2011年8月20日(土)の記事を転載
※この記事は文字数制限のため元記事を2分割し投稿しています。この記事は前半です。
神の賜物と召命とは変わることがありません。
(ローマ11:29)
 

本ブログの忠実な愛読者は忘れてはおるまい。東日本大震災シリーズの前に私が予告していたテーマが「牧師の召命」であったことを(2011年3月9日の記事)。この二日後の3・11に大震災があり、急遽テーマを変更してこれまでお届けしてきた。大震災については本ブログ史上これまでにない想定外の長編シリーズとなった。というわけで、遅ればせながら予告通り「牧師の召命」に関する論考をここにお届けする。「私は牧師になど興味ない」という人でも「召命」(ライフワーク・天職)には興味があるだろう。
「回心していない信仰告白者と召命のない牧師、いずれの場合も見掛け倒し以外の何者でもない。」
「召命を見誤るということは、その人にとって恐ろしい不幸である。そして、その人が誤って教役者となっている教会にとって、その失敗は、最も痛ましい苦悩を意味する。」
    チャールズ・ハッドン・スポルジョン
 本稿の草案を練る中、「巨星墜つ」ではなく、キリスト教界の巨星が相次いで召天した。

◆『ジョン・ストット-福音主義思想と生活の模範示した生涯』「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120820a
(Christian Today 2011年08月05日)

生涯をミニストリーに献身

 先月27日、90歳で死去した世界的福音伝道者で著者でもあるジョン・ストット博士について、「福音主義キリスト教徒の模範となる生を示した人物」として称賛の声が寄せられている。米クリスチャン・ポスト(CP)が報じた。

 ジョン・ストットミニストリーズプレジデントのベンジャミン・ホマン氏は「ジョン・ストット博士が人々の間で名を覚えておいてほしいと思っておられるかどうかはわかりません」とストット博士の謙遜なイエス・キリストの栄光のみを表そうとして生きた生涯について語った。

 ストット博士を知る周囲の人々は口をそろえて同氏の人格を「謙遜な人物であった」と称賛している。ホマン氏は「ジョン・ストット博士と交流した人々はいつも彼を謙遜な人であり、イエス・キリストと人々との関係性を自身を通してとりなそうとして来られた方であると評価してきました。ジョン・ストットミニストリーズは決して彼の行いや教えを広めようとして開始されたものではありませんでした。教会の焦点を世界中のイエス・キリストの働きに向けるものとして活動が展開され、どのように教会が成長し、また世界中の教会で深く成熟した発展をしていくのに何が必要なのかを模索してきました。私はジョン・ストット博士はひとりのグローバルなクリスチャンとして名を遺す人物であると思っています」と述べた。

 英聖公会聖職者としてジョン・ストット氏は生涯をロンドン都心部で過ごした。ストット博士の著書やミニストリーの働きは世界中数百万人もの人々に影響を与えてきた。
著書は50冊以上にも及び、キリスト教の信仰の核心、イエス・キリストの復活と十字架とは何かを明確に力強い方法で説明する神学者であった。

 米国内のストット博士の著書の主な出版社であるインターバーサティ・プレス出版者のボブ・フリリング氏はストット博士について「牧師であり教師でもある方として、キリスト教の教えの黄金律を示したのみではなく、彼のクリスチャンとしての人格そのものが真実と神性のモデルとなる姿でした」と述べている。

 ホマン氏によると、ストット博士は自身の著書を自分の子どものように見なしていたという。数年前、ストット博士は米国内のある教会で講演を行ったとき、ストット博士を紹介した男性が50冊以上のストット博士の著書を壇上に積み重ねたという。ストット博士は積み重なっている自身の著書を見つめて、「これらは私の子どもたちです」と述べたという。

 ストット博士は自身のミニストリーに献身する時間に人生のできる限り多くの時間を費やしたかったことから、生涯独身を貫いた。ストット博士が生涯独身で生きると言う決断について、周囲の人から見ても自身が後悔したような面は見られなかったという。

 ロンドンを拠点とする国際ランガム・パートナーシップディレクターのクリス・ライト博士は「ストット博士は神の僕として謙遜な方でした。いつも自身のことをイエスに従う普通の人間に過ぎないと表現されていました。そして私たちは賛辞を言われるのに慣れてしまってはいけないとも言われていました。決して自身が有名になることを喜ばず、ただイエスの使徒のひとりとして見なされることを好まれました」と述べている。

 ランガム・パートナーシップを設立したストット博士は世界中の教会において新約聖書を基本とした聖書信仰による福音主義の教えを明白に伝え、実践していくことに重きを置いてきた。ランガム・パートナーシップは米国ではジョン・ストット・ミニストリーズとして知られている。

 ライト博士は、ストット博士の最後の著書となった「The Radical Disciple: Some Neglected Aspects of Our Calling(一途な使徒-私達の召命で見過ごされている点)」について、彼の最後となる作品としてふさわしいものであったと言及している。同書では福音主義指導者としてのストット博士が生涯において葛藤した問題について書かれている。

 1978年からストット博士と個人的な付き合いのあるライト博士は、「ストット博士はとても規律正しい人でした。独身で妻も家族もありませんでしたが、大変献身された生き方をされておられました。晩年には、毎日5時か6時に起床し、祈りに多くの時間を費やされておられました。祈りの対象となる人の名前が書かれた長いリストを持っていて、それがストット博士が人々の名前を良く覚える秘訣ともなっていました。ストット博士はいつも数百人の人々の名前を挙げて祈っておられました」とストット博士の献身的な生涯について証しした。

 ストット博士は規律正しい日常生活以外にも、年間活動においてもさまざまなミニストリーにおいて自身のキリストに捧げる献身的な生の影響を最大限に発揮するための焦点を当てた活動を繰り広げていた。25年にわたって、ストット博士は一年のうち3カ月を海外で過ごし、各国の大会で講演や説教を行ってきた。また残りの9カ月のうち6カ月はミニストリーで奉仕し、3カ月は著作活動に充てていた。

 ライト博士はストット博士の生涯について、「非常に規律正しい個人的な日常生活を送っておられました。生活も質素で小さなキッチンのあるワンベッドルームの部屋に住んでおられました。富や裕福な生活には興味を示されず、とてもシンプルで慎ましい生活を送っておられました。私はストット博士は本当に謙遜に生きた人であったと思います。決して彼の謙遜さには偽りがなく、完全なる謙遜という姿勢を見せておられたと思います」と述べた。

 ストット博士は1974年の「ローザンヌ誓約」起草委員長を務めたことで最も良く知られている。「ローザンヌ誓約」は福音主義キリスト教徒の信仰および神学のマニフェストとなり、その後の福音主義キリスト教会のあり方に明確な方向性をもたらした。

 ジョン・ストット博士の追悼式は英国内複数個所および米国、オーストラリアでの開催が予定されている。
※写真はジョン・ストット


◆『ジョン・ストット博士追悼式、ロンドンで』
(Christian Today  2011年08月09日)

生涯を通して十字架の生示す

 8日、英ロンドンでジョン・ストット博士の追悼式が行われた。追悼式は同氏がもっとも愛し親しんだ福音主義の教会であるオール・ソウルズ・ランガム・プレイスで行われた。英クリスチャントゥディが報じた。

 追悼式にはストット博士の友人、親類の他、ストット博士の講演を聞いたことのある人や著書を読んだことのある人などが参列し、参列者で教会中が一杯になった。追悼式の始まる前から、参列者の列が教会から一区画向こうの道までできていた。

 列に並んでいたあるクリスチャンは、ストット博士について「彼は非常に、非常に特別な人でした。だからこそ今私はここに並んで参列したいと思っています」と述べた。

 追悼式は多くの人々に尊敬されかつ親しまれてきたストット博士の死を悲しむ姿も見られたが、それよりも讃美歌に包まれながら、同氏の神様に栄光を帰した生涯を賛美する感謝の思いが強く表現されていた。

 ストット博士を個人的によく知る人たちが追悼式にストット博士の野鳥観察の趣味など個人的なことについてユーモア溢れる証しをし、参列者の心を楽しませていた。

 ストット博士は出会う人全てに対し、自身に注目を向けようとするのではなく、イエス・キリストに注目を向けさせようと試みる人物であったことが近しい人々から改めて証しされた。

 ストット博士が生前に追悼式での説教を依頼していたランガム・パートナーシップ国際ディレクターのクリス・ライト博士は、ストット博士の遺した業績に敬意を表し、「ストット博士は世界中のキリスト者が倣う模範を生涯において示されました。多くのキリスト教指導者たちが繁栄することばかりに重きを置いて説教を行い、自身を十字架の足元に置くことができないでいた中にあって、ストット博士は自身を十字架の足元に置くことで多くの指導者たちの信仰の一致を招く役割も果たされました」と述べた。

 またストット博士が世界の不正に対して義憤を示し、女性を尊敬し、子供たちを愛し、富を拒絶し、神様の創造物の中に喜びを見出した生を送っていたことを証しし、「ジョン・ストット博士は信仰に従順するモデルを示された方でした。『霊の実』をここまで美しく実らせた生涯を送られた方は他にいらっしゃるでしょうか?あらゆる意味で、ストット博士は本当にキリストのようでした」と称賛した。

 ライト博士はストット博士に倣って信仰の生を生きようとするクリスチャンたちに、ストット博士が最も求めたことである「教会の一致とキリストが愛されたようにクリスチャンが互いに愛し合う生」を追求するように求め、「ストット博士は十字架を中心に置き、キリストに栄光を返し、キリストの愛への従順を示す生を示されました。(キリストにある)愛に従順し、希望に従順する生を歩んでください」と呼びかけた。

 ジョン・ストット博士は7月27日、90歳で死去した。20世紀の世界福音主義思想にもっとも大きな変化を与えた人物として称賛されている。

 オール・ソウルズ・ランガム・プレイス教会牧師を1950年から1970年の間務め、クリスチャンの信仰と十字架の意味に関する51冊の著書を世に書き遺した。2005年にはTIME誌で世界で最も影響力のある人物トップ100に選ばれ、2007年には大英帝国勲章CBEを受賞した。

<引用以上>

 ジョン・ストットの『信仰入門』は、クリスチャン、ノンクリスチャン問わず、すべて理屈っぽい人におすすめしたい一書である。


◆『ハ・ヨンジョ牧師死去、日本宣教に情熱』$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120820b

(Christian Today  2011年08月02日)

「ラブソナタ」「ACTS29」で精力的に活動展開

 韓国オンヌリ教会牧師のハ・ヨンジョ氏が2日午前8時40分に死去した。脳出血で1日午前4時38分から3時間30分にわたる手術を終え、当初は安定していたものの、容態が急変したため同日午後再度手術を行った。医師たちは最善を尽くし、多くのクリスチャンらが祈り続ける中、天に召された。

 ハ・ヨンジョ氏は長年透析治療を受けるなど闘病生活を送っていた中、1日突然の脳出血のため韓国ソウル新村にあるセブランス病院で緊急手術を受けた後、意識不明となり、そのまま意識が回復することはなかった。

 ハ・ヨンジョ氏は1965年、韓国大学校教会(CCC)に入り、翌年の夏に開かれた修養会で召命を受け、そこで7年間奉仕、1976年に牧師按手を受けた。按手を受ける2年前から芸能人たちと聖書勉強を始めていたが、按手と同時に芸能人教会を開拓した。当時同氏は1日4時間ずつ寝て、7回説教する徹夜・断食祈祷を続けていたという。

 芸能人教会の会堂が完成する1980年、ハ・ヨンジョ氏は体調が悪化し、検査したところ肝硬変と判明。辞任後、英国に渡った。英国で彼は多くの宣教団体や教会、学校に接し、そこで得た経験を活かして1985年、韓国に戻ってオンヌリ教会を創立した。

 以後20数年間、オンヌリ教会は韓国全土と全世界に拡大、CGNTVも設立した。近年には日本や台湾などで、アジア圏に宣教するための伝道集会「ラブソナタ」と「ACTS29」のビジョンにも導かれ、精力的に活動していた。
 東日本大震災ではCGNTVを通して、「愛する日本の信徒の皆さん、主の慰めと祝福をお祈りいたします。今回起こった地震と津波そして原発事故は、人類の歴史上、類のない大きな出来事でした。『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。わたしがあなたの神だから。わたしの義の右の手で、あなたを守る』という御言葉のように神様を見上げ、神様を信頼する機会となるように願います。日本は世界経済の大国としてまた技術大国として名声を博しました。しかし日本が行うべきもう一つの働きは、霊的影響を与える霊的強国を作ることです。日本で起こった出来事は日本が新しくなる機会となり、リバイバルのきっかけとなり日本は世界に影響を与える偉大な国家へと生まれ変わるでしょう。このことを通して皆さんは新しく生まれ変わり、本当に偉大な国家へとまた偉大なキリスト教へと生まれ変わるでしょう。神様の栄光と祝福を期待してください。神様の祝福が皆さんの上に豊かにありますように」とメッセージを送っていた。

 著書には『使徒行伝的教会を夢見る』、『私は宣教に命をかけた』、『説教辞書』、 『ビジョン聖書辞書』、『祈れば幸せになります』や、講解説教シリーズなどがある。

<引用以上>
※写真はハ・ヨンジョ

 世界的に多大な影響をもたらした牧師たちが立て続けに天に召された。残念に思う反面、天国に行く楽しみがまた増えた。私たちはそこで彼らに会える。

 もし私が死んだら、人は私をどのように評してくれるだろうか? 私は神の評価だけを求める。私が聞きたいのは次の主の言葉だ。
その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』
(マタイ25:21)
 こちらは政界の巨星が輝きを失った記事である。

◆『民主・土肥氏、竹島放棄要求の会見に出席=菅首相「大変遺憾」』
 (時事通信  2011年3月9日)

 民主党の土肥隆一衆院議員が先月27日に「日韓キリスト教議員連盟」の日本側会長として訪韓し、日本政府は竹島(韓国名・独島)領有権の主張をやめるべきだとする同連盟の共同宣言を発表した記者会見に出席していたことが9日、明らかになった。土肥氏は取材に対し、事実関係を認めた上で「発表の場にいたことはうかつだった。共同宣言の内容をよくチェックすべきだった」と述べた。

 日本政府は竹島を「固有の領土」としている。これについて、土肥氏は「政治的には日本の領土だが、話し合いはすべきだ」と述べ、交渉で解決すべきだとの考えを示した。

 土肥氏は、民主党の菅直人首相グループの幹部。首相は9日夜、土肥氏の行動について「大変遺憾に思っている。竹島は日本固有の領土だ」と不快感を表明。「しかるべき形で対応することが必要だ」と述べ、事実関係を調査する考えを示した。

 一方、自民党の大島理森副総裁は同日、党本部で記者団に「わが国の国会議員としてあるまじき恥ずべき行為だ。許されることではない」と土肥氏を批判した。 


◆『民主・土肥氏が政倫審会長辞任=竹島問題で引責―首相側近、政権また打撃』
 (時事通信  2011年3月10日)

 民主党の土肥隆一衆院議員は10日夕、衆院議員会館で記者会見し、竹島(韓国名・独島)の領有権主張の中止を日本政府に求めた共同宣言文を韓国の議員とともに発表した問題で、「政治的責任は免れない。全ての役職を辞退したい」と述べ、衆院政治倫理審査会会長と党常任幹事会議長の役職を辞任する意向を表明した。

 土肥氏は、菅直人首相グループの幹部。野党側は「国会議員として不適格」として土肥氏を厳しく批判し、首相の責任も含めて追及。土肥氏の問題は、菅政権への新たな打撃となり、首相の対応も問われそうだ。

 土肥氏は先月27日に「キリスト教議員連盟」の日本側会長として訪韓。「日本政府は歴史教科書の歪曲(わいきょく)と竹島領有権主張で平和を傷つけようとする試みを中止しなければならない」などとする共同宣言文に名を連ねた。

 会見で土肥氏は「共同宣言の文面を十分に精査しなかった」と釈明。「キリスト者として(韓国側と)交流しており、あまり国家を背負った意識はなかった」と述べた。一方で、韓国による竹島の実効支配については「不法占拠だ」と明言。「国民、関係者におわびしたい」と陳謝したが、議員辞職は否定した。土肥氏はこの後、国会内で岡田克也幹事長に対し、常任幹事会議長の辞表を提出、受理された。

 これに関連し、首相は10日の参院予算委員会で自民党の世耕弘成氏の質問に答え、土肥氏の行動について「極めて遺憾だ。竹島はわが国固有の領土であり、そのことは変わりない事実だ」と強調。この後、記者団に「全ての役職を辞任することで一つのけじめを付けたと思うが、強く戒めとしてもらいたい」と語った。 

■竹島領有権放棄問題とは?$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120820c


 2011年(平成23年)2月27日、日韓キリスト教議員連盟の日本側会長として、竹島領有権の放棄を日本側に求める「日韓共同宣言」に署名し、韓国の国会で韓国の議員らと記者会見を行った。

「竹島領有権主張問題 共同宣言文の骨子」

 一、日本は恥ずかしい過去に対し、歴史の真相を糾明し、日本軍慰安婦、サハリン強制徴用被害者など、歴史の被害者に対する妥当な賠償措置を履行しなければならない。両国の善隣関係は、真実の謝罪と賠償が出発点となる。

 一、日本は、平和憲法改正と軍国主義復活の試みを直ちに中断しなければならない。

 一、日本政府は歴史教科書歪曲と独島(注、竹島の韓国名)の領有権主張により、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない。

 3月9日になってこの事実は明らかになり、問題化した。土肥は第一報を報じた産経新聞の取材に対し「個人的には、竹島は日本の領土とは一概にはいえないのではと思っている」と語った。波紋はまたたく間に広がり、9日夜の首相ぶらさがり会見で、菅首相は土肥の行動に対し、「大変遺憾」と語った。土肥はマスコミ各社のインタビューを受けたが「個人的には竹島は日本の領土とは一概には言えないと思っている。日韓両国が互いに自国の領土と主張すれば、問題はいつまでも解決しない(朝日新聞)」、「(竹島は)政治的には日本の領土だが、話し合いはすべきだ(時事通信)」、「竹島は日本の領土との認識に変わりはないが、日韓双方の主張があり、韓国側の主張にも納得できる部分もある(読売新聞)」、「(竹島に関してはどのように?)それはもう、日本の領土ですよ。あの文章はやっぱりね、今読み直してみても、相当一方的だなということは感じるけれども。その場にのまれたっちゃあ、のまれたし。こんなにマスコミに取り上げられるとは思ってもみなかったからね。まぁ、うかつでした(FNN)]」等ニュアンスがバラバラの発言を行っている。民主党内からも批判が相次ぎ、渡辺周は「まったくの見当違いで撤回すべき」「放置してしまうと党として黙認したことになりかねない」と指摘した。この問題で2011年3月14日離党届けを出し、翌15日承認された。

<以上ウィキペディアより抜粋>


◆『土肥衆院議員、民主党を離党 竹島文書問題』
 (朝日新聞 2011年3月15日)

 民主党は15日の常任幹事会で土肥隆一衆院議員の離党を了承した。これに伴い、衆院会派「民主党・無所属クラブ」は土肥氏の会派離脱届を衆院事務局に提出した。土肥氏は竹島の領有権主張を中止する内容の文書に名前が載ったことの責任を取り、10日に衆院政治倫理審査会会長の辞任を表明していた。

 土肥氏は15日に神戸市で開いた記者会見で「政治家として配慮が足りなかった。一人の議員として何をすべきか、今後のことはじっくりと考えていきたい」と語った。民主党が東日本大震災の対策に取り組む中の離党については「統一地方選を抱え、影響が非常に大きいので、なるべく早い方がいいと思った」と語った。


●土肥隆一氏のプロフィール(ウィキペディアより)

 土肥 隆一(どい りゅういち、1939年2月11日 - )は、日本の牧師、政治家。日本統治時代の朝鮮京城府(現在の大韓民国ソウル)出身。日本社会党出身の民主党所属の衆議院議員(7期)。民主党倫理委員長。国のかたち研究会(通称:菅グループ)代表、世界宣教東京大会顧問。

 1939年(昭和14年)、日本統治時代の朝鮮・京城府に生まれる。 福岡県立修猷館高等学校卒業、東京神学大学大学院修士課程修了。大学院修了後、日本基督教団所属の牧師として宗教活動を行う。

 日本社会党所属の衆議院議員・河上民雄(河上丈太郎の子)の秘書をつとめた縁で、河上の引退後に地盤を引き継ぐ。所属政党は現在までに日本社会党(1990年-1995年)、民主改革連合(1995年-1998年)、民主党(1998年-)。

 民主改革連合では幹事長を務めた。社会党では右派で、公認漏れとなった左派の岡崎宏美とは総選挙で3度にわたって争った。

 現在も日本基督教団の現役の牧師として、理事長を務める社会福祉法人傘下の授産施設「恵生園」(兵庫県朝来市)に併設された「和田山地の塩伝道所」で説教を行っている。

<以上>
政治家は心にもないことを口にするのが常なので、それを真に受ける人がいるとびっくりする。
(シャルル・ド・ゴール フランス第五共和政初代大統領)
「敬天愛人」

 人を相手にせず
 天を相手にせよ

 道は天然自然の物にして
 人は之を行ふものなれば
 天を敬するを目的とする
 天は人も我も同一に愛し給うゆゑ
 我を愛する心を以て人を愛する也

 道は天地自然の物なれば
 西洋と雖も決して別無し

 『西郷隆盛南洲翁遺訓』より
 聖書を愛読した政治家・西郷隆盛の言葉である。
 土肥隆一氏は、衆議院議員でありながら現役の牧師であることを公言している。果たして両立できるだろうか? 

 1916年ロンドン大学付属高校夏季試験で頭角を現し、同年10月ロンドンの最古・最大の聖バーソロミュー病院に医学生として16歳で入学。5年後内科医と外科医の資格を取得。異例の若さで宮廷医師大学会員に。1923年、高名な宮廷侍医ホーダー卿の主任臨床助手に。彼はこの頃23歳で回心。1927年1月、幼なじみで18か月年長の医師ベサン・フィリップスと結婚。召命を受け年間3500ポンド以上の報酬を受け取る将来を約束された経歴に背を向け、1927年年間225ポンドの報酬のアベラボンのサンドフィールズ教会に赴任。彼は言った。「私は開拓伝道をするため意図的に南ウェールズの93人の会員の小さな伝道センターヘ行った。私は何も捧げなかったがあらゆるものを受けた。福音の伝達者であることは神が人にお与えになる最高の栄誉であると思う」と。

 彼こそ、講解説教の名手デイヴィッド・マーティン・ロイドジョンズである。次のロイドジョンズの言葉を土肥氏にお伝えしたい。「説教は人が召されてする働きだというだけでなく、例外的な状況を除き、自分の全時間を占めるべき事柄だというのが私のおもな論点です。説教はいわば片手間にすることはではありません。それは説教に対する誤ったアプローチであり態度です。」最高峰の医師として栄誉を捨てて、神の召命に従い、フルタイムの牧師となったロイドジョンズ。「私にとって説教は、人が召されてすることのうちで最も偉大で栄光に富んだものである」と語ったロイドジョンズは、20世紀最大の説教者として未だ語り継がれている。肉的いのちをあずかる医師と霊的いのちをあずかる牧師。双方とも片手間では満足に務まらない。二束のわらじ、掛け持ち、兼職はあり得ない。羊飼いをしながら他の仕事が務まるだろうか? 夜眠る以外は一時たりとも羊から目を離すことなどできない。いや幾夜も羊のために夜更かしすることだってある。

 土肥氏は民主党から離党しただけで議員を辞職したわけではない。しかし今後は辞職に追い込まれるかもしれない。そうなったら彼は牧師として本格的に講壇に復帰するだろうか? それとも政治家として再起をかけるだろうか? 政治家も牧師も片手間では務まらない。土肥氏は時折教会で説教もするようだが、説教だけが牧師の仕事ではない。たまに羊に餌をあげさえすれば羊飼いの仕事を果たしたことになると考えるのは狂気の沙汰である。牧師の最大の関心事は霊的事柄であって、政治的事柄ではない(無論無関心というわけではない)。正直言って牧仕の私には竹島領有権などどうでもよい。なぜならすべての国は神の領有だからだ。ただし私は韓国が武力行使によって竹島を占有していることに疑問を持っている。本当に自分たちの領土であるならもっと落ち着いて平和的にアプローチしたらよかろう。

$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120820d
 日本で3月5日から封切られた映画『アメイジング・グレイス』は、元奴隷船の船長で世界で最も有名な賛美歌『アメイジング・グレイス』を作詞したジョン・ニュートンが英国国教会の牧師となり奉職していた教会で、ニュートンのその証しと賛美歌に信仰を導かれてきた若き政治家ウィリアム・ウィルバーフォース(1759~1833年)が、奴隷貿易の廃止を目指して闘った20年間を史実に基づいて描いている。ちなみに同映画の試写会は自民党本部で開かれている。果たして政治にも神の驚くべき恵みが必要であることが伝わったであろうか。

 1785年、ウィルバーフォースは、劇的回心を体験し、残りの人生をかけて、神のために奉仕することに専念することを誓った。そんな彼が政治から身を引き、牧師に献身すべきか悩み、ニュートン牧師のもとを訪ねる。しかし、ニュートンを始め、彼がアドバイスを求めた人々は、彼に政治の世界にとどまるよう進言した。その後彼は奴隷貿易に反対する議会の運動のリーダーとして尽力し、結果大英帝国にいる全ての奴隷に自由を与える奴隷制廃止法を成立させた。

 ニュートンは牧師の召しを受け、ウィルバーフォースは政治家の召しを受けた。両者は共にそれぞれの召しに忠実に従い、与えられた賜物を遺憾なく発揮して神の栄光を最大限現わすことができた。土肥氏は政治家としても牧師としても中途半端で終わろうとしているのか(私は土肥氏のクリスチャン政治家としていくつかの功績は評価している)。

 「もしならないでおられるなら、教役者になるな」――これはある牧師が、相談にきた者たちに与えた非常に賢明な忠告である。もしここにいる学生のうちで、新聞の編集者、食料品商、農夫、医師、弁護士、上院議員、王などで満足できる人がいるなら、そのような道を歩ませよう。そのような人は、神の御霊が申し分なく内住しておられる人間ではない。なぜなら、神に満たされた人間は、内なる魂があえぎ求めている仕事以外のことに全くうんざりしてしまうからである。他方、もしあなたがたが次のように言うことができるなら、すなわち、巨万の富を積まれてもイエス・キリストの福音を宣べ伝えることが不可能なような仕事につくことはできないと言うことができ、他の点においても同様申し分ないとすれば、あなたがたは、確かにこの使徒のしるしを持っている。私たちは、もし福音を宣べ伝えなかったらわざわいに遭うと感じていなければならない。

 神のみことばが心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになっていなければならない。そうでなければ、たとい教役者となることを引き受けたとしても、私たちはそのことにおいて不幸であり、それに伴って起きる自己否定に堪えることができず、人々に対し満足できる奉仕をほとんどすることができないであろう。私は、自己否定と言う。それは当然のことなのである。真の牧師の仕事は自己否定で満ちているのである。そして、召命に対する愛がなければ、彼はすぎに屈服してしまうだろう。そして、この苦しい仕事をやめてしまうか、不満を抱きながら、この単調な、飽き飽きする仕事を続けるということになろう。

<引用以上>



$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120820e
 以上は、19世紀世界最大の教会を牧会し、最も多くの牧師を輩出した牧師学校の校長でもあったC・H・スポルジョンの言葉である。以下に彼の名著『牧会入門』の「教役者への召し」という項目からの抜粋。

 「・・・多くの人がその道を見失い、召されていないのに講壇に立ってつまずいている。悲しむべきことであるが、これは実を結ばない牧会活動や私たちの周囲の腐敗した教会から明らかである。召命を見誤るということは、その人にとって恐ろしい不幸である、そして、その人が誤って教役者となっている教会にとって、その失敗は、最も痛ましい苦悩を意味する。理性を持っている人々が、その生存の目的を見誤り、初め全く意図していなかった目的を追求するようになることがなんとしばしば起こることか―このような問題を思いめぐらすことは、奇妙なことでもあり、また苦痛に満ちたことでもある。

 牧師としての召命を見誤ることによって、ほとんど考えられないような害悪がもたらされることを思う時、私たちのうちのだれかが自分たちの信任状を調べることに怠慢なのではないかと思って、私は、恐れに圧倒される。そして、私たちが邪魔者になるなら、むしろ疑い深くなって、しばしば信任状の調査をするほうがよいとすら思う。もしある人が、自分が教役者として召されているかどうかを調べたいと思うなら、それをテストする多くの正確な方法がある。その人は、この点について厳密に探求をし、自らを試みた後でなければ教役者となるべきではない。これは、ぜひとも心得なければならないことである。その人の個人的な救いが確実であるなら、さらに教役者として召されているかどうかについて調査をしなければならないのである。前者は、クリスチャンとして不可欠なものであり、後者は牧師として同様に不可欠なものである。回心していない信仰告白と召命のない牧師、いずれの場合も見かけ倒し以外の何者でもない。」

以下にスポルジョンが挙げた4つのテスト項目をまとめる。

 「1 天よりの召しの最初のしるしは、そのわざに対する熱心な願い、そのためにはすべてを捨てて顧みないという欲求である。教役者への真の召命には、神が私たちの魂になされたことを他の人々に語りたいという、抗することのできない、圧倒的な願いと激しい渇きがなければならない。」(以下はまとめ。真の牧師の仕事は自己否定で満ちている。払うべき犠牲が徹底的に計算し尽くされた後にも、静かな、明白な決意として残るものでなければならない)

 「2 牧師になりたいという熱心な願いとともに、適切に教える能力、その他の公の教師としての任務に必要なある程度の特質を備えていなければならない。」(以下はまとめ。健全な判断力/充実した経験/上品なマナーと豊かな愛情/堅実さと勇気/優しさと同情心/適切に治める管理の賜物/忍耐と不屈の精神/相談相手としての徳性など)

 「3 人の召しをさらに立証するためには、すでに述べた賜物を働かせた後、彼の努力によって幾らかの回心のわざがなされているかどうかを見なければならない。もしそうでなければ、彼が教役者として召されていると思ったのはまちがいであったと結論してもよいだろう。そしてそれゆえに、できるだけ早くもとの仕事に復帰してよいのである。」(以下はまとめ。不毛の期間があるとしても、全体として見れば、必ず実があるはずである。魂を少しも神のみもとにもたらさない者が、神によって遣わされたと考えることは困難である)

 「4 私たちのテストにおいて、以上の事柄のほかに、さらにしなければならないことがある。牧師に関しての主の御心は、主の教会の祈り深い判断を通して知らされるのである。あなたがたの教役者としての召命の証拠として、あなたがたの説教が神の民に受け入れられるものであることが必要である。」(以下はまとめ。教会の祈り深い判断を通して。説教を通して教会が教化されないのであるなら、その人の召命には疑問符がつく)
群れの愛に満ちた同意なしに牧師とはなりえない。

主に油注がれた者は、働き場がないということは決してない。
(スポルジョン)
<引用以上>
※写真はスポルジョン

$「MGF牧仕のキリストバカ一代」補完ブログ-120820f
 そして、スポルジョンは前掲書の中で、あの「アメイジング・グレイス」の作詞者で元奴隷船船長のジョン・ニュートン牧師が「牧師の召命」について友人に書いた手紙の内容に心から賛同してこれを引用する。

 「私も、あなたと同じように、教役者への正しい召しはどのようなものか、またどのようなものでないかについて、長い間悩みました。しかし、今では、私にとってはそれは容易に解決できる問題になっているように思われます。しかし、おそらくあなたにとってはそうではないでしょう。主が、あなたのケースにおいて、あなた自身にそれを明確にされるまではわからないと思います。私が言いたいことを長々と述べる余裕はありませんが、簡単に言って、それは次の三つのことを含んでいると思います。

 1 この奉仕にたずさわりたいという心からの熱心な願い。ひとたび神の御霊によってこのわざに動かされた人は、多くの金銀以上にこれを好みます。たとい、時には自らの至らなさを覚え(この種の召しにおいては、それが神からのものであれば、へりくだりと卑下を伴うものと思います)、それに比べて召命の重要性と困難を思っておじけるようなことがあっても、それをあきらめることができないのです。私はこの点について反省してみることがよいことだと考えます。すなわち、活気にあふれた霊的な状態にいて、説教をしたいという願いが火のように燃えているかどうかということです。もしそうなら、それはよいしるしです。しかし、時々あるように、他の人々に説教したいという非常な熱意を持っていても、自分の魂のうちに神の恵みを求めようとする渇きがほとんどないなら、その熱情は、神の御霊からきているよりも、むしろ利己的なところからきているのではないかと思います。
 2 説教したいというこの愛に満たされた願いと、いつでも説教できる用意のほか、しかるべき時期に、賜物、知識、言語を用いる能力がある程度現れてこなければなりません。確かに、もし主がある人を他の人々に教えるために遣わされるとすれば、そのための手段方法も備えられるはずです。私は信じています。多くの人々がこの召命を越えて、あるいは召命以前に説教者として立とうとしていることに問題があるのです。教役者と平信徒のおもな相違は、これらの牧者としての賜物―それはその人自身のためでなく、他の人々を教化するために与えられているものです―にあるようです。しかし私の言いたいのは、これらのものは、しかるべき時期に現れるということです。それは、すぐに現れることを期待すべきではありません。それはだんだんに現れるのです。こうした賜物は、牧会活動のために必要です。しかし、それを前提条件のように願うべきものではありません。あなたにまだ若く、時があります。あなたは、こうした賜物をすでに持っているかどうか、自分自身に問い、思い惑う必要はありません。あなたの願いが不動のものであり、祈りと学びにおいて、主が賜物を与えてくださるのを待ち望んでおればそれで十分です。あなたは、現在まだそれを必要としていないのですから(※スポルジョンによる注:私たちはこのようにはっきり言ってしまうことをためらう。欲望が励まされる前に、賜物がある程度明らかでなければならない。しかし、だいたいにおいて私たちはニュートン氏に同意する。)

 3 召命の最終的な証拠となるものは、一連の環境が開かれることです。だんだんその牧会のわざにはいるための現実的な手段、時、場所を示すことにより、召命に対応する摂理の道が開かれることです。そして、この一致が起こるまで、あなたの思いの中にあるためらいがいつも取り去られると期待してはいけないのです。注意していただきたいことは、摂理が最初に現れるのを捕らえようとして性急になるな、ということです。もしあなたをご自身の教役者として奉仕させることが主の御心であるならば、すでに、あなたの場所と奉仕は定められているのです。たといあなたが今それを知らなくても、適当な時期がくれば、それを知るようになるでしょう。あなたが天使のような才能を持っているとしても、主の時がこなければ何もできません。主があなたを通して祝福を与えようと決めておられる人々にあなたを導かれるのでなければ、あなたの才能は何もすることができません。私たちが熱情に燃えている時、思慮深く自らを抑制することは非常に困難です。私たちの心に感じられるキリストへの愛、あわれな罪人たちに対する優しい同情は、ともすれば、私たちを駆り立てて早まった行動をとらせます。しかし、主を信ずるものは急がないのです。私は、約五年間というもの、こうした抑制のもとにありました。時には、たとい路傍説教でもよいから、なんとかして説教しなければならないと思うことがありました。私は、もっともらしく思われることばをみな聞きました。そして、そうでない多くのことばにも耳を傾けたのでした。しかし、恵み深い主は、私が気づかないうちに、私の道を茨でさえぎられました。もし私のなすままに任せていたら、主が御心の時に導こうとされていた、主に豊かに用いられる道に到達することは全く不可能であったことでしょう。今になって私にははっきりわかるのですが、私が駆け出しの教役者であったころ、私の意図はだいたいよいものであったと思いますが、自分を過大に評価していました。また、教役者という偉大な奉仕に必要な霊的判断力と経験を持っていなかったのです。」

<引用以上>
※肖像画はジョン・ニュートン


【奉仕(ミニストリー)の意味】

「御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき・・・。」

 神の召しは、私たちを何か特定の奉仕へと召していくものではない。しかし、私たちは神の召しをそのように解釈してしまう。

 それは、神の性質に触れることによって、私たちは神のためにしたいことがわかってくるからである。しかし、本質的に、神の召しは、神の性質の現れである。

 そして奉仕は、私の性質に合ったものが目に見える形で現されているにすぎない。私たちの使命は、使徒パウロによってはっきり述べられている。

 「異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき」と。

 奉仕は、神への献身があふれ出たものである。厳密に言うなら、奉仕そのものに召されるということはない。

 奉仕は、私が神の性質に一致されたことの自然の結果である。奉仕は私の信仰生活においては、当然のことである。

 まず神は、私をご自分との正しい関係に導かれる。そこで、私は神の召命を理解し、神への愛のために自ら進んでものごとをなす。これが奉仕である。神に奉仕するということは、神の召命の声を聞いた人の愛のささげものである。

 奉仕は、私の性質の現れであり、神の召しは、神の性質の現れである。私が神の性質を受け、神の召命を聞く時、奉仕と献身はともに働くようになる。

 神の御子は、私のうちにご自身を啓示される。そして私は、彼への献身のゆえに、日々の営みの中において、神に奉仕をする。


【奉仕(ミニストリー)の秘訣】

「人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり・・・。」

 パウロの奉仕観は、主と同じであった。主は言われる。「わたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。」

 そしてパウロは言う。「私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。」

 牧師として召された者は、他の人とは違う、と私たちは考えてしまう。

 しかし、イエス・キリストによれば、牧師とは、他の人々に仕える人のことを言う。霊的な指導者ではあるが、他の人より上に位置するのではない。

 パウロの奉仕の原動力は、人々への愛であった。もし私たちが、単に人のために尽くすという考えで奉仕するとしたら、容易に押しつぶされ、悲嘆に暮れてします。あまりにも人々の反応が冷たいからである。しかし、もし私たちの奉仕の動機が、神への純粋な愛から出ているなら、相手にどんな態度をとられようと、奉仕の妨げとはならない。

 パウロの、他の人々に対する確固とした奉仕の姿勢は、イエス・キリストが彼をどのように扱ってくださったかを認識したことによる。「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。」私が以前イエス・キリストに対して持っていた悪意、敵意に比べたら、人の私に対する態度など問題ではないというのである。

 イエス・キリストは、私の卑しさ、自己中心、罪を知り尽くした上で、私に心から仕えてくださった。このことがわかると、他の人々から受けるどのような侮辱も、主のために人々に仕える私たちの決意を鈍らせることはない。

 オズワルド・チェンバーズ


 ※オズワルド・チェンバーズはスポルジョンの説教を聞いて回心した。


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※この記事は文字数制限のため元記事を3分割し投稿しています。この記事は3/3です。


質問: なぜ自殺するべきではないのですか?

答え: 自殺をしようと考えたことのある人達のことを思うと、私の心は痛みます。もし、今あなたが自殺を考えているのなら、きっと希望を失い、絶望のふちにいるのでしょう。あなたは、深いどん底で、これから少しでも状況が良くなるなんていう希望は全くないと感じているかもしれません。そしてだれも、あなたがどんなに辛い思いをしてきたかを気にとめて解ろうともしてくれない。もう人生なんて続ける価値がない、と思っているのでしょうか。でも、本当に人生なんて価値のないものなのでしょうか。

多くの人々が、いろいろな時に、このような感情的衰弱を経験するものです。私自身が感情的にどん底に落ちた時、疑問が湧きました。「私がこんなに落ち込んでいることは、私を創られた神の御心だろうか。」「私をこの状態から救い出せないほど、神様は小さな存在なのか。」「私の抱えている問題は、神様にも扱えないほど大きな問題なのか。」

私からあなたに、喜んでお伝えしたい事があります。もしあなたが今この場で、もう自分だけで苦しむのはやめて、神様を信頼してみたら、そして全能の神様は、あなた自身の神様でもあるのだから、あなたの人生を変える事もできると信じたら、神様はあなたのその信頼にこたえ、ご自分にどれだけの力があるかを、あなたの人生のなかで証明して下さいます。ルカによる福音書1章37節では、「神にとって不可能なことは一つもありません。」と言っています。もしかしたら過去に受けた傷のおかげで、あなたは周りから拒絶され、見捨てられているのだと強く感じているのかもしれません。そして、その思いにより自己憐憫、怒り、恨み、復讐心や、不健全な恐怖感が生じ、おかげであなたが最も大切にしている関係を傷つけてしまったのかもしれません。しかし、もしあなたが自殺したら、あなたの愛する大切な人達が苦しむだけです。その人達は一生あなたを失った心の傷を負って生きなくてはならなくなります。

なぜ、自殺はいけないのでしょうか? 友よ、どんなに悲惨なことが人生の中で起こったとしても、そこにはいつもあなたのことを愛して下さっている方がいるのです。その方は、あなたがすべてをご自分に委ねてくれることを待ち望んでおられ、その絶望のトンネルをぬけるためにあなたを導き、驚くべき光の中へと導こうとしていらっしゃいます。彼こそあなたの確実な希望です。その方の名は、イエスです。

このイエスは、罪のない神の子で、あなたが拒絶され、屈辱を経験する時、あなたと一体となり悲しんでくださいます。預言者イザヤは、彼のことをこう言っています。「彼には、私達が見とれるような姿もなく、輝きもなく、私達が慕うような栄えもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに彼は私達の病を負い、私達の痛みをになった。だが、私達は思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私達のそむきの罪のために刺し通され、私達の咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私達に平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私達はいやされた。私達はみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は私達のすべての咎を彼に負わせた。」(イザヤ書53章2ー6節)

友よ、イエス・キリストがこれらの苦しみに耐え抜かれた理由は、あなたのすべての罪が許されるためなのです。どんなに重い罪悪感を背負っていても、へりくだって悔い改める(罪から神へたちかえる)ならば、あなたは許されます。「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう(自由にしよう)。あなたはわたしをあがめよう。」(詩篇50章15節)あなたが、過去に犯したことで、イエスが許すことのできないことはなにもありません。神様が選ばれたしもべたちの幾人かは、とてもひどい罪に陥ったことがありました。たとえば、殺人(モーセ)、姦淫(ダビデ王)、肉体的、精神的虐待(使徒パウロ)、などです。しかし、彼らは、許しと、新しい実りある人生とを主の中に見出しました。「どうか、私の罪を私から全く洗い去り、私の罪から、私をきよめてください。」(詩篇51章2節)「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(第2コリント人への手紙 5章17節)

なぜ、自殺はいけないでしょうか? 友よ、神様は、あなたが今、自殺をすることで終わらせたいと願っている人生、その傷つきぼろぼろになった人生を修復しようとしておられるのです。預言者イザヤはこう書きました。「神である主の霊が、私の上にある。主は私に油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、私を遣わされた。捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、主の恵みの年と、われわれの神の復讐の日を告げ、すべての悲しむ者を慰め、シオンの悲しむ者達に、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせるためである。彼らは、義の樫の木、栄光を現す主の植え木と呼ばれよう。」(イザヤ書61章1ー3節)

イエスのもとに来てください。イエスを信頼すれば、彼はあなたに喜びを与え、生きる理由を与えてくださいます。あなたの新しい人生が始まるのです。「あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。」 「主よ、私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを喜ばれません。」(詩篇51章12、15ー17節)

主をあなたの救い主、そして、指導者として受け入れますか? 彼はあなたの心の思いや、歩みを、一日一日、聖書の御言葉を通して、導いてくださいます。「わたしは、あなた方に悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。」(詩篇32章8節)「あなたの時代は堅く立つ。知恵と知識とが、救いの富である。主を恐れることが、その財宝である」(イザヤ書33章6節) あなたは、なやみを抱いていても、キリストにあって希望をもつことができます。彼は、「兄弟よりも親密な」友です。(箴言18章24節)主イエスの恵みが、あなたがこの決断するときに、あなたと共におられますように。

もしもあなたが、イエスを救い主として信じることを望むなら、心の中で、神様にこう語ってください。「神様、私の人生にはあなたが必要です。どうか、わたしが過去に犯したことのすべてを許してください。イエス・キリストに信仰を持って、彼を救い主として信じます。どうか、私を洗い清め、癒し、人生の中での私の喜びを取り戻してください。私に対するあなたの愛と、私の身代わりとしてのイエスの死を感謝します。

http://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-not-suicide.htmlより抜粋。


<意外と身近な大量の死>

 世界では、毎年、1500万人から1800万人ぐらいで、餓死者が出ているとされている。国連世界食料計画のサイトでは、「世界では、飢餓やそれに関連する病気のため、毎日2万5千人が命を落としています」としている。そのうち、5歳以下の子どもは1万4千人を占める。時間に直すと、6 秒に1人、子どもが飢えを原因として命を落としている。各国の統計については、その国の暗部というところで、控えられている向きがある。「発展途上国」とされているところでの餓死者が多いが、「先進国」でも見受けられる。

 日本では第二次世界大戦を通して、戦死者よりも多い数の餓死者が発生した。一方豊かな時代であるはずの平成になってからも、生活保護を受けず/受けられずに餓死する例、子どもが保護者から虐待を受け食事を与えられずに餓死する事件等が発生している。前者の例は格差の増大の例とされることもある。 また、2009年度人口動態統計によると、「栄養失調(症)」と「その他の栄養欠乏症」と「食糧の不足」の死亡者数は1,894人(男:1011人、女:883人)である。これは100万人当たり約14.9人である。


 日本は昔から“中絶天国”と呼ばれてきた。厚生労働省の統計によれば、2008年に日本で行われた人工妊娠中絶は242,292件とされているが、それは年間出生数約110万人の実に「4分の1」にあたる。これはあくまで母体保護法に基づき届け出がなされた人工妊娠中絶の数であって氷山の一角に過ぎない。実は1年間の人工妊娠中絶総件の実数は500万件にものぼるといわれている。実に1日に1万人以上、7秒に1人の胎児が虐殺されている。4人に3人、6人に5人の胎児が産声を上げることなく尊いいのちを奪われているのだ。ちなみに2010年11月1日、中国で届け出のあった人工中絶手術件数は年間1300万件にのぼり、WHO(世界保健機関)の報告にある全世界の年間人工中絶手術件数の4分の1を占めることが分かった。生命時報が伝えた。

 これもまたイエス・キリストが語られた世の終わりの前兆の1つである。
不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。
(マタイ24:12)
◆『「東日本大震災は人工地震」と民主党議員が言及 「私はカルトではありません」』

 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)。 マグニチュード9.0を記録しその揺れと津波は三陸沖を壊滅させる被害をもたらした。 そんな東北地方太平洋沖地震に対して「人工地震だ」と言っている人物がいる。 それは民主党の梶川ゆきこ議員。議員はTwitterにて次のように発言している。

 “今、日本は戦時下の非常事態にあることを認識すべき。自然界ではありえない地震だということは、「人工地震」でネット検索をかければ、実証データがでてきます。なぜか、ここにリンクで貼れないので、自分で確かめて下さい。日本のマスコミが報道することだけを信じるな!が、私のつぶやきの意図です” と大震災は自然界ではありえないもので人工地震だと述べている。  
 
 その後指摘されたのか人工地震の根拠となる資料を次々と持ってくる議員。「阪神大震災は人工地震」、「311-人工地震テロ メッセージと重要機密文書」、「人工地震に関する新聞記事」、「ゴルゴ13 第6話 『人工津波技術』」などなど人工地震の存在を肯定しようとしている。  

 今回の発言以降、一部ではカルト扱いされているらしく「私がカルトに洗脳されたんじゃないかと…心配されているみたいですが、そんなことありません。(^_^)」と本人は弁解している。  カルトとかそれ以前の問題のような気がするのだが……。  
   
  Twitterでのデマ拡散に対して注意が促されている中、民主党議員がこのような発言をするのはいかがなものなのだろうか。

  http://getnews.jp/archives/112761  
  http://getnews.jp/img/archives/00065.jpg

<引用以上>


 広島県議会の梶川ゆきこ議員は、人工地震説の発言によってネット上では話題の人になったようだ。そもそも人工地震は、主に地中を探査する際に使われる科学的手法である。それ以外では、ダイナマイトの爆発によるものや核実験によるものなど、誘発地震として起こる。今回の東日本大震災がテロ目的の人工地震であるとは考えにくいが、原発やダムがテロの標的になることは否めない。そして世の中には地球環境を維持するために人口削減が不可欠であると考えている人たちがいる。実際彼らはそのために食糧飢饉や紛争に関与し、意図的に操作しているという。彼らは人間の大量殺戮は人類の生き残りに必要だと考えているが、それは一重に他人を犠牲にして自分が生き残るという自分本位、利己主義の邪心から出ている。

 以下の民主党議員の発言にまつわる報道にも目を通してもらいたい。

◆『「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい」鳩山首相』(MSN産経ニュース 2010年1月14日)

 鳩山由紀夫首相は14日、首相官邸で開かれた温室効果ガスの25%削減に向けたイベントであいさつし、「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るんだという思いも分かる」と述べ、独特の世界観を披露した。

 首相は「いま1日100種類の命が失われている」と指摘し、生物多様性の重要性を強調。その上で「人間が存在しているからこそ、このような地球になっていることを謙虚に認めなければならない」「地球を襲っている人間という生物が犯している大きな誤りの1つが、地球の温暖化現象だ」と語った。

 これまでも「国益も大事だが、地球益も大変大事だ」「日本列島は日本人だけのものじゃない」などと“友愛発言”を繰り返してきた首相。イベントでもその精神を強調したかったようだが、さすがに「その結論(人間がいなくなる)はとりたくない」との言葉を補うことは忘れなかった。

<引用以上>

 鳩山由紀夫前首相が語った「とりたくない結論」をいとも簡単に言い放ち、実行した人物がいる。20世紀最大の虐殺者といわれるソ連書記長スターリンである。「死は全てを解決する。人間がいなければ、問題は起こらない。」スターリンは「大粛清」によって最低でも50万人から最高700万人以上を虐殺したと言われている。ヒトラーも反ユダヤ主義政策によって600万人のユダヤ人を虐殺した。毛沢東も文化革命によって数百万人から1000万人を虐殺している。しかし、虐殺によっては何も解決してこなったことは歴史が証明している。

 しかし、ここに自らの死によってすべての問題を解決してくださった方がいる。同時にこの方は誰もが成しえなかった死そのものを完全に解決してくださった。その方こそ全人類の救い主イエス・キリストである。
・・・神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。
(コロサイ1:18-22)

そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。
(ヘブル2:14-15)

それが今、私たちの救い主キリスト・イエスの現われによって明らかにされたのです。キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。
(Ⅱテモテ1:10)

キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。最後の敵である死も滅ぼされます。
(Ⅰコリント15:25,26)

『死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。』死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。
(同15:54-57)

イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』
(ヨハネ11:25,26)
 実は、イエス・キリストもある意味地震の被災者である。そして彼は実にあなたを永遠の滅びから救うために被災したのだ。

■キリストの十字架刑の際・・・
すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。(マタイ27:51)

百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、「この方はまことに神の子であった。」と言った。
(マタイ27:54)
■キリストの復活の際・・・
すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。
(マタイ28:2)



 昨今、ニュージーランドのクライスト・チャーチ(訳せばキリスト教会)という町も大きな震災に見舞われたが、「キリストのからだ」と呼ばれる教会もキリスト同様、たびたび地震を経験している。
すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。
(使徒2:2)

彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。
(使徒4:31)

ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。
(使徒16:26)
 教会はある意味常に揺れる所である。聖霊の働くところに地震が起こっている。


●その他、聖書内における地震に関する記事
主は仰せられた。『外に出て、山の上で主の前に立て。」すると、そのとき、主が通り過ぎられ、主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風のあとに地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。地震のあとに火があったが、火の中にも主はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。』
(Ⅰ列王記18:11、12)

地は裂けに裂け、地はゆるぎにゆるぎ、地はよろめきによろめく。地は酔いどれのように、ふらふら、ふらつき、仮小屋のように揺り動かされる。そのそむきの罪が地の上に重くのしかかり、地は倒れて、再び起き上がれない。
(イザヤ24:18,20)

万軍の主は、雷と地震と大きな音をもって、つむじ風と暴風と焼き尽くす火の炎をもって、あなたを訪れる。
(イザヤ28:6)

わたしは、ねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。
(エゼキエル38:18)
●大地震の多発は世の終わり(患難時代)の前兆

 今回の未曾有の災害は、まさに序章に過ぎない。聖書の終末預言によれば、これからこうした災害が世界規模で同時多発的に発生する。それが局所的なものであれば、他者や他国からの救援も受けられようが、誰もが被災者となれば皆が孤立無援となる。世の終わりにキリストを拒絶する罪の世界に神の怒りが注がれる(患難時代)。しかし、キリストを信じる教会はその前に天に携え挙げられる。それを「携挙」という。

 以下に、世の終わりに多発する災害の中から地震に関するものだけを抜書きした。
民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、ききんも起こるはずだからです。これらのことは、産みの苦しみの初めです。
(マルコ13:8)

私は見た。小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。そして、太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。
(黙示録6:12)

それから、御使いは、その香炉を取り、祭壇の火でそれを満たしてから、地に投げつけた。すると、雷鳴と声といなずまと地震が起こった。
(黙示録8:5)

そのとき、大地震が起こって、都の十分の一が倒れた。この地震のため七千人が死に、生き残った人々は、恐怖に満たされ、天の神をあがめた。
(黙示録11:13)

それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。
(黙示録11:18)

すると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震があった。この地震は人間が地上に住んで以来、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな、強い地震であった。
(黙示録16:18)
●神の御国=天国には地震はない
語っておられる方を拒まないように注意しなさい。なぜなら、地上においても、警告を与えた方を拒んだ彼らが処罰を免れることができなかったとすれば、まして天から語っておられる方に背を向ける私たちが、処罰を免れることができないのは当然ではありませんか。あのときは、その声が地を揺り動かしましたが、このたびは約束をもって、こう言われます。『わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。』この『もう一度』ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。
(ヘブル12:25-28)

このように、わたしたちは震われない国を受けているのだから、感謝をしようではないか。そして感謝しつつ、恐れかしこみ、神に喜ばれるように、仕えていこう。
(ヘブル12:28 口語訳)
 地球上には本当の意味で安住の地などどこにもない。どれほど地震対策が進もうと、どれほど医学が進歩しようと、この地球上に暮らしている限りは、死の魔の手から逃れることはできない。被災したくないと願うなら、死によってすべてが終わってしまう空しさから救われたいなら、イエス・キリストを信じてほしい。

 イエスは、ある意味、最悪の被害を受けた被災者であり、最も理不尽な扱いを受けた犠牲者であった。神の子キリストが、この罪に汚染された世界へ下ってきてくださった。私たち滅び行く罪人を救援するためにその尊いいのちが身代わりとなった。
神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
(Ⅱコリント5:21)

人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。
(Ⅰペテロ2:18-25)

イエス・キリストを通してのみ神を知るだけではなく、イエス・キリストを通してのみ自分を知る。イエス・キリストを通してのみ生と死を知る。イエス・キリストを除いて、私たちは、自分の生、自分の死、神、と自分自身は何なのかを知ることはできない。
(ブレーズ・パスカル)
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◆『2000~09年の自然災害死、6割は地震 国連』(AFP 2010年01月29日)

 国連(UN)は28日、2000~09年までの10年間で、世界で自然災害により死亡した約78万人のうち約6割が地震被害による死者だったとする集計結果を発表した。次いで嵐によるものが22%、熱波によるものが11%となっている。

 同期間中の最大の災害は2004年のスマトラ沖地震によるインド洋大津波で死者は22万6408人、次いで08年にミャンマー南部を襲ったサイクロン「ナルギス(Nargis)」で死者13万6366人、同年の中国の四川大地震で8万7476人、05年のパキスタン地震で7万3338人、03年に欧州を襲った熱波で7万2210人と続いた。

 今年になってからは、12日にハイチ大地震が発生。死者は少なくとも17万人にのぼるとみられている。

 国連の専門家は、世界10大都市のうち8都市が地震の断層上にあるとし、「地震は世界中の何百万人にとって、なお深刻な脅威だ」と警告している。

■被災者の4分の3は「気候」によるもの

 同期間中の世界の自然災害発生件数は3852件で、被災者数は合計20億人に達した。被災者の内訳を見ると、地震によるものは4%に過ぎず、洪水によるものは44%、干ばつによるものは30%だった。被災者の4人中3人が気候関連の災害被害者ということになる。

 気候または天気に関連した自然災害の発生件数は、その前の10年間からは2倍以上増えている。

<引用以上>

 自然災害による死者の急増は、まさに聖書の終末預言のシナリオに沿った展開である。
【死についてもっと考える】

 地震で死んだ。でも地震大国だから仕方がない? いいや、そんなふうには割り切れない。津波で死んだ。小さな島国だから仕方がない? 人間だから死ぬのは仕方がない? 確かにそうかもしれないが、人間はそんなことでは納得できないものだ。

 でも偶然に生まれたのだから偶然に死んでも仕方がない。それは創造主である神の存在を否定する進化論の説く究極思想である。進化論を突き詰めていけば、偶然に生まれたものには意味などなく、そのようないのちには当然価値などないという結論に導かれる。

 しかし、聖書によれば人間は神のかたちに似せて神のよって創造された存在である。したがって人間には存在目的があり、その生命は必然的に尊いものとみなされる。

 私たちは生かされている。自分ひとりの力で生まれてきたわけではない。それと同様に人間は自分ひとりの力では到底生きていけない。

 人はただ偶然に生まれてくるのではない。父と母との意図もある。しかし夫婦が子供を望んでもなかなか生まれないこともあり、人の誕生には両親の意図を越えたものがあることを思わされる。たとえば精子が卵巣に出会い、受精する確率は男性側は3億分の1、女性側が500分の1(女性は、生まれたときに、卵子を平均500個ほど持っている。卵子はけっして増えず、消耗するだけの存在。初潮から、毎月1個ずつ排卵し、したがって、一年に12個が排卵される。受精しなかった卵子はそのまま月経で体外に排出される。それを10年繰り返すと120個。20年で240個で、ほぼ半分が消耗。40年で480個)、合わせて1500億分の1の確立でやっと生命が誕生する。

 あなたは実に3億分の1、あるいは1500億分の1の激戦を勝ち抜いた貴重な存在ということになる。また世界中の男性と女性がほぼ均等に生まれ出ることも実に不思議な事実である。人の誕生は人間の思惑や意志を越えた神秘的な出来事である。たった一個の受精卵から、60兆の細胞を持つ人間ができるのだ。その60兆ある細胞の一つの中に、30億の遺伝情報(1000ページの本で1000冊分)があるという。

 こうした神秘をただの偶然と片付けてよいのだろうか。進化論によれば、いのちは偶然の産物であり、あなたはいてもいなくてもどちらでもよい存在に過ぎない。

 進化論を信じていてもやはり死はやるせないものである。偶然に生まれたから死んでも仕方がないでは納得がいかないのが人間である。
生き物に願望があるのは、願望を満足させてくれるものが存在しているからだ・・・赤ん坊は空腹を感じる。それは、食べ物というものが存在するからだ。アヒルの雛は泳ごうとする。それは水というものが存在するからだ。人は肉欲を覚える。それはセックスというものが存在するからだ。もし私がこの世界では満たされない願望を抱いているとしたら、それは私が別の世界のために造られたという説明ぐらいしか成り立たないだろう。
(C・S・ルイス 1898~1963年 イギリスの学者・作家・キリスト弁証家)
 日本人の死因第一位の病症は「がん」(悪性新生物)であり、中でも肺がんが最も多い。そういう統計なら、がんで死んでも仕方がない、とも言えない。

◆『喫煙による疾患の死亡者、年間600万人に=報告書』(ロイター 2009年 8月 26日)
 がんの専門家らは25日、喫煙に起因するがんや心臓疾患、肺気腫などの病気で死亡する人の数が、来年には年間600万人に達するとの見通を発表した。

 米がん学会などがまとめた報告書によると、医療費や生産力の低下、環境への害などを合わせると、喫煙による経済損失はⅠ年間で推計5000億ドル(約47兆円)に上る。

 世界全体でみると、10人に1人がたばこが原因で亡くなっており、このまま増加が続けば、たばこに起因する年間の死亡者数は2020年までに700万人、2030年までに800万人に達すると予想される。

 また、非営利の調査団体によると、過去40年間で米国や英国、日本などの先進国では喫煙率が低下したもの、多くの発展途上国では増加している。

 同報告書は、ウェブサイト(tobaccoatlas.org/)で閲覧することができる。

 そこで、インターネットで喫煙による超過死亡数(日本)を調べてみました。2000年の数字なのですが男女合わせてなんと20万人の人がタバコが原因で死亡しているのです。年間で20万人…多いのか少ないのか見当がつきにくいので、連日テレビで報道される交通事故による死亡者数はもっと多いだろうと思って調べてみたら…警察庁の交通事故発生状況(PDFファイル)によると、2008(平成20)年の交通事故死者数は5,155人なんですね。えェ~という数字です。タバコを吸って死ぬ人のほうが遙かに多いのです。

 「たばこを吸ったら肺ガンになる」、でも自分はならないと思っている。そんな人が多い。でもちょっとまってください。たばこで増えるのは肺ガンだけなのでしょうか?

 実はたばこを吸ったときに唾液に溶けたたばこの成分は胃の中に流れ込んで胃ガンも増やします。たばこを吸いながら酒を飲むと食道ガンが増えます。そして何よりも、たばこを吸ったときに肺に入った発ガン物質は、血液中に溶け込んで全身のガンを増やすのです。

 次に、たばこを吸うと肺ガンで死ぬ人数は4倍になる、ということは逆算すると、そのうち3/4はたばこを吸わなきゃ死なないですんだことになります。こうしてそれぞれのガンで、たばこを吸わなければ死なないで済んだと思える数を足し算すると、年間8万人という数字になります。

 「私はたばこを吸わなかったけど肺ガンになった。でも考えてみたら喫茶店で仕事をしていて、いつもたばこの煙を吸わされていた。」こういう人はかなりの数にのぼりますが、統計上は「たばこを吸わない人」として処理されています。つまり、たばこの煙を吸わされて死んだ人の数を足すと、「たばこを吸わなければ死なないで済んだ」人の数はもっと大きい数になります。

  次にたばこで死ぬのはなにもガンだけではありません。肺炎、気管支炎などの胸の病気を起こしやすくなるし、脳や心臓の血管がだめになって死んでいく人も数多くいます。 たばこを吸ってガン以外で死んだ人の数も足した「煙草関連死」は、年間95,000人(1995年)と推計されていて、たばこを吸う人の半数が、たばこが原因で死ぬとさえ言われています。もちろん、この数字にも、たばこを吸わされて死んだ人の数は含まれていません。


◆『受動喫煙による死者、年間60万人』(AFP 2010年11月26日)

 受動喫煙による死者は世界で年間60万人もに上り、その3分の1が子どもだと指摘する報告が26日、英医学専門誌「ランセット(The Lancet)」発表された。これは、同年の全世界の死者の1%に相当するという。全世界を対象とした調査結果が明らかにされたのは今回が初めて。

 個人の嗜好からくる生活習慣病とは異なり、受動喫煙の被害者は他人、特に自分の家族の不健康な習慣によって、究極の犠牲を強いられているといえる。

 192か国・地域を対象とした最新の調査データは2004年のもので、世界の非喫煙者のうち子どもの40%、女性の35%、男性の33%が受動喫煙にさらされていた。

 受動喫煙によって死亡した例の半数は女性で、男性と子どもが残りの4分の1ずつを占めた。死因では60%が心臓疾患、30%が下気道感染症、続いてぜんそく、がんの順に多かった。

 これに能動喫煙に起因すると考えうる喫煙者の死亡数を合わせると、2004年にタバコが原因で死亡した人は世界で570万人を超えるという結果が出た。

◆『東日本大震災 命の電柱…13時間半しがみつき生存 仙台』(毎日新聞 2011年3月28日)

 東日本大震災の大津波にのまれ、仙台市宮城野区の古タイヤ再生会社の契約社員、加藤豪(ごう)さん(37)は13時間半、電柱にしがみついて、生きながらえた。今、「テレビを見たくない」と言う。地獄のような光景がよみがえってくる。余震に跳び起き、フラッシュバックにおびえる夜。職も失った。だが「生き残ったからこそ踏ん張らなければ」と自身に言い聞かせる。

 11日、仙台市若林区の海岸沿いの県道をワゴン車で走行中、左右に激しくハンドルをとられた。電線が波打ち、バチン、バチンと切れる。「こいづは来る」。津波を予期し、そのまま仙台新港のフェリーターミナルに近い事務所まで突っ走った。国道のバイパスに抜ける道は渋滞してしまうと考えたからだ。

 事務所の外にいたのは先輩の男性社員(40)だけ。「加藤君、津波だ!」。叫び声と同時に地鳴りのようなごう音が背後に聞こえた。

 真っ黒い濁流にのまれた瞬間、10メートル程先の電柱に先輩がよじ登るのが見えた。押し流されながら、それに必死でしがみついた。高さ約7メートルの一番上に先輩。そのすぐ下まで登ったが、濁流は足元まで迫っていた。

 周囲の電柱はすべて倒れた。しがみついた電柱は、もう1本が斜めに支える2本組みだったことが幸いしたようだ。家屋や大型トラックが流れてくるたびに「ぶつからないでくれ」と祈った。

 暗闇の夜。ズーンという爆発音と衝撃が伝わってきた。石油コンビナートの方角に火炎が上がり、足元がうっすら照らされる。引き波で海に運ばれていく人の姿が目に入り、思わず目を背けた。現実とは信じられなかった。

 寒くて眠気に襲われたが、静寂の中に「寝んなよー」という声が響いた。手の感覚は失われていたが、「誰かが見てくれている」と気持ちを奮い立たせた。夜明け前、ようやくひざ上まで水が引き、先輩と2人で何とか生き延びた。

 震災から2週間後の25日。3月分の給与が振り込まれたが、経理担当者は「来月からは失業保険で」と言った。体調を崩し、21年間勤めた自動車整備会社を辞めたのは昨年3月。アルバイトをしながら10月にようやく見つけた仕事だった。「解雇ってことかな」と話す。13年前に倒れた父親(63)を母親(63)と姉(39)とで支えている。「仕事探さなきゃ」と自らに言い聞かせた。

 あの日、夜明け前の薄明かりを頼りに100メートルほど離れた立体駐車場にたどり着き、車の中で暖をとらせてもらった。十数キロ先の自宅まで泥だらけで歩く途中でたばこをくれた人もいる。温かさが身にしみた。

 「生きてりゃまた、いいことあるよね」

 作業着の胸ポケットに入れていたオイルライターを乾かしている。ともに生き延びたライターで一服つけたい。大震災の悪夢も失業の苦難もきっと乗り越えてみせる。

<引用以上>


 せっかく九死に一生を得ても、喫煙が原因で激痛と恐怖に襲われながら、莫大な費用をかけて死ぬかもしれない。日本のタバコのパッケージには警告表示が義務付けられている。以下にそのいくつかを紹介する。

 喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります

 喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。疫学的な推計によると、喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。

 喫煙は、あなたにとって脳卒中の危険性を高めます。疫学的な推計によると、喫煙者は脳卒中により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。

 喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます。

 妊娠中の喫煙は、胎児の発育障害や早産の原因の一つとなります。疫学的な推計によると、たばこを吸う妊婦は、吸わない妊婦に比べ、低出生体重の危険性が約2倍、早産の危険性が約3倍高くなります。

 たばこの煙は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。喫煙の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。

 人により程度は異なりますが、ニコチンにより喫煙への依存が生じます。

 未成年者の喫煙は、健康に対する悪影響やたばこへの依存をより強めます。周りの人から勧められても決して吸ってはいけません。

(詳細については、厚生労働省のホーム・ページ www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/main.html をご参照ください。)

<引用以上>

 これだけ具体的に警告されていながらも喫煙をやめない。それは大地震を警告されても何の対処もせず、津波警報が出されても逃げないのと同じである。放射能汚染ももはや他人事ではなくなったが、タバコの煙は最も身近な危険物質である。

◆『<東日本大震災>津波間一髪、防潮堤を過信 岩手の一家』(毎日新聞  2011年4月16日)

 3メートルなら大丈夫--。過去に何度も津波を経験してきた岩手県沿岸部は各地で高い防潮堤を整備するなど対策を進めてきた。地震発生直後に気象庁がこの地域に出した大津波警報は高さ3メートル。「高台に避難しなくても安全だ」と考えた、という証言が相次いでいる。

 岩手県大船渡市の南端に位置する碁石海岸で食堂「碁石観光ハイツ」を経営する、大船渡市末崎町西舘地区の村上有基さん(36)は地震発生時、母恵子さん(63)と食堂で休憩中だった。食堂の被害はなかったが、約2キロ離れた自宅に残した足の不自由な祖父の三郎さん(96)が心配になった。

 午後2時50分、乗用車に乗り込み、自宅に向かう途中カーラジオをつけると「大津波警報が発令され、宮城県沿岸には6メートル、岩手県沿岸には3メートルの津波が来る」と聞いた。自宅から300メートルほど離れた、泊里(とまり)漁港には高さ約5メートルのコンクリートの防潮堤がある。「3メートルなら防潮堤を越えることはない」と思ったという。食堂に引き返して、恵子さんを車に乗せ、午後2時55分ごろ、再び自宅に向かった。

 午後3時、自宅に到着。父征一さん(66)も戻っていた。台所の食器が何枚か割れていた。同様にカーラジオで「3メートル」と聞いていた征一さんが「津波はここまで来ることはないだろう」と言い、家族は室内の片付けを始めた。1960年のチリ地震津波など過去の津波で自宅は浸水せず、全員が「家にいることが避難になる」と思ったという。

 午後3時15分ごろ、恵子さんが、台所から自宅の少し下にある納屋の屋根が流されているのに気付いた。「津波だ」と叫んだ。村上さんは靴を取ろうと、玄関に向かった。ゴーゴーという音を立てて泥水が流れ込み、水はすぐにひざの高さまで。居間に戻ろうとしたが水圧が強く、動けない。何とか近くの階段にたどり着き、2階にはい上がった。水かさが増す。「3人はもう助からない」と思った。

 濁流は1階の天井近くまで達し、居間にいた3人はあっという間に水にのまれ、浮いてきたソファに夢中でしがみついた。天井と水面の50センチほどの隙間(すきま)に必死に顔を出した。水が引くまでの約10分間、恵子さんは「もうだめだと何度も思った」と振り返る。午後3時半。4人は間一髪で難を逃れたが、向かいの家は倒壊し、地区では3人が死亡、3人が行方不明になった。

 家族と避難生活を送る村上さんは、大津波にのまれる夢を見るようになった。「3メートルと聞き、被害は湾内の漁業施設ぐらいと思った。甘かった。初めから高台に避難すべきだった」。恐怖で目を覚ます度、そう悔やむという。

 ◇「数字たいしたことないと…」

 最初に「到達」と伝えられた波の大きさ、避難場所の海抜、防潮堤の高さから「安全」と判断した人もいた。

 同じ西舘地区に住む、無職、及川宗男さん(60)はマイカーに備え付けたテレビで「沿岸部に20センチの津波が到達」と聞いた。安心して海から約600メートル離れ海抜15メートルほどの坂の上に車を止めた。ところが、家々が津波に流されている。あっという間に濁流が目の前に迫った。かろうじて車から脱出し高台に逃げた。「数字を聞いてたいしたことがないと思った。過信していた」と及川さんは振り返る。

 岩手県陸前高田市の気仙小学校に避難した25歳の女性は「小学校は海抜10メートルぐらいで、ここに逃げればさすがに大丈夫だろうと思った」と話す。午後3時15分ごろに防災無線を通じて「6メートル」という数字を聞いた。「小学校まで来るとは思いもしなかった」。ところが津波はグラウンドの避難者を襲い次々にのみこんでいった。この女性は裏山を駆け上がり助かった。

 岩手県宮古市田老地区の70歳の男性は「防災無線で3メートルと聞き、大丈夫と思った。しかし『逃げろ』と叫ぶ声を聞き、一応避難することにした。今思えば危なかった」と話す。

<引用以上>


 誰もが自分だけは大丈夫だと思っている。そう思って今日も車のエンジンをかけ、電車に駆け込み、飛行機に搭乗する。
 死について考える時、日本人の死因No.1のがんについて考えないわけにはいかない。そのがんについて興味深い報道があったのでついでに紹介しておく。

◆『がん3.2%、診断被ばくが原因 CT普及が背景に 英の大学推定』(読売新聞 2004年2月10日)

 国内でがんにかかる人の3・2%は、医療機関での放射線診断による被ばくが原因の発がんと推定されることが、英・オックスフォード大グループが行った初の国際的な研究で明らかになった。調査が行われた英米など十五か国の中でも最も高かった。CT(コンピューター断層撮影法)装置の普及などが背景とみられ、検査のあり方を巡り波紋を広げそうだ。この研究は英国の医学誌「ランセット」で報告された。

 研究は、各国のエックス線、CTなど放射線検査の頻度や、検査による被ばく量、さらに年齢、性別、臓器ごとに示した放射線の被ばく量と発がん率の関係についてのデータなどを基に、検査に伴う七十五歳までの発がん者数を推定した。日本は年間七千五百八十七件で、がん発症者の3・2%としている。日本以外では、英国、ポーランドがともに0・6%で最も低く、米国0・9%、最も高いクロアチアでも1・8%だった。

 日本は、千人あたりの年間検査回数が最多の千四百七十七回で、十五か国の平均の一・八倍。発がん率は平均の二・七倍で、一回の検査での被ばく量が他国より高いことがうかがえる。

 佐々木武仁・東京医科歯科大名誉教授(口腔(こうくう)放射線医学)は「通常のエックス線検査より、放射線量が多いCT検査の普及が影響している」と指摘する。

 CTは、エックス線を使ってコンピューターで画像にする装置。国連科学委員会報告によると、日本は人口百万人あたりの普及台数が六十四台で、二位のスイス(二十六台)を引き離し、世界一多い。

 CTには年間の検査回数や撮影枚数に制限がなく、機器の精度や技師の腕により被ばく量が異なる。日本放射線技師会は二〇〇〇年、医療被ばくの指針を定め、撮影部位ごとの目標値を策定。さらに見直し作業を進め、来年度にCT検査の実態調査を行う予定だ。
 
 〈放射線と発がん〉
 放射線を浴びると、正常細胞を傷つけることにより、がんを引き起こすとされる。原爆やビキニ水爆実験の被ばく者に白血病などが見られたほか、一九八六年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の後、近隣住民に白血病、甲状腺がんが急増した、との報告がある。

<引用以上>


◆『やっぱり飛行機に乗ると放射線値は高かった! 最高値で4.19マイクロシーベルト毎時 / それでも飯館村の半分以下』(ロケットニュース 2011年6月6日)

 航空機に乗ると、通常よりも多くの放射線を浴びて被曝(ひばく)する。その事実は、マスコミでも報じられているのでよく知られている話だ。高度が高くなればなるほど、浴びる放射線(宇宙線)の量も高いという。

 ということで今回は、実際に飛行機に乗ってガイガーカウンター(放射線測定器)で放射線量を計測してみたぞ! 羽田空港で怪しまれつつも、無事にロサンゼルス行きの飛行機に乗った本誌記者。はたして、どれほどの放射線量があるのか……。

 今回使用したガイガーカウンターは、当編集部が愛用している『DP802i』。当編集部の記者が福島の取材時にも使用したガイガーカウンターで、放射線量が高いとちゃんと反応して測定できるものである。

 羽田空港の出発ロビーで調べたところ、値は0.14マイクロシーベルト毎時だった。離陸後の安定飛行時にガイガーカウンターのスイッチを入れたところ、グングンと値が上昇し、2.0~2.5マイクロシーベルト毎時あたりで安定していた。

 ときには3.50~4.00以上を記録することもあり、高度が関係している可能性が高い。なお、記者が確認した最高値は4.19マイクロシーベルト毎時。離陸前の約42倍の放射線値だ。ちなみに福島県飯館村の空間線量は8~16マイクロシーベルト毎時といわれており、飛行機に乗っているときよりも2~4倍となっている。また、羽田~ロサンゼルスまでの累計被ばく量は27.0マイクロシーベルトであった。

<引用以上>


 原発事故による放射能物質汚染とは別に被曝という問題は意外と身近な問題であった。しかし死はそれ以上に身近な問題である。私たちは死と隣り合わせに生きていることを忘れはならない。たとえば、交通事故による人口10万人当たりの死亡数は9人であり、これは他の死亡原因と比較すると、地震の5人(阪神・淡路大震災のあった1995年の数値)、火事の1.7人、他殺の0.52人より多いが、自殺の24人よりは少ない。
【死についてさらに考える】

 東日本大震災の死者1万5645人、不明者4984人(2011年7月29日現在)と報じられているが、国内の自殺者の数は3万人を超える。彼らの多くは自ら望んで死んだ。2010年における日本の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)は24.9人で総自殺者数は31690人である。年間の死者の2.8%が自殺により死亡しており、癌や心疾患などに次いで6番目に多い死因である。2010年の自殺者数は同年の交通事故者数(4863人)の6.51倍に上り、その深刻さが伺える。


◆『自殺者、13年連続で3万人超…政府白書』(読売新聞  2011年6月10日)

 政府は10日午前、2011年版「自殺対策白書」を閣議決定した。

 昨年1年間の全国の自殺者が3万1690人(男性2万2283人、女性9407人)と、13年連続で3万人を超えたことから、菅首相が掲げる「自殺者3万人未満」の目標に向け、地域の実情や各世代が抱える問題などに即した効果的な対策が必要だと指摘している。

 白書は、警察庁の統計などを基に「非正規雇用の増大などを背景に、社会で活躍する若年~中堅層の自殺死亡率が上昇傾向にある」と分析。〈1〉職場での心の健康対策の推進〈2〉地域・学校における心の健康作り推進体制の整備〈3〉多重債務、失業者などに対する相談窓口の整備・充実――などに取り組む方針を打ち出した。


◆『自殺:急増で震災影響調査 5月、前年比2割増…内閣府』(毎日新聞 2011年6月21日)

 今年5月の全国の自殺者が3329人(暫定数)で、昨年5月の2782人(確定数)に比べて547人、19.7%増えていたことが警察庁の調べで分かった。昨年12月から今年3月までは4カ月連続で前年を下回った減少傾向から一転したうえ、月別の自殺者数が3月と9、10月にピークを迎えることが多い近年とは傾向が異なる。内閣府は「東日本大震災による生活環境や経済状況の変化が影響している可能性がある」として、震災後の自殺者の性別や年代、出身地など、警察庁の統計を詳しく分析する。

 警察庁は08年から毎月、自殺者数を集計し、暫定的に公表。年間統計の段階で確定数としている。

 警察庁によると、今年の自殺者は▽1月=2276人(昨年2536人)▽2月=2146人(同2445人)▽3月=2445人(同2957人)と、いずれも前年を10~17%ほど下回っていた。ところが4月は2693人(同2585人)と前年より4.2%増え、5月は福島県で約4割増えたのをはじめ、さらに大幅に増加した。昨年12月は2425人で、一昨年12月は2488人だった。

 4、5月の自殺者数がそれぞれ3月の自殺者数を上回ったのは、警察庁が月ごとに自殺者数を発表するようになった08年以降、今年が初めて。また、今年5月の自殺者数は08年以降の月別自殺者数で最多だった。

 厚生労働省の人口動態統計で04~08年の月別自殺者数を平均すると、自殺者数のピークは3月。8月までは減少傾向で、10月に2度目のピークを迎える。いずれも企業の決算期と重なっており、経済的な要因からの自殺が多いためとみられている。

 警察庁の都道府県別自殺者統計は、出身地に関係なく遺体が見つかった都道府県の件数にカウントされる。避難先で自殺した被災者がいる可能性もあることから、内閣府経済社会総合研究所は警察庁から自殺者の出身地についても情報を提供してもらい、分析する。

 内閣府参与で分析に加わるNPO法人「自殺対策支援センター・ライフリンク」の清水康之代表は「5月の自殺者数は異常な数字。防止策のため分析を急ぎたい」と話している。

 被災者向けに「心の相談電話」を開設している日本精神衛生学会(東京都新宿区)によると、3月19日~今月20日に受理した相談は2997件。震災直後は被害の大きさを話す人が多かったが、5月ごろから「生きていても仕方ない」「自分だけ助かって後悔している」など、自殺願望を話す人が目立ち始め、6月も増えているという。

◆『東日本大震災:津波で自宅損壊の80代夫婦が無理心中か』(毎日新聞 2011年6月17日)

 東日本大震災の津波で自宅が損壊した宮城県気仙沼市の80代の夫婦が避難先の親類宅で死亡していたことが17日、分かった。妻は室内で倒れ、夫は首をつった状態で見つかった。室内には夫が親類に宛てたとみられる遺書が残っていた。宮城県警気仙沼署は無理心中の可能性もあるとみて調べている。

 県警によると、夫婦の自宅は津波で損壊して住めなくなり、市内の親類宅に身を寄せていた。妻は震災前から寝たきりで、夫が介護していたという。

 4月中旬、夫婦が使っていた部屋で妻が倒れ、夫は電気コードで首をつって亡くなっているのを親類が見つけた。夫は窒息死、妻の死因は特定できておらず、2人とも外傷はなかった。妻には布団が掛けられていた。部屋に残されていた遺書には「今までお世話になった」との内容が書かれていたという。

 県警は夫が妻の首を絞めたか、口や鼻をふさいで殺害した後自殺した可能性もあるとみている。


◆『震災関連の過労死10件 突然死や自殺』(産経ニュース 2011年6月9日)

 被災地の応援に派遣された公務員がうつ病になって自殺したり、社内の災害対策本部で長時間労働した課長が突然死したりするなど、東日本大震災に関連した過労死や過労自殺とみられるケースが全国で約10件あったことが9日、過労死弁護団全国連絡会議のまとめで分かった。

 会議幹事長の川人博弁護士は「人手不足や業務過多で無理が生じる。肉体的、精神的ダメージが蓄積する6、7月が特に危険」と指摘している。弁護団によると、東北地方の自治体に派遣された、ある市職員の男性は住居の安全確保の仕事などで多忙を極めた上、土地勘がないため被災者のクレームが殺到。うつ病と診断されて自殺した。

 東京の通信・情報機器メーカーで海外部門の課長だった40代男性は早朝から深夜まで、災害対策本部で社員の安否確認に追われたほか、外国人上司2人が帰国し、2人の分の仕事もさせられ4月に突然死した。


◆『追いつかぬ瓦屋根の補修 職人からは自殺者まで』(J-CASTニュース 2011年6月13日)

 東北を旅すると、ブルーシートに重石で仮補修しただけの瓦屋根をいたるところで見かける。被災民家が多すぎて、いまだに修理が追いつかないためだ。福島県では対応に終われる瓦職人2人が自殺に追い込まれた、と福島民報(6月12日付)が伝えている。

福島県瓦工事組合連合会によると、福島県内で民家などから落ちた瓦は推計で約4万トン。修理依頼が一気に押し寄せ、どの業者も1000件程度を抱えてパンク状態だという。

「腕が悪いから壊れた」という非難、過重な労働、修理の催促。職人から「もう限界」との声が出る。連合会には震災後、会員2人の自殺の可能性が報告された。

中通りに住む瓦職人の男性が遺書に「もう限界です」と書き残し、自ら命を絶ったのは5月初めのことだった。補修の依頼が殺到し、多い時は1日に30件も。1人でこなせる限度を超え、仕事はたまるばかりだったという。県南地方の業者は、自分が屋根を手がけた顧客から容赦のない言葉を浴びせられた。「ノイローゼになった仲間もいた」と打ち明ける。

梅雨を迎え、次には台風シーズンがやってくる。修理を待つ人からは「いつ嵐が来るか分からない。早く直して」との声が相次ぐ。全日本瓦工事業連盟はホームページで、被災地で仕事を請け負ってくれる職人を募っているが、応募した職人の希望先は宮城や茨城県に偏り、福島県への加勢は少ない。ここにも、原発事故に伴う放射線への恐怖が影を落としている。

◆『「原発さえなければ…」酪農の将来悲観して首つり―福島相馬市』(J-CASTニュース2011年6月15日)

 「絶望。悲嘆。こういうニュースは起きないで欲しいと思っていましたよ」

 番組冒頭で司会のみのもんたはこう言い、福島第1原発に近い福島県相馬市で、酪農を営む50代の男性が首を吊って亡くなった悲報を伝えた。男性は昨年暮れに建てたばかりの堆肥小屋の壁に白いチョークで遺書を残していた。

 「原発さえなければと思います。仕事をする気力を失いました」「残った酪農家の皆さんは原発にまけないで頑張ってください」

 搾乳しても出荷制限ですべて廃棄

男性の妻と2人の子供は原発事故で母国のフィリピンに避難。自宅に1人残って乳牛の世話をしていたが、せっかく搾乳しても原乳は出荷制限によりすべて廃棄、40頭いた乳牛も手放した。追い打ちをかけたのが資金繰りだった。

 みのが嘆いたのは国難そっちのけで権力闘争に明け暮れる政治家たち。

 「3か月経っても何の道しるべを示してもらえない。こたえますよね。こういう現状を国会議員の皆さんはどう感じているのでしょう」

 弁護士の若狭勝(元東京地検検事)「今後も続出する怖れがあるのですよ。震災直後は気が張り詰めているからいいんですが、今くらいから一番危ない。将来が見えない不安な気持ちのなかで、不安感が増殖しますから。早く先が見えるようにするのが政治の力と思うのですが…」

 内野雅一(週刊エコノミスト編集長)「国会を開くならそれなりの仕事をしてほしい。空転国会で浪費しないでほしい」

 菅首相が辞めねば審議に応じないというかたくなな姿勢の自民党にもうんざり。幹事長の石原伸晃はイタリアの国民投票で原発再開に反対票が多数だったことに触れ、「集団ヒステリー状態」と語ったのには呆れた。番組では取り上げなかったが、民主党も自民党もお粗末さに変わりはない。

◆『<東日本大震災>お墓にひなんします 南相馬の93歳自殺』(毎日新聞  2011年7月9日)

「私はお墓にひなんします ごめんなさい」。福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が6月下旬、こう書き残し、自宅で自ら命を絶った。東京電力福島第1原発事故のために一時は家族や故郷と離れて暮らすことになり、原発事故の収束を悲観したすえのことだった。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあった。

 女性は同市原町区の静かな水田地帯で代々続く田畑を守り、震災時は長男(72)と妻(71)、孫2人の5人で暮らしていた。長男によると、以前から足が弱って手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、日記もつけていた。

 第1原発の2度の爆発後、近隣住民は次々と避難を始めた。一家も3月17日、原発から約22キロの自宅を離れ、相馬市の次女の嫁ぎ先へ身を寄せた。翌日、さらに遠くへ逃げるよう南相馬市が大型バスを用意し、長男夫婦と孫は群馬県片品村の民宿へ。長距離の移動や避難生活を考え、長男は「ばあちゃんは無理だ」と思った。女性だけが次女の嫁ぎ先に残ることになった。

 4月後半、女性は体調を崩して2週間入院。退院後も「家に帰りたい」と繰り返し、5月3日、南相馬の自宅に戻った。群馬に避難している長男にたびたび電話しては「早く帰ってこお(来い)」と寂しさを訴えていたという。

 長男たちが自宅に戻ったのは6月6日。到着は深夜だったが、起きていて玄関先でうれしそうに出迎えた。だが緊急時避難準備区域は、原発事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。長男夫婦が「また避難するかもしれない。今度は一緒に行こう」と言うと、女性は言葉少なだった。「今振り返れば、思い詰めていたのかもしれない」と長男は話す。

 住み慣れた家で、一家そろっての生活に戻った約2週間後の22日。女性が庭で首をつっているのを妻が見つけ、長男が助け起こしたが手遅れだった。

 自宅から4通の遺書が見つかった。家族、先祖、近所の親しい人に宛て、市販の便箋にボールペンで書かれていた。家族には「毎日原発のことばかりでいきたここちしません」。先立った両親には「こんなことをして子供達や孫達、しんるいのはじさらしとおもいますが いまの世の中でわ(は)しかたない」とわびていた。

 奥の間に置かれた女性の遺影は穏やかに笑っている。近所の人たちが毎日のように訪ねてきて手を合わせる。「長寿をお祝いされるようなおばあちゃんが、なぜこんな目に遭わなければならないのですか……」。遺書の宛名に名前のあった知人が声を詰まらせた。葬儀で読経した曹洞宗岩屋(がんおく)寺前住職、星見全英さん(74)は「避難先で朝目覚め、天井が違うだけで落ち込む人もいる。高齢者にとって避難がどれほどつらいか」と心中を察する。

 取材の最後、長男夫婦が記者に言った。「おばあちゃんが自ら命を絶った意味を、しっかりと伝えてください」【神保圭作、井上英介】

 ◇女性が家族に宛てた遺書の全文

(原文のまま。人名は伏せています)

 このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい

◆『東日本大震災:「震災過労死」10件 弁護士らに情報「我慢、限界に」』(毎日新聞 2011年6月10日)

 東日本大震災で労働環境が悪化し、突然死や自殺に追い込まれた「震災過労死」とみられる事案が全国に少なくとも約10件あると、全国の弁護士らで作る「過労死弁護団全国連絡会議」が9日発表した。同会議は3件を氏名などを伏せて公表。同会議幹事長の川人博弁護士は「発生から3カ月で我慢の限度を超え、今後急増しかねない」と懸念を示した。

 3件のうち2件は民間企業の社員が突然死した事例。いずれも日常業務に震災対応が重なり、長時間労働を強いられたとみられ、40代男性管理職の遺族は労災申請の準備を進めているという。もう1件は、被災自治体の職員が震災対応に追われてうつ病になり、自殺した事例。

 川人弁護士は「被災地以外の支店勤務でも被災地へ社員を応援に出し、残った社員に過重な負担がかかるケースもある」と、震災過労死が全国に潜在する可能性を指摘する。

    ◇
 同会議は18日、一斉電話相談「震災後の過重労働・過労死・過労自殺110番」を実施する。29都道府県に相談電話を設け、救済策を助言する。番号は東京03・3813・6020▽仙台022・265・3303▽大阪06・6316・3008。【井上英介】
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◇ケース1 外国人上司が帰国--大手情報通信機器メーカー(東京都)の40代男性管理職

 本社の災害対策本部の仕事に従事。社有携帯電話の常時所持を命じられ、午前7時ごろから深夜まで社員の安否確認に追われた。日常業務では原発事故を理由に帰国した外国人上司2人の仕事も受け持ち、時差のためメールが夜中も携帯電話に届いた。

 自宅で海外との電話会議に参加し、期末報告書の作成や部下の査定、異動先探しなども重なり週末も休めず、4月下旬に突然死。

 ◇ケース2 計画停電で徹夜に--書店(埼玉県)の30代男性店長

 震災後の店舗片付けなどに長時間従事。計画停電で店のコンピューターサーバーがダウンし、店の自動ドアも閉まらなくなった。サーバー修復に追われ、防犯対策で朝方まで店に詰めるなど過重労働を数週間強いられ、3月下旬に突然死。

 ◇ケース3 クレーム受け自殺--東北の被災自治体の男性公務員

 土地勘のない地域への対応を任され、被災者の経済的問題や住居の安全確保などへの対処で多忙を極めた。被災者からのクレームが殺到し、うつ病にかかり、自殺。

<引用以上>


 自分の身に置き換えて考えてみよう。こうなればやはりあなたも自殺という道しか残されていないと、思いつめてしまうだろうか?
死の恐怖を乗り越えない限り人間に自由はない。だがそれも自殺によってではない。乗り越えるためには放棄してはいけない。
(アルベール・カミュ 1913-1960 フランスの小説家・劇作家)

死は人間卒業。自殺は人間廃業です。
(淀川長治 1909-1998 日本の雑誌編集者、映画解説者、映画評論家)

死ぬよりも苦しむほうが勇気を必要とする。
(ナポレオン・ボナパルト 1769-1821 革命期フランスの軍人・政治家、そしてフランス第一帝政の皇帝ナポレオン1世)

生きることが死ぬことよりいっそう困難な場合はあえて生きることが真の勇気である。
(トーマス・ブラウン 1605-1682 英国の著作家)

『死ぬよりほかに道がない』などと考えるのは、いかに人間が傲慢であるかということの証左である。道は幾つもある。生きようとする時、必ず道はひらけるのだ。
(三浦綾子 1922―1999年 日本の作家)
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2011年7月29日(金)の記事を転載
※この記事は文字数制限のため元記事を3分割し投稿しています。この記事は1/3です。

◆『死者1万5645人、不明者4984人に』(TBS系(JNN)2011年7月29日)
 警察庁のまとめによりますと、29日現在、地震・津波による死者は1万5645人で、警察に届け出があった行方不明者は4984人となっています。亡くなった人の数が最も多いのは宮城県の9364人、次いで岩手県で4615人、福島県で1600人となっています。
 また、建物の被害ですが、全壊が11万戸余り、半壊が13万4000戸、一部損壊の建物は48万6000戸にのぼっています。

◆『東日本大震災 「顔が水より冷たく…」 被災児童が日記』(毎日新聞  2011年4月25日)
「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した箱石佑太君(12)が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

◇3月11日

 卒業式の歌の練習をしていました。とてもゆれの大きい地震が来ました。最初は単なる地震だと思っていました。大津波警報が出ても、どうせこないと思っていました。来たとしても10センチメートル程度の津波だと思っていました。全然違いました。ぼくが見たのは、国道45号線を水とがれきが流れているところです。お母さんとお父さんが津波が来る前に大沢小に来ているところは見ました。だけどその後、お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。お父さんのことが不安でした。車を運転しながら津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました。

◇3月18日

 津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていました。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。

◇3月23日

 卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。

◇3月25日

 親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。

 ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。「おれがくよくよしてどうすんだ」と自分に言いました。でも、言えば言うほど目がうるんでくるばかりです。お父さんの身に付けていたチタン、東京で買った足のお守りや結婚指輪、携帯。そして驚いたのが時計が動いていたことです。お父さんの息が絶えた時も、津波に飲み込まれている時も、ずっと。お父さんの時計は今はぼくのものになっている。ぼくがその時計をなくしたりすることは一生ないだろう。

◇3月26~27日

 見つかった時のお父さんの顔。まだ頭のどこかで見なきゃよかったと。でも見つかったおかげで火葬もできるし、お父さんをさわることができた。お父さんの体は水を飲んだのか胸がふくらんでいるだけだ。やっぱり見つかってよかった。

◇3月28日

 きょうは火葬の日。ぼくとねえちゃんとお母さんとけいじろうは、手紙を書いて、お父さんと一緒に入れてやりました。拝んでいる時ぼくは「箱石家は頑張って継ぐからまかせて」と言いました。お墓に骨を埋めるまで、ぼくに骨を持たせてくれました。骨をうめてホッとしました。

◇4月7日

 きょうは、ありがたいと心から言える日でした。お父さんとぼくたちの記事を見て、お父さんが東京マラソンを走った時の写真とお手紙を新聞の人が持ってきてくれました。ぼくたち家族に贈る言葉や、さらにはぼくに贈る言葉の手紙もありました。やっぱりお父さんはすごい。今日は本当にありがたい日だ。

 *    *

 箱石君は25日、155人の仲間と一緒に町立山田中学校に入学した。日記は、大沢小の子供たちが復興に立ち向かう様子を紹介する「大沢からの報告」として毎日小学生新聞に11日に掲載。「何回も読み、涙が止まりません。皆様が少しずつでも前に進める日がくることを願っております」(2人の子を持つ東京都北区の女性)とのメールが届くなど大きな反響を呼んだ。

 毎日どこかで必ず人は死んでいる。死に方は様々だが、人は誰でもいつかは必ず死ぬ。他人だけが死ぬのではなくて自分も確実に死ぬ。人は生についてはよく考え、よく悩むが、その割に死についてはあまり考えないようだ。生まれ方は選べないが、死に方は選べる。ならば生についてよりも死について考えた方が、有意義な人生を送ることはできるのではないか? いくら悩んでも生まれ方は変えられないが、死に方は変えられる。死に方は生き方を方向付ける。いつ死んでもいいように心がけるなら後悔の少ない人生を送ることができるだろう。
祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。
(伝道者の書7:2)
【死について考える】
死について考えるということは、どう生きるかを自分に問うこと。
(山田泉 1959-2008 大分の元養護教諭、いのちの授業実践者)

人は何のために生きているかをいつも考えねばなりません。この問題が解決されるとき、その人は死についてあまり考えなくなります。
(キング牧師こと、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア 1929-1968 アメリカの公民権運動指導者、黒人牧師、ノーベル平和賞受賞者)

ときには、死について考えてみないわけにいかない。死を考えても、私は泰然自若としていられる。なぜなら、われわれの霊は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠にむかってたえず活動していくものだとかたく確信しているからだ。
(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 1749-1832 ドイツの詩人、劇作家、小説家、哲学者、自然科学者、政治家、法律家)
◆『東日本大震災:津波警報に限界 住民「堤防越えぬはず」』(毎日新聞 2011年4月16日)

 東日本大震災の発生3分後、気象庁が実際より大幅に低い「岩手県で予想される津波の高さは3メートル」との大津波警報を出したため、「それなら防潮堤を越えない」と避難しなかった人が多数いたことが、被災者の証言で分かってきた。気象庁が当初、地震の規模をマグニチュード(M)7.9と推定したことが原因だが、3分間でM9.0という巨大地震の規模を把握することは不可能に近い。東海地震などでは1分後に津波到達が予想される地域もあり、専門家は「強く揺れた時や警報が発表された時は、とにかく逃げるしかない」と呼びかけている。

 津波の情報は、地震の震源情報(緯度、経度、深さ)と規模を基に出す。気象庁は、津波の可能性がある日本近海の地震とそれによる津波の高さなどについて、あらかじめ約10万通りを模擬計算し、結果をデータベースとして保存。発生した地震の情報と突き合わせることで、素早く警報や注意報を発表できるようにしている。

 だが、東日本大震災は、長さ約400キロ、幅約200キロの断層が動くことで発生。全体が動き終わるまでに約3分間かかり、揺れは約5分間続いた。気象庁が目標とする3分以内に警報を出すには、途中段階のデータしか使えず、実際の30分の1以下の推定規模で予測することになった。

 この結果、岩手、福島県沿岸の津波予想高は、5段階中(3メートル、4メートル、6メートル、8メートル、10メートル以上)最低の3メートルと発表。午後3時14分に6メートル、午後3時半に10メートル以上と変更したが、岩手県宮古市では午後3時26分に8.5メートルの津波が観測され、情報は後手にまわった。

 津波情報を3分以内に発表するのは、93年の北海道南西沖地震の際、早いところでは約3分後に津波が襲来したためだ。しかし、地震の正確な規模を知るには、地震のメカニズムや海外の地震計の地震波から読み取れる情報などを細かく分析する必要がある。東日本大震災の場合、海外約40地点の観測データを詳しく解析してM9.0と分かったのは、発生2日後だった。

 気象庁地震予知情報課の中村雅基調査官は「改善すべき課題。強い揺れの前の地震波を解析するなどの手法を検討したい。ただ、技術的な限界があるので、津波予想高にかかわらず、警報発表時は高台などに逃げてほしい」と話す。

 被災地を調査した片田敏孝・群馬大広域首都圏防災研究センター長(災害社会工学)は「3メートルという数字や過去の経験に縛られて避難が遅れた人は多い。想定や行政の情報にとらわれず、自分の身を守るために主体的に判断し、より安全な所を目指して避難してほしい」と指摘している。

◇海抜3メートルに立地

 テニス部員と入れ違えるように、体育館には人が集まり始めた。目撃者によると、60代後半以上の高齢者が多く、車椅子の人もいた。市は体育館を避難所に指定しており、防災担当者は「体育館に避難し、津波の恐れがあれば高台に逃げる流れだった。ただ高齢者の場合、高台まで遠くて行けないのが実情だった」と言う。

 隣接の中央公民館に勤務していた佐々木さんがラジオをつけると「予想される津波の高さは6メートル」と伝えていた。「6メートルなら体育館に来るころはもっと低くなると思った。チリ地震津波(1960年)の高さなら、市の想定では浸水は1階だけで済むはずだった」。体育館は海抜約3メートルの土地に建ち、地上から2階通路まで約6.4メートルあった。

 別の市職員の女性(51)は義母(79)を体育館に避難させた。「チリ地震の時も津波は線路(JR大船渡線)までしか来なかったと聞いていたから『体育館2階に逃げれば大丈夫』というのが近隣住民の認識だった」

 一方、体育館近くで食堂を営んでいた鈴木邦夫さん(66)は車で高台へ逃げた。「避難所は体育館になっていたが、自宅と海抜が変わらないので逃げても仕方ないと普段から思っていた」

 徒歩で高台に向かっていた加藤りん子さん(60)は体育館前で、60代ぐらいの女性が「避難所はこちらですよ!」と叫ぶ姿を見た。集まっていたのは50~60人。加藤さんも声をかけられたが「高台に行きます」と断った。体育館を通り過ぎて振り向くと、さっきまで後ろを歩いていたお年寄りたちがいなくなっていた。「みんな体育館に行ったと思う。年配の人たちは、津波警報が出たら体育館に行くよう訓練(毎年5月実施)していた。私は昨年11月末まで福島にいて、訓練したことがなかった」

◇行きどまり殺到

 佐々木さんは体育館2階に続く外階段へ避難者を誘導。高齢者に手を貸し、車椅子の人は2人がかりで担いだ。「最終的に100人ぐらいだったのではないか」

 市によると、津波の第1波が堤防を越えたのが午後3時22分。海岸の松林が水に埋まり始めたのが同24分。階段の下で誘導中だった佐々木さんからも大きな津波が見えた。2階に上がると、みんなが「ここも危ないんじゃない?」と騒ぎ始めた。「ドン」と音がして体育館1階に海水が浸入してくると「わー」と叫び声がした。

 奥にある男子トイレへ人が殺到した。その先は行きどまりで、ぎゅうぎゅう詰めだった。佐々木さんは両足が「ぬれた」と感じた瞬間、津波にのみこまれていた。海水を飲み「ああ、これで終わりだ」と思った。「よく言われますが、本当に自分の子供たちの顔が思い浮かびました」

 水中で、同じようにもがく人たちの手足にぶつかった。もがくうちに鉄骨のようなものをつかみ、思い切り頭を突き上げて水面に出た。水かさは天井から約30センチの所まで上昇したが、水は少しずつ引いた。暗くて何も見えない中で「おとうさん、おとうさん」と女性の声がした。離れた所にもう1人、男性が生き残っていた。津波にのまれてから10分ほどの出来事だった。

 天井から長い髪の毛が垂れ下がっていた。どこかでうめき声がして捜したが、間もなく途絶えた。1階は水没したままで、何度も津波が押し寄せた。生き残った3人はずぶぬれのまま身を寄せ、一夜を明かした。

◇チリ津波が基準 想定外、高さ15.8メートル

 市によると、51年前に市を襲ったチリ地震津波の高さは5.5メートルで、これを基準に防潮堤を築いた。しかし、震災後に現地調査した東京海洋大の岡安章夫教授(海岸工学)によると、体育館を襲った津波の高さは壁の痕跡などから推定15.8メートルだった。4月11日、戸羽太市長が言った。「災害は想定しちゃいけない。常に最悪の事態を考えないと、大変なことになる」

<引用以上>
人間は、死、悲惨、無知を癒すことができなかったので、 自己を幸福にするために、それらを敢えて考えないように工夫した。
(パスカル 『パンセ』より)
(ブレーズ・パスカル 1623-1662 フランスの哲学者・思想家・数学者・物理学者・キリスト教弁証家)


死のことは考えるに及ばない。死は我々が手を貸さなくても我々のことを考えてくれているのだから。
(ヘンリク・シェンキェヴィチ 1846-1916 ポーランドの小説家、ノーベル文学賞受賞者)
◆『震度5強の地震で死亡か 松本の男性、本の下敷き』(産経ニュース 2011年7月2日)

 1日午前10時ごろ、長野県松本市並柳2丁目のアパートの会社員、安田勇一さん(44)方で、安田さんが室内で大量の本の下敷きになって死亡しているのが見つかった。

 松本署によると、6月30日朝に同市で震度5強を観測した地震による初めての死者とみられる。死因は特定できなかったが、現場の状況から積んでいた本が崩れて下敷きになった可能性があるとみている。

 1日早朝に会社の同僚から「出勤しないため安否を確認してほしい」との連絡を受け、松本署員が安田さん方を訪れた。

 松本市によると、地震によるけがは、安田さんを除き、新たに2人増え14人となった。ほかに1人が避難中に体調不良を訴えた。1858戸の建物で壁の一部が崩落したり、瓦や塀が壊れたりした。安田さんの住む地区でも31戸の被害が確認された。

<引用以上>

 ついに長野県でも震災による死者が出た。長野県は3・12の長野県北部地震(信越地震・栄村大震災)に見舞われている。それは東北地方太平洋沖地震の余震の一つと言われている。政府の地震調査委員会では、東北地方太平洋沖地震によって糸魚川-静岡構造線の牛伏寺断層での地震発生率の上昇を警戒していたが、今回の長野県北部地震は牛伏寺断層付近での発生となったため注目されている。長野県は津波に襲われることはないが、山に囲まれたこの地域も地震の波は避けられない。大震災はいつどこで起こっても不思議ではない。私たちは今、そういう所のそういう時代に暮らしている。

私は以下のニュースにも注目している。

◆『大地震災の震源域南側は要注意 監視必要と米研究チーム』(共同通信 2011年5月20日)

 マグニチュード(M)9・0を記録した東日本大震災の震源域の南側に当たる福島、茨城両県沖で今後、大規模な地震が発生する可能性があると米国の研究チームが19日付の米科学誌サイエンスに発表した。

 研究チームは「今後起こり得る地滑りの範囲を見定めるため、周辺を監視することが必要だ」としている。

 チームは、過去1100年間の地震活動の記録を踏まえて分析。福島、茨城両県沖では1938年の地震(M8・1)以降、1年間に約8センチの地殻変動があり、73年間でプレートが約6メートル沈み込んでプレート境界でひずみが蓄積したとみている。さらに今回、この地域で起きたM7・9の余震を考慮すると、今後起きる地震は、過去の地震よりも大きくなる可能性があるとした。

 日本政府の地震調査委員会は、東日本大震災で震源域として岩手県沖から茨城県沖までの領域が関係したとしている。

<引用以上>

 近い将来必ず次が来る。明日はわが身。
あすのことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないからだ。
(箴言27:1)
 内閣府の防災情報のページの「平成21年度 広報ぼうさい」の『特集 地震を知って地震に備える!』の見出しには「今後30年以内に起こる震度6弱以上の揺れ 地震発生の確率はこんなに高い!!」とある。続いて地震の発生確率の高さを訴えて警鐘を鳴らしている。

海溝型地震
 数十年から数百年という短期間で地震を繰り返すのが、海溝型地震。例えば、宮城県沖で起こる地震の平均発生間隔は約37年で、約30年前に一度地震が発生しています。そのため、10年以内にM7.5前後の地震が発生する確率は60%程度、30年以内だと99%に達します。今後30年以内に震度6 弱以上の揺れに見舞われる確率を見ると、太平洋側の大部分が26%以上。いかに地震の危険が迫っているかが分かります。

活断層による地震
 活断層による地震は、数千年単位の間隔で発生します。日本列島を二分する糸魚川静岡構造線断層帯の平均活動間隔は約1000年。過去の地震は約1200年前で、今後30年以内にM8 程度の地震が起こる確率は14%、50年以内は20%、100年以内なら40%です。今後30年以内に震度6 弱以上の揺れに見舞われる確率を見ると、多くは0.1%未満ですが、安全を意味するわけではありません。

「地震は身近な危険」
 活断層による地震に比べ、海溝型地震は平均活動間隔が短く、近年に地震が発生していても、近い将来に再び地震が発生する可能性があります。平均活動間隔が72.2 年の十勝沖は、今後30年以内にM8の地震が60%の確率で起こるとされていましたが、平成15年に実際に地震が発生。現在、M8.1前後の地震が起こる確率は0.1~1%ですが、今後50年以内となると、確率は10~20%に上がります。

 一方、活断層の地震は、一見確率が低いように見えますが、それは平均活動間隔が長いため。平均約1000年の間隔で活動を繰り返す場合、700年後に次の地震が起こることもあれば、1200年後になることもあり、発生時期に大きな幅が出てきます。また、平成7年1月に阪神・淡路大震災を引き起こした六甲・淡路島断層帯の一部について、地震直前の今後30年以内に地震が起こる確率をあとから計算したところ、0.02~8%でした。近年の調査の結果、このような状態の活断層帯が日本に数多く存在していることが分かっています。

 これらの地震発生の確率を、ほかの事故や災害と比べてみましょう。例えば、今後30年以内に交通事故によって死亡する確率は約0.2%という統計があります。確率としては低い数字かもしれませんが、多くの人は、日頃から事故にあわないように注意しています。地震は避けられない自然災害なので、交通事故と単純に比較はできませんが、たとえ確率が低くても「地震は身近な危険」としてとらえる姿勢が必要です。

http://www.bousai.go.jp/kouhou/h21/05/special_03.htmlより引用


 宮城沖の海溝地震の発生確率が99%だとあらかじめ分かっていても、それについて議論は重ねていても、結局はなすすべがなかったと言わざるを得ない。政府は警鐘を鳴らすだけで、地震対策は後手後手、右往左往というのが現状だ。どうやら日本のどこに住んでいようとも地震は避けられそうにない。しかし死はそれ以上に避けられない恐ろしい現実である。


このお盆に生きている全部の人間は、単に今年度の生き残り分にすぎない。
(吉川英治 1892-1962 日本の小説家)

人間は九ヶ月かけて生きる準備を整えるが、人間を死に導くには一瞬の間しか必要としない。
(フリードリヒ・ローガウ 1604-1655 ドイツの詩人)

死を考えるのは死ぬためじゃない、生きるためなのだ。
(アンドレ・マルロー 1901-1976フランスの作家、冒険家、政治家)

人間は死を怖れる。それは生を愛するからである。
(フョードル・ドストエフスキー ロシアの小説家・思想家)

このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。
(レオナルド・ダ・ビンチ 1452-1519 イタリアの芸術家、万能人)

生涯をかけて学ぶべきことは、死ぬことである。
(ルキウス・アンナエウス・セネカ BC1C頃―65 ローマの政治家・哲学者・詩人)

人生行路の目的(終点)は死である。これは我々が必ず目指さざるをえない目標である。どこで死が我々を待っているかわからない。だから、至るこ所でこれを待とうではないか。
われわれは死の恐怖によって生を乱し、生の苦悩によって死を乱している。
いかに死ぬかを教えられる人は、いかに生きるかも教えられる。
(ミシュル・ド・モンテーニュ 1533-1592 フランスの哲学者)

人間というやつは、いま死ぬという土壇場にならないと、気のつかないことがいろいろある。
(山本周五郎 1903-1967 日本の小説家)

すべての人々は、自分以外の人間は、みな死ぬものだと思っている。
(エドワード・ヤング 1907-1968 米国の旧約聖書学者・牧師)

死が老人にだけ訪れるというのは間違いだ。死は最初からそこにいる。
(ヘルマン・ファイフェル 1915-2003 米国の精神科医)

我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、死においては平等である。
(カブリエル・ロレンハーゲン 1583-1621 ドイツの詩人)

哲学とは死のリハーサルである。
(ソクラテス BC469年頃―BC399年 古代ギリシャの哲学者)

死の恐怖は死より怖ろしい。
(ロバート・バートン 1577―1640 英国の神学者)

未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。
(孔子 BC551-BC479 春秋時代の中国の思想家・哲学者・儒家の始祖)

人はいつ死ぬかわからない。朝起きて今日も命があったと思う。だから今日精一杯生きる。
(ロレンツォ・デ・メディチ 1449-1492 イタリアフィレンツェのルネサンス期におけるメディチ家最盛時の当主。)
 石原慎太郎都知事も震災を機に死に様を通して生き様について真剣に考えたようだ。

◆「『人生狂わせる』と韓国では廃止」 石原都知事またまたパチンコ批判 
 (J-CASTニュース 2011年4月28日)

 石原慎太郎都知事に「電気を浪費している」などとしてやり玉に上げられている自動販売機とパチンコの業界が、新たな批判にさらされている。一度は「すでに節電の取り組みを行っている」として反論した両業界だが、石原氏は「訳の分からない詭弁」とビデオメッセージで再反論。

 さらに、パチンコについては「人間を怠惰にして、人生を狂わせる」として、韓国では全廃されたことを指摘。繁華街の空き地にパチンコ店が開店することを「誇るべき文明の対応とは言えない」とまで断じた。

■経営者に在日韓国・朝鮮人が多いことにも言及

 石原氏は都知事選終盤の2011年4月9日頃から、

  「コンビニで買って家で冷やせばいい」
  「ジャラジャラと音を立てるために電気を煌々とつけるのは、世界中で日本だけ」

と、両業界が電気を浪費しているとの主張を展開。両業界は、「すでに節電している」などと反発しているものの、批判に押される形で、新たな節電策を打ち出してもいる。

 だが、石原氏は、さらに攻撃を強めている。東京都の公式ウェブサイトに「都民のみなさんへ」と題して4月25日に掲載されたビデオメッセージでは、約6分30秒にわたって節電の重要性を強調。自動販売機について、

  「あんなものが、一つの文明の便宜として街中にあって、膨大な電力を食っているということは、本当に文明としての正当な消費なんでしょうか。私は浪費にすぎないと思います」と、従来の主張を繰り返した上で、パチンコについては、

  「一日中チンチンジャラジャラ大きな音楽をかけ、煌々とネオンサインを灯している。一つずつの機械も電力を食うわけですが、しかも、それで食っている人がいるという、こういう生活様式というものは、私たちは、反省の対象とすべきなのではないでしょうか」と、パチンコ業界が雇用を生み出していることすら批判した。

 また、パチンコ店の経営者には在日韓国・朝鮮人が多いことにも言及。母国でもある韓国の動向を紹介した。

  「その(在日の)一部の人が、『これは自分の母国の韓国でも流行るだろう』と持って帰ったら、面白かったんでしょう、たちまち人気になった。これは人間を怠惰にして、人生を狂わせるということで、当局が乗り出して、韓国ではパチンコは全廃されました」

■パチンコ店の新規建設は文明と相容れない?

 確かに、韓国では、パチンコ玉の代わりにメダルで遊ぶ「メタルチギ」と呼ばれるゲームをめぐる贈収賄事件の影響で、メダルチギ反対運動が過熱。06年末には禁止されている。

 石原氏は、この措置を「必ずしも是とはしませんよ」としながらも、

  「1日中、ああいった機械が回って、騒音を立てている。しかも目抜き場所の再開発が行われると、真っ先に建つのがパチンコ屋だったら、これは、あんまり誇るべき文明の対応とは、私は言えないと思います」と、パチンコ店の新規建設は文明と相容れないとの見方を示した。

 また、被災者の冷静な態度を

  「あの被災者の方々の姿を見ると、昔の美しい日本人の姿が残っているという感じがします」と称賛しながらも、

  「被災地以外の日本人がこれからどんな生き様をするのか、どういう生活を続けたいと思うのか。これは、私たち自分自身の問題として反省しませんと、天は、この国の命運を許さないと思います」と、「天」という言葉を使いながら、ライフスタイルの再考を求めてもいる。

<引用以上>

 石原都知事は言わずと知れた霊友会の会員である。彼が言う「天」は霊友会の天のことであろう。ちなみに慎太郎氏の長男で自由民主党幹事長の伸晃氏は、崇教真光の信者である。本題からそれてしまうので詳しくは述べないが、霊友会も崇教真光も怪しげでいかがわしい新興宗教である。宗教は個人の思想に影響を与える。特に人生観、死生観は宗教によって雲泥の差が生じる。

 石原慎太郎氏は、かつて『週刊女性』2001年11月6日号「独占激白“石原慎太郎都知事吠える!”」という記事の中で「ババア発言」と呼ばれる暴言を吐いて物議をかもし出している。

 「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典がいってるんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは「ババア」”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。そんな人間が、きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって…。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)。まあ、半分は正鵠を射て、半分はブラックユーモアみたいなものだけど、そういう文明ってのは、惑星をあっという間に消滅させてしまうんだよね。」

 「この間すごい話をしたんだ、松井さんが。私は膝をたたいてその通りだと。女性がいるから言えないけど…。本質的に余剰なものは、つまり存在の使命を失ったものが、生命体、しかも人間であるということだけでいろんな消費を許され、収奪を許される。特に先進国にありうるわけだ。でね…、やっぱりやめようか(笑)。あれが実は地球の文明なるものの基本的な矛盾を表象している事例だな。」

 「そして、他の動物、他の生命体とのかかわりの中で、人間が人間というものの存在を主張し過ぎたために、非常に横暴な存在になった。そして、彼が例を挙げたのは、ほとんどの動物は繁殖、種の保存ということのために生きて、それで死んでいくが、人間の場合にはそういう目的を達せない人でも、つまり、人間という尊厳の中で長生きをするということで、彼はかなり熾烈な言葉でいいまして、私はそのときに、なるほどなといいながら、しかし、それは政治家にはいえないから、あなたみたいな専門家じゃなきゃとてもいえませんなといって、そのときに慨嘆したんだ。(中略)私が思わずひざをたたいた所以の一つは、私の友人でもありました深沢七郎氏が書いたうば捨て山という、あの、要するに「楢山節考」という、年をとったそのおばあさんを、その部落の貧困のゆえに、あえて生きている人間を捨てに行くという、これは年をとった女の人が、他の動物の生存の仕方に比べれば、かなり横暴な存在であるという表現の、実は逆説的な一つの証左でありまして、私はいろんなことを思い合わせながら、その松井さんの話を非常に印象深く聞いたわけです。」

<引用以上>


 ちなみに石原氏が共鳴したという松井孝典氏は、男性惑星科学者、東京大学名誉教授、国家基本問題研究所客員研究員という肩書きを持つ理学博士。石原氏に引用された当の松井氏は自らの仮説の趣旨が石原氏によって曲解されたと主張している。


◆『世界の雑記帳:ハンマーで指輪破壊の「離婚式」、震災で問い合わせ3倍に』(ロイター 2011年7月4日)

 東北を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災は、夫婦生活にも影響を及ぼしているようだ。結婚指輪をハンマーで壊す儀式「離婚式」の問い合わせが、震災前の約3倍に上っている。

 13年間連れ添った夫婦が都内で3日、離婚届提出の前日に離婚式を挙げた。2人は互いにハンマーを握り合い、最後の共同作業として結婚指輪をたたきつぶした。この夫婦は大震災を機に人生の価値観を再考した結果、離婚を決意したという。

 離婚式プランナーの寺井広樹さんは、離婚式への問い合わせが急増している理由について、震災が人生の優先順位を今一度考え直させ、そこで夫婦が価値観の相違に気付くためではないかと話した。

<引用以上>


 死生観は人生観、結婚観に影響する。若いカップルは、結婚前に死生観についてよく話し合った方がよいだろう 以下に一部のキリスト者らの死生観に関する記事を紹介する。

◆『「日本はひとつ」に危うさ--痛み無視 真の意味の「葬り・弔い」とは』(クリスチャン新聞 2011年7月3日号)

 日本バプテスト連盟靖国神社問題特別委員会(奥田知志委員長)が5月30、31日、2011年度の第1回委員会を恵泉バプテスト教会(東京都目黒区)で開いた。3月の、東日本大震災発生を受け、「死の受容あるいは弔いについて考える」、「『日本はひとつ』『頑張ろう日本』『絆キャンペーン』という状態について」をテーマに、4人が発題。それぞれ、真剣な意見交換を行った。

 「死の受容あるいは弔いについて」では、藤田英彦氏(東八幡キリスト教会協力牧師)、鈴木重義氏(同連盟元総務部長)、濱野道雄氏(花小金井キリスト教会牧師)が発題した。
 藤田氏は、「愛する人をなくした被災者は『なぜ自分は生き残ったのか、なぜ助けてやれなかったのか』という自責の念、『神も仏もあるものか』という不条理に対する問い、苦痛を抱えている」。「悲しむ者と共に哀しみ、悼む者に寄り添う。この業が、真の意味で『葬り・弔い』であろう。牧師は、現実の悼みと哀しみに直面している者に向かって言葉もないが、それでも慰めを語り、さらにこの冷厳な事実を直視することを告げ、その上でキリスト教の福音を伝える」と語った。

 鈴木氏は、「習俗としての神道・仏教」をテーマに日本古来の死生観、仏教の死生観、それらの問題点について語り、「人は肉親・知人の死に直面したとき、『いのちと死』について思いを深める時が与えられるが、多くの人にとって神道・仏教の葬式は通過儀礼に過ぎず、日常の生き様にまで浸透する宗教力を持ち合わせていないのが現状。キリスト教は、『いのちと死・葬り』についていかに訴えるか」と問題提起した。

 濱野氏は、震災における弔いの課題について発題。「弔いができないと、人はスピリチュアルな痛みを抱える。ここに宗教者の意義がある。教会はどう取り組むべきか」。バプテストにおいては、弔い・葬儀は①「天国に行った、行かない」を議論せず、生前も死後も変わらない神の愛に委ねること、②家族と共同体への慰め、の2つの意味がある。イエスの死と葬りの理解は「自然な出来事としての死後の世界と、それに基づく死者利用の否定、死すらも、神と人、人と人を引き離さないという復活思想、死は生と関係させて語るべきであり、復活とは、関係性の復活である」と提起した上で、「弔い・葬儀においては『死者がどこにいるのか』より、『死者が誰と共にいるのか』、『死者は神が引き受けてくださる』と語り、祈るべきでは。ならば弔いや葬儀はバプテスト教会が教会内外で担うよう勧められる宣教課題である」と締めくくった。


 「『日本はひとつ』『頑張ろう日本』『絆キャンペーン』という状態について」で発題した谷本仰氏(南小倉バプテスト教会牧師)は、実際に被災地に赴いた経験を通して語った。谷本氏は、「『ひとつ』と言っても様々な『ひとつ』がある。それぞれの人が二つとない『ひとつ』の出来事を経験し、それを確認し、傾聴し、理解を繰り返すことによる『ひとつひとつ』。対話ややりとりを通しての『ひとつ性』。これに対し、イデオロギーや暴力で塗りつぶすように同質化していく『ひとつ』。最初から『ひとつになろう』ではなく、本当の『ひとつ』とは、丁寧につないでいくことでようやく、なんとなく見えてくる一体感ではないだろうか」と問題提起。

 キリスト教支援の危うさとして、被災地で会った一人の男性について話した。

 「妻を亡くしたその男性は、外国人宣教師が『神様を信じればあなたも大丈夫ですよ』と言うのに対し、下を向きつつ静かに『俺は神なんか信じない』とつぶやいた。その人の思いに寄り添うことなしに、『正しい』支援などない。常に『このやり方でいいのか、あの時こう言って正しかったのか』、自問自答しながら寄り添っていく必要を痛感した」

 震災の支援が急がれる中で急速に進められる憲法「改正」、君が代起立条例…塗りつぶす形の「ひとつ」への力が強まる中で、今、改めて「ひとつ」の意味を問い直すことが求められている、と谷本氏は語った。

<引用以上>

 先のクリスチャン新聞の記事の中で、濱野道雄氏(花小金井キリスト教会牧師)によるバプテスト教会における弔い・葬儀に関する提言を読んで、私は明確な議論、真理との衝突を避けようとしている、という印象を持った。

 濱野氏の提言は「弔いや葬儀はバプテスト教会が教会内外で担うよう勧められる宣教課題である」と、結論づけられているが、私はキリスト教会の宣教課題は「弔いや葬儀」だとは思わない。それは宣教課題が「ノンクリスチャンの結婚式」だと思わないのとほぼ同じ理由である。たとえ仏式葬儀で、寺に埋葬されてもキリスト者であれば天国に行く。逆に非キリスト者がキリスト教式葬儀をしたところで天国に行くという保証は全くない。宣教とは単にイエス・キリストを宣べ伝えることである。人々に寄り添って彼らのニーズに応えることばかりが宣教ではない。事実日本宣教はそうしたことを至上課題にしてきたがゆえに行き詰っているのではないか? 0.2%以下のプロテスタント人口こそ、これまで社会に受け入れられる、この世受けするキリスト教を目指してきた結果といわざるを得ない。

 また「天国に行った、行かない」は議論しない、とは言っても、まさにそれが人間の最大の関心事であろう。弔い・葬儀の場ではこのことについて論争する必要はないが、しっかり議論することは大切である、と私は考える。キリストは、罪人が向かう地獄という行き先を天国に変えるためにこの世に下って来てくださった。
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。
(ヨハネ14:6)

この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。
(使徒4:12)
 キリスト教だけが天国行きを保証する宗教であるとの確信を持たなければならない(個人的にはキリスト教を”宗教”というカテゴリーに入れたくはないが)。事実「天国」という用語自体キリスト教用語である。だから「天国に行った、行かない」は、ある意味キリスト教宣教の専売特許であり、中心的宣教課題である。

 少なくても地上においてキリスト信仰を持った者は確実に天国に行った、と確信できるが、キリスト信仰を持たなかった者が天国に行ったとは誰も断言できない。しかし同時に彼らがみな地獄に行ったとも言い切れない。それは神のみぞ知るという領域である。もしかしたらその人は息を引き取る寸前に薄れ行く意識の中、心の中で信仰告白したかもしれない。生前一度もキリストの福音を聞いたことがなかった者には、公平な神は何らかの形で応答するチャンスを与えてくださると私は信じている。

 現世の人間にはっきり知らされていることは、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」(ヘブル9:27)ということだ。だから生きている間に自分の死後の行き先を確定しておくことが肝要である。確かに分からないことは神に委ねるべきだが、分かっていることは曖昧にするのではなく、明確にして確信を持って伝えるべきである。
日本国の大困難、その最大困難とは何でありますか、私は明白に申し上げます。それは、日本人がキリスト教を採用せずして、キリスト教的文明を採用したことであります。これが我が国今日凡ての困難の根本であります。…キリスト教文明とは読んで字のごとく、キリスト教によって起こった文明であります。しかるに、日本人はキリスト教的文明を採用し、その根本たり、原因たり、その精神たち、生命たるキリスト教そのものを採用しないのであります。
内村鑑三(1861~1930 キリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者)
◆『3・11にダム決壊、濁流で7人死亡していた』(読売新聞 2011年5月30日)

 東日本大震災の大きな揺れが襲った3月11日、内陸部の福島県須賀川市長沼地区では、農業用ダム「藤沼湖」(貯水量150万トン)が決壊し、濁流が集落をのみ込んだ。

 7人が死亡し、1歳の男児が行方不明。15世帯56人が今も避難生活を送る。近くに「土砂災害警戒区域」もある。梅雨を迎えると地滑りなどの危険がさらに高まり、住民は不安を募らせている。

 地震直後、ダム(高さ18メートル、幅133メートル)の堤が崩れるのを目撃した宍戸勝利さん(72)は「ごう音で、何が起きているのか分からなかった」と振り返る。ダムの水は濁流となり、約1キロ下流の滝集落を襲った。自宅1階にいた中村光子さん(65)が窓から見た濁流は、高さ5~10メートル。4歳と2歳の孫2人を抱いて2階に駆け上がった。寒さに震えながら水が引くのを待った。「ダムの水で家が壊れるとは……」と驚きを隠さない。

 ダムの決壊で、14~89歳の男女計7人が死亡し、男児は今も行方が分からない。同市立長沼中2年林萌子さん(14)は、ダム決壊から44日後の4月24日、集落から約40キロ離れた二本松市内の阿武隈川で、遺体で見つかった。母親と祖父の家にいた萌子さんは流された時、母親と手をつないでいた。川岸に流れ着いた母親は救助されたが、濁流の勢いは、2人の手をほどいてしまった。

 祖父の斎藤喜八さん(69)は「今でも夕方になると家に帰ってくるのではと思う時がある。局地的な雨での川の増水が心配で、再び災害が起きないか不安はある」と話す。

 ダムの水は下流域86・7ヘクタールにあふれ、内陸部に大きな“水害”をもたらした。流されたり、全壊したりした家屋は19棟、床上・床下浸水した家屋は55棟にのぼる。15世帯56人は近くの雇用促進住宅などで避難生活を余儀なくされている。

<引用以上>


 これだけの大災害にもかかわらず、大津波、原発事故災害のニュースの影に隠れてしまったようだ。かつて長野県では田中康夫元知事によって脱ダム宣言がなされ、話題となった。ダムを擁する地域にとってはこのニュースは注目されるべきものであろう。原発は安心・安全・・・。それは神話であった。ダムは? 政府、地方自治体、専門家の言うことはもはや信じられなくなってしまったのではないか? ならば是非神のことばである聖書を信じてほしい。
この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。
(マタイ24:35)

あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。『人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。』とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。
(Ⅰペテロ1:23-25)
 聖書のことばによってあなたは救われる。約3500年前から今日に至るまで聖書は失われることなく、書き換えられることなく、世界中の言語に翻訳され、ありとあらゆる民族、世代に受け入れられている。あなたの理性が正常ならば、これ以上に信頼できる言葉は他にないはずだ。

神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現われとその御国を思って、私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
(Ⅱテモテ4:1,2)

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