2011年9月29日(木)の記事を転載
※この記事は文字数制限のため元記事を2分割し投稿しています。この記事は前半です。
「ロックフェラー氏はどのくらいお金を残したのですか?」
会計士の答えはとても古典的だった。
「全部残していきました。」
私たちは何一つ持っていけない。
史上最高の金持ちソロモン王のことば
◆『ゲイツ氏首位、投資家ソロス氏はトップ10入り 米長者番付』
(CNN 2011年9月22日)
ニューヨーク(CNNMoney) 米誌フォーブズが発表した米国の長者番付最新版は、マイクロソフト創業者で慈善事業家のビル・ゲイツ氏が首位を守った。2位は著名投資家のウォーレン・バフェット氏だった。
個人資産総額はゲイツ氏が590億ドル(約4兆5000億円)、バフェット氏が390億ドル(約3兆円)。バフェット氏は投資会社バークシャー・ハサウェイの最高経営責任者(CEO)を務め、ゲイツ氏が運営する慈善財団に多額の寄付をしている。
このほか著名投資家のジョージ・ソロス氏が初めてトップ10にランク入りし、資産総額220億ドルで7位につけた。同氏はオープン・ソサエティ財団の創始者。
上位400人の富豪ランキングに初登場したのは18人。インターネットを使った音楽サービスの草分けで大手交流サイト「フェイスブック」の創設にもかかわったショーン・パーカー氏(200位)、米大リーグ球団ボストン・レッドソックスのオーナー、ジョン・ヘンリー氏(375位)などの顔ぶれが加わった。
<引用以上>
ビル・ゲイツがあるハイスクールでスピーチをした、「学校では教えてくれない人生に役立つ11のルール」というものがインターネットで出回っている。実際は彼自身の言葉ではなく、彼が抜粋でチャールズ・J・サイクスの著書「Dumbing Down Our Kids」から引用したものだが、最近私が本ブログでテーマとした「甘ちゃん」に関係する内容なのでついでに紹介しておきたい。
1.人生は公平ではない。それに慣れよ。
2.世界は君の自尊心を気にかけてはくれない。君の気分に関係なく世界は君が仕事を終わらせることを期待している。
3.高校を出てすぐ6万ドルの年収を稼ぎはしない。携帯電話(当時は高かった)を持った副社長にもならない。自分で両方を稼ぎ出すまでは。
4.先生が厳しすぎると思うなら、上司を持ってみろ。
5.ハンバーガーを引っくり返すということは沽券(こけん)にかかわることではない。君たちの祖父母はハンバーガーを引っくり返すことを別の表現を使った。それはチャンスと呼ばれた。
6.君が失敗したらそれは両親のせいではない。文句を言わずに学べ。
7.君らが生まれる前は、君らの両親は今のように退屈な人たちではなかった。そんな風になったのは、君らのために支払いをし、服を洗い、君らがどんなにいけてるか、という自慢を聞いているうちにそうなったのだ。親の時代から生存する寄生虫から森を守る前に、自分の洋服ダンスのダニ駆除から始めよう。
8.学校は勝者・敗者を決めなくなったかもしれないが、人生は違う。学校によっては君が落ちこぼれないようにしてくれたり、正しい答えが導き出せるまで、何度でも機会をくれる。実際の人生とは全く似ても似つかない。
9.人生は学期ごとに分けられていない。夏休みは無いし、ほとんどの雇用主は君が自分を見出すことに興味を持たない。それは自分の時間にやれ。
10.テレビは本当の人生ではない。 現実では、人は喫茶店にいつまでもいられるわけはなく、仕事に行かなくてはいけないのだ。
11.オタクには親切にしよう。彼らの下で働く可能性が高い。
以上
(確かにビル・ゲイツは成功したコンピューター・オタクだと言える。)
これらはアメリカの子ども向けのアドバイス(訓戒)だが、その大半は日本でも通用するだろう。子どもは世の中を甘く見ている。子どもだから仕方がないところもあるが、大人になっても未だ非現実的な甘い幻想を抱き続けている人がいる。驚くことにキリスト信者を標榜する者の中にも大人になりきれない子どもがいることは本ブログで最近取り上げたばかりである。
※チャールズ・J・サイクス
著書に『A Nation of Victims』『Dumbing Down Our Kids』『Profscam』(『大学教授調書―手抜きが横行する大学教育』化学同人)『The End of Privacy』『The Hollow Men』などがある。ニューヨーク・タイムズ紙やウォール・ストリート・ジャーナル紙など、多数の新聞にコラムを寄稿するほか、ウィスコンシン州ミルウォーキーのWTMJ放送局でテレビ・ラジオ番組のホストを務める。ウィスコンシン政策研究所のシニアフェロー。妻と3人の子どもがいる。
ついでにチャールズ・J. サイクスの著書『子どものための世の中を生き抜く50のルール』の内容もかいつまんで紹介しておきたい(本書の内容はAmazonで次のように紹介されている。「あなたの子どもを「人生の敗者」にしないために!巷にはびこる“甘ちゃん子育て論"は子どもをダメ人間にする。子どものうちから親として教えておくべき、人生の現実」)。
<大事にされない>
現代の若者が必要とするのは、「自分らしく」とか、「至福を追い求めよ」といった、あいまいで感傷的で、インチキな言葉ではなく、人生は不公平で、何でも手に入るわけではなく、世の中がママやパパのように自分の気持ちを大事にしてくれるわけではないと知ることだ。
<不公平に慣れる>
人生は不公平だ。それに慣れるしかない:人生が不公平なものだと認めることは、現実に目覚めること...君にできることは、その不公平にどう対処するかを自分で決めることだ。どう反応し、どう行動するかで、どんな人間に成長するかが決まる。
<不公平>
不公平だと感じる不満は、実際に不公平かどうかとは何の関係もない。それはただ、自分の人生に責任を持たなければならないとわかったことへの反応にすぎないのだ。自分の行動に責任を持つ。自分の選択したことには結果がともなう。
<行動する>
バットマンの恋人は正しい。「あなたがどんな人間かは、内面ではなく行動で定義されるのよ」気持ちだけでは十分ではない。「真剣」なだけでは十分ではない。正しい選択をして、正しい行動をとらなければならない。
<こうする、こうだ>
人生の勝者はつねに、自分ならできる、自分はこうする、自分はこうだというふうに考える。一方、人生の敗者は自分にはできない、こうしていたら、こうすべきだったという考えにとりつかれている。
<敗者>
敗者はたいてい、負けるのが嫌なので競争を嫌う。試されることを避けようとする。能力を高めることや目標を達成することより、負けて嫌な思いをすることのほうを気にかけているからだ。敗者は言い訳を考え他人を責め、意図と結果を混同する。
<成功と運>
敗者は、成功は運で決まると思っているので、宝くじを買う。勝者は、運がいいにこしたことはないが、成功できるかどうかは自分の力しだいだと考え、そのための責任をとる覚悟ができている。
以上
どれも的を射た軽妙な筆致だ。
ちなみに、お笑いタレント、コメディアンの成功者の志村けんも「人生は不公平」なものと言い切っている。
「いろんな人たちを遊びの場で見てきた。思うのは、人生は不公平だってこと。若いときからずっと恵まれている人もいる。急上昇して急降下する人もいる。人生の後半にピークを迎える人もいる。ずっと恵まれない人もいる。人生というゲームの勝ち負けに一定の法則がないことはこれを見てもあきらかだろう。ただし、ただし、ひとつ言えることがある。ずっと恵まれてみえる人はみな必ず努力していることだ。例外なくね。」
バカ殿様でもそのくらいのことは分かっているようだ。
また、三菱財閥の創業者で初代総帥の岩崎弥太郎(1835-1885)も同様のことを言っている。彼はあのロックフェラー財閥と手を組み、明治の動乱期に 政商として巨利を得た最も有名な人物である(孫にはクリスチャンでエリザベス・サンダースホームの創設者・沢田美喜がいる)。
「一日中、川の底をのぞいていたとて、魚はけっして取れるものではない。たまたま魚がたくさんやってきても、その用意がなければ、素手ではつかめない。魚は招いて来るものでなく、来るときに向かうから勝手にやってくるものである。だから魚を獲ろうと思えば、常平生からちゃんと網の用意をしておかねばならない。人生全ての機会を捕捉するにも同じ事がいえる。」
人生が不公平であることは現実である。にもかかわらず、死ぬまで泣きっ面して「人生は不公平だ!」と叫び続ける、いい年の大人がいる。そういう人にはっきり言っておきたい。人生は不公平だが、死は公平だ。しかし、同時に不公平な人生と公平な死からの救いがあることも告げておこう。その救いは勿論公平である。イエス・キリストを信じるだけで誰でも救われる。
さて、世界一の大富豪となったビル・ゲイツであるが、彼は倹約家であり、篤志家としても知られている。彼は『B&MGF』を設立した。それは“Bill(人名以外に請求書という意味がある) & Maranatha Grace Fellowship"ではない。『Bill & Melinda Gates Foundation、B&MGF(ビル&メリンダ・ゲイツ財団)』といって、ビル・ゲイツが彼の妻メリンダ・ゲイツ、父親のウィリアム(ビル)・ゲイツ・シニアとともに2000年創設された世界最大の慈善基金団体である。2005年には国際団体「ワクチンと予防接種のための世界同盟」に、民間としては最大規模の7億5000万ドルの寄付を発表した。財産管理は主にメリンダが行っており、寄付をする際の検査は、厳格に調査していると公表している。なお、2006年6月15日の記者会見にて、2008年7月にマイクロソフト社の経営とソフト開発の第一線から退き、「ビル&メリンダ・ゲイツ財団 (B&MGF)」の活動に専念すると発表した。一般的には早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習に法った決断と言われている。2006年12月1日には、夫妻の死後50年以内に財団の資産を使い切って活動を終えると発表した。同基金は「我々が取り組んでいる問題を今世紀中にめざましく進展させるため」と、存続期間を限定した理由を説明している。同基金は、途上国のエイズ、マラリア、結核の根絶や教育水準の改善などに尽力しており、今後は寄付を拡大する方針も明らかにもしている。
早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習は、いつ頃から始まったのか?
1880年代から90年代にかけて、「独占」を行う企業、その事業主への攻撃が激化する。世論の最大の標的は世界最大の石油会社『スタンダード・オイル』とその創業者ジョン・ロックフェラー(1839-1937)であった。
1890年に「独占禁止法」が成立。しかし、1896年の大統領選挙では、ロックフェラーは独占に対して寛容な共和党のマッキンレーに25万ドルの選挙資金提供を行い、マッキンレーは当選、ロックフェラー石油王国への政治的攻撃はしばらく後のことになる。
ちなみにこの反「独占」の世論は、独占企業オーナー達に相当なストレスを与えたようで、「鉄鋼王」カーネギーは1889年に「The Gospel of Wealth 富の神の声」を書き、「富裕層は社会に対する奉仕者となる責任がある」と論じ、1891年のカーネギー・ホール建設など社会貢献を行っていく。
一方のロックフェラーは、1889年の母エリザの死をきっかけに、母、そして本人が所属したバプテスト派の大学をシカゴに設立(シカゴ大学:正確には復興)するという最初の大型社会貢献事業を行う。彼は若い頃から、バプテスト教会とその新設に対して絶え間なく「寄付」(=収入の十分の一の献金)をしていたが、宗教色の比較的薄い「社会貢献」はこれが初めてであった。
そして、ロックフェラーとカーネギーは、マスコミに「社会貢献事業競争」と言われるまでになった。「鉄鋼王」カーネギーは、1901年に「カーネギー・スティール」を、「金融王」J・P・モルガンが指導する「U.S.スティール」に4億8000千万ドルで売却し事業から引退、社会貢献に専念する。
ロックフェラーは1891年に、バプテスト派牧師をロックフェラーの慈善事業の責任者として採用する。また1901年、現在のロックフェラー大学の前身である、「ロックフェラー医学研究所」を設立する。野口英世が1904年より同研究所で研究員として従事したことでもよく知られている。この学校の関係者から、23人のノーベル賞受賞者を輩出している。またこの大学では科学史上の大発見が数多くなされており、例えばDNAが遺伝情報を伝える物質であることや、血液型の存在、ウイルスが癌を引き起こすこと、抗体の構造、ヘロイン中毒患者へのメタドンの処方、エイズのカクテル療法、体重を制御するホルモンであるレプチンなどは、この大学で発見された。
ところで、晩年のロックフェラーは家族や兄弟とは折り合うことができなかったという。彼らは精神病になったり、金の魔力にとりつかれた浪費家になったりしてしまう。ジョン自身もストレスから脱毛症になったり、胃腸を痛めたりする。金持ちになってから、彼には友人というものができなくなってしまう。なにしろ彼に近づいてくる人は親族でも、金が欲しくて近づいてくるだけだからだ。
ジョン・D・ロックフェラーのキリスト教信仰については、『ロックフェラーが知っていた「もうけ方」』(イ・チュユン著)という本の中に詳しく言及されている(まるで献金することが金儲けして成功するための手段のような印象を与えるため、おススメの本とは言えないが)。以下にその内容をまとめてみた。
人類史上最高の富豪として、ビル・ゲイツの3倍もの富を築き上げたジョン・D・ロックフェラー(1839~1937年)は、多くの子孫に恵まれ、100歳近くまで生き、あらゆる幸いを手にした。彼はまた、多くの慈善事業を行い、あの野口英世(クリスチャン)も所属したロックフェラー医学研究所やロックフェラー財団等を設立し、人類の福祉と発展に貢献した人でもあった。そんな偉大な足跡を残した彼の成功の秘訣は、何と十分の一献金を忠実に神にささげることであった。
貧しい家庭の中で平凡に生まれたジョン・D・ロックフェラーは、信仰深い母から神にいつも感謝の心を持つようにと、幼い時から次の3つの約束を守るように教えられていた。
①十分の一献金をささげること(子どもの頃から小遣いの十分の一をささげていた)。
②教会に行ったら、一番前の席に座って礼拝をささげること。
③教会に素直に従い、牧師を悲しませないこと。
特に、マラキ書3章10節のみことばをよく思い起こすようにさせた。ロックフェラーは一生母親との約束を守りながら、神から与えられた賜物を開発し続けた。彼は、母親の教えに従って、困難の時も喜びの時も、いつも祈ることを忘れない人であった。ロックフェラーは高校を卒業すると、すぐに小さな会社の事務員として就職した。朝早く6時30分には出勤して仕事をするほど誠実な人であり、毎日、日記代わりに会計帳簿を記録しながら、資金の流れと社会情勢の変化を詳しく把握しながら歩んだ。20歳になって、ついに事業を始めた彼は、勤勉さと信用を土台として、億万長者の道を歩き始める。
彼は、当時新しい事業として現れた製油事業に大胆に投資をし、莫大な財産を築いた。特に、現場に密着した経営方式で優位に立ち、アメリカ国内で石油生産の95%を獲得し、ついに世界一の富豪になった。ロックフェラーは、億万長者になった後も、誠実に節約する精神を貫いた。彼は一生、日記を付けるように会計帳簿を徹底的に記録し、収入を正確に計算し、完全な十分の一献金を神にささげた。世界一の富豪になった後も、十分の一献金を計算するための担当部署に、40名の職員を雇ったほどであった。彼は、小学校に入る前から98歳で天に召されるまで、一度も忘れることなく十分の一献金を神にささげた。幼い頃から受けた母の教えは、彼にとって座右の銘となり、最も大きな遺産となったのだ。ロックフェラーは、十分の一献金が天の御国に宝を蓄えることであり、困難な人々を助けることであると考えていたので、いつも喜びながら十分の一をささげた。彼はこう言っている。「私のお金を稼ぐ才能は、神様から頂いた賜物であると信じています。このような素晴らしい神様の賜物を受けているのですから、お金を稼いでそれをまた増やして得たお金を、主のみこころに従って用いることが私の使命であると考えているのです」。
彼の母は、息子が世界一の富豪になったことを見届けてから、天に召された。しかし、母はいつも息子のことを心配していたので天に召される直前に、まるで十誡のような遺言を息子に残した。
①実の親以上に、神様に仕えなさい。
②神様の次に、牧師に仕えなさい。
③右のポケットには、常に十分の一献金を用意していなさい。
④誰であっても、敵はつくらない。
⑤礼拝をささげる時には、いつも一番前の席に座りなさい。
⑥朝はいつも、その日の目標を立て、神様の御前で祈りをささげなさい。
⑦寝る前には、必ず一日を悔い改める祈りをささげなさい。
⑧他人を助ける力がある時は、精一杯助けなさい。
⑨日曜日の礼拝は必ず、所属している教会でささげなさい。
⑩朝、目覚めた時に、まず神様のみことばを読みなさい。
以上
ロックフェラーがいかにも若い頃から忠実に富をもって神に仕えて来たような印象を受けるかもしれないが、実は重病を患い50歳代に入ってから彼は初めの愛に立ち返ったという。人生遅すぎることはない。
参考までに私の敬愛するカルバリー・チャペルのチャック・スミス牧師は、十分の一献金についてその著書『聖霊について教えてください』で次のように述べている。
「チャック、十分の一を献金するなんて、私たちにそんな余裕はありません」と言う人がいるが、私には十分の一を献金しないでおく余裕などない。神がご自分のものであるとおっしゃっているものを差し押さえるなど、考えることすらできない。預言者マラキを通して神は尋ねられた。「人は神のものを盗むことができようか」。人々は聞き返した。「どうやって、あなたのものを盗んだというのですか」。神は答えた。「それは、十分の一と奉納物によってである」。続いて、神は人々に奨励された。「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。―万軍の主は仰せられる。―わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ」(マラキ3:8~10)。
・・・私たちは自分たちの財産の中から神にささげているようだが、実は神のものを神に返しているだけなのだ。与える(ささげる)ということに関する私の考え方は年月と共に変わってきた。以前の私は「今月は私のお金のどれだけを神にささげることができるだろうか」と考えていた。今では「今月は神のお金のどれだけを私自身のために使わせていただけるだろうか」と考える。私のお金はすべて神のお金だ。私はただ、神のものを返しているにすぎない。神は私をしばらくの間、神の持ち物の管理人としてくださっているのだ。私は神が私の手にお任せになったものの使い方について、自分の責任をきちんと果たしたと説明できるようになりたいと思っている。
引用以上

鉄鋼王アンドリュー・カーネギー(1835-1919)は、慈善行為については、次のように述べている。
「富の運用方法については、相続や遺贈によらず、自己の責任で、生存中に行なうのが最も望ましい。
富を役立つものとするために、私たちは賢明な用い方をしなければならない。求められるまま寄付に応じたりして、その結果を考えなかったり、寄付を受ける人たちがどのような人たちであるかを考えずに、無用とも言える慈善行為に熱中してはいけない。・・・・
今日、アメリカで慈善のために使われている一〇〇〇ドルのうち、九九〇ドルは誤った使い方をされていると思う。・・・・多くの人々は、慈善とはただ金を与えることだ、としか思っていない。
しかし人が慈善を行ない、何かを与えようとするときに、まず考えなければならないことは、私たちが助けるべき相手は自分自身で努力している人に限る、ということである。
みずから向上しようと努力する人に、その手段の一部を与えて助けることが真の慈善である。決して、手を上げてただ施しを待っている人を助けることではない」。
「私がかつて愛読したプルタルコスの『道徳談』に、次のような一節がある。
『一人の乞食(こじき)が、通行人の袖を引いて、喜捨(きしゃ)を乞うた。それに対して通行人は答えた。
「一番最初に、金銭をお前に与えた人がいたために、それがお前を怠惰(たいだ)にしてしまった。そして現在のように卑しく、恥ずべき生活を送らせるようになった。
もし今、私がいくらかの金銭をお前に与えたりすれば、お前はこれより後、もっとみじめな乞食になるだろう」』。
「自分の生存中に、自分の富を人々のために役立てられなかった富豪がいる。また富は天国へ、あるいは地獄へ自分と一緒に持っていけないという理由で、自分の死後やむなく人に遺贈したという富豪もいる。
しかし彼らに対し、一人の泣く人も、弔(とむら)う人も、敬う人もいない、という時がやって来るだろう。いずれ人々は、そのような富豪の死に際して、つぎのような弔辞(ちょうじ)を贈るようになるだろう。
『富を持って死ぬのは、じつに不名誉である』」。
またこう述べた。
「『富める者が天国の門をくぐるより、らくだが針の穴を通るほうがやさしい』(マタ一九・二四)と言われたキリストの言葉と、私がしばしば語る、『富を持ったまま死ぬことは恥である』は、その説こうとすることはほとんど同じであり、そこにはわずかな差があるだけである。
私が説く富の福音は、キリストの言葉を、現代のアメリカに合わせて説いているのである。それを要約すれば、次のようになるだろう。
『富める者は、母なる大地の中に眠る前に、自分の持っているものをすべて売り、その富を、貧しい人々のために役立つ最も有益な事業に使用すべきである。
そうすれば、無用の富の蓄積者として一生を終えることはない。このようにして最期を迎えた人の死は、金銭的には貧しい人と変わりがなくなっても、社会から受ける尊敬、愛情、感謝、称賛は限りないだろう。
その人は、富を抱いたまま死んだ人に比べて、何十倍もの心の富者となることができるのである。
また、自分がたまたまアメリカに生まれて富を得る機会に恵まれた結果、死んでなお、世界の一小部分といえども善美なものに変えることができるなら、天国の存在を信じる人は、大いに意を強くしてよい。
このような富者に対して、天国の門は、決して閉ざされてはいない。それはつねに開かれている。
富をいたずらに蓄積し、その正当な使い道を知らず、自分の欲望を満足させるためだけに使った人々は天国に入ることができない、とは信じるに足る事実である。
しかし同時に、富を人々のために役立てて生きた人々が、天国の喜びを分かつことができる、ということもまた、疑い得ないことなのである」。
六七歳で実業界を引退し、社会事業に進出
カーネギーは、このように明確な富の哲学を持っていた。そして彼は、この富の哲学をもって富の創出に成功し、それを蓄積し、豊かに用いたのである。
彼は、社会の活力を失うような、的外れの慈善は嫌った。しかし一方では、不幸な貧しい人々のことを、つねに心にかけていた。
カーネギーが製鉄業に参入してまもなくのこと、取引先の炭鉱で、爆発事故が起きたことがあった。その事故の際、ある監督が、炭鉱内に閉じ込められている同僚を救うために、率先して坑内に入り、自分もまた事故の犠牲になった。
後日カーネギーは、新聞の報道でこの勇敢な監督の行為を知った。このとき彼は、監督の勇気を讃え、自分から申し出て遺族に年金を贈っている。
またこのあとカーネギーは、自分が経営するすべての工場で働く人々を対象に、現在の「労働者災害保険」(労災)に相当するものを設置した。
事故で働けなくなった労働者や、死亡した労働者の遺族に、年金を贈るようにしたのである。この制度は、「労働者は使い捨て」としか考えない資本家の多かった当時において、画期的なものであった。
カーネギー・スチールに働く労働者は、労働災害について心配せずに、働くことができるようになった。カーネギーは、こうした配慮は、経営者の当然の義務と考えていた。
カーネギーはまた、カリフォルニア州に、有名なパロマ天文台を建設した。そのすぐ近くにあるウィルソン天文台も、カーネギーと、ロックフェラー財団との力によって完成したものである。
このウィルソン・パロマ天文台は、現在でも世界最大の二〇〇インチ反射望遠鏡を持つ天文台として、世界的に有名である。
また、船の金属部分をすべて銅製にした観測船の製作のためにも、援助をした。この高価な船は、羅針盤(らしんばん)を用いて海岸線を測量するために、用いられた。
普通は鉄を使うところをすべて銅で製作したため、羅針盤が鉄の持つわずかな磁気に影響されることなく、非常に精密な観測が可能となったのである。
カーネギーはまた、一定の基準を設け、それに該当する教会に対しては、教派を問わず、申し込みがあれば寄付に応じていた。
彼はアメリカやヨーロッパなどの教会に、数万台におよぶオルガンを寄贈しているが、寄贈の際には、必ずオルガン工場からの請求書をつけることを条件とした。これは寄付がオルガンのために使用されることを保証するためである。
またオルガンにカーネギーの名を刻むことを禁止し、売名行為とされることを、強く戒めている。
カーネギーは、六七歳になった一九〇一年に、実業界を引退した。
このとき、彼が創業したカーネギー・スチールは、アメリカの鉄鋼生産高の五〇%を占めるまでになっていた。彼はこのカーネギー・スチールを、約五億ポンド(当時の交換レートで約二〇億ドル)で、モルガン財閥(ざいばつ)に売り渡した。
しかし、カーネギーがモルガン財閥から受け取ったのは、現金ではなく、大半が年五分利つきの社債だった。
モルガンにその現金を調達する力がなかったというわけではない。しかし仮に現金で支払いを求めたら、モルガンは買収したカーネギースチールをいくつかに分割して、一部を切り売りする必要があっただろう。
カーネギーは、それを避けたかったのである。彼は企業の倒産をかえりみず、すべてを現金にかえるというような無謀なことは、したくなかった。
カーネギーは、受け取った社債をそっくり、社会事業の基金として寄付した。そして社債の生み出す金利を、社会事業の恒常的な支出に当てさせたのである。こうして彼は、寄付を贈られる側にも、自立を促すよう配慮した。
彼の寄付によって、ニューヨークのカーネギー・ホール(もとはカーネギーの名を冠してはいなかったが、のちに俗称が一般化した)、カーネギー工科大学、カーネギー財団、カーネギー協会などが設立された。
以上、キリスト教読み物サイトより抜粋
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/ando.htm

早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習は、ロックフェラーとカーネギーの転身に端を発することは明らかである。両者の金銭概念、慈善精神はキリスト教信仰に由来することにも触れた。ここでジョン・ロックフェラー(1839-1937)、アンドリュー・カーネギー(1835-1919)と同時代に活躍したハドソン・テーラー(1832-1905)という人の言葉も紹介しよう。彼は中国奥地宣教団(現:OMFインターナショナル)の創立者で、同団体はのべ800人の宣教師を呼び、125の学校を開校し、18,000人の回心者を生んだ。現在中国を1億人以上のクリスチャンを擁する世界最大のクリスチャン国に導いた立役者こそハドソン・テーラーと言われている。
「自分のために使う額が減り、他の人に与える額が多くなればなるほど、私の魂はさらに幸福と祝福で満たされるようになった。」
さらにさかのぼって18世紀の英国国教会の司祭で、その後メソジスト運動と呼ばれる信仰覚醒運動を指導したリバイバリストのジョン・ウェスレー(1703-1791)もこの善き慣習についてこう言っている。
「お金が私といっしょにいつづけることは決してない。もしお金がとどまったとしたら、私を燃えつくしてしまうだろう。私はお金はなるべく早く手放すようにしている。そうしないと、お金は私の心に入り込んできてしまうからだ。」
「あなたの心を神に向かって健全なものにしなさい。神の中に、そして神のみにあなたの幸福を捜し求めなさい。塵に固着しないように気をつけなさい。此の地上はあなたの場所ではない。此の地上を乱用しないで使うように注意しなさい。此の世を使って、そして神を楽しみなさい。」
「私はすべてのことを、永遠において獲得できる価値によって判断する。」
このようにビジネスの成功者だけが慈善活動に携わるわけではない。
【慈善か偽善か?】
実は、ビル・ゲイツはアンドリュー・カーネギーとジョン・ロックフェラーの生涯を研究し、特に寄付と慈善活動は今も存命中のジョン・ロックフェラーの息子のデイヴィッド・ロックフェラーの影響を強く受けている。ビル・ゲイツは自身の父親と共にロックフェラー家と何度も面会し、自分たちの慈善基金団体のモデルと位置づけている。
しかしビル・ゲイツは、ジョン・ロックフェラーやアンドリュー・カーネギーらと違って自らを無神論者もしくは不可知論者(消極的無神論者)であることを公言している。ただしキリスト教の道徳律が有効かつ有益であることは認めている。ビル・ゲイツが子どもの頃、彼の家族はキリスト合同教会(会衆派教会)に定期的に出席していたという。実はビル・ゲイツは、世界初の印刷聖書であるグーテンベルク聖書を個人で所有している。自著『ビル・ゲイツ未来を語る』などでは、インターネットの普及による社会的な影響力の大きさをグーテンベルクの活版印刷になぞらえるなど、グーテンベルクの研究にも熱心である。また彼はハーバード大学を休学し、2007年名誉学位号が授与されているが、キリスト教系の立教大学から名誉博士号を授与されたときには、「大学を出ていない私が大学からこのような学位を得られて嬉しい」と語っている。彼はキリスト教を好意的にとらえるも、個人的必要性を覚えない。そういう輩が一番曲者である。ロックフェラーらの慈善行為は模倣しても慈善精神(信仰)は拒否している。まさに開国期の日本と同じで和魂洋才とは名ばかりの無魂洋才の実利主義である。キリスト教精神が完全に骨抜きにされている。
この問題点について明治の日本を代表するキリスト者・内村鑑三が明快に語っている論考がある。
日本国に一つの大困難があります。それは富の不足の困難ではありません。また学問の不足の困難でもありません。法律の不整頓の困難でもありません。農商工の不振の困難でもありません。それはモット深い、根本的の困難であります。その困難があるからこそ、日本の社会は今日のやうな稀代なる状態をあらはしてゐるのであります。しかるに日本人のほとんど総体は、困難をその根本において探らずして、資本の欠乏を歎じ、道徳の衰退を悲しみ、政治家、教育家の腐敗、堕落を憤ってをります。そのことそれ自身が実に慨歎すべきことであります。
日本国の大困難、その最大困難とは何でありますか。私は明白に申します、それは日本人がキリスト教を採用せずしてキリスト教的文明を採用したことであります。これが、わが国今日のすべての困難の根本であります。この大なるアノマリーすなはち違式があるゆゑに、わが国今日の言ふべからざる種々雑多の困難が出て来るのであります。
キリスト教的文明とは、読んで字のごとく、キリスト教によって起こった文明であります。すなはち、キリスト教なくしては起こらなかった文明であります。ゆゑに、キリスト教を学ぶにあらざれば解することのできない文明であります。しかるに日本人はキリスト教的文明を採用して、その根本たり、その起因たり、その精神たり、生命たるキリスト教そのものを採用しないのであります。これは、あたかも、人より物をもらって、その人を知らず、その人に感謝しないと同じことでありまして、かかる不道理なる、かつ不人情なる地位に自己を置いた日本人が、限りなき困難に際会しつつあるのは、最も当然のことであると思ひます。
・・・(中略) ゆゑに、われらの今日なすベきことは何でありませうか。われらは西洋文明を捨てませうか。否、そんなことは決してできません。ゆゑに今よりただちに進んで、西洋文明の真髄なるキリスト教そのものを採用するのみであります。これ日本国の取るべき最も明白なる方針であります。このことは実に難事であります。しかし日本国の青年が釈然としてここに覚るところがあり、憤然として起って、純正のキリスト教をわが国に伝ふるに至りますれば、日本国の将来は少しも心配するに足りません。日本国の愛国者よ、今はキリストのため、日本国のため、全身をキリスト教の伝播に注ぐべきときであります。
(1930年3月『聖書之研究』より抜粋)
信仰に基づいて慈善活動したジョン・ロックフェラーなどとは違い、ビル・ゲイツのような無神論者の慈善家は、慈善というものを単に国という仕組みを介さない富の再配分システムとしか捉えていない。昨今は「フィランソロピー」などと呼ばれている。その語源はギリシャ語の「フィロス(兄弟愛)」と「アンスローポス(人間)」からなり、原意は"人間を愛すること"。神を愛するよりも人間を愛するヒューマニズム(人道主義)が強調される。福祉政策などに代表される政府の機能に頼ることなく、社会的改革に影響を及ぼそうとする民間セクターとして税金が控除され政府の支援を受けることもある。彼らにとって召命感(神の栄光を現わすために神から与えられた使命感)や弱者に対する同情や痛みといったことは必ずしも重要ではない。
無神論者で世界的に著名なイギリス生まれの論理学者、数学者、哲学者のバートランド・ラッセル(1872-1970)は、「神がおられると仮定しない限り、人生の目的を問うことには何の意味もない」と正直に告白した。無神論者には生きる目的がないことを認めたのだ。兆万長者ともなるとその空しさはお金では決して満たされないことを彼らは痛いほどわかっている。そんな彼らにとってその空虚感を最も満たし得るものが、最も社会貢献度の高い慈善活動なのだ。社会に有益なことをする人は社会的価値のある人という論理である。そうやって彼らは自分自身の存在意義の自己証明を試み、自己満足を得ようとするのだ。これは同時に貧困層を尻目に富を独占することから来る罪悪感からの解放と弱者に感謝されることによる自己有用感が快感となるカタルシス(自浄作用)とも言える。

またこれは金持ちの宿命だが、金が枷(かせ)となる。人は金の魔力にとりつかれ、金(正確には金銭欲)が人を狂わす。富に執着して私腹を肥やせば破滅的な守銭奴に成り下がる。しかし社会貢献のために富をある程度手放すことができればそれを免れることができる。加えて遺産相続を巡る骨肉の争いも避けられる。アンドリュー・カーネギーは、「莫大な遺産は、子どもにとっては、のろいでしかない。巨万の富という重荷を負わせて子どもにハンディキャップを与える権利は、だれにもない」と言っている。金持ちにとって慈善は自己の健全な精神を保持し、他者との人間関係のトラブルを回避するためには最高の手段となり得る。
もう一つの宿命は、金持ちは必ず世論の反「独占」の風潮を受け、人々の嫉妬心や不平等感にさらされる。それをかわすために最も有効なのが慈善である。営利を確実に公益に還元しているのであれば誰も文句はつけられない。社会に嫌われながらも社会に必要とされることで整合性を保つことができるのだ。勿論売名行為だと批判されることもあろうが、それが一過性のものでなく、しかも大規模なものであればあるほど味方を多く作ることができる。とりわけ医療分野の発展に高額の寄付をするのは、万が一自分自身や家族が贅沢病または帝王病(生活習慣病)や難病などを発した時の助けとなることを希望するからだ。健康が金では買えないことを彼らはよく知っている。事実ジョン・ロックフェラーは50代で全身を病んでしまい、医療の発展の必要性を実感したという。
以下にアメリカの大富豪による慈善に関する興味深い記事を紹介する。それは“We are the world"の富豪寄付版と呼ばれるキャンペーンに関するものだ。
バフェット、ゲイツ氏の呼びかけで米富豪が寄付を誓約』
(ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版 2010年 8月 5日)
米ソフトウエア大手オラクルの創業者、ラリー・エリソン氏は、米著名投資家ウォーレン・バフェット氏と米マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏とその妻メリンダさんからの呼びかけに応じて、米映画監督ジョージ・ルーカス氏ら39人の億万長者と共に、自らの資産の半分を慈善事業に寄付することを誓約した。
バフェット氏は4日、シティグループの元経営者サンディー・ワイル氏やホテル王のバロン・ヒルトン氏をはじめ、米国で最も裕福な40の個人や一族が「ギビング・プレッジ」に署名したと発表した。
ギビング・プレッジは、バフェット氏とゲイツ氏が推進中の慈善キャンペーンで、米国の富豪たちに、生存中または死後、少なくとも自らの資産の半分を慈善団体に寄付することを公に誓約してもらうことを目的としている。その一環として、両氏は6月、上記の人々にキャンペーンへの参加を依頼していた。
今回行われた誓約は、両氏が過去1年かけて、複数の米国の億万長者と夕食会を重ね、リセッション(景気後退)が慈善活動に与えた影響を話し合った結果、実を結んだもの。
ギビング・プレッジは、これまで多くの富豪が個人的にひそかに行ってきた行動を公にしようとするものだ。キャンペーンに参加した人々の多くは、以前から資産の多くを寄付する意向を示していた。
こうした取り組みの背景には、米慈善活動調査団体ギビングUSA財団の調査によって、寄付金の額が2年連続で落ち込んでいることが明らかになったことがある。同団体は1956年以降、毎年調査を行っている。
同団体によると、寄付金額は2008年は前年比2%減、09年は同3.6%減の3038億ドル(約26兆円)となった。
バフェット氏はインタビューで、キャンペーンによって短期的には寄付金は増える可能性があるが、本来の目的は、多くの裕福な人々に慈善事業に関与してもらうことで、長期にわたって模範を示してもらうことだと述べた。
「先人が手本を示せば、後に続く者もそれに倣うはずだ。それが多少なりとも社会で認められた人物であれば、なおさらだ。カーネギーやロックフェラーが先例を作ってくれていなければ、米国の慈善活動は今ほど積極的に行われていなかったに違いない」
さらにバフェット氏は、海外からも署名への参加者を募るべく、同氏とゲイツ氏は今後数カ月間に、中国やインドの富豪とも会い、キャンペーンについて説明する予定だと述べた。
4日に公表された著名人のリストには、意外な人物の名前もあった。その1人がオラクルのエリソン最高経営責任者(CEO)だ。エリソンCEOも、以前から慈善活動には参加していたが、それをほとんど公にしてこなかった人物の1人だ。
「今まで、寄付活動について公言したことはほとんどなかった。これまでずっと慈善活動は個人的に、ひそかに行うものだと考えていたためだ」と、バフェット氏の呼びかけに応じた書簡でエリソン氏は述べた。
書簡は、エリソンCEOの決意を示す誓約書として、ギビング・プレッジのウェブサイトに掲載されている。
エリソンCEOは、実質ほぼすべての資産を信託に預けており、少なくとも95%は慈善活動に寄付する意向だったとし、既に数億ドルを医療研究や教育事業に寄付していると述べた。
「そのため、なぜ今さら公にする必要があるのかと思った。だが、ウォーレン・バフェットから、誓約書を書くことで、ほかの人に対して『模範』を示し、『感化』してほしいと依頼された。そうなることを期待している」とエリソンCEOは書簡で述べた。
映画『スター・ウォーズ』シリーズの製作者、ジョージ・ルーカス氏は、ギビング・プレッジのウェブサイトに掲載された誓約書で「資産の半分を教育の向上にささげる。教育こそ人類存続のカギだ」と述べた。
このほか、マイケル・ブルームバーグ・ニューヨーク市長や石油王のブーン・ピケンズ氏を含む他の誓約者も、既に以前から資産の半分を寄付する意向を示していたが、キャンペーンへの注目を喚起することで、他の追随を促したいと述べた。
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金持ちでも貧乏人でも強い者でも弱い者でも、 遊んで暮らしている市民はみんな詐欺師だ。そうかもしれない。しかし彼らもまた騙されている。まるで地上生活(現世)がすべてであるかのように。
(ジャン=ジャック・ルソー 1712-1778 スイス生まれの哲学者・政治思想家・教育思想家・作家・作曲家)
たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。ジョン・D・ロックフェラーは歴史上最高の金持ちの一人であった。ロックフェラーが死んだとき、ある人が担当の会計士に尋ねた。
(マタイ16:26 口語訳)
それから、イエスは弟子たちに言われた。『まことに、あなたがたに告げます。金持ちが天の御国にはいるのはむずかしいことです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。』
(マタイ19;23,24)
恐れるな。人が富を得ても、その人の家の栄誉が増し加わっても。人は、死ぬとき、何一つ持って行くことができず、その栄誉も彼に従って下っては行かないのだ。
(詩篇49:16,17)
どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。
(ルカ12:15)
私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。
(Ⅰテモテ6:7-11)
この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。また、人の益を計り、良い行ないに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。
(Ⅰテモテ6:17-19)
何百万もの富を築いたが、私はそれで幸せを得ることはなかった。
(ジョン・D・ロックフェラー)
「ロックフェラー氏はどのくらいお金を残したのですか?」
会計士の答えはとても古典的だった。
「全部残していきました。」
私たちは何一つ持っていけない。
史上最高の金持ちソロモン王のことば
自分を富まそうと寄るべのない者をしいたげる人、富む人に与える者は、必ず乏しくなる。前回パナソニックの創業者松下幸之助のことを記事にした。彼は一生で約5000億円の資産を稼いだと言われる。今回は彼がその足元にも及ばない資産家らのことを少し書くことにする。ちなみに松下幸之助の資産管理会社「松下興産」は大型リゾート開発に失敗するなどし、現在はすでに解散している。
(箴言22:16)
しかし、私が手がけたあらゆる事業と、そのために私が骨折った労苦とを振り返ってみると、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない。
(伝道者の書2:11)
◆『ゲイツ氏首位、投資家ソロス氏はトップ10入り 米長者番付』
(CNN 2011年9月22日)

ニューヨーク(CNNMoney) 米誌フォーブズが発表した米国の長者番付最新版は、マイクロソフト創業者で慈善事業家のビル・ゲイツ氏が首位を守った。2位は著名投資家のウォーレン・バフェット氏だった。
個人資産総額はゲイツ氏が590億ドル(約4兆5000億円)、バフェット氏が390億ドル(約3兆円)。バフェット氏は投資会社バークシャー・ハサウェイの最高経営責任者(CEO)を務め、ゲイツ氏が運営する慈善財団に多額の寄付をしている。
このほか著名投資家のジョージ・ソロス氏が初めてトップ10にランク入りし、資産総額220億ドルで7位につけた。同氏はオープン・ソサエティ財団の創始者。
上位400人の富豪ランキングに初登場したのは18人。インターネットを使った音楽サービスの草分けで大手交流サイト「フェイスブック」の創設にもかかわったショーン・パーカー氏(200位)、米大リーグ球団ボストン・レッドソックスのオーナー、ジョン・ヘンリー氏(375位)などの顔ぶれが加わった。
<引用以上>
ビル・ゲイツがあるハイスクールでスピーチをした、「学校では教えてくれない人生に役立つ11のルール」というものがインターネットで出回っている。実際は彼自身の言葉ではなく、彼が抜粋でチャールズ・J・サイクスの著書「Dumbing Down Our Kids」から引用したものだが、最近私が本ブログでテーマとした「甘ちゃん」に関係する内容なのでついでに紹介しておきたい。
1.人生は公平ではない。それに慣れよ。
2.世界は君の自尊心を気にかけてはくれない。君の気分に関係なく世界は君が仕事を終わらせることを期待している。
3.高校を出てすぐ6万ドルの年収を稼ぎはしない。携帯電話(当時は高かった)を持った副社長にもならない。自分で両方を稼ぎ出すまでは。
4.先生が厳しすぎると思うなら、上司を持ってみろ。
5.ハンバーガーを引っくり返すということは沽券(こけん)にかかわることではない。君たちの祖父母はハンバーガーを引っくり返すことを別の表現を使った。それはチャンスと呼ばれた。
6.君が失敗したらそれは両親のせいではない。文句を言わずに学べ。
7.君らが生まれる前は、君らの両親は今のように退屈な人たちではなかった。そんな風になったのは、君らのために支払いをし、服を洗い、君らがどんなにいけてるか、という自慢を聞いているうちにそうなったのだ。親の時代から生存する寄生虫から森を守る前に、自分の洋服ダンスのダニ駆除から始めよう。
8.学校は勝者・敗者を決めなくなったかもしれないが、人生は違う。学校によっては君が落ちこぼれないようにしてくれたり、正しい答えが導き出せるまで、何度でも機会をくれる。実際の人生とは全く似ても似つかない。
9.人生は学期ごとに分けられていない。夏休みは無いし、ほとんどの雇用主は君が自分を見出すことに興味を持たない。それは自分の時間にやれ。
10.テレビは本当の人生ではない。 現実では、人は喫茶店にいつまでもいられるわけはなく、仕事に行かなくてはいけないのだ。
11.オタクには親切にしよう。彼らの下で働く可能性が高い。
以上
(確かにビル・ゲイツは成功したコンピューター・オタクだと言える。)
これらはアメリカの子ども向けのアドバイス(訓戒)だが、その大半は日本でも通用するだろう。子どもは世の中を甘く見ている。子どもだから仕方がないところもあるが、大人になっても未だ非現実的な甘い幻想を抱き続けている人がいる。驚くことにキリスト信者を標榜する者の中にも大人になりきれない子どもがいることは本ブログで最近取り上げたばかりである。
※チャールズ・J・サイクス
著書に『A Nation of Victims』『Dumbing Down Our Kids』『Profscam』(『大学教授調書―手抜きが横行する大学教育』化学同人)『The End of Privacy』『The Hollow Men』などがある。ニューヨーク・タイムズ紙やウォール・ストリート・ジャーナル紙など、多数の新聞にコラムを寄稿するほか、ウィスコンシン州ミルウォーキーのWTMJ放送局でテレビ・ラジオ番組のホストを務める。ウィスコンシン政策研究所のシニアフェロー。妻と3人の子どもがいる。
ついでにチャールズ・J. サイクスの著書『子どものための世の中を生き抜く50のルール』の内容もかいつまんで紹介しておきたい(本書の内容はAmazonで次のように紹介されている。「あなたの子どもを「人生の敗者」にしないために!巷にはびこる“甘ちゃん子育て論"は子どもをダメ人間にする。子どものうちから親として教えておくべき、人生の現実」)。
<大事にされない>
現代の若者が必要とするのは、「自分らしく」とか、「至福を追い求めよ」といった、あいまいで感傷的で、インチキな言葉ではなく、人生は不公平で、何でも手に入るわけではなく、世の中がママやパパのように自分の気持ちを大事にしてくれるわけではないと知ることだ。
<不公平に慣れる>
人生は不公平だ。それに慣れるしかない:人生が不公平なものだと認めることは、現実に目覚めること...君にできることは、その不公平にどう対処するかを自分で決めることだ。どう反応し、どう行動するかで、どんな人間に成長するかが決まる。
<不公平>
不公平だと感じる不満は、実際に不公平かどうかとは何の関係もない。それはただ、自分の人生に責任を持たなければならないとわかったことへの反応にすぎないのだ。自分の行動に責任を持つ。自分の選択したことには結果がともなう。
<行動する>
バットマンの恋人は正しい。「あなたがどんな人間かは、内面ではなく行動で定義されるのよ」気持ちだけでは十分ではない。「真剣」なだけでは十分ではない。正しい選択をして、正しい行動をとらなければならない。
<こうする、こうだ>
人生の勝者はつねに、自分ならできる、自分はこうする、自分はこうだというふうに考える。一方、人生の敗者は自分にはできない、こうしていたら、こうすべきだったという考えにとりつかれている。
<敗者>
敗者はたいてい、負けるのが嫌なので競争を嫌う。試されることを避けようとする。能力を高めることや目標を達成することより、負けて嫌な思いをすることのほうを気にかけているからだ。敗者は言い訳を考え他人を責め、意図と結果を混同する。
<成功と運>
敗者は、成功は運で決まると思っているので、宝くじを買う。勝者は、運がいいにこしたことはないが、成功できるかどうかは自分の力しだいだと考え、そのための責任をとる覚悟ができている。
以上
どれも的を射た軽妙な筆致だ。
ちなみに、お笑いタレント、コメディアンの成功者の志村けんも「人生は不公平」なものと言い切っている。
「いろんな人たちを遊びの場で見てきた。思うのは、人生は不公平だってこと。若いときからずっと恵まれている人もいる。急上昇して急降下する人もいる。人生の後半にピークを迎える人もいる。ずっと恵まれない人もいる。人生というゲームの勝ち負けに一定の法則がないことはこれを見てもあきらかだろう。ただし、ただし、ひとつ言えることがある。ずっと恵まれてみえる人はみな必ず努力していることだ。例外なくね。」
バカ殿様でもそのくらいのことは分かっているようだ。
また、三菱財閥の創業者で初代総帥の岩崎弥太郎(1835-1885)も同様のことを言っている。彼はあのロックフェラー財閥と手を組み、明治の動乱期に 政商として巨利を得た最も有名な人物である(孫にはクリスチャンでエリザベス・サンダースホームの創設者・沢田美喜がいる)。
「一日中、川の底をのぞいていたとて、魚はけっして取れるものではない。たまたま魚がたくさんやってきても、その用意がなければ、素手ではつかめない。魚は招いて来るものでなく、来るときに向かうから勝手にやってくるものである。だから魚を獲ろうと思えば、常平生からちゃんと網の用意をしておかねばならない。人生全ての機会を捕捉するにも同じ事がいえる。」
人生が不公平であることは現実である。にもかかわらず、死ぬまで泣きっ面して「人生は不公平だ!」と叫び続ける、いい年の大人がいる。そういう人にはっきり言っておきたい。人生は不公平だが、死は公平だ。しかし、同時に不公平な人生と公平な死からの救いがあることも告げておこう。その救いは勿論公平である。イエス・キリストを信じるだけで誰でも救われる。
さて、世界一の大富豪となったビル・ゲイツであるが、彼は倹約家であり、篤志家としても知られている。彼は『B&MGF』を設立した。それは“Bill(人名以外に請求書という意味がある) & Maranatha Grace Fellowship"ではない。『Bill & Melinda Gates Foundation、B&MGF(ビル&メリンダ・ゲイツ財団)』といって、ビル・ゲイツが彼の妻メリンダ・ゲイツ、父親のウィリアム(ビル)・ゲイツ・シニアとともに2000年創設された世界最大の慈善基金団体である。2005年には国際団体「ワクチンと予防接種のための世界同盟」に、民間としては最大規模の7億5000万ドルの寄付を発表した。財産管理は主にメリンダが行っており、寄付をする際の検査は、厳格に調査していると公表している。なお、2006年6月15日の記者会見にて、2008年7月にマイクロソフト社の経営とソフト開発の第一線から退き、「ビル&メリンダ・ゲイツ財団 (B&MGF)」の活動に専念すると発表した。一般的には早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習に法った決断と言われている。2006年12月1日には、夫妻の死後50年以内に財団の資産を使い切って活動を終えると発表した。同基金は「我々が取り組んでいる問題を今世紀中にめざましく進展させるため」と、存続期間を限定した理由を説明している。同基金は、途上国のエイズ、マラリア、結核の根絶や教育水準の改善などに尽力しており、今後は寄付を拡大する方針も明らかにもしている。
早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習は、いつ頃から始まったのか?
1880年代から90年代にかけて、「独占」を行う企業、その事業主への攻撃が激化する。世論の最大の標的は世界最大の石油会社『スタンダード・オイル』とその創業者ジョン・ロックフェラー(1839-1937)であった。
1890年に「独占禁止法」が成立。しかし、1896年の大統領選挙では、ロックフェラーは独占に対して寛容な共和党のマッキンレーに25万ドルの選挙資金提供を行い、マッキンレーは当選、ロックフェラー石油王国への政治的攻撃はしばらく後のことになる。
ちなみにこの反「独占」の世論は、独占企業オーナー達に相当なストレスを与えたようで、「鉄鋼王」カーネギーは1889年に「The Gospel of Wealth 富の神の声」を書き、「富裕層は社会に対する奉仕者となる責任がある」と論じ、1891年のカーネギー・ホール建設など社会貢献を行っていく。
一方のロックフェラーは、1889年の母エリザの死をきっかけに、母、そして本人が所属したバプテスト派の大学をシカゴに設立(シカゴ大学:正確には復興)するという最初の大型社会貢献事業を行う。彼は若い頃から、バプテスト教会とその新設に対して絶え間なく「寄付」(=収入の十分の一の献金)をしていたが、宗教色の比較的薄い「社会貢献」はこれが初めてであった。
そして、ロックフェラーとカーネギーは、マスコミに「社会貢献事業競争」と言われるまでになった。「鉄鋼王」カーネギーは、1901年に「カーネギー・スティール」を、「金融王」J・P・モルガンが指導する「U.S.スティール」に4億8000千万ドルで売却し事業から引退、社会貢献に専念する。
ロックフェラーは1891年に、バプテスト派牧師をロックフェラーの慈善事業の責任者として採用する。また1901年、現在のロックフェラー大学の前身である、「ロックフェラー医学研究所」を設立する。野口英世が1904年より同研究所で研究員として従事したことでもよく知られている。この学校の関係者から、23人のノーベル賞受賞者を輩出している。またこの大学では科学史上の大発見が数多くなされており、例えばDNAが遺伝情報を伝える物質であることや、血液型の存在、ウイルスが癌を引き起こすこと、抗体の構造、ヘロイン中毒患者へのメタドンの処方、エイズのカクテル療法、体重を制御するホルモンであるレプチンなどは、この大学で発見された。
ところで、晩年のロックフェラーは家族や兄弟とは折り合うことができなかったという。彼らは精神病になったり、金の魔力にとりつかれた浪費家になったりしてしまう。ジョン自身もストレスから脱毛症になったり、胃腸を痛めたりする。金持ちになってから、彼には友人というものができなくなってしまう。なにしろ彼に近づいてくる人は親族でも、金が欲しくて近づいてくるだけだからだ。
ジョン・D・ロックフェラーのキリスト教信仰については、『ロックフェラーが知っていた「もうけ方」』(イ・チュユン著)という本の中に詳しく言及されている(まるで献金することが金儲けして成功するための手段のような印象を与えるため、おススメの本とは言えないが)。以下にその内容をまとめてみた。
人類史上最高の富豪として、ビル・ゲイツの3倍もの富を築き上げたジョン・D・ロックフェラー(1839~1937年)は、多くの子孫に恵まれ、100歳近くまで生き、あらゆる幸いを手にした。彼はまた、多くの慈善事業を行い、あの野口英世(クリスチャン)も所属したロックフェラー医学研究所やロックフェラー財団等を設立し、人類の福祉と発展に貢献した人でもあった。そんな偉大な足跡を残した彼の成功の秘訣は、何と十分の一献金を忠実に神にささげることであった。
貧しい家庭の中で平凡に生まれたジョン・D・ロックフェラーは、信仰深い母から神にいつも感謝の心を持つようにと、幼い時から次の3つの約束を守るように教えられていた。
①十分の一献金をささげること(子どもの頃から小遣いの十分の一をささげていた)。
②教会に行ったら、一番前の席に座って礼拝をささげること。
③教会に素直に従い、牧師を悲しませないこと。
特に、マラキ書3章10節のみことばをよく思い起こすようにさせた。ロックフェラーは一生母親との約束を守りながら、神から与えられた賜物を開発し続けた。彼は、母親の教えに従って、困難の時も喜びの時も、いつも祈ることを忘れない人であった。ロックフェラーは高校を卒業すると、すぐに小さな会社の事務員として就職した。朝早く6時30分には出勤して仕事をするほど誠実な人であり、毎日、日記代わりに会計帳簿を記録しながら、資金の流れと社会情勢の変化を詳しく把握しながら歩んだ。20歳になって、ついに事業を始めた彼は、勤勉さと信用を土台として、億万長者の道を歩き始める。
彼は、当時新しい事業として現れた製油事業に大胆に投資をし、莫大な財産を築いた。特に、現場に密着した経営方式で優位に立ち、アメリカ国内で石油生産の95%を獲得し、ついに世界一の富豪になった。ロックフェラーは、億万長者になった後も、誠実に節約する精神を貫いた。彼は一生、日記を付けるように会計帳簿を徹底的に記録し、収入を正確に計算し、完全な十分の一献金を神にささげた。世界一の富豪になった後も、十分の一献金を計算するための担当部署に、40名の職員を雇ったほどであった。彼は、小学校に入る前から98歳で天に召されるまで、一度も忘れることなく十分の一献金を神にささげた。幼い頃から受けた母の教えは、彼にとって座右の銘となり、最も大きな遺産となったのだ。ロックフェラーは、十分の一献金が天の御国に宝を蓄えることであり、困難な人々を助けることであると考えていたので、いつも喜びながら十分の一をささげた。彼はこう言っている。「私のお金を稼ぐ才能は、神様から頂いた賜物であると信じています。このような素晴らしい神様の賜物を受けているのですから、お金を稼いでそれをまた増やして得たお金を、主のみこころに従って用いることが私の使命であると考えているのです」。
彼の母は、息子が世界一の富豪になったことを見届けてから、天に召された。しかし、母はいつも息子のことを心配していたので天に召される直前に、まるで十誡のような遺言を息子に残した。
①実の親以上に、神様に仕えなさい。
②神様の次に、牧師に仕えなさい。
③右のポケットには、常に十分の一献金を用意していなさい。
④誰であっても、敵はつくらない。
⑤礼拝をささげる時には、いつも一番前の席に座りなさい。
⑥朝はいつも、その日の目標を立て、神様の御前で祈りをささげなさい。
⑦寝る前には、必ず一日を悔い改める祈りをささげなさい。
⑧他人を助ける力がある時は、精一杯助けなさい。
⑨日曜日の礼拝は必ず、所属している教会でささげなさい。
⑩朝、目覚めた時に、まず神様のみことばを読みなさい。
以上
ロックフェラーがいかにも若い頃から忠実に富をもって神に仕えて来たような印象を受けるかもしれないが、実は重病を患い50歳代に入ってから彼は初めの愛に立ち返ったという。人生遅すぎることはない。
参考までに私の敬愛するカルバリー・チャペルのチャック・スミス牧師は、十分の一献金についてその著書『聖霊について教えてください』で次のように述べている。
「チャック、十分の一を献金するなんて、私たちにそんな余裕はありません」と言う人がいるが、私には十分の一を献金しないでおく余裕などない。神がご自分のものであるとおっしゃっているものを差し押さえるなど、考えることすらできない。預言者マラキを通して神は尋ねられた。「人は神のものを盗むことができようか」。人々は聞き返した。「どうやって、あなたのものを盗んだというのですか」。神は答えた。「それは、十分の一と奉納物によってである」。続いて、神は人々に奨励された。「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。―万軍の主は仰せられる。―わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ」(マラキ3:8~10)。
・・・私たちは自分たちの財産の中から神にささげているようだが、実は神のものを神に返しているだけなのだ。与える(ささげる)ということに関する私の考え方は年月と共に変わってきた。以前の私は「今月は私のお金のどれだけを神にささげることができるだろうか」と考えていた。今では「今月は神のお金のどれだけを私自身のために使わせていただけるだろうか」と考える。私のお金はすべて神のお金だ。私はただ、神のものを返しているにすぎない。神は私をしばらくの間、神の持ち物の管理人としてくださっているのだ。私は神が私の手にお任せになったものの使い方について、自分の責任をきちんと果たしたと説明できるようになりたいと思っている。
引用以上
盗みをしている者は、もう盗んではいけませんこの言葉はエペソの教会のクリスチャンに対して語られた。
(エペ4:28)

鉄鋼王アンドリュー・カーネギー(1835-1919)は、慈善行為については、次のように述べている。
「富の運用方法については、相続や遺贈によらず、自己の責任で、生存中に行なうのが最も望ましい。
富を役立つものとするために、私たちは賢明な用い方をしなければならない。求められるまま寄付に応じたりして、その結果を考えなかったり、寄付を受ける人たちがどのような人たちであるかを考えずに、無用とも言える慈善行為に熱中してはいけない。・・・・
今日、アメリカで慈善のために使われている一〇〇〇ドルのうち、九九〇ドルは誤った使い方をされていると思う。・・・・多くの人々は、慈善とはただ金を与えることだ、としか思っていない。
しかし人が慈善を行ない、何かを与えようとするときに、まず考えなければならないことは、私たちが助けるべき相手は自分自身で努力している人に限る、ということである。
みずから向上しようと努力する人に、その手段の一部を与えて助けることが真の慈善である。決して、手を上げてただ施しを待っている人を助けることではない」。
「私がかつて愛読したプルタルコスの『道徳談』に、次のような一節がある。
『一人の乞食(こじき)が、通行人の袖を引いて、喜捨(きしゃ)を乞うた。それに対して通行人は答えた。
「一番最初に、金銭をお前に与えた人がいたために、それがお前を怠惰(たいだ)にしてしまった。そして現在のように卑しく、恥ずべき生活を送らせるようになった。
もし今、私がいくらかの金銭をお前に与えたりすれば、お前はこれより後、もっとみじめな乞食になるだろう」』。
「自分の生存中に、自分の富を人々のために役立てられなかった富豪がいる。また富は天国へ、あるいは地獄へ自分と一緒に持っていけないという理由で、自分の死後やむなく人に遺贈したという富豪もいる。
しかし彼らに対し、一人の泣く人も、弔(とむら)う人も、敬う人もいない、という時がやって来るだろう。いずれ人々は、そのような富豪の死に際して、つぎのような弔辞(ちょうじ)を贈るようになるだろう。
『富を持って死ぬのは、じつに不名誉である』」。
またこう述べた。
「『富める者が天国の門をくぐるより、らくだが針の穴を通るほうがやさしい』(マタ一九・二四)と言われたキリストの言葉と、私がしばしば語る、『富を持ったまま死ぬことは恥である』は、その説こうとすることはほとんど同じであり、そこにはわずかな差があるだけである。
私が説く富の福音は、キリストの言葉を、現代のアメリカに合わせて説いているのである。それを要約すれば、次のようになるだろう。
『富める者は、母なる大地の中に眠る前に、自分の持っているものをすべて売り、その富を、貧しい人々のために役立つ最も有益な事業に使用すべきである。
そうすれば、無用の富の蓄積者として一生を終えることはない。このようにして最期を迎えた人の死は、金銭的には貧しい人と変わりがなくなっても、社会から受ける尊敬、愛情、感謝、称賛は限りないだろう。
その人は、富を抱いたまま死んだ人に比べて、何十倍もの心の富者となることができるのである。
また、自分がたまたまアメリカに生まれて富を得る機会に恵まれた結果、死んでなお、世界の一小部分といえども善美なものに変えることができるなら、天国の存在を信じる人は、大いに意を強くしてよい。
このような富者に対して、天国の門は、決して閉ざされてはいない。それはつねに開かれている。
富をいたずらに蓄積し、その正当な使い道を知らず、自分の欲望を満足させるためだけに使った人々は天国に入ることができない、とは信じるに足る事実である。
しかし同時に、富を人々のために役立てて生きた人々が、天国の喜びを分かつことができる、ということもまた、疑い得ないことなのである」。
六七歳で実業界を引退し、社会事業に進出
カーネギーは、このように明確な富の哲学を持っていた。そして彼は、この富の哲学をもって富の創出に成功し、それを蓄積し、豊かに用いたのである。
彼は、社会の活力を失うような、的外れの慈善は嫌った。しかし一方では、不幸な貧しい人々のことを、つねに心にかけていた。
カーネギーが製鉄業に参入してまもなくのこと、取引先の炭鉱で、爆発事故が起きたことがあった。その事故の際、ある監督が、炭鉱内に閉じ込められている同僚を救うために、率先して坑内に入り、自分もまた事故の犠牲になった。
後日カーネギーは、新聞の報道でこの勇敢な監督の行為を知った。このとき彼は、監督の勇気を讃え、自分から申し出て遺族に年金を贈っている。
またこのあとカーネギーは、自分が経営するすべての工場で働く人々を対象に、現在の「労働者災害保険」(労災)に相当するものを設置した。
事故で働けなくなった労働者や、死亡した労働者の遺族に、年金を贈るようにしたのである。この制度は、「労働者は使い捨て」としか考えない資本家の多かった当時において、画期的なものであった。
カーネギー・スチールに働く労働者は、労働災害について心配せずに、働くことができるようになった。カーネギーは、こうした配慮は、経営者の当然の義務と考えていた。
カーネギーはまた、カリフォルニア州に、有名なパロマ天文台を建設した。そのすぐ近くにあるウィルソン天文台も、カーネギーと、ロックフェラー財団との力によって完成したものである。
このウィルソン・パロマ天文台は、現在でも世界最大の二〇〇インチ反射望遠鏡を持つ天文台として、世界的に有名である。
また、船の金属部分をすべて銅製にした観測船の製作のためにも、援助をした。この高価な船は、羅針盤(らしんばん)を用いて海岸線を測量するために、用いられた。
普通は鉄を使うところをすべて銅で製作したため、羅針盤が鉄の持つわずかな磁気に影響されることなく、非常に精密な観測が可能となったのである。
カーネギーはまた、一定の基準を設け、それに該当する教会に対しては、教派を問わず、申し込みがあれば寄付に応じていた。
彼はアメリカやヨーロッパなどの教会に、数万台におよぶオルガンを寄贈しているが、寄贈の際には、必ずオルガン工場からの請求書をつけることを条件とした。これは寄付がオルガンのために使用されることを保証するためである。
またオルガンにカーネギーの名を刻むことを禁止し、売名行為とされることを、強く戒めている。
カーネギーは、六七歳になった一九〇一年に、実業界を引退した。
このとき、彼が創業したカーネギー・スチールは、アメリカの鉄鋼生産高の五〇%を占めるまでになっていた。彼はこのカーネギー・スチールを、約五億ポンド(当時の交換レートで約二〇億ドル)で、モルガン財閥(ざいばつ)に売り渡した。
しかし、カーネギーがモルガン財閥から受け取ったのは、現金ではなく、大半が年五分利つきの社債だった。
モルガンにその現金を調達する力がなかったというわけではない。しかし仮に現金で支払いを求めたら、モルガンは買収したカーネギースチールをいくつかに分割して、一部を切り売りする必要があっただろう。
カーネギーは、それを避けたかったのである。彼は企業の倒産をかえりみず、すべてを現金にかえるというような無謀なことは、したくなかった。
カーネギーは、受け取った社債をそっくり、社会事業の基金として寄付した。そして社債の生み出す金利を、社会事業の恒常的な支出に当てさせたのである。こうして彼は、寄付を贈られる側にも、自立を促すよう配慮した。
彼の寄付によって、ニューヨークのカーネギー・ホール(もとはカーネギーの名を冠してはいなかったが、のちに俗称が一般化した)、カーネギー工科大学、カーネギー財団、カーネギー協会などが設立された。
以上、キリスト教読み物サイトより抜粋
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/ando.htm

早期に引退し慈善活動に携わることが成功者の美徳とされるアメリカの慣習は、ロックフェラーとカーネギーの転身に端を発することは明らかである。両者の金銭概念、慈善精神はキリスト教信仰に由来することにも触れた。ここでジョン・ロックフェラー(1839-1937)、アンドリュー・カーネギー(1835-1919)と同時代に活躍したハドソン・テーラー(1832-1905)という人の言葉も紹介しよう。彼は中国奥地宣教団(現:OMFインターナショナル)の創立者で、同団体はのべ800人の宣教師を呼び、125の学校を開校し、18,000人の回心者を生んだ。現在中国を1億人以上のクリスチャンを擁する世界最大のクリスチャン国に導いた立役者こそハドソン・テーラーと言われている。
「自分のために使う額が減り、他の人に与える額が多くなればなるほど、私の魂はさらに幸福と祝福で満たされるようになった。」
さらにさかのぼって18世紀の英国国教会の司祭で、その後メソジスト運動と呼ばれる信仰覚醒運動を指導したリバイバリストのジョン・ウェスレー(1703-1791)もこの善き慣習についてこう言っている。
「お金が私といっしょにいつづけることは決してない。もしお金がとどまったとしたら、私を燃えつくしてしまうだろう。私はお金はなるべく早く手放すようにしている。そうしないと、お金は私の心に入り込んできてしまうからだ。」
「あなたの心を神に向かって健全なものにしなさい。神の中に、そして神のみにあなたの幸福を捜し求めなさい。塵に固着しないように気をつけなさい。此の地上はあなたの場所ではない。此の地上を乱用しないで使うように注意しなさい。此の世を使って、そして神を楽しみなさい。」
「私はすべてのことを、永遠において獲得できる価値によって判断する。」
このようにビジネスの成功者だけが慈善活動に携わるわけではない。
【慈善か偽善か?】
実は、ビル・ゲイツはアンドリュー・カーネギーとジョン・ロックフェラーの生涯を研究し、特に寄付と慈善活動は今も存命中のジョン・ロックフェラーの息子のデイヴィッド・ロックフェラーの影響を強く受けている。ビル・ゲイツは自身の父親と共にロックフェラー家と何度も面会し、自分たちの慈善基金団体のモデルと位置づけている。
しかしビル・ゲイツは、ジョン・ロックフェラーやアンドリュー・カーネギーらと違って自らを無神論者もしくは不可知論者(消極的無神論者)であることを公言している。ただしキリスト教の道徳律が有効かつ有益であることは認めている。ビル・ゲイツが子どもの頃、彼の家族はキリスト合同教会(会衆派教会)に定期的に出席していたという。実はビル・ゲイツは、世界初の印刷聖書であるグーテンベルク聖書を個人で所有している。自著『ビル・ゲイツ未来を語る』などでは、インターネットの普及による社会的な影響力の大きさをグーテンベルクの活版印刷になぞらえるなど、グーテンベルクの研究にも熱心である。また彼はハーバード大学を休学し、2007年名誉学位号が授与されているが、キリスト教系の立教大学から名誉博士号を授与されたときには、「大学を出ていない私が大学からこのような学位を得られて嬉しい」と語っている。彼はキリスト教を好意的にとらえるも、個人的必要性を覚えない。そういう輩が一番曲者である。ロックフェラーらの慈善行為は模倣しても慈善精神(信仰)は拒否している。まさに開国期の日本と同じで和魂洋才とは名ばかりの無魂洋才の実利主義である。キリスト教精神が完全に骨抜きにされている。
この問題点について明治の日本を代表するキリスト者・内村鑑三が明快に語っている論考がある。
日本国に一つの大困難があります。それは富の不足の困難ではありません。また学問の不足の困難でもありません。法律の不整頓の困難でもありません。農商工の不振の困難でもありません。それはモット深い、根本的の困難であります。その困難があるからこそ、日本の社会は今日のやうな稀代なる状態をあらはしてゐるのであります。しかるに日本人のほとんど総体は、困難をその根本において探らずして、資本の欠乏を歎じ、道徳の衰退を悲しみ、政治家、教育家の腐敗、堕落を憤ってをります。そのことそれ自身が実に慨歎すべきことであります。
日本国の大困難、その最大困難とは何でありますか。私は明白に申します、それは日本人がキリスト教を採用せずしてキリスト教的文明を採用したことであります。これが、わが国今日のすべての困難の根本であります。この大なるアノマリーすなはち違式があるゆゑに、わが国今日の言ふべからざる種々雑多の困難が出て来るのであります。
キリスト教的文明とは、読んで字のごとく、キリスト教によって起こった文明であります。すなはち、キリスト教なくしては起こらなかった文明であります。ゆゑに、キリスト教を学ぶにあらざれば解することのできない文明であります。しかるに日本人はキリスト教的文明を採用して、その根本たり、その起因たり、その精神たり、生命たるキリスト教そのものを採用しないのであります。これは、あたかも、人より物をもらって、その人を知らず、その人に感謝しないと同じことでありまして、かかる不道理なる、かつ不人情なる地位に自己を置いた日本人が、限りなき困難に際会しつつあるのは、最も当然のことであると思ひます。
・・・(中略) ゆゑに、われらの今日なすベきことは何でありませうか。われらは西洋文明を捨てませうか。否、そんなことは決してできません。ゆゑに今よりただちに進んで、西洋文明の真髄なるキリスト教そのものを採用するのみであります。これ日本国の取るべき最も明白なる方針であります。このことは実に難事であります。しかし日本国の青年が釈然としてここに覚るところがあり、憤然として起って、純正のキリスト教をわが国に伝ふるに至りますれば、日本国の将来は少しも心配するに足りません。日本国の愛国者よ、今はキリストのため、日本国のため、全身をキリスト教の伝播に注ぐべきときであります。
(1930年3月『聖書之研究』より抜粋)
信仰に基づいて慈善活動したジョン・ロックフェラーなどとは違い、ビル・ゲイツのような無神論者の慈善家は、慈善というものを単に国という仕組みを介さない富の再配分システムとしか捉えていない。昨今は「フィランソロピー」などと呼ばれている。その語源はギリシャ語の「フィロス(兄弟愛)」と「アンスローポス(人間)」からなり、原意は"人間を愛すること"。神を愛するよりも人間を愛するヒューマニズム(人道主義)が強調される。福祉政策などに代表される政府の機能に頼ることなく、社会的改革に影響を及ぼそうとする民間セクターとして税金が控除され政府の支援を受けることもある。彼らにとって召命感(神の栄光を現わすために神から与えられた使命感)や弱者に対する同情や痛みといったことは必ずしも重要ではない。
無神論者で世界的に著名なイギリス生まれの論理学者、数学者、哲学者のバートランド・ラッセル(1872-1970)は、「神がおられると仮定しない限り、人生の目的を問うことには何の意味もない」と正直に告白した。無神論者には生きる目的がないことを認めたのだ。兆万長者ともなるとその空しさはお金では決して満たされないことを彼らは痛いほどわかっている。そんな彼らにとってその空虚感を最も満たし得るものが、最も社会貢献度の高い慈善活動なのだ。社会に有益なことをする人は社会的価値のある人という論理である。そうやって彼らは自分自身の存在意義の自己証明を試み、自己満足を得ようとするのだ。これは同時に貧困層を尻目に富を独占することから来る罪悪感からの解放と弱者に感謝されることによる自己有用感が快感となるカタルシス(自浄作用)とも言える。

またこれは金持ちの宿命だが、金が枷(かせ)となる。人は金の魔力にとりつかれ、金(正確には金銭欲)が人を狂わす。富に執着して私腹を肥やせば破滅的な守銭奴に成り下がる。しかし社会貢献のために富をある程度手放すことができればそれを免れることができる。加えて遺産相続を巡る骨肉の争いも避けられる。アンドリュー・カーネギーは、「莫大な遺産は、子どもにとっては、のろいでしかない。巨万の富という重荷を負わせて子どもにハンディキャップを与える権利は、だれにもない」と言っている。金持ちにとって慈善は自己の健全な精神を保持し、他者との人間関係のトラブルを回避するためには最高の手段となり得る。
もう一つの宿命は、金持ちは必ず世論の反「独占」の風潮を受け、人々の嫉妬心や不平等感にさらされる。それをかわすために最も有効なのが慈善である。営利を確実に公益に還元しているのであれば誰も文句はつけられない。社会に嫌われながらも社会に必要とされることで整合性を保つことができるのだ。勿論売名行為だと批判されることもあろうが、それが一過性のものでなく、しかも大規模なものであればあるほど味方を多く作ることができる。とりわけ医療分野の発展に高額の寄付をするのは、万が一自分自身や家族が贅沢病または帝王病(生活習慣病)や難病などを発した時の助けとなることを希望するからだ。健康が金では買えないことを彼らはよく知っている。事実ジョン・ロックフェラーは50代で全身を病んでしまい、医療の発展の必要性を実感したという。
以下にアメリカの大富豪による慈善に関する興味深い記事を紹介する。それは“We are the world"の富豪寄付版と呼ばれるキャンペーンに関するものだ。
バフェット、ゲイツ氏の呼びかけで米富豪が寄付を誓約』
(ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版 2010年 8月 5日)
米ソフトウエア大手オラクルの創業者、ラリー・エリソン氏は、米著名投資家ウォーレン・バフェット氏と米マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏とその妻メリンダさんからの呼びかけに応じて、米映画監督ジョージ・ルーカス氏ら39人の億万長者と共に、自らの資産の半分を慈善事業に寄付することを誓約した。
バフェット氏は4日、シティグループの元経営者サンディー・ワイル氏やホテル王のバロン・ヒルトン氏をはじめ、米国で最も裕福な40の個人や一族が「ギビング・プレッジ」に署名したと発表した。
ギビング・プレッジは、バフェット氏とゲイツ氏が推進中の慈善キャンペーンで、米国の富豪たちに、生存中または死後、少なくとも自らの資産の半分を慈善団体に寄付することを公に誓約してもらうことを目的としている。その一環として、両氏は6月、上記の人々にキャンペーンへの参加を依頼していた。
今回行われた誓約は、両氏が過去1年かけて、複数の米国の億万長者と夕食会を重ね、リセッション(景気後退)が慈善活動に与えた影響を話し合った結果、実を結んだもの。
ギビング・プレッジは、これまで多くの富豪が個人的にひそかに行ってきた行動を公にしようとするものだ。キャンペーンに参加した人々の多くは、以前から資産の多くを寄付する意向を示していた。
こうした取り組みの背景には、米慈善活動調査団体ギビングUSA財団の調査によって、寄付金の額が2年連続で落ち込んでいることが明らかになったことがある。同団体は1956年以降、毎年調査を行っている。
同団体によると、寄付金額は2008年は前年比2%減、09年は同3.6%減の3038億ドル(約26兆円)となった。
バフェット氏はインタビューで、キャンペーンによって短期的には寄付金は増える可能性があるが、本来の目的は、多くの裕福な人々に慈善事業に関与してもらうことで、長期にわたって模範を示してもらうことだと述べた。
「先人が手本を示せば、後に続く者もそれに倣うはずだ。それが多少なりとも社会で認められた人物であれば、なおさらだ。カーネギーやロックフェラーが先例を作ってくれていなければ、米国の慈善活動は今ほど積極的に行われていなかったに違いない」
さらにバフェット氏は、海外からも署名への参加者を募るべく、同氏とゲイツ氏は今後数カ月間に、中国やインドの富豪とも会い、キャンペーンについて説明する予定だと述べた。
4日に公表された著名人のリストには、意外な人物の名前もあった。その1人がオラクルのエリソン最高経営責任者(CEO)だ。エリソンCEOも、以前から慈善活動には参加していたが、それをほとんど公にしてこなかった人物の1人だ。
「今まで、寄付活動について公言したことはほとんどなかった。これまでずっと慈善活動は個人的に、ひそかに行うものだと考えていたためだ」と、バフェット氏の呼びかけに応じた書簡でエリソン氏は述べた。
書簡は、エリソンCEOの決意を示す誓約書として、ギビング・プレッジのウェブサイトに掲載されている。
エリソンCEOは、実質ほぼすべての資産を信託に預けており、少なくとも95%は慈善活動に寄付する意向だったとし、既に数億ドルを医療研究や教育事業に寄付していると述べた。
「そのため、なぜ今さら公にする必要があるのかと思った。だが、ウォーレン・バフェットから、誓約書を書くことで、ほかの人に対して『模範』を示し、『感化』してほしいと依頼された。そうなることを期待している」とエリソンCEOは書簡で述べた。
映画『スター・ウォーズ』シリーズの製作者、ジョージ・ルーカス氏は、ギビング・プレッジのウェブサイトに掲載された誓約書で「資産の半分を教育の向上にささげる。教育こそ人類存続のカギだ」と述べた。
このほか、マイケル・ブルームバーグ・ニューヨーク市長や石油王のブーン・ピケンズ氏を含む他の誓約者も、既に以前から資産の半分を寄付する意向を示していたが、キャンペーンへの注目を喚起することで、他の追随を促したいと述べた。
