延岡のライブについて、詳しいことは過去に書きましたが、その日から、
最後までやっくんには驚かされっぱなしだったような気がします。
8/12がライブだったのですが、コメントは、5月に12回、6月と7月に、
1回ずつしか書いていなくて、しかも再会するのは半年振り。
タッチ会の時だけでも、1000人近く(以上?)いたでしょうし、
もちろん、それ以外でも、たくさんの方達に出会っていたはずなので、
まさか、顔も名前も一致して覚えてくれているとは思わなくて、
「うそでしょう!」って感じでした。
懐かしそうな表情をしてくれた時、一瞬喜んだのですが、
「きっと、他の方と勘違いしているはず。
名前を言ったらハッとした顔をするかも・・。」と思って、
じぃ~~っと、食い入るように、顔を見ていたのですが、
やっくんは、「分かってるわよ。」と、極上の笑顔のまま、
「また書き込みしてね。」と言ってくれました。
しばらくたってから、タッチ会で、やっくんが手を離した理由が、
私の顔をよく見るためだったことに気づきました。
両手の握手だったから、私の腕がバッテンになっていて、
距離が短かったため、やっくんにとっては近すぎる上に、
私がほとんど下を向いていたから、私より、背の高いやっくんには、
私の顔が、ほとんど見えなかったんだと思います。
思い返してみれば、確かに、手を離してやっくんは
何をしていたかというと、私を見ていたんですよね。
多分、「知ってる」と言えば、私が喜ぶだろうと思ったのでしょうけど、
やっくんが私を知っている事を、私は知っていたから
手を離されて、しかも大きく一歩後ろに下がられたことの方が悲しくて、
けげんな表情をしてしまい、やっくんも戸惑っていたことに気づきました。
タッチ会の時に、顔を覚えようとしてくれていたということは、その時点で、
それまでに、私が書いてきたことを、ちゃんと認めてくれていたんだなって。
最後の「またね」は、社交辞令ではなくて、
「また会おうね」の意味での「またね」だったんだなって。
そして、ほとんどコメント出来なくなってからも、忘れずにいてくれた
ということは、本当に必要としてくれているんだなって。
ラジオで、やっくんは、最初の頃、投稿していた方に、「よく手紙をくれてる
人だ。」とか、「この前、駅で見送ってくれた人だ。」って言っていて、
その頃は、覚えてもらえて、うらやましいなと思っていたのですが、
自分がその仲間入りできるとは、夢にも思っていなかったので、
それまでずっと私は、やっくんを誤解していた事に気づいたと同時に
本当に嬉しかったのを覚えています。
でもその分、いろんな意味で責任は感じました。
書くからには、今まで以上に本気を出して、
できる限り、私にしか書けないことを書かないとって。
人生に、もしも、なんてないのでしょうけど、もしも、その時に、
やっくんが、「また書き込みしてね」と言ってくれていなければ
当時も今も、やっくんについてブログを書くことは、なかったと思います。