Junkoの心日記 -11ページ目

Junkoの心日記

思ったことや感じたことを、綴っていきます。

何かを、感じていただけたら、嬉しいです


延岡のライブについて、詳しいことは過去に書きましたが、その日から、

最後までやっくんには驚かされっぱなしだったような気がします。


8/12がライブだったのですが、コメントは、5月に12回、6月と7月に、

1回ずつしか書いていなくて、しかも再会するのは半年振り。


タッチ会の時だけでも、1000人近く(以上?)いたでしょうし、

もちろん、それ以外でも、たくさんの方達に出会っていたはずなので、

まさか、顔も名前も一致して覚えてくれているとは思わなくて、


「うそでしょう!」って感じでした。


懐かしそうな表情をしてくれた時、一瞬喜んだのですが、


「きっと、他の方と勘違いしているはず。

名前を言ったらハッとした顔をするかも・・。」と思って、

じぃ~~っと、食い入るように、顔を見ていたのですが、


やっくんは、「分かってるわよ。」と、極上の笑顔のまま、

「また書き込みしてね。」と言ってくれました。


しばらくたってから、タッチ会で、やっくんが手を離した理由が、

私の顔をよく見るためだったことに気づきました。


両手の握手だったから、私の腕がバッテンになっていて、

距離が短かったため、やっくんにとっては近すぎる上に、


私がほとんど下を向いていたから、私より、背の高いやっくんには、

私の顔が、ほとんど見えなかったんだと思います。


思い返してみれば、確かに、手を離してやっくんは

何をしていたかというと、私を見ていたんですよね。


多分、「知ってる」と言えば、私が喜ぶだろうと思ったのでしょうけど、

やっくんが私を知っている事を、私は知っていたから


手を離されて、しかも大きく一歩後ろに下がられたことの方が悲しくて、

けげんな表情をしてしまい、やっくんも戸惑っていたことに気づきました。


タッチ会の時に、顔を覚えようとしてくれていたということは、その時点で、

それまでに、私が書いてきたことを、ちゃんと認めてくれていたんだなって。


最後の「またね」は、社交辞令ではなくて、

「また会おうね」の意味での「またね」だったんだなって。


そして、ほとんどコメント出来なくなってからも、忘れずにいてくれた

ということは、本当に必要としてくれているんだなって。


ラジオで、やっくんは、最初の頃、投稿していた方に、「よく手紙をくれてる

人だ。」とか、「この前、駅で見送ってくれた人だ。」って言っていて、


その頃は、覚えてもらえて、うらやましいなと思っていたのですが、

自分がその仲間入りできるとは、夢にも思っていなかったので、


それまでずっと私は、やっくんを誤解していた事に気づいたと同時に

本当に嬉しかったのを覚えています。


でもその分、いろんな意味で責任は感じました。


書くからには、今まで以上に本気を出して、

できる限り、私にしか書けないことを書かないとって。




人生に、もしも、なんてないのでしょうけど、もしも、その時に、

やっくんが、「また書き込みしてね」と言ってくれていなければ


当時も今も、やっくんについてブログを書くことは、なかったと思います。





いいねボタンを押して下さっている方々、

更新と同時に来て下さっている方々、

読んで下さっている方々、ありがとうございます。


今回は、お返事ではないのですが、やっくんについて書く以上、

私がどうしても避けられないことについて、書かせて頂きますね。



やっくんを応援するということは、言い換えれば

私にとっては不妊との戦いでもありました。


1ページ目の妊娠うんぬんに関しては、後から母に否定されましたが

「やっくんへの想い」でも書いたように、私の夢はお母さんになること。


こんなに当たり前のことが、私にとっては

こんなに難しいなんて当時は知るはずもなく、


やっくんを応援し始めた頃は、いつかはその夢を叶え、

やっくんから卒業することを信じて疑いもしませんでした。


本当は卒業しないで、両立できたら一番いいのですが、

不器用な私が、子育てをしながら、1時間以上コメントに

時間を割けるとは思えなかったからです。


実は、やっくんへのファンノートにも、妊娠に関して書いたのですが

今は、とても失礼なことをしたと思います。


「赤ちゃんの方が大事だったから、やっくんのライブには

行くつもりはなかったけど・・・。」


でも、私が本当に書きたかったのは


「今回、代わりにやっくんに出会わせてもらったことは

何か意味があるのではないかと・・。」


初めて、ライブを見に行って、コメントを書き続けようと決めた頃から

私は今までずっと、やっくんを応援する意味を探していました。


年齢的に認めたくありませんでしたが、その当時は

やっくんを、半分は子どもの代わりとして見ていたような気がします。


私は、やっくんが前ページの件でかなり落ち込んでいるということを、

聞いていましたが、私がコメントして、やっくんが実行することで、


余計にやっくんを落ち込ませてしまい、

他にかける言葉も見つかりませんでした。


距離的にも離れている私は、これ以上どうすることもできず、

さらに、なんとなく迷惑がられているように感じたのもあり、

私の役割は、もう終わったような気がしました。


そして、2ヶ月が過ぎた頃、タッチ会から半年振りに

九州に来てもらえることが分かり、延岡のライブに行きました。





その後は、間をあけながら数回コメントをしましたが、

再び全く書けなくなりました。


約2週間後の朝10時頃、「誕生日パーティー」の

コメント欄の様子がおかしかったので急いで読んだら、


以前、私が想像した通りのことが起こっていて

1時間後には一秒ごとに、コメントがどんどん増えていきました。


普段、見かけない名前の人達が多くなっていき、やっくんへの

応援のメッセージ欄なのに、必要以上に批判する人たちも表れて

火に油をそそぐような状態になり、想像以上の展開になりました。


その時、本当のネットの怖さを知り、人間の本質を見た気がしました。


しばらくすると、見るに耐え兼ねないコメントはどんどん消されていき、

私は2回程、やっくんへの応援メッセージを書きましたが、

結果的に事務所を批判する形になり、即座に消されました。


他の方のブログに、雑誌が載せられていたのですが、

実物をこの目で見たかったので、コンビニに行きました。


やっくんはその後ラジオで、一部事実と違う事が書かれたと嫌がっていて、

確かにその部分は、多少面白おかしく書かれていましたが、


写真を見れば、事実ではないことは分かりましたし、全体的には、

むしろ好意的に書かれているように、私には思えました。


翌日、『いつかは分かることだから、早めに分かってよかった。

今残っている人達が、本当の意味でのファンなんだろうな』とホッとしながら


「いろいろ大変だったね。早くここでやっくんの本当の思いが

書けるようになるといいね。しばらくは大変だと思うけど、気持ちを貫いてね。


たくさんのファンの人達が応援してくれているから大丈夫!

やっくんの幸せを心から願っています。」と書いたら、


後日、ファンに向けて、やっくんがメッセージを書いてくれたようですが、

結局、荒れてその記事は消されてしまったようです。


私は、リアルタイムでは読めなかったので、後から見せて頂きましたが

事実を知りたい人達にとっては、きれいごとに思えたのかもしれません。


私は、それに関してうすうす気づいていましたが、

4月の「おえかき」の記事でネタの写真を見た時に確信に変わり、


後日コメントで、「エンタを見たよ。絵をブログに載せてくれてたね。

あの時、なぜかコメントしてはいけないような気がしてできなかった。」


と書きましたが、事実だったかどうかは今でも分かりませんし、

やっくんも、何の事だかさっぱり分からなかったと思います。

やっくんにとっては、最初の大きな試練だったような気がします。