なんだか 予想以上に大騒ぎになっちゃった国母くん...。
http://vancouver2010.nikkansports.com/snowboard/news/p-sp-tp0-20100214-595824.html
服装が乱れてるとか態度が悪いとか言われているけれど そんなに大騒ぎするようなことなの?
彼は優秀で強かったから 周囲はオリンピックに出したかった。
でも彼は子供で 日本代表としての意識が薄かった。
JOCの会長に「あいつ気に入らん、どうにかしろ」って言われて、団長やら本部長がアタフタでとりあえず「謝れ」と。
本人、その気はないのに。
「品格のないヤツをオリンピックに出すのはけしからん」って思うなら 最初から選考対象から外すべきだったのでは?
「勝つことが大事だ。本人の人間性はその次だ」と判断したなら、今さら文句言う必要はないはず。
昨日まできっちりとグレーのスーツを着ていて 選手村に入る前にとつぜんレゲエしちゃったわけじゃないでしょう。
幼いうちからみっちり情操教育をされた(女子フィギュアスケートの彼女みたいな)スポーツ選手ばかりじゃないのは 過去のオリンピックの女子モーグルの彼女や スノーボードハープパイプの彼女の例を見ても明らか。
周囲の関係者が知らなかったはずはないと思う。
これ ある意味 朝青龍とおんなじ話じゃないのかな?
いろいろあった亀田兄弟は 何年かかかって ようやく何かを学んだんだろうにね。
う~ん ww 飽きもせず いつもおんなじようなことが繰り返されているような気がするな。
先日 ノンケ(♂)さんの友だち二人から 相次いで「実は結婚しました」と報告された。
ふたりとも'できちゃった婚'だという。
しかし、彼らの頭の中では あくまでも予定の一部だったらしく
「うん。計画通り結婚にこぎつけた」「ようやく許してもらえたよ」
と 未来の奥さまをかたわらに おだやかな笑顔。
もちろん お互いにきちんと性病の検査を受けて 結果が出てから行動に踏み切っていて、新婚旅行に行くくらいなら 一円でも多く子供の養育のために貯金するよ、と言い切る。
「だって 子供がほしかったから結婚したんだし」
僕は 'デキ婚'について あまりいいイメージをもっていなかった。
これから生まれてくる子供のことを考えたら 軽薄な響きをもつ言葉の 自分たちの行動に対する肯定的なイメージが なんとも無責任な気がして 子供がかわいそう と一方的に思い込んでいたのだ。
(人のことを揶揄できるどころか 自分の行動はどうなのよ、って話ではあります ww)
でも 少なくともこの二人を見ている限り、それは外野サイドの余計な詮索にすぎないのでは と思わされた。
言論の自由は もちろん保証されている。でも 自分たちなりに考えて行動している人たちに したり顔した第三者があれこれ意見するってどうなんだろう?それは 無意識のうちのモラルの押しつけなのでは。それによって他人の人生を左右してしまうとしたら 怖いな。
もちろん彼らの親兄弟は 僕とは立場が違うから また違った印象をもつのだろうけど。
考えれば 彼らのようなケースと 避妊をするのは面倒くさいけど女性が妊娠しちゃって なんとなく結婚せざるを得なくなったようなケース(と 当事者が認識しているのであれば の話ですが)が 同じ'できちゃった婚’という言葉でくくられること自体 どんな意味があるのだろう。
言葉の響きやイメージだけをくみ取って
「けしからん。こういう奴らがいるから...」
と見識家ぶってみるとか
「だれだって 同じようなことやってるんだから...」
と 自己弁護の道具に使おうとする。
どっちも どこか 発想がたりないのでは?
はい。これは 自戒。
言葉におどらされたり操られるのでなく しっかりとした自覚をもって使う。それが 言葉。
あっ、まったく同じこと あの時 あの方が言っておられたわ。
なるほど こういうこと ww
英語では できちゃった婚のことを「Shotgun Marriage」という。
ショットガン、って あっちのたとえなのかと思ったら Wikipediaによると
「妊娠した娘の父親が相手に散弾銃を突きつけて婚約を迫った」ことに由来するんだって。
強烈~。
ふたりとも'できちゃった婚'だという。
しかし、彼らの頭の中では あくまでも予定の一部だったらしく
「うん。計画通り結婚にこぎつけた」「ようやく許してもらえたよ」
と 未来の奥さまをかたわらに おだやかな笑顔。
もちろん お互いにきちんと性病の検査を受けて 結果が出てから行動に踏み切っていて、新婚旅行に行くくらいなら 一円でも多く子供の養育のために貯金するよ、と言い切る。
「だって 子供がほしかったから結婚したんだし」
僕は 'デキ婚'について あまりいいイメージをもっていなかった。
これから生まれてくる子供のことを考えたら 軽薄な響きをもつ言葉の 自分たちの行動に対する肯定的なイメージが なんとも無責任な気がして 子供がかわいそう と一方的に思い込んでいたのだ。
(人のことを揶揄できるどころか 自分の行動はどうなのよ、って話ではあります ww)
でも 少なくともこの二人を見ている限り、それは外野サイドの余計な詮索にすぎないのでは と思わされた。
言論の自由は もちろん保証されている。でも 自分たちなりに考えて行動している人たちに したり顔した第三者があれこれ意見するってどうなんだろう?それは 無意識のうちのモラルの押しつけなのでは。それによって他人の人生を左右してしまうとしたら 怖いな。
もちろん彼らの親兄弟は 僕とは立場が違うから また違った印象をもつのだろうけど。
考えれば 彼らのようなケースと 避妊をするのは面倒くさいけど女性が妊娠しちゃって なんとなく結婚せざるを得なくなったようなケース(と 当事者が認識しているのであれば の話ですが)が 同じ'できちゃった婚’という言葉でくくられること自体 どんな意味があるのだろう。
言葉の響きやイメージだけをくみ取って
「けしからん。こういう奴らがいるから...」
と見識家ぶってみるとか
「だれだって 同じようなことやってるんだから...」
と 自己弁護の道具に使おうとする。
どっちも どこか 発想がたりないのでは?
はい。これは 自戒。
言葉におどらされたり操られるのでなく しっかりとした自覚をもって使う。それが 言葉。
あっ、まったく同じこと あの時 あの方が言っておられたわ。
なるほど こういうこと ww
英語では できちゃった婚のことを「Shotgun Marriage」という。
ショットガン、って あっちのたとえなのかと思ったら Wikipediaによると
「妊娠した娘の父親が相手に散弾銃を突きつけて婚約を迫った」ことに由来するんだって。
強烈~。
先日、こんなニュースを発見。
http://www.janjannews.jp/archives/2439041.html
まったく同じ話を身近な範囲で聞いていただけに 実は、こういうケースが相次いでいるんだろうなあ、という思いを強くした。
それにしても...透析を受ける患者さんの数って この10年間で10万人近く増加...しているなんて。
日宇さんも書いておられるように HIV陽性者で透析治療を必要とする患者の数は 最近 多くなってきている。
中には 糖尿病をわずらったことから人工透析が必要なケースに発展することもある。
その多くが、「体が産生されたインスリンの量に反応しなくなる」2型の糖尿病患者さんたちである。
なぜ HIV陽性者が糖尿病を抱えるようになったのか、その原因について日本ではまだまだ公に語られる機会は少ない。
ゆえに、透析治療が自分の専門である医療者だけでなく 専門外の医療者にも 詳細な情報や知識を把握していない人たちが数多くいるのだろう。
同性愛がどうのこうの、という問題を周囲に理解してもらえるかどうかではない。
疾病保険に入れますよ、入れませんよ...という話でもない。
いま、そこで差し迫った生命の危機に向き合っている人たちに手を差し伸べるのが「医療」というものじゃないのだろうか。
現状が訴えたくて、でも自分の病名を気にして言えずにいる人たちって どれくらいいるのだろう。
あらためて現実の厳しさを思い知らされたが、問題は深刻にため息をつくだけでは 済みそうにない。
http://www.janjannews.jp/archives/2439041.html
まったく同じ話を身近な範囲で聞いていただけに 実は、こういうケースが相次いでいるんだろうなあ、という思いを強くした。
それにしても...透析を受ける患者さんの数って この10年間で10万人近く増加...しているなんて。
日宇さんも書いておられるように HIV陽性者で透析治療を必要とする患者の数は 最近 多くなってきている。
中には 糖尿病をわずらったことから人工透析が必要なケースに発展することもある。
その多くが、「体が産生されたインスリンの量に反応しなくなる」2型の糖尿病患者さんたちである。
なぜ HIV陽性者が糖尿病を抱えるようになったのか、その原因について日本ではまだまだ公に語られる機会は少ない。
ゆえに、透析治療が自分の専門である医療者だけでなく 専門外の医療者にも 詳細な情報や知識を把握していない人たちが数多くいるのだろう。
同性愛がどうのこうの、という問題を周囲に理解してもらえるかどうかではない。
疾病保険に入れますよ、入れませんよ...という話でもない。
いま、そこで差し迫った生命の危機に向き合っている人たちに手を差し伸べるのが「医療」というものじゃないのだろうか。
現状が訴えたくて、でも自分の病名を気にして言えずにいる人たちって どれくらいいるのだろう。
あらためて現実の厳しさを思い知らされたが、問題は深刻にため息をつくだけでは 済みそうにない。