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Gaydar !

HIV+です。ゲイです。それ以外の自分って...なあに?(笑)

【専門家の見解】

厚生労働省が発表した「輸血医療の安全性確保のための総合対策報告書」(平成16年7月)の中には 以下のような記述があります。

● 献血血液におけるHIV、HBV、HCV検査結果の取扱いの検討

ア  背景及び課題

 現在、献血者が希望する場合は、HIVを除き、梅毒、HBV、HCV及びHTLV-1の検査結果を通知することとしている。
HIVが通知対象から除かれ ているのは、検査目的献血者の増加防止が念頭にあるが、
(1)増加防止の観点からは他の性行為感染症でも同様であり、HIVのみ特別視することが妥当か否 かという議論があること
(2)HIV陽性と判明した者の健康影響や二次感染防止を無視できないこと
(3)諸外国では原則通知していること等の観点から、問診技術の向上や検査体制の整備とあわせて、検討していかなければいけない課題である。

● 問診医の一層の資質向上(臨床研修必修化への対応を含む。)

ア  背景及び課題

 我が国では、全献血者におけるHIV抗体検査陽性(NAT陽性を含む)率が年々増加していること(平成15年:1.5人(人口10万対))

(中略)検査目的献血者を除外するための手法として問診技術の向上が必要である。また、問診技術については、諸外国と比較して不十分であることも指摘されており(中略)これらを改善することが必要である。

 なお、臨床研修必修化に伴い、これまで問診医として協力してきた研修医の確保が難しくなるとの指摘もあり、この点の解消も求められる。

【最新技術でウィルスを除去する】

2013年現在、一部の血液製剤の製造には、ウィルス不活化技術と呼ばれる最新技術が導入されています。

もちろんそこには 薬害エイズ事件や 血液をめぐるさまざまな事件の悲劇を繰り返してはならない、との願いが込められています。 

一方で 一般社団法人 日本血液製剤機構のHPには「ウィルススクリーニングの限界」として 以下の様な記述があります。

「スクリーニング検査にも限界があります。
つまり、試験対象ウイルスの原料への混入量は検出限界以下にまで低減できますが、それが必ずしもゼロであることを意味しませんし、試験対象外のウイルスに対しては、混入量を低減させることにはならないからです」


同HPによると、限界を生じさせる原因は必ずしもウィンドウピリオドだけではなく、変異株についても考慮する必要があるようです。

http://jbpo.or.jp/safety/product4.html

最後に、輸血用血液に対するウィルス不活化についての資料を見つけたのでご紹介します。
(かなり以前のものと思われますが、肝要な部分には変化はないように思います)

http://www.jstmct.or.jp/jstmct/Temp/wq2oliumoerrzthxyswyvo4o/45-3/045030339.pdf

「輸血用血液の安全性を確保するためウイルス不活化は必須であるが、現時点で実用化されている のは血漿製剤に対する S/D 法及び MB 光照射法 であり,PC*1に対しては S-59/UVA 照射法が実用 化に向けて臨床研究段階にある」

「しかし、赤血球製剤*2については未だ基礎研究段階で,実用化には今しばらく時間を要すると思われる」

「欧州では臨床で使用する FFP(新鮮凍結血漿)について、S/D 法,MB 光照射 法及び Quarantine(一定期間を隔てた今回の献血 で検査陰性ならば,前回献血時の血漿を使用する) のいずれかが求められている」

「日本においては,欧米に比較して赤血球に対す る FFP の使用量が約 4 倍(年間使用量:約 40 万 リットル、約 270 万バッグ)と多く、原料血漿年 間 80 万リットルの確保と併せて、FFP 等の不活 化等の導入を困難にしているが,ウインドウピリオドの大幅な短縮が期待される核酸増幅検査の導 入を見据えながら 早急なFFP のウイルス不活化の実現に向けて検討している」

* 1 濃縮血小板
* 2 外科の手術などに使用される血液製剤


日赤 北海道赤十字献血センターでは 献血によって集められた血液の検査の過程を以下のように紹介しています。

http://www.hokkaido.bc.jrc.or.jp/blood/blood_lab.html

【まとめ】

100%の安全性を確保する、というのは やはり不可能なのかもしれません。

たとえば、最近話題になり始めたE型肝炎ウィルス(HEV)への対応はどうなのか、ということもあります。
新型のインフルエンザが発生した場合 すでに採血した血液はどこまで安全なのか と言われると これも未知数です。
これから登場するかもしれない未知の病原体への対策などをいったん考え始めたら 結局のところ その時点 その時点で できる範囲内での安全策を講じるしかないわけです。

しかし、大切なのは バリアを二重、三重、四重と可能な限りはりめぐらし、被害が起きそうな可能性が予見されたら 決してそれを軽視してはならない ということなのではないでしょうか?
そうでなければ 不可抗力な事例はともかく 本来防げるレベルでの薬害問題ですら この先も何度でも起こり続けるような気がしてなりません。

今回のような感染例が発生したことは非常にショックですし、決して繰り返してはならないとも思うのですが 100%のすり抜け防止策はありえない ということも 国民全体がきちんと認識して多く必要があると思います。
現代医学は まだそこまでパーフェクトではありません。

また、
「献血」はボランティアという善意によって支えられているのだから、「売血」よりは確実に安全である と本当に言えるのか 疑ってみる必要があるかもしれません。

高い代償を得るために 自分の健康管理に最新の注意を払って"供血のプロ"と呼ばれるような人たちが登場したとしても それを責めることがほんとうに正しいかどうか ということも考える必要があると思います。
そこまでしなければいけない事態にさしかかっているのであれば。

アメリカでは現在もなお血液銀行が機能(血漿成分の採取について)していますが、どのような安全管理がなされているのか、どの程度の事故が発生しているのか ということも それ以外の血液製剤を手がけているアメリカ赤十字の実績同様、調べてみる必要がありそうです。

献血によって多量の血液が必要になったのは 過去の医療技術が劇的に改善され 人々が長寿になったことと密接に関係しています。

なんのための献血なのか、なんのための輸血なのか。
男性であろうと女性であろうと、ゲイであろうとストレートであろうと、
HIVポジティブであろうとネガティブであろうと そういった観点で論じるよりは
ひとりひとりが 社会全体の利益のためにきちんと向き合って考えるべきテーマ だとあらためて感じました。

そして、先に学んだ大人が 子供たちがあとから学べるよう きちんと伝えていかなければいけない。

今回のHIV感染のケースを通じて、被害に合われた方、献血をした方の精神的、肉体的なダメージに最大限の配慮がなされることを願いながら、そのことを いまいちど きちんと考えなおしてみたい という気持にさせられています。
                                    (了)
【血は有料か無料か?】

昭和20年代半ば、日本では民間の血液銀行(血液を「預血」して「返血」してもらう金銭がからんだ制度に基づいていた)と、供血者から無償で血液を提供してもらう日本赤十字社(以後、日赤と記す)の2通りの制度がありました。

とはいえ、無償での供血者はごく少数だったと言われています。まあ、あたりまえですよね。

ビジネスで血液を扱っている血液銀行としては とにかく流通量を増やす必要があり、そのためには医薬品と同じように血液に価格を設定し、健康保険制度に組み入れて誰もが気軽に手を出せるようなものにする必要がある。

血液に価格を設定することに対して日赤は大反対したようですが、結果的に保存用に提供される血液に価格が決定され 日赤が提案した無償での供血制度は失敗してしまいました。
1954年(昭和29年)のことです。

当時、200ccの売血は 当時の価格で400-500円だったようです
(NHKのテレビ受信料が約300円で、400円ではタバコが10箱くらい買えたのかも)。

【売血の時代】

その先の十年間、日本では売血による血液供給が一般的になりました。
戦後の復興に駆り出された労働者たちは寝る間も惜しんで働かなくてはいけなかったため、覚せい剤(いわゆるヒロポン)を利用し、そうした人たちの中には 金銭目当てに売血にいそしんだ人たちも含まれていたようです。
注射針やシリンジの使い回しによる病原体への感染と 血液の安全性が問題になり始めていましたが 売血制度は維持されました。

一説によると現在、日本人にB型、C型肝炎ウィルスをもっている人が多いのは 当時 輸血を受けた人とその親から母子感染の形で引き継いだ人が多い影響なのではないか とも言われています。

【売血から献血への転換】

売血制度が見直されたのは、1964年(昭和29年)に 当時の駐日大使だったアメリカ人のエドウィン・ライシャワー氏が大使館前で太腿を刺され、輸血を受けた結果 血清肝炎にかかってしまったことでした。

この事件をきっかけにして売血による血液の収集の見直しが始まり、1969年(昭和44年)に日本国内での売血が廃止され 輸血用の血液についてはボランティアから提供された「献血」によってまかなわれることになりました。

なにげなく使っていますが
「献血」とは 血を献上する という 非常に尊い言葉なんですね。

【薬害エイズの時代へ】

しかし、それで全ての問題が解決したわけではありませんでした。
輸血用血液が献血から完全に提供されるようになったのは昭和49年(1974)であり、それまで 一部で売血制度が残っていました。(厳密には1990年に廃止されるまで 有償での採漿<供血者が血漿を提供すること>は存続していたのだそうです)

輸血用の血液以外、たとえば 血友病患者の治療に使われる血液製剤(血漿分画製剤、いわゆる血液凝固因子製剤)については、材料となる血漿について 製薬会社が入手した売血や海外から輸入した血液に頼らなければならず、日本国内における国民の献血量だけではまかなえなかったのです。

そして のちに大きな社会問題となる薬害エイズ事件が起こります。

外国から輸入した血液を非加熱のまま使用して製造された血液凝固因子製剤にHIVが混じっていたために、非加熱製剤を使用した血友病の患者がHIVに感染してしまったのです。

外国から輸入された血液を提供した”供血者”の中にHIVに感染していた人がいたことが原因であり、また 日本では "国内第1号"とされたアメリカ在住歴のある男性同性愛者の例や 神戸での女性感染者発見(エイズパニック)以前に 非公式ながら 国内での血友病患者での感染が確認されていたようです。

薬害訴訟の争点は、当時すでに加熱製剤と非加熱製剤の両方が存在しており、外国では非加熱製剤にウィルスが混じっている危険性があることが早くから指摘されていながら「なぜ非加熱を使用し続けたのか」という部分にありました。
感染した人が血液を提供したことへの非難とは 別の次元の問題です。

しかし、ウィルスが混じっていた事実....
HIVをもっている人やエイズ患者は男性同性愛者に多いということは統計的に証明されている訳ですから、その立場にある自分にとって...複雑な気持にさせられます
(もちろん 当時の事実は いまさら立証できませんが)

現在の献血時の問診制度が こうした過去の歴史を反映した上で設計されているのは確かである、ということは しっかり認識しておくべきではないでしょうか。

                               (3に続く)
日本赤十字社が行った献血で、HIVに感染していた人から採血された血が2人の方の輸血に使われ、そのうちの1人の方が感染してしまった問題。

HIVをもっている者としていろいろなことを考えさせられ...
また自分なりに調べていく過程の中で、自分があまりにも献血制度の歴史に無知であったことを思い知らされ 大いに反省させられました。

ゲイの献血者のモラルがなってない、とか 日赤の検査技術に問題がある、男性同性愛者に対するバッシングではないか、さまざまな個人情報の開示されることへの懸念 など...
マスメディアも ネットでの個人の発言者も、さまざまな論点から論議したり、誹謗したり さまざまな情報を発信しているようです。

たとえば、僕はHIVポジティブではありますが....

同時に 事故に巻き込まれたり、何かの病気で手術を受け、血液が必要になった場合に輸血に頼る可能性が大いにある つまり 両方の立場に立っている人間でもあります。

自分の印象や価値観だけから 好き勝手に論じるのではなく、その前に 日本において献血という制度がどうやって始まり 安全性を支えるためにどのような取り組みが行われてきたのかを事前に知っておく、そのことが まずは重要なのではないかと感じました。

というわけで、
調べてみたものを ざっくりですが 自分なりにまとめてみました。

自戒を込め、メモ書きの意味で"献血制度の歴史"と"血液の安全性"について振り返ってみます。
全部で3回に分けて ちょっと長くなりますが....

【輸血】

輸血、という医療技術が考えだされたのは じつはそれほど古い時代のことではないそうです。

南北戦争や普仏戦争の時代に負傷した兵士に輸血が行われたみたいですが、血液は空気に触れると凝固してしまうからうまくいかず、また血液型の整合性も厳密に取られてはいなかったから多くの失敗例が生まれ そのたびに人々は亡くなっていたようです。
「血液抗凝固剤」が開発されたことで初めて多くの輸血が行われ、人々の命が救われたようで それは第一次世界大戦でのことだったと言われています。

日本では、昭和20年代まで「枕元輸血」という輸血の方法が一般的だったのだそうです。

【枕元輸血】

「枕元輸血」は病院で輸血を受けるのではなく、血が必要な人の枕元(つまり自宅)で、近親者や家族など、御本人の血液との適合性が"高そうな"人に来てもらって、専門業者の立ちあいのもと 血を提供する人(当時は「献血」という概念はなく、「供血」と呼ばれていたそうです)が血液が必要な人に直接、輸血をする方法です。

血液型の適合性が本当に正しいのか ということや 感染症や臓器移植関連の合併症などのリスクが高いことを考えると 現在では信じられない方法だけれど...
わずか65年くらい前には あたりまえだったんですね。

はばたき福祉事業団理事の大平勝美さんも、幼少時代この枕元輸血を受けていた、というような記述を 何かの記事で読んだことがあります。

そして恐らく、自然発生的にお金で血液を取引する「売血」が誕生していたのではないかと思います。

【「供血」の時代】

昭和23年(1948)、戦後間もない日本で 輸血によって梅毒に感染した人の事例が社会問題になり、その当時の日本を管理していたGHQ(連合軍最高司令官総司令部)の提案で、安全な血液提供の仕組みを考えるための仕組みが論議されました。

血液の提供を有償にすべきか 無償にすべきか。
当時、この点がかなり議論されたようですが、いわゆる”売血”で集められた血は血清肝炎のリスクの可能性が高いであろうということから、少しでも可能性の少ない供血者たちから無償で血を集めたい、という意見で決着をみたようです。
(2に続く)