大学登録料を立て替えてくれた人や学費稼ぎのための仕事を世話してくれた恩人たちに感謝をし、「貧しくても頑張ってきている人々のため、財産を使いたい」と述べた。

*** 以下、記事翻訳 ***

イ大統領、財産献納・・・331億ウォン社会に寄付

◀ANC▶
 イ・ミョンバク大統領が財産331億ウォン以上を社会に寄付すると決定した。

 このお金で財団を作り、青少年の奨学事業たや福祉事業に使うことを計画している。

◀VCR▶
 イ・ミョンバク大統領の財産寄付のために構成された‘財団設立推進委員会'は、今日、イ大統領の財産 331億4千2百万ウォンを財団に出演する事にしたと明らかにした。

 イ大統領の寄付する財産は、ソウル瑞草洞と良才洞の建物 3軒と、イ大統領名義の預金8千1百万ウォンなど。残りの財産は現価 44億ウォンのソウル論硯洞自宅と、スポーツ関連会員券、預金など 49億ウォンで、退任後住む家を除けば事実上の全財産を出すことになる。

 寄付される財産は、青少年奨学事業と福祉事業に使われる計画。

◀SYN▶ ソ・ジョンホ/財団法人設立推進委員長
 大統領の財産寄付は、お金がなくて勉強をあきらめるとか、生まれながらにして貧乏という事はあってはいけないという大統領の持論と心から出た行為です。

 このために、財団設立推進委は、来月初旬に法人の設立を終えて、本格的な事業に入って行く予定だ。財団はイ大統領の雅号をつけ‘財団法人清渓'という名前で建てられ、この建物の賃貸収益で年間 11億ウォンほどの財源を用意する計画だ。

 李明博大統領の財産寄付の決定は、国民との約束を履行するという意味とともに、広くは親庶民政策をもっと強化して社会統合を成すという意志に解釈される。

MBCニュース イ大統領、財産献納・・・331億ウォン社会に寄付

「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-110929m
 李明博(イ・ミョンバク)の歩みを紹介した『貧乏少年、大統領になる イ・ミョンバク(李明博)の信仰と母の祈り』という小冊子がある。1941年に大阪に生まれ、終戦で韓国に戻って貧困のどん底から現代建設社長、ソウル市長を経て1997年、圧倒的な人気で第17代大統領になった。少年時代の極貧の家族を支えた母親のキリスト信仰に導かれていく証である。

 李明博大統領は「電気プラグをコンセントに差し込んでこそ、電気を有効利用できるように、信仰によって焦点を神様によく合わせなければならない」と語っている。神からの電流は、信仰という電源を通して流れる。彼はその言葉の通り、ソウル市長在任中の四年間、出勤するとまず必ず祈り、その後で執務を行なった。すべての問題の解決策は神から来ると彼は信じている。「私が最も尊敬するCEOはイエス様です」と語っている。


 クリスチャンの金持ちとノンクリスチャンの金持ちの決定的違いは、富の所有権に対する認識にあると思われる。

 聖書にはこう書いてある。
地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである。
(詩篇24:1)

銀はわたしのもの。金もわたしのもの。――万軍の主の御告げ。――
(ハガイ2:8)

あなたの神、主を心に据えなさい。主があなたに富を築き上げる力を与えられるのは、あなたの先祖たちに誓った契約を今日のとおりに果たされるためである。
(申命記8:18)

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。
(Ⅰコリント6:19,20)
 クリスチャンは聖書に従い、すべてのものは神の所有であることを認める。財産だけではない。自分自身も神の所有物である。神が所有者で自分は管理者である。管理者は資産を管理して、所有者に益をもたらすようにする。管理者は管理しているものについて、自分には何らかの権利があるなどとは考えない。管理者の仕事は、所有者が資産をどのように使いたいと思っているかを見極め、所有者の意思を実現させることである。
すべての宝は神のものである。私は神の投資マネージャーである。
(ランディ・アルコーン)
<資産管理について神の前で申し開きをすることになる>
・・・私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。・・・私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。
(ローマ14:10,12)
<与えることは神に喜ばれる行為>
ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。
(Ⅱコリント9:7)
<金持ちじゃなくても、余裕がなくても・・・>
苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。
(Ⅱコリント8:2)
<ひけらかしたり、自慢することではない>
まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んでささげる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたにささげたにすぎません。
(Ⅰ歴代誌29:14)
<与える動機はキリストの恵み>
あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。
(Ⅱコリント8:9)
<その報いは計り知れない>
わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません。
(マタイ10:42)

祝宴を催すばあいには、むしろ、貧しい人、不具の人、足なえ、盲人たちを招きなさい。その人たちはお返しができないので、あなたは幸いです。義人の復活のときお返しを受けるからです。
(ルカ14:13,14)
「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-110929n
<クリスチャン著名人たちの富にまつわる名言>
あなたが神のためにする良いことは何でも、それがみことばに沿って行われるのなら、あなたのために宝として金庫の中にたくわえられ、人々と御使いの前で、あなたの永遠の慰めのために、報いとして与えられるのである。
(ジョン・バニヤン 1628-1688 英国の牧師、文学者 著書『天路歴程』)

お金は多くの場合卑しむべきものであるが、永遠の宝へと姿を変えることもある。お金は空腹な人の食事となり、貧しい人の衣類となる。失われた人々の魂を勝ち取り福音の光へと導く宣教師の精力的な働きが、継続して行われるために用いられる。そのようにしてお金は、天的な価値を持つものに姿を変えるのである。どんな一時的な所有物も永遠の富に変えることができる。キリストにささげられたものは、即座に不滅のものとなる。
(A・W・トウザー 1897-1963 米国の牧師、説教者、著述家)

私は多くのものを握り締め、そしてそれらを全部失った。しかし神の手にお渡ししたものについてはすべて、ずっと持ち続けている。
(マルティン・ルター 1483-1546 ドイツの神学者、牧師、説教者)
<聖書的慈善のスタンス&スタイル>
人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。
(マタイ6:1-4)
 それにしても昨今、クリスチャンの金持ちたちは、慈善活動を利用してやたらと名を売り込んでいるように思える。「社会的にマイナーなクリスチャンでもこんなに社会貢献してるんです」「クリスチャンでもこんなに儲けて成功できるんです」とまるで世間にアピールしているようだ。

 ジョン・D・ロックフェラー(1839-1937)と同じバプテス派のイギリスの著名な牧師、伝道者、説教者で「講壇のプリンス」と呼ばれるチャールズ・スポルジョン(1834-1892)にはこんな逸話がある。彼と彼の妻は卵を産む鶏を飼っていた。二人は近所の人や親戚に卵を売っていた。どんなに親しい人に対してでも、二人は絶対に卵をただであげることをせず、売っていたのである。そのため、人々はスポルジョン夫妻はけちだというレッテルを貼った。二人はいくら批判されても、何も言わずに、ただ卵を売り続けた。やがて彼の妻が亡くなった。そのときに、二人が卵を売っていた理由が明らかになったのである。卵の売上金をすべて、二人は年老いた未亡人をサポートするために寄付していたのだ。そのために、スポルジョン夫妻は、自分たちの右の手がしていることを左の手に知られないために、人から何を言われても、何も言い返すこともせず、黙って卵を売り続けたのだ。

 そのような生き方をする者に対して、隠れたところで見ておられる神は私たちに報いを与えてくださる。スコットランドの新約学者、牧師のウィリアム・バークレー(1907-1978)の注解書には、神が与えてくださる3つの報いが記されている。第一は満ち足りた心。イエス・キリストに従って生きるときに、神が私たちに満ち足りた心を与えてくださる。ジョン・D・ロックフェラーはこう言った。「世界で最も貧しい人は金以外の何も持っていない人である。」神の栄光を求めて生きる人こそ本当の満足感を知っている人である。それは、自分の生きる目的を知っているという満足感であり、その目的を果たしたという満足感である。第二は、さらに大きな働きと責任。神は小さなことに忠実な人により大きな責任や働きを与えてくださる。神と人のためにより多く働く機会を神が与えてくださる。いつも神に忠実に仕える者として生きるならば、クリスチャンの人生は決して退屈な人生ではない。三番目の報いは、神とのより親しい交わり。人が自分の栄光を求めて生きるならば、人はだんだんと神様から離れて行く。しかし、神のみこころに従って生きようと決心する者には、神は私たちとの交わりをより深めてくださる。神をますます身近に感じるようになると、自分の周囲で何が起ころうとも、何も心配したり慌てたりすることがない。神の手に守られている自分を知っているからだ。そして、かの日には私たちは、恐れることなく、喜びに満ちて、輝きに満ちた永遠の世界へと導かれて行く。
最後に・・・
それから、イエスは献金箱に向かってすわり、人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちが大金を投げ入れていた。そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。『まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。』
(マルコ12:41-44)

自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。・・・だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。
(マタイ6:19-21、24)

あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、わしのように天へ飛んで行く。
(箴言23:5)

聞きなさい。金持ちたち。あなたがたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。あなたがたの富は腐っており、あなたがたの着物は虫に食われており、あなたがたの金銀にはさびが来て、そのさびが、あなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財宝をたくわえました。見なさい。あなたがたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、叫び声をあげています。そして、取り入れをした人たちの叫び声は、万軍の主の耳に届いています。あなたがたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、殺される日にあたって自分の心を太らせました。
(ヤコブ5:1-5)

主よ。お知らせください。私の終わり、私の齢が、どれだけなのか。私が、どんなに、はかないかを知ることができるように。ご覧ください。あなたは私の日を手幅ほどにされました。私の一生は、あなたの前では、ないのも同然です。まことに、人はみな、盛んなときでも、全くむなしいものです。まことに、人は幻のように歩き回り、まことに、彼らはむなしく立ち騒ぎます。人は、積みたくわえるが、だれがそれを集めるのかを知りません。主よ。今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです。
(詩篇39:4-7)
<祈り>(ランディ・アルコーン)

 死んでから5分後、生きている間にささげておけばよかったと後悔するものが何かあるでしょうか。父なる神様、そのことを知るには死ぬまで待たなければならないということは決してありません。今教えてください。あなたのみこころにかなったことができるように。人々が私の手から必要な助けを受けて、食物を得たり、援助を受けたり、福音を伝えられたりすることを知る喜びを体験できるうちに教えてください。日々力を与え、この地上で残された生涯を過ごせるようにしてください。天国を待ち望み、天に宝をたくわえることができるように。あなたから聞きたいと願ってるこのことばを待ち望んでいられるように。「よくやった。良い忠実なしもべだ。・・・・主人の喜びをともに喜んでくれ」(マタイ25:21)。
人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。その時には、おのおのその行ないに応じて報いをします。
(マタイ16:27)


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