日本赤十字社が行った献血で、HIVに感染していた人から採血された血が2人の方の輸血に使われ、そのうちの1人の方が感染してしまった問題。
HIVをもっている者としていろいろなことを考えさせられ...
また自分なりに調べていく過程の中で、自分があまりにも献血制度の歴史に無知であったことを思い知らされ 大いに反省させられました。
ゲイの献血者のモラルがなってない、とか 日赤の検査技術に問題がある、男性同性愛者に対するバッシングではないか、さまざまな個人情報の開示されることへの懸念 など...
マスメディアも ネットでの個人の発言者も、さまざまな論点から論議したり、誹謗したり さまざまな情報を発信しているようです。
たとえば、僕はHIVポジティブではありますが....
同時に 事故に巻き込まれたり、何かの病気で手術を受け、血液が必要になった場合に輸血に頼る可能性が大いにある つまり 両方の立場に立っている人間でもあります。
自分の印象や価値観だけから 好き勝手に論じるのではなく、その前に 日本において献血という制度がどうやって始まり 安全性を支えるためにどのような取り組みが行われてきたのかを事前に知っておく、そのことが まずは重要なのではないかと感じました。
というわけで、
調べてみたものを ざっくりですが 自分なりにまとめてみました。
自戒を込め、メモ書きの意味で"献血制度の歴史"と"血液の安全性"について振り返ってみます。
全部で3回に分けて ちょっと長くなりますが....
【輸血】
輸血、という医療技術が考えだされたのは じつはそれほど古い時代のことではないそうです。
南北戦争や普仏戦争の時代に負傷した兵士に輸血が行われたみたいですが、血液は空気に触れると凝固してしまうからうまくいかず、また血液型の整合性も厳密に取られてはいなかったから多くの失敗例が生まれ そのたびに人々は亡くなっていたようです。
「血液抗凝固剤」が開発されたことで初めて多くの輸血が行われ、人々の命が救われたようで それは第一次世界大戦でのことだったと言われています。
日本では、昭和20年代まで「枕元輸血」という輸血の方法が一般的だったのだそうです。
【枕元輸血】
「枕元輸血」は病院で輸血を受けるのではなく、血が必要な人の枕元(つまり自宅)で、近親者や家族など、御本人の血液との適合性が"高そうな"人に来てもらって、専門業者の立ちあいのもと 血を提供する人(当時は「献血」という概念はなく、「供血」と呼ばれていたそうです)が血液が必要な人に直接、輸血をする方法です。
血液型の適合性が本当に正しいのか ということや 感染症や臓器移植関連の合併症などのリスクが高いことを考えると 現在では信じられない方法だけれど...
わずか65年くらい前には あたりまえだったんですね。
はばたき福祉事業団理事の大平勝美さんも、幼少時代この枕元輸血を受けていた、というような記述を 何かの記事で読んだことがあります。
そして恐らく、自然発生的にお金で血液を取引する「売血」が誕生していたのではないかと思います。
【「供血」の時代】
昭和23年(1948)、戦後間もない日本で 輸血によって梅毒に感染した人の事例が社会問題になり、その当時の日本を管理していたGHQ(連合軍最高司令官総司令部)の提案で、安全な血液提供の仕組みを考えるための仕組みが論議されました。
血液の提供を有償にすべきか 無償にすべきか。
当時、この点がかなり議論されたようですが、いわゆる”売血”で集められた血は血清肝炎のリスクの可能性が高いであろうということから、少しでも可能性の少ない供血者たちから無償で血を集めたい、という意見で決着をみたようです。
(2に続く)