2015年巨大子宮筋腫のために
子宮全摘術を行ったその後の記録です
これは2016年5月15日に書いたブログです
半年前に病気がわかってからの自分は今年の桜を観ることが出来ないかもしれないと思っていた
それは手術が終わり、半年経った今でも変わりなくなんとなくずっと思っている事であった
手術でとった大物は病理組織検査の結果、良性で有ることがわかった
その時点で、とりあえずの命の期限を考えなくても良いよと、
主治医のO先生に言われた
医者が考える「命の期限」と、数年前からなんとなく感じている「命の期限」は違うものであり、今回は嬉しい誤解であった
だが、直感的なものが割としっかりしている自分の「命の期限」がなんとなくそこに有ることは何もかわりがなく、だからといって、それは何だ?ときかれても答えることは出来ない、何となく感じている自分の感覚的なものである
病気がわかったときは、ああ、これのことだったんだなぁと何かしっくりきていたけれど、そうではなかった
人生はびっくりする事だらけだし、そのうちわかるんだろうと思いながら、少しだけ動きにくくなってしまった体で、日常の生活に戻る事が出来ていることに感謝しながら日々の生活に追われてる
桜の話に戻るが、今年、2016年はGWに雪が降った
40年以上前の自分が産まれた年もそうだったらしい
去年は自分の誕生日の早朝に朝陽に照らされる満開の桜を独りで見に行った
今年はどうにか時間を作って夜に行ったものの
ライトアップされていないため
桜はまだ観れていない
今年の桜は観ることが出来ないんじゃないかという不安はまだまだ残る
ドラえもんの「苦労味噌」を思い出していた
苦労味噌を一舐めすると、やりたいと思ったことがどんなに簡単に出来ることでも、ものすごく苦労してからじゃないと出来ないという話しだった
その状態であるかどうかはちょっと違う気もするが
桜はすぐ目の前に咲いているのに、真っ暗で何も見えない
「苦労味噌」を舐めた人である
諦めずに
翌日、桜の場所へ
ものすごく寒い日だった
桜は今年も変わりなく咲いていた
今年も桜を観ることができた
2016年の桜は相変わらず綺麗だったが
なんとも複雑な気持ちになる桜だった