朝 | 睡蓮のひとりごと(仮)

睡蓮のひとりごと(仮)

ひとりごと、むにゃむにゃ

昨日ライブしまして、その件は別ブログにて。

 

会場を後にするまでは非常にご機嫌なんですが、帰り道とかうちで寝る前にネガティブになる、お酒がマイナスに作用してしまうけど、昨夜は何も書かずに寝てよかった。

 

で、社会に適応するために、自分を変えたり、頑張ったわけなんですが、何か完璧になろうとしている疲れではないかとか。

 

病院にも行っているので脳の構造上気をつけることとかいろいろ言われます。その通りにして、壊れてしまうのではと。

 

実際お医者さんが病院以外の私を見ているわけではないので、先日の人間関係の依存の件は単なるその病気のありがちな特性で修正済みのものでした。

 

自分がかまってちゃんなんじゃないかとふと思って、そうなると必要な助けも求められなくなったり、そうすると白黒思考だと怒られたり、考えすぎるからそうなるのかなって。そもそも白黒思考を怒るとか、怒って治るものでもないと言う知識が欠けている。

 

なんとなく。周りの意見は全て正しいと受け入れて、迷路に入るような。

 

そんなに自分を変えて、まだ足りなくて、言ってみれば整形しても整形しても満足しないような、そんな心境なんじゃないかって。

 

性格を、治して、治して、でもまだ醜いって。「性格が悪い」コンプレックスは増していくばかりで、自信がなくなってしまう。

 

ちゃんと変わってきたって認めてあげないと、壊れちゃうんで。完璧な顔も、性格も存在しないと言うことな気がします。

 

ちなみに。私はあんまり若い男性タレントの顔が好きではなく。高円寺に何か大きなポスターがあるけど、お化粧して綺麗な顔というんだろうけど、苦手で。よく地下鉄に多分イケメンの広告とか出ていて写真撮ってる女子がいるけど、その写真撮られるような顔は苦手、でも多分彼女たちには完璧。つまり、「万人に完璧」は存在しない。

 

性格を治そうと努力するのは悪いことだとは思わないけど、どこまで行ってもコンプレックスが増すばかりならどこかで諦めた方がいい。本当に整形し続ける心理はあるんだと思う。摂食障害の時もそうで、どこまで痩せても満足しないダイエット、リバウンドで太ったので今は太めなんだけど、ダイエットがうまくいっていた時は、もっと、もっと、まだ足りない、まだ足りないって。

 

ダイエットのまだ足りない、まだ足りないは命に関わるので周りが止めるんですが、性格は誰も止めてくれないので、どこかで、努力はしたから一休みとか考えないと。いわゆるアダルトチルドレンの独特な性格なんだけど、一人で自分と闘うのはずっとになってしまうから、どこかで休息を入れなきゃいけない。キリがないので。

 

そんなこと考えていた朝でした。