エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を読了しました。
エマニュエル・トッドは1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者です。
2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、今もウクライナで続く戦争について、
この本は、私の先入観をひっくり返しました。
わたしが抱いていたイメージは、
ウクライナが自由と独立を求めて立ち上がり、←追記:ウクライナがEUやNATOに接近したことを指しています。
それにもと共産主義国のロシアが干渉して軍事介入、悪者プーチン、
西ヨーロッパ諸国やアメリカといった民主主義国家がウクライナを支援、
だいたいこんなかんじでした。
しかし、エマニュエル・トッドは、
この戦争の本質は、ロシア対ウクライナではなく、ロシア対アメリカおよび同盟国にある、と言います。
そして、ロシアは安定して強く、アメリカと西洋は敗北すると予言しています。
その理由として多くの指摘をトッドはしているのですが、
印象的だったのは以下の点です。
・アメリカの乳幼児死亡率の高さ、平均寿命の短さ、高額な医療費。
乳幼児死亡率というのは、国家の安全性やモラルを図る「道徳統計」のひとつとして良い指標とのことです。
なぜなら、社会の最も弱いものに関するものだからこそ、社会の一般的な状態を評価する上で重要だから。この理由付けは、説得力あります。
そして、この数値について、先進国ではアメリカの深刻な遅れがみられて、具体的には「2020年ころ、UNICEFの統計によると、アメリカの乳幼児死亡率は、新生児1000人当たり5.4人、ロシアは4.4人、イギリスは3.6人、フランスは3.5人、ドイツは3.1人、イタリアは2.5人、スウェーデンは2.1人、日本は1.8人」とのこと。アメリカの数値はロシアの数値を上回っています。
しかも、平均寿命も、アメリカは先進国のなかでは比較的短いということです。
一方、アメリカは医療費はきわめて高額で医師の収入も高い。
なんで?ってなります。医療が充実しているんじゃないの?何やってんの?って。
この点、闇が深いなって直観的に思います。
・「西洋」におけるプロテスタンティズムの死
アメリカをはじめとする「西洋」世界は、それまで繁栄の基礎となっていた「プロテスタンティズム」が死んで、
道徳的にも混乱し、現実を否定するニヒリズムに陥っている。「西洋」は現実を見ようとせず、理解しようともしていない。
・第三世界は「西洋」陣営についていない。
このウクライナの戦争で、アメリカや西欧諸国は、第三世界の国々からも応援してもらえると考えていたが、実際はちがった。
中国、インド、サウジアラビアなど中東のイスラム諸国、ブラジルやアルゼンチンなど南米諸国は、ロシアに少なくとも敵対はしていない。だから、ロシアは経済制裁にも耐えられた。
最後に、考えさせられている部分を140~141頁から引用です
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経済戦争から世界戦争へ
ウクライナ戦争は真の戦争であり、ウクライナの人々が犠牲となっている。それでも根本的な対立は、ロシア対ウクライナではなく、ロシア対アメリカおよび同盟国(あるいは属国)にある。この対立は何よりもまず経済的なものだ。なぜこの戦争はこの経済戦争という次元を超えないのか。また、しばしばそう思われているように、兵器を手に戦う軍事領域に比べて、経済領域では戦争としての段階も強度も低いというのは事実なのか。
ロシアの核の優位性と新戦略によって、ウクライナは極めて局地的な通常戦の舞台となった。ロシアは極超音速ミサイルを持っているが、アメリカは持っていない。すでに見てきたように、ロシアの現在の「軍事ドクトリン」は、ロシアが国家として脅かされた場合、モスクワによる戦術核の使用を可能にしている。したがって、NATOの通常戦への突入は、あまりにも危険な状況を生み出してしまうだろう。
私は、ロシア人(忘れてはならないのは、戦争開始のタイミングを選び、この戦争の大枠を決めたのはロシア人だった)によって、西洋が真の意味での通常戦争に突入することを妨げられたことに、実は西洋人は満足したのではないかと考えている。ウクライナに軍需品は送っても人員は送らないというのは、グローバル化の論理に適っている。西洋人は第一段階で、低賃金国の労働者に必要な物を作らせたが、第二段階では、必要な戦争をコストの安い国に肩代わりさせている。ウクライナでは人間の身体は安い。それはすでに代理母出産の件で指摘したとおりだ(梅子注;ウクライナでは代理母出産が認められているとのことです)。何よりも経済に関心を寄せる『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が、2023年夏の自殺行為でしかない反転攻勢で切断手術を受けたウクライナの被害者(2万人から5万人)に最初に注目しているのは意味深い。この被害によってドイツでは義肢産業が復活したようだ。
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引用おわり

